ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
「鞘が、発動した……レフィーヤさん、成功したんだ」
僕とヴェルフで作り上げた聖剣の鞘。ほんの少しだけしか再現出来なかったそれに、確かな【魔法】が宿ったことを感じ、僕はホッと息を吐く。
その手を汚しに汚しきったフィルヴィスさんを助けるというのは、正義の味方としては間違っているのかもしれない。
それでも、レフィーヤさんの泣顔なんか見たくない。ただ、それだけなんだ。
「本当に上手くいくとはな。作った俺たち自身、あれの出来には納得いってなかったのにな」
通信用魔道具越しに、ヴェルフが苦笑を漏らす。僕も同意しつつ、固有結界の維持に集中する。
もう随分と世界からの修正力も強まっている。
そろそろ、厳しいかもしれない。
そんな時、通信用魔道具がまた、音を発した。
「ベル様、フィン様から伝言です! 『あと、十分ほど耐えてくれ』とのことです!」
リリからの報告に、僕は了解と返す。朗報だ、あとそれだけならば、あれが使える。
僕は、隣で待機している春姫さんに目を向けた。
「春姫さん、僕に
「畏まりました! この春姫、命に代えましても、その任を全うしてみせます!」
春姫さんが僕の言葉に強く。……いや、こんな所で命かけないでください。僕は、苦笑しながら春姫さんに魔法を使ってもらう。
長い詠唱と、魔力の高まり。そして、春姫さんの尻尾が輝き、その魔法は発現した。
「ウチデノコヅチ!」
春姫さんの魔法が、僕に掛かる。その瞬間、僕は己の身体から力が溢れるのを感じた。
一時的にレベルを上昇させる、階位昇華魔法。レベルが上がるということは、自分の存在自体が少し神に近づくということだ。
ならば、その心象風景の存在強度だって、上がらない筈はないだろう。
固有結界の維持は、随分楽になった。
春姫さんの魔法の効果時間は十五分。十分ならお釣りがくる。
ラストスパートだ、絶対に守り切ろう。
──────
ベルのレベルが一時的に上がったことにより、固有結界内の剣の輝きが、一瞬増した。
それは、単にレベルが上がったから、だけではない。本来の器から大きくかけ離れた力が、外部から与えれた事による全能感からくるものだった。
そのようなもの、通常ならば油断を生むだけだ。しかし、こと剣製の能力において、自身が最強であるというイメージは、寧ろ必要不可欠なものだった。
少しでも自身の力を疑えば、剣は真に力を発揮しない。
その事を、彼は憧憬対象の人生から、学んでいた。
だから、ベルは信じる。自身の力も、仲間達の力も。最強であるという、自らの幻想を。
それは、剣を通して冒険者達に伝わり、士気を高める。高揚感が、僅かな不安を塗り潰す。
同時に、彼等は悔しかった。
一人の男に、こうも心ごと引っ張られている自分が。
ヒーローごっこだの、メイドだのと、ふざけた事ばかり行う自称正義の味方が、ここ一番で魅せるその輝きに。
────
「嫌だな。どうせまたフレイヤ様、あの白兎を見て発狂してるに決まってる」
「それな。白兎と脳筋がふざけた興行始めてから、どんどんあの方は『限界オタク』とかいうやつになられてきている」
「腹立つな。いっそ俺たちも役者になって、あいつらボコしに行くか?」
「「「それだ」」」
とある
────
「くく……流石は我が友だ。然程地獄を知らない身でありながら、全身全霊で世の理不尽を捻じ伏せようとする。ならば俺はその正義を信じ、全てを預けよう」
「何が『正義を信じ』だ。くだらん。お前はあの愚兎としか碌に話せないだけだろう。喋るな、厨二などという神々の毒に汚染された一族の恥晒しが」
「ちょっ、そこまで言わなくて良いじゃんかぁ! 俺は断じて厨二じゃない! だからそんなゴミを見るような目でこっちを見るなぁ!」
しかし、悲しいかな。口は悪いが、ヘディンの言っている事は何も間違ってはいない。
ヘグニとて好きで厨二口調を使っている訳ではなく、緊張により頭が真っ白になってしまう事の反動として、こうなってしまっているのだから。そんな彼の言動を唯一普通に受け入れてくれているのは、ベルだけという悲しい現実があった。
だからヘディンが言っていることは正しい。正しいのだが、あまりに辛辣すぎやしないだろうか。
まあ、彼の口の悪さもいつもの事なのだが。
何にせよ、戦いに支障はない。二人はそれぞれ、己の獲物を握りしめた。
────
「むう……前回も思っとったが、これ程の剣が無限に湧くとは、鍛冶師の立つ瀬がないのう。ヴェル吉の奴もよう専属としてやっとる」
鍛冶系ファミリア、ヘファイストス・ファミリアの団長。【単眼の巨師】椿・コルブランドは、まるで虫のように湧き出てくる剣の軍団に、呆れたように言った。
それはそうだろう。剣の丘に突き立つ剣は、その一本一本が
それが湯水の如く湧き出てくるなど、鍛冶師にとっては悪夢以外の何物でもない。
「フッ、しかし規格外な相棒を持ったことで、ヴェル吉もなりふり構わず自分の全てを己が作品に注ぎ込むようになった。手前も、うかうかしてられんわ」
可愛い弟分のように面倒を見てきたヴェルフの成長を喜ぶように、椿は呵々と笑う。ベルという存在が、ヴェルフに与えた影響を、椿は素直に歓迎していた。
椿は、自身の試作品を振るい、
──────
「フッ、以前展開した時とは格が違う。日々興行ついでに洗礼を行ってきた甲斐があったというものだ」
都市最強の冒険者である
今のベルを構成するものの多くに、オッタルは関わっていた。
ベルが正義の味方としての方向性を決める切っ掛けを作り、その後の活動にも関わって、彼の稽古にも付き合っている。
元は主たるフレイヤの命で行っていた事だが、今現在では彼自身関心を持ってベルに関わっているのだ。
実の所、彼の理想自体には然して興味はなかった。
ただ、その理想に裏付けされた、ベルという英雄の卵のことを、オッタルは気に入っている。
一瞬とはいえ、最強たる自身に競り合って見せた未知の存在を、彼は好ましいと感じていた。
だからこそ、オッタルはベルに対して容赦無しの稽古を付けている。
「いつまで奴の壁としてあれるかは、俺にも分からんがな」
それでも、未だ成長途中のベルが、自身すら超えて、己が目指す頂きへと至るその日まで、彼はベルを鍛え続けるだろう。
かつて自身に洗礼を与えた暴喰の大男のように。
──────
オッタルにより穢れた精霊が数を減らされていく中、アイズもまた宿敵との決着をつけるべく、動いていた。
対峙しているは、赤髪の
彼女は強い。本来であれば、アイズ一人に任せられる相手ではないが、ベルの固有結界内ということもあり、少しだけ無理を言って横槍無しで戦うことを許してもらっている。
アイズは、
その腰には、ベルから託された、剣の形をした触媒が、確かに下げられていた。
魔力の込められた宝石を核に、刀身が形作られるその剣は、持ち主の魔法の効果を大幅に上昇させる。
無論、その魔力も無限ではないが、今は魔力が尽きる度、剣の丘から補充されている。
故に、今のアイズは常に高出力での
それに対抗すべく、レヴィスもまた命を削る勢いで膨大な魔力を解放していく。
二人とも、決着を付けるなら今しかないことを、分かっていた。
故に、出し惜しみはしない。
それはまるで英雄譚のようであり、同時に御伽噺の一幕のようでもあった。
激しい剣戟の中、アイズはベルと話したことを思い返す。
それは、敵が人と怪物の融合体であるという事。更に付け加えれば、純粋な人間である
正義の味方などと言うものを志す彼が、人と戦い、場合によっては命を奪う。
そんな事を求められるこの状況を、ベルがどう思っているのか、アイズは気になったのだ。
ベルは、アイズに素直に答えてくれた。
『正直、嫌ですよ』
と。しかし、彼は続けた。
それでも、何れその時が来ることは、正義の味方を目指すと決めた時から解っていた、いや、知っていた、と。
『僕が憧れた人は、人の笑顔を守るためなら、どんな存在をも敵に回して戦い続けた。理想を求めて、自分の理想を現実にするために、戦い続けた。
だから、それが人々の笑顔を奪う者である限り、何者であるかは関係ないんです』
彼らしい答えだと、アイズは思った。
そして同時に、やはり自分とは違うな、と。一部は賛同出来る。敵がどんな存在であっても、守るために戦うというのは、アイズもまた同じなのだから。
だが、ベルの言葉からは、笑顔を奪う者でさえなければ、それがたとえ怪物やモンスターでも、敵とは認識しないと言っているように聞こえた。
あくまでそう見えただけ。本当は、アイズには分からない。
だが、もし本当にそうだとしたら。もし彼が怪物を守るような事があったら、私はきっと──ー
そこまでの思考に、アイズは頭を振る。そんな事、今は関係が無い。
今考えるべきは、この戦いに勝つことだ。
「行くぞ、アリア! この一撃で決めてやる!」
目の前では、レヴィスが必殺の構えを取っている。
膨大な魔力が込められた一撃。レヴィスに残された全てで放たれるそれは、都市最強であるオッタルすら真っ向から打倒する。
だが、アイズもまた静かに自らの必殺を放つべく構えを取った。
ありったけの魔力が風となり、彼女の美しい金髪を激しく揺らす。
それは、まさに嵐のようだった。
そして力ある言葉と共に、アイズは必殺の一撃を放った。
「リル・ラファーガ!」
竜巻の如き突きが、レヴィスの必殺を真正面から迎え撃つ。
「──────ッ!」
拮抗は一瞬。アイズ・ヴァレンシュタインの必殺が、レヴィスの必殺を正面から撃ち破った。必殺を打ち破られたレヴィスは、しかし薄く笑うとそのまま崩れ落ちる。
それを見届けると、アイズはベルの方へ視線を向けた。
そして、小さく呟く。
未来への不安は絶えないが、今はただ、自身に勝利をもたらした幸運の兎へと最大限の感謝を送ることにしよう。
ベル、ありがとう。と。
その呟きは、戦闘の喧騒に掻き消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
────
アイズさんが、勝った。
僕は、剣の丘に内包する全ての剣を、この手に収束させていく。
カサンドラさんの予知夢では、全ての戦いが終わった所で、特大の【爆弾】が現れるとのことだった。
戦闘のため、ほぼ一箇所に纏められた冒険者たち。
彼等が一網打尽にされるその未来を、この手で変えるため、僕はこれまで直接交戦することを避けて、固有結界を維持することだけに全力を注いできた。春姫さんの
だから、その未来は来ない。僕がそれを許さない。
例え、僕の全てを使ってでも。
全ての剣が僕の手元に収束すると、僕は固有結界を解除する。
そして、【爆弾】の出現位置に、僕はその身を晒す。
すると、既に爆発寸前のそれがいた。正体は、
しかし、今目の前にいるその怪物には、穢れた精霊が宿っている。
ならばその爆発は、精霊の力を以って抑え込める。精霊の血を持つヴェルフと共に作ったものに、みんなの笑顔を乗せれば、それが出来る。
「
瞬間、莫大で純粋な力が、僕の眼前で爆発する。
精霊の力によって極限まで強化された七つの花弁が、爆発を受け止め、閉じ込める。
本来は飛び道具を防ぐための盾だが、爆発もまた、考えようによっては飛び道具だ。
手を加え、精霊の力を止めることに特化させたこの盾は、爆発の威力を存分に閉じ込める。
みんなが笑っている未来のためなら、僕は幾らだって怪物の力に抗う。花弁にヒビが入り、欠片が舞い散る。
しかし、その盾は砕けない。砕け散ったのは、邪竜の身体のみ。
花弁を散らしながらも、僕は笑みを浮かべた。
勝った、と。
犠牲者などいない。みんなを救うことが出来たのだ。
僕は、昂る感情のまま、通信用魔道具を通して、宣言する。
「皆の者、私達の勝利だ! 私達の日常は、ここに守られた!」
ヒーローモードで叫んだその報告に、都市中から歓声が轟いた。
こうして、オラリオ史上最大の危機は去ったのだった。
トロイア戦争において最強とされたアイアスの盾。その性質を変化させ、飛び道具だけでなく、精霊の力にも絶大な防御力を誇るようになった。
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お読みいただきありがとうございます!
今回の話で匂わせていたように、第三部は
第一部で正義の味方としての方向性を定め、第二部で色々な意味で強くなったこの錬鉄ベル君が、この先どうなるのか。
温かい目で見守って頂けると幸いです!
あと最後に。水曜更新に切り替えて早速、水曜中の更新が間に合わず、申し訳ございませんでした!