ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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君の理想の果てを、ボクは見てみたい

「ふぁあ、戦地への往復は疲れたよ。更に興行もやるとか無茶だぜベル君ー」

 ラキアと一戦交わした三日後。ベル達はいつも通り興行を始めていた。

 流石に無茶なのはベルも解っていたのだが、一先ず一度だけでも普段通りの姿を見せて、何も問題ないと街の住民達に示しておきたかったのだ。

 とはいえ、キツイものはキツい。ヘスティアは疲れ切っており、ベルの膝の上でぐでーっとなっている。

「あはは……ごめんなさい、神様。でも、もう大丈夫です。しばらく活動はお休みすることにしましたから」

 ベルは苦笑しながら、ヘスティアの背中を撫でる。ここのところのブラック勤務体制に、割と本気で焦りを感じ始めていたベルは、すぐにでも全員で休暇を取ることに決めた。

 以前からベルを休ませようとしていたエイナが、近頃露骨に色々画策してくるので、彼女の余計な負担を減らすためにも潔くシンプルに休むのだ。

「うんうん、それが一番だよベル君。大体、オラリオに来てからゆっくり休んだことなんて、殆ど無いんじゃないかい? 

 遊びはしても、稽古は欠かしてこなかったし……

 よーし、今日はボクと一緒にダラダラしようぜ!」

 ベルの膝上でむくりと起き上がり、ヘスティアは笑顔で言う。ベルを労る気持ちと、自分がごろにゃんしたい気持ち、そして可愛い我が眷属と遊びたい気持ちが混ざり合い、ヘスティアはいつになくテンションが高い。

 ベルはそんなヘスティアの頭を優しく撫でながら、答える。

 

「そうですね。確かに最近は働き詰めでしたし、今日は神様とゆっくりします」

「うんうん、そうしよう。またエミヤ君の話でも聞かせておくれよ」

「良いんですか? 一度話始めると、止まらなくなっちゃいますけど」

 エミヤ、その名が出た途端、目を輝かすベル。ヘスティアはそんなベルに苦笑しながら、問題ないさと告げる。

 日々ベルのステイタスをその手で更新しているヘスティアは、エミヤという存在がベルにとってどれだけ大きいか、知っている。

 正義の味方としてのベル・クラネルを形成させた、一つの英雄譚とも言い換えられる物語。

 それは、聞けば聞くほど報われない一人の男の物語だった。

 しかし、ベルはその男を誰よりも尊敬し、憧れている。

 全ては救えないと知りながら、それでも現実から目を背けずに戦い続けた、一人の男の物語。

 それを話すベルの純真な瞳が、ヘスティアは好きだ。

(異世界の英雄の夢を見たなんて、最初聞いた時はどうしようかと思っちゃったけど……)

 嬉々と語るベルの話を、ヘスティアは笑顔で聞きながら、出会った当初を思い出す。

 

 

────ー

 最初に見かけた時から、ベル・クラネルは不思議な少年だった。

 どう見ても路銀に余裕はなさげで、必死に自分が入るファミリアを探している。ならば、心にも余裕など無い筈。

 だというのに、ベルは周りに困った人がいれば、どんな時でも手を差し伸べた。迷子の子どもがいれば共に親を探し、転んでしまった老人がいれば、その手を引いて起こしてあげる。

 彼自身、一刻も早くファミリアを探して落ち着きたいだろうに、そんなことはおくびにも出さずに。

 慈愛の女神であるヘスティアの目には、それが何よりも尊いものに映っていた。

(あんな子がボクの眷属になってくれたら、きっと毎日が楽しいだろうなぁ……)

 そんな想いが芽生えるのも、無理はないだろう。打算を感じないその振る舞いに、ヘスティアはベルを自分のファミリアに入れたいと、心から思った。

 見たところ、彼は中々自分を入れてくれるファミリアが見つからないようだった。

 同志だ。自分もまた、眷属の勧誘を断られてばかりだ。最早運命なのでは、と思う程、ヘスティアはベルに惹かれていた。

 衝動のままに、ヘスティアはベルに声かける。

 

「やあ、ファミリアを探し中かい? だったらボクの眷属にならないかい?」

 そこから話は早かった。突如現れた幼女神に、ベルは目を白黒させつつも、勧誘を素直に受け入れた。

 あまりに話が上手くいきすぎて、逆に不安になった程だ。

 自分はまだ眷属が一人もいない身だが、本当に良いのかと、後から何度も確認を取った。

 しかし、ベルの目は真剣で、ヘスティアの勧誘を心から受け入れていることが伝わった。

 突然やって来た身元も知れない神を、何の躊躇いもなく信用するなど、この子は大丈夫だろうか? ヘスティアはベルのことが心配になりつつも、初めての眷属との出会いに心を弾ませながら、帰路についた。

(ああああ、夢でも幻でもない、ボクだけの眷属。ベル君とこれからどんな生活が待っているんだろう?)

 ベルの手を握りながら、ヘスティアはこれからの生活に思いを馳せる。

 楽しみでしょうがない。

 事実、ベルとの日々は確かに楽しいものになる。しかし、特大の爆弾が投下されるのも、この後すぐの話であった。

 

(な、なんだこの出鱈目なスキルと魔法はー!?)

 拠点(ホーム)にしている廃協会に戻り、早速ベルに神の恩恵(ファルナ)を刻み込んだヘスティアは、彼のステイタスを見て腰を抜かしそうになる。

 その異常さに、声も出ない。

 下界に降りて日が浅いヘスティアから見ても、明らかにおかしい。

(早熟スキルなんて聞いた事が無い! (ボク)達の恩恵に蓄積される経験値(エクセリア)に影響を与えるほどの憧憬と理想って一体なんなんだ!? 

 いやでも、魔法の方がもっとヤバい! 固有結界、自らの心象風景を現実に侵食させる!? そんなの下界の子どもが扱い得る力を越えてるよ!)

 最早脳の理解が追い付かない。

 規格外の能力と、それが発現するに足る強烈な憧れ。

 見かけた時点で普通の精神性ではなさそうだと思っていたが、ここまでとは思わなかった。

 

「神様、終わりました?」

 ベルの呼び声に、ヘスティアは我に返る。慌てながらベルの背中から降り、言葉を吐き出す。

「あ、ああ! 無事に終わったよ。今から書き写すところだから、少し待っていてくれるかい?」

 そう言って、ヘスティアは羊皮紙に写し取っていく。

(でも、どこまでベル君に伝えよう?)

 早熟スキルも固有結界も、他の神々に知られたら玩具にされかねない。と言うか、固有結界については扱い方を間違えたら自滅する恐れすらある。

 そんな力を、たった今ステイタスを刻んだばかりの少年に教えるというのは、ヘスティアには躊躇われた。

 しかし、身を守る術ともなる力だ。

 他の誰かが守ってくれるなら兎も角、現状ベルが自分で自分の身を守らなければならない以上、魔法の事を全て秘密にしておくのも、ベルの為にならない。

 そう考え、ヘスティアは覚悟を決める。

(……よし、幸か不幸か、心象風景そのものの外界への展開はまだ出来ないっぽいし、一先ず付随する魔法だけでも書いておこう)

 それが、ヘスティアの結論だった。

 明確に厄ネタである核心部分だけを隠し、ヘスティアは羊皮紙に魔法を書き写していく。

 それは、決して間違った対応ではないだろう。全て話すのは、その力が完全に発現した後でも良い筈だ。だから部分的に隠す。

 しかし、結果的に言えば特に意味は無かった。

 

「わあ! 解析に強化、投影も使えるんですね! 僕もあの人と同じ能力が使えるなんて……!」

「んん!? 待て待てベル君、この魔法について何か知っているのかい!? ボクは聞いた事無いけど!?」

 渡された羊皮紙を見て目を輝かせるベルに、ヘスティアは食いつく。

 彼が同じ魔法を持つ者を知っているとしたら、これらが全て【固有結界】によるものだと知っているかもしれない。そしたら、隠した意味が無い。

 そもそもあの人って誰だ。こんな無茶苦茶な魔法を使える者が居たら、幾ら上手く隠しても何かしらの噂が立ちそうなものだが。

 ベルはヘスティアの勢いに少し気圧されながらも、素直に答える。

 神に嘘は通用しないし、下手な誤魔化しは逆効果だ。何より、これから主神と眷属として共に歩むのに、隠し事などしたくもなかった。

 

「え、ええと……話すと長くなっちゃいますけど……」

 そこからベルは、かつて見た理想(ゆめ)の話をヘスティアに話した。

 こことは違う異界の夢。そこで出会った一人の英雄と、その物語を。

 ヘスティアは、その話を聞いている内に、段々と血の気が引いていった。

 だってそうだろう。下界の子どもが異界の者と干渉することなど、まずあり得ない。神々ですら、断片的にしか異界に関わる知識や情報を持たないのだ。

 にも拘らず、何のバグなのか、ベルは夢という形でその異界を垣間見ている。どんな確率だ。

 しっかりそこで見た人物に憧憬を抱き、その憧憬を自分の力として発現させている所まで含めて、何から何まで規格外過ぎる。これが下界の未知か。いや流石に限度がある。

 思考の迷路に嵌まり込んだヘスティアを余所に、ベルは語り続ける。

「助けられるのなら全部助けたいと、最後まで戦い続けた孤独な英雄。とても悲しい生き方で、でも僕はそんなあの人に憧れたんです。

 正義の味方に」

 その言葉をベルが発した瞬間、ヘスティアの目に一つの情景が浮かんだ。一人の男の人生の、全てが詰まった荒野の光景。

 その景色に圧倒され、ヘスティアは声を失う。先程までの混乱すらも吹き飛んでいた。足掻き続け、最期まで戦い続けた男の生き様が、ヘスティアの心に染み渡る。

 目の前の少年は、こんなものを幼少期に受けたというのか。持ち前の真っ白さ故に、全てを受け入れることが出来てしまったのか。

 受け継がれた理想と憧憬は、神々ですら霞む程の輝きを放ち、今ヘスティアの前に存在している。

 ならば、神の恩恵(ファルナ)がその想いに応え、他者の能力を【継承】するのは当然の帰結なのかもしれない。

 最早納得を通り越して、諦観すら覚えるヘスティア。この子は何がなんでも正義の味方になるのだろう。

 何処までも出鱈目な軌跡を描きながら。

 

「そっか……良かったねベル君。そんな子と同じ能力が発現出来て。試しに一回使っちゃおうぜ!」

 ヘスティアは、一旦思考を放棄することにした。騒いだところで、何も変わらないだろう。

 正直不安だらけだが、今はこの輝きを見守るしかない。

「はい! 一度あの人の武器をこの手に持ってみたかったんです! 

 ……投影、開始(トレース・オン)!」

 ベルは新しい玩具を貰った子どものように、目と顔を輝かせながら、嬉々として詠唱を行う。

 イメージするのは陰と陽の夫婦剣。

 憧れの存在愛用の武器。

 高ぶる気持ちと共に、それを形にした。

「うおお!? 本当に出ちゃったよ!?」

「凄い……夢に見たあの剣だ……!」

 ベルの手の中に現れた夫婦剣。二人してテンションが上がり、喜ぶ。

 しかし、揃ってはしゃいだ後、ベルの様子に異変が起こる。

「あっ……しまった、いきなり宝具の投影は無茶だった……!」

「えっ……何それ、聞いてな……ベルくーん!? わっ、何これ腕から剣が生えてる!?」

 唐突だが、結構洒落にならない事態にヘスティアは慌てふためく。

 ふらっと倒れ、気絶したベルの腕から、剣が生えていた。

 

 

────────

「後遺症は無い。傷は回復薬(ポーション)で塞がっているし、精神力枯渇(マインドダウン)も抜けた。初めて診る症状故断言は出来んが、これといった問題は見当たらなかった」

「本当かいミアハ!? 良かった……ベル君、良かったよぉ……」

「あはは……ごめんなさい神様。心配をおかけして」

 ヘスティアの盟友、ミアハはベルの身体を調べ、ヘスティアに報告する。

 その報告を聞き、ヘスティアは安堵からかベルに抱き着きながら、涙を流した。

 ベルも申し訳なさと、ヘスティアの温かさに笑顔を浮かべる。

 今日出会ったばかりだというのに、自分のために涙を流してくれるヘスティア。その優しさに、ベルは改めて感謝した。

 同時に、そんなヘスティアに不要の心配をかけてしまった自分を恥じた。冷静に行動していれば、今回の事態は避けられただろう。

 神の恩恵(ファルナ)を刻んだばかりの自分に宝具の投影など、明らかに身の丈に合わないことは、容易く想像出来たのだから。

 精神力枯渇(マインドダウン)に陥るのも、当然だろう。結果、固有結界を体内に抑えきれず、軽く暴走状態まで陥った。とんだ醜態だ。

 ヘスティアに抱き着かれたまま、ベルはミアハにお礼を言う。

「本当にご迷惑をおかけしました」

「なに、構わんさ。友の家族を助けるのは当然のことだからな」

 微笑みながら気にするなと言ってくれるミアハに、ベルも笑顔を返す。

 本格的に冒険者としての活動を始めたら、絶対彼の所の薬を優先的に買おうと、ベルは心に決めた。

 ヘスティアもミアハに頭を下げ、ベルが目覚めるまで介抱してくれたことに礼を言う。

「今日はありがとうミアハ。君には助けて貰ってばかりだ」

「気にするなヘスティア。私とそなたの仲だろう?」

 ヘスティアとミアハは、お互いに顔を見合せながら笑い合う。

 そして、ミアハがベルに向き直り、真剣な表情で話しかけた。

 

「それにしても……難儀な力だな。精神力枯渇(マインドダウン)に陥るだけで、あのような事態を招くとは……」

 人の身体から剣が生えるなど、常識では考えられない。

 ミアハはその能力の詳細は聞いていないが、あまりに異常だ。

 ベルはミアハの真剣な様子に、少し気圧されながらも、しっかりと目を見て言葉を返す。

「はい……正直、今の僕には過ぎた力です。なるべく強力な武器は使わないようにします」

「うむ。それが良いだろう。その上で、定期的に私の元へ来ると良い。いつどのような異変が起こるか、わかったものではないからな」

 ミアハはベルの目をしっかりと見据えながら、ベルに提案した。

 それは間違いなくベルの為を思っての言葉だ。ベルは感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございますミアハ様。お世話になります」

 ベルはミアハの提案を受け入れる。

 ミアハの言う通り、この能力は危険過ぎる。素のステイタスがある程度上がり、力が安定するまで、身体の変化具合を確認する必要があるだろう。

「ベル君、本当に気をつけてくれよ? もう君から剣が生える姿なんて見たくないからね?」

 ヘスティアはベルをギュッと抱き締めながら、心配そうに注意する。

 その暖かさに心地よさを感じながら、ベルもしっかりと頷いた。

「はい。無駄に心配をかけるようなことは、もうしません」

 ベルはヘスティアにそう誓った。

 まあ、それはそれとして、強くなるため、人を助けるためなら無茶はするし、その度ヘスティアとミアハの胃を痛めることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

────────

(懐かしいな……あの頃のベル君は本当に不安定で、その癖今以上に無茶をするから、ボクはいつもハラハラしてたなぁ。

 まあ、そのお陰で今のベル君があると思えば……悪いことばかりじゃなかったんだけどね?)

 ベルのエミヤトークが一段落したところで、ヘスティアは思考の海から浮上する。

 あれからたった三ヶ月程度しか経っていないが、随分と昔のことのように思えた。

 瞬く間にベルは強くなったし、固有結界を暴走させることもほぼなくなった。

 ……まあ、相変わらず無茶はするし、ヘスティアの胃を痛めることも多いが。それでも、ヘスティアはベルの成長を、そしてベルが繋いできた縁を、何よりも嬉しく思っている。

 

「と、話しすぎちゃいましたね。神様、ご飯作りますけど何が食べたいですか?」

 ベルの声で、ヘスティアは我に返る。

 先程まで昔のことを思い出していたせいで、少しボーッとしてしまったようだ。

「わわ、もう夕方だね! えっと、じゃあ今日は極東料理……和食が良いかな? ベル君も好きなんだろう?」

 ヘスティアはベルにリクエストする。彼の憧憬対象の故郷の料理であり、近頃は仕事仲間の命と共に研究している料理だ。

 ベルの思い入れが詰まったその料理が、ヘスティアは大好きだった。

 

「はい! それじゃ、今日は豚汁と鮭の塩焼きにしましょうか。最近鮭が手に入り易くなってきましたし」

 ベルは嬉しそうにそう言いながら、台所へと向かっていった。

 その背中を見送りながら、ヘスティアは独り言を呟く。

「あはは……とんでもないことばかり起こって、凄く刺激的な毎日だけど、最初に思い描いた通り、幸せだなあ」

 ヘスティアは、そう呟いた。

 人を笑顔に出来る者が正義の味方だというのなら、ベルは確かに正義の味方だ。自分含め、彼と関わった者達は、確かに救われたのだから。

 理想が叶うことは、無いかもしれない。それでも、彼が笑顔でいる限り、きっと夢は叶うと、ヘスティアは信じている。

 どんな結末になろうと、それが彼の望んだ道なのだから。

 




 何気に今作初登場のミアハ。
 本編開始前のベルは、ダンジョンで無茶してボロボロになったり、固有結界も割と頻繁に暴走したりで、結構お世話になっていた。


────────
 また更新前に日付変わってしまって申し訳ございません!
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