ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
どんな試練が待ち受けていようと、笑顔のために
久しぶりに、夢を見た。
僕と同じ白髪の青年が、鎧を着た猛牛と向かい合っている。
人間と怪物、決して通じ合うはずのない、絶対的な敵対関係。
しかし、対峙しながらも、一人と一頭は、互いに笑っている。
片や姫を守るため、英雄になるため。
片や本能に従い、ただひたすらに闘争を求めるため。
決して相容れることの無い両者は、互いを好敵手として認め合う。
だが、最後まで一対一で戦うことは無かった。無理が祟って、青年の視力が失われてしまったから。
視力を失った英雄は、代わりに姫という眼を得た。
二人で剣を握り、猛牛に対峙する。
好敵手に申し訳なくは思うが、それでも最後まで自分らしく生きるのだと、姫を守り英雄譚を演じる。
だから、どうか許してくれ。
「──ーまた会おう、我が敵よ!
生まれ変わり、次にまた巡り会った時、今度は一対一で! 私達の決着を!」
……そこで夢から覚める。
前世の夢。雷霆の剣を握って以来、時折脳裏を過る、自分によく似た白髪の青年。恐らく前世の僕と思われる人物。
彼は、確かに怪物と通じ合っていた。人と怪物、どうしたって相容れない筈の一人と一頭は、殺し合いの中、確かに通じ合っていた。
「約束……か」
また会おうと、そう彼は言った。
今この夢を見た事に、何か意味があるのだろうか? あのミノタウロスも、生まれ変わっているのだろうか? あの時の約束を果たすため?
「ん……ベル……」
ふと隣から、寝言が聞こえてくる。
「そうだ、意思を持って動くモンスターと、昨日出会ったばかりだった。なら、あのミノタウロスだっていてもおかしくないかも……」
そこに居たのは、
昨日、行方不明者捜索の依頼を受け
冒険者に追われ、ボロボロになりながらも隠れ潜んでいたところ、偶然見つけて保護してしまった。
無論、バレれば僕や神様の名前は一瞬にして地に落ちるだろう。
正義の味方として築いてきたもの全てが、音を立てて崩れ落ち、僕と関わるみんなに迷惑がかかる。
だが、それでも僕はこの少女を見捨てることが出来なかった。
見捨てた時点で、僕はもう正義の味方ではなくなってしまうから。
言葉が通じる。助けを求めている。
「もし、他にも知性のある
解っている。怪物と関わるなんて、不祥事の中でも最悪だ。
今僕が社会的に死ねば、どれだけの人に迷惑をかけるか。
何千年と言う歴史の中刻まれてきた、人と怪物の敵対関係は、それほどまでに根深いのだから。
でも、それでも、僕の憧憬の人は、きっとこんな場面でも、理想を追い求めるのだ。
だから、因縁のミノタウロスとも、今目の前にいる喋る
そこだけは曲げるつもりはないのだが……
「流石に先が思いやられるね……」
憧憬に習い、なるべく弱音は吐くまいと思っているのだが、今回ばかりは溜息をつかずにはいられなかった。
────────
「いただきまーす!」
二時間後、すっかり日も昇り、起床した
場所はアポロン様から買い取った館ではなく、当初より僕達が
アルゴ仮面興行のスタッフさん達を始め、多くの外部の人が出入りしている向こうと違い、こちらには来てもリリやヴェルフなど、僕と関係性の深い身内くらいのものだ。
なので、ここでならウィーネを隠すため肩肘を張らず、自然体で居られる。
実際、身内には昨日の時点で、ウィーネのことを説明済みだ。
かつてない厄介事を背負い込んだことにリリは頭を抱えていたが、皆諦めの溜息を吐いていた。
『まっ、正義の味方の仲間になると決めた時点で、面倒事は覚悟してたしな』
とはヴェルフの談。
申し訳なく思うが、みんなが僕の理想に理解を示してくれていることに感謝している。
「おっ、ウィーネ君、いい食べっぷりだねぇ!」
「ベルのご飯、おいしい……!」
美味しそうに料理を頬張るウィーネを、微笑ましげに見守る神様。
こんな状況でも、普段通りの調子でいてくれる神様の存在がありがたい。
「ふっふ、美味しいだろう? 何しろベル君が愛情たっぷり込めて作った料理だからね!
世界で一番美味しいに違いないのさ!」
「そうなの? ベル、すごい!」
……普段通りすぎるかも。ちょっと神様? 盛りすぎですよ!? 料理上手な人は沢山いますからね!? 僕の料理なんて、まだまだ発展途上だ。神様の言う世界一だなんて、そんなおこがましいことは口が裂けても言えない。
いやでも、以前料理しながら最強だとか頭の中でほざいてたな……
目をキラキラさせながら僕を見つめるウィーネと、ドヤ顔の神様。
訂正なんてとんでもない、ここはあえて乗っかって場を盛り上げるのが、正義の味方としての正しい振る舞いだろう。
だから僕は、仮面を被ってこう言った。
「フッ……この私、正義の味方アルゴ仮面は最強にして究極。
宇宙で最も美味しい料理を作る男さ」
何言ってんだこいつ。久々に仮面被ったせいか、ちょっとテンションがおかしい。まるで初めて仮面を付けた時のように、口が勝手に回って内容が制御できていない。
神様は腹を抱えて爆笑し、ウィーネはきょとんとしている。
しかし、すぐに顔を輝かせて、
「わぁ、カッコ良い! わたしもそれ被る! ベルとおそろい!」
と言ってきた。マジですか? 良い反応を貰えて何よりだけど、彼女にこのような趣味を与えてしまって良いのだろうか? いや、もう遅いか。
新しく仮面を投影してウィーネに渡せば、彼女はすぐに装着した。
「やった。おそろい、おそろい!」
余程嬉しいのか、ウィーネはその場でクルクル回りだす。
「むむ……仮面を被ればベル君とお揃い……考えもしなかった盲点だよ! ベル君! ボクにも仮面を作ってくれ!」
はしゃぐウィーネを見てハッと気づいたのか、神様までそんなことを言い出した。
……神様、最初の頃は引き気味だった気もしますが、今やノリノリですよね?
うん、もういいや。このまま三人で遊んでいよう。
「フッ……一朝にして二人も正義の味方が増えてしまうとはね。
行くぞ、私達の戦いはこれからだ!」
「「おー!」」
ビシッとポーズを取れば、二人も僕の真似をして片腕を上げる。
盛り上がりが頂点に達した時、
「あー……何か問題起きてないか一応心配してたんだが、要らぬ世話だったみたいだな。
とりあえず、おはようさん」
「一夜でこれほど打ち解けてしまわれるとは、流石ベル様ですね」
苦笑気味のヴェルフと呆れ顔のリリが、教会の扉を開けて入ってきた。
後ろには、呆気には取られているものの、どこか優しい眼差しの春姫さんと命さんの姿もある。
そして、彼女達の後ろには、
「未知のモンスターと遊んでる……未知のモンスターと遊んでる……
俺なんて人が相手でも人見知りなのに……流石ベル」
扉の陰から、呪詛のようにブツブツ呟くヘグニさんの姿があった。
「あっ、みんなおはよう……いや、うん、本当に何やってるんだろうね?」
僕のヒーローごっこなど今に始まったことではないが、流石に昨日拾ってきたばかりのモンスターとここまでやるとは思ってもいなかっただろう。
神様も我に帰り、少し白目になりつつある。ウィーネは不思議そうな表情を浮かべているだけだが。
少々気恥ずかしくなり、僕はポリポリと頰を掻いた。一先ず、全員揃ったことだし、さっさと残りのご飯食べてミーティングに移ろう。
仮面を外した僕達は、ご飯を済ませてミーティングを開始した。
議題は当然、ウィーネの事だ。
昨夜、僕や神様がウィーネの子守りをしている間、リリ達はウィーネの他に知性のある
酒場とかギルドとか、各々のファミリアの主神とか、思いつく限りの場所に当たってくれたのだが……
「残念ですが、成果は芳しくありません。ギルドでも他のファミリアでも、知性のあるモンスターの話は聞いた覚えがないそうです」
とリリは言った。
当然と言えば当然か。今まで聞いたこともない存在だ。仮に何か知っている人が居たとしても、その人達は口外していないだろう。
「他にリリたちと関係のある神様の中で、まだ手を付けていない方といえば、ヘルメス様、ロキ様辺りですが……」
リリはその先を言おうか、迷っている素振りを見せた。
言いたい事は解る。その二柱については、どれだけ信用して良いか判断できないからだ。
まずヘルメス様は論外だ。都市一番の情報通だし、味方につけられれば頼もしいが、基本的に商神である彼は、取引先の僕等が怪物の保護などというスキャンダルを抱え込む事を嫌うだろう。
もし手を貸してくれると約束してくれても、裏ではウィーネを排除しようとしてくるかもしれない。
そしてロキ様も微妙な所だ。彼女自身は別に、善神でも悪神でもない道化の神なので、ウィーネのような存在を見ても面白がるくらいで流してくれるかもしれないが、問題は情報がフィンさんの手に渡る可能性だ。
彼とはそこそこ親交があるため、なんとなく人となりが分かってきたが、彼は非常に優秀で、恐らく損得勘定に厳しい。
少なくとも、怪物を助けるなどと言う、下手したら名を地に落とす行為を黙って見過ごすとは考え辛い。
「うーん、やっぱりその二柱は保留かな? ちょっと手を出すのは怖いかも」
その判断に、異を唱える人は誰もいなかった。
僕たち自身、何も情報もがなく方針すら定まらない中で、闇雲にウィーネの事を広める訳にもいかない。
やっぱり人伝に情報を集めるのは限界があるかな。今日にでも
ヘグニさんがいれば、余程深く潜らない限りは、そうそう危険も無い。
「では、ベル様とヘグニ様はウィーネ様がいらした十九階層を中心に中層や下層の探索、リリとヴェルフ様は引き続き都市内で情報集め、命様と春姫様は、ヘスティア様と共にウィーネ様のお守りを。
この方針でよろしいですか?」
リリが確認を取り、全員頷いた。
よし、それじゃあ行こう──と椅子から立ち上がった僕の服の裾を、ウィーネは引っ張った。
「ベル……どこか行くの?」
不安げな眼差しを向けてくるウィーネ。そっか、そうだよね。いきなり僕がいなくなるのは不安だよね。
神様はともかく、命さんと春姫さんとはまだあまり顔を合わせていないから、その二人と一緒というのも不安に拍車をかけるだろう。
「えと……出掛けるのはもう少し後にしようかな?
ちょっとみんなで遊ぼうか!」
今のウィーネを、このまま置いていくのも忍びない。
せめてウィーネが命さん達と打ち解けるまでは、一緒に居てあげるべきだろう。
そんな僕の言葉に、
「ほんと? わたし、またこれつけて遊びたい!」
ウィーネはパッと顔を輝かせ、先程渡した仮面を掲げてくる。そんな様子を見て、命さんと春姫さんは微笑ましげな表情を浮かべている。
神様も意図を察してくれたみたいで、テンションを上げてウィーネと共に仮面を着ける。
ヘグニさんは純粋に混ざりたいのかソワソワしている。
ヴェルフは苦笑しつつもノリが良い。
リリは微妙そうな顔をしつつも、まあ仕方ないかという表情で溜息をついている。
「フッ、ではこの正義の味方アルゴ仮面と共に、正義の行いをしようじゃないか!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」
玩具の双剣を投影し、宣言する。
皆と共に手を上げ、声を揃えた。
ウィーネの不安が少しでも和らぐのなら、きっとこれが一番良い。
彼女を守る上で、問題は山積みだ。でも、そればかりに気を取られて、肝心の笑顔を失ってはいけない。
それは僕の志す正義じゃない。
今は目一杯、この時間を楽しもう。
「くく……正義の使者達よ、貴様らの姫はこの漆黒が預かった! 返して欲しくば、俺に正義の心を示せ!」
「きゃっ……!? お助けくださいましっ!」
「春姫!? かえせ、春姫をかえせ!」
「ウィーネ殿、落ち着いていきましょう! 春姫殿は只のか弱い姫君ではありません! しばらくは耐えられるはず!」
「そういう命君が一番に春姫君助けに突っ込みそうだけどね!」
……存外打ち解けるの早いなぁ……
他の人はともかく、ヘグニさんは苦労するんじゃないかと心配したのだが、彼の特性と遊び内容がマッチしたせいか、物凄いスピードで仲が良くなっている。うん、幸先は良好だ。
この後全員が我を忘れて夢中になり、結局出掛けることが出来たのは昼頃になってしまった。