ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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知れば知る程、それは重くのしかかる

 怪物(モンスター)迷宮(ダンジョン)から産まれ、迷宮(ダンジョン)に還る存在。

 それは、遥か太古から定められた摂理。迷宮(ダンジョン)から産み落とされる怪物達は、地上に住むあらゆる種族と敵対関係にある。

 しかし、生き物の循環には、イレギュラーが付き物だ。

 何千年もの年月、輪廻転生を繰り返す中、地上に敵意ではなく憧憬を向ける怪物(モンスター)が生まれたとして、何がおかしかろう。

 細胞と同じ、皆が皆設計どおりに造られるわけではない。

 細胞が時折、DNAに異常を起こした個体を産み出すように。怪物(モンスター)が本来持つ本能の他に、理性を持ち得る個体が発生したとて、何もおかしいことなどないだろう。

 

 怪物のはみ出し者、異端児(ゼノス)

 それは、迷宮(ダンジョン)におけるがん細胞のようなものと言えるかもしれない。

 その中でがん細胞と大きく違う点は、彼等は別に母体である迷宮(ダンジョン)に悪影響をもたらしているわけではなく、迷宮(ダンジョン)もまた彼等を本気で排除しようとはしていない事。そして、自立を許されているということだ。

 細胞はその身体を構成する一部としてしか存在出来ないが、怪物(モンスター)は違う。迷宮(ダンジョン)の外であろうと、生きることは出来る。

 しかし、それだけだ。実際に迷宮(ダンジョン)の外に出たところで、彼等には敵しか居ない。

 人類を始め地上に住む者達にとって、怪物は怪物。如何にはみ出しモノとは言え、怪物(モンスター)を受け入れることなどありえない。

 そして、異端であるが故に同族達からも受け入れてはもらえない彼等は、結局迷宮(ダンジョン)内にも迷宮(ダンジョン)外にも居場所がないのだ。

 細々と、同じはみ出し者と徒党を組み、日陰に潜み細々と生きていくしか、彼等には許されていない。

 一見すると、残酷極まりないように見えるかもしれないが、自然界における生存競争というのは得てしてそういうものだ。

 生きる術があるだけ、まだマシと言うべきだろう。

 

 それでも、こういった者達をこそ救いたいと考えるのが、ある者の理想だった。

 これが自分の知らない存在だったならば、言葉が通じない者達だったならば、人では無いからと割り切ることも出来ただろう。どの道全ての生命を救いの対象とする事など、どのような理想を掲げたところで、出来はしないのだから。

 しかし、自分が知る者ならば、誰であろうと涙を見たくはない。

 それがたとえ、怪物であろうが変わりはしない。彼が受け継いだ理想とは、そういうものだ。何も失わないようにと足掻いて、結果何もかもを取りこぼした男の理想だと知りながら、それでも同じ道を彼は歩んでいる。

 自分の選択が、結果的により多くの犠牲を生むとしても、後悔はしないという矛盾を孕んだまま。

 あの男が偽善と卑下し続けた、最も醜悪な理想を。

 

 

────────

 僕達は知った。異端児(ゼノス)と定義付けられる者たちの存在を。

『──(ワタシ)トオ話シテクレルノ? 嬉シイ! 私、マリィ。人魚(マーメイド)デ、イツモココニお留守番シテルケド、イッパイ仲間ガイルノ!』

 人魚(マーメイド)のマリィはそう言った。輝かんばかりの笑顔で、仲間について楽し気に。

 少々自我が薄いような気もするが、ウィーネと同じように、笑ったり、驚いたりと表情は豊かだ。

 他の異端児(ゼノス)以外の怪物のことを怖いと感じていたり、人間と同じ感情表現を身に付けているのもウィーネと同じだ。

 こんな存在が、沢山居るのか……

 

『──異端児(かれら)がいつから迷宮(ダンジョン)に現れたのか、何故そのように生まれたのかは定かではない。

 しかし、確かに心を宿している。地上、或いは人類に強烈な憧憬を抱いたことで、彼等は知性を手に入れたのかもしれない。

 そんな彼等を、ギルドの主神(ウラノス)は支援している』

 僕達を監視していたウラノス様の使者、フェルズさんの言葉だ。

 ギルドの主神が異端児(ゼノス)と繋がっている。世界最高レベルの権力を持つ神様が、怪物の手助けをしている。

 もしこんな事が世に知れたら、世界は一体どんな狂騒に陥るか、想像するだに恐ろしい。

 それでも彼は、共存を目指し頑張っているのだ。

 上手くは行ってないようだが……それでも、諦めていない。

 そんな中、僕に人と怪物の架け橋としての可能性を見出しているらしい。勿論、強制はされていない。

 しかし、随分僕の理想を見透かされているようで、半ば確信めいたものすら感じる。

 まあ、否定する気は毛頭ないのだが。

 

『──やあベル君、君が異端児(ゼノス)の事に関わろうとしてると聞いたよ。本気かい? 俺としては危ない事は控えて欲しい。

 君には順当に英雄への道を進んでもらいたいからね』

 そんな事を言ってくるヘルメス様も、異端児(ゼノス)の事を知っていたらしい。

 やはりというべきか、僕がこの件に関わることに否定的だった。

 意外にも直球で止められたことには、少し驚いたが。考えていることを読ませてくれない神様の事だから、止めるとしてももっと回りくどく来ると思っていたのだけど。あれかな? 商売仲間でもあるから僕からの信用を失うような真似は出来ない、ってのが本音なのかな? だとしても、僕がやる事は変わらないけど。

 

 

──────

「ベル様、やはり方針は変わりませんか?」

 異端児(ゼノス)の事を知った日の夜。不意にリリが尋ねてくる。

 ウラノス様の神意を知り、迷わず協力しようとしている僕。

 怪物の保護に留まらず、本格的に共存の道を探るという話にまで一気に広がった。

 だというのに一旦立ち止まるということすらしない僕に、リリは不安を覚えていたのだろう。

 本当に、全てのリスクを承知の上なのか、と。

 

都市の破壊者(エニュオ)の一件で、ベル様は実質世界の危機を救ったと言っても過言ではありません。

 ヘルメス様の働きにより興行の方も随分大きくなり、その影響力は計り知れません。

 そのベル様が人類共通思想に反する目的を持つことが周知されてしまった場合、盲目的にベル様を信奉する方と、そうでない方とで必ず激しい対立が起こるでしょう。

 最悪の場合、世界が二分することすら起こりかねません。

 それは、ベル様が望む未来ではないのではないですか?」

 

 リリはそう聞いてきた。

 ウラノス様の行動が露見するのと同じ……いや、より激しい混乱を招く恐れが有る。

 何かあった時犠牲になるのは僕達だけでは済まない。正義の味方として、本当にそのような道が最善なのか。

 ああ、本当に。英雄エミヤがこの理想を呪った理由がよく分かる。だって、もしその結末を迎えたとしても、理想の為に抗った結果ならそれはそれで納得できそうなのだから。

 そんなの、自己満足でしか無いのに。だからこそ、彼は何もかも置き去りにして走り続けたのだろう。

 僕の場合はどうだ? どんなに馬鹿げた軌跡を描こうと、付いてきてくれる仲間がいる。それを知った上でみんなをその道に引き込むのだから、きっと彼以上に悪質なんだろうな。

 でも、とっくに解っていたことだ。このような理想を掲げながら仲間も頼ると決めた時点で、自分が正義の味方を名乗る悪魔であるという事は。

 それでも、やっぱり僕は笑えている。その思いに間違いは無いと胸を張れるから。だから僕は迷わない。

 笑う事をやめたら、それはベル・クラネルではない。

 どこまでも真っ直ぐ、笑いながら突き進む。それこそが僕の望む未来、理想の自分なのだから。

 

「うん……そうだね、確かにその通りだよ。そんな未来は望んでない。正義の味方としての最善を選ぶなら、余計な事せずにより多くの人が平和に幸せに生きれる可能性が高い方を選ぶべきだと思う。でも、やっぱりそれじゃ駄目なんだ。異端児(ゼノス)の事を知った今、知らざる振りをして放置すれば、それは理想を妥協したことに他ならない。だから、僕はやるよ」

 リリに笑い返し、そう言った。

 偽りない本心を、その顔に乗せて。

 それで納得してくれたのかは分からないが、リリはそれ以上何も言わなかった。

 

「……やはり、正義の味方の補助をするのは、リリには荷が重いですね。でも、どこか安心している自分もいます。

 何処までいってもベル様は変わらない。リリを助けてくださったあの時のお顔と、何一つ変わってらっしゃらない。だから……」

 リリはそこで言葉を止め、笑う。

 いつもそうだ。頭では現実を見ていたとしても、僕の理想を心の底から信じている。

 変な行動を取る僕を信用し、手伝ってくれる。

 僕の仲間たちの中で、僕のストッパーになれるとしたら、基本的に彼女だけなのだが、そんなリリも本気で僕を止めることは無い。

 それは、今も変わらないのだ。その覚悟が嬉しくて、僕の頰も緩む。

 そして、笑い合う僕達の会話を黙って聞いていたヴェルフもまた、口を開き始める。

 

「なんだ、リリスケ。異端児(ゼノス)とやらの手助け、最初から受け入れてたんじゃなかったのか? 蒸し返す必要あったのかよ?」

「不安なものは不安なんです! 矢継ぎ早に話を進めるベル様には、こまめに意思確認しないといつどこで齟齬が生まれるかわかったものじゃありませんから! いつの間にか変な事件に首突っ込んで、いつの間にか解決してしまう。そんな危なっかしい方の助手をしてるリリの気持ちなんて、ヴェルフ様には分からないんですよ!」

「あーいや、その点は同意せざるを得ないが……」

 リリの猛抗議に、ヴェルフは気まずそうに視線を逸らす。

 なんかごめん……性分的にも理想的にも、そこだけは変われそうにないから、諦めて。

 とまあ、こんな一幕も有ったが、改めて。

 

 情報を得たことで、やるべきことは決まった。

 まずウィーネを異端児(ゼノス)の徒党に預け、ウィーネの身の安全の確保と、僕らの行動がバレる危険を減らす。

 その時、通信魔道具を渡して迷宮(ダンジョン)内に連絡網を敷く準備もしておこう。

 僕とアスフィさんとフェルズさんが協力すれば、迷宮(ダンジョン)のどこからでも連絡を取り合える環境を、他の誰にもバレずに作ってしまえるだろう。そうすれば、ウィーネに寂しい想いをさせる心配も少なくできるし、お互い隠密行動も取りやすくなる。

 そっちが安定すれば、今度はアルゴ仮面興行を利用して怪物への忌避感が和らぐ物語を流行らせる。

 元を辿ると、怪物祭(モンスターフィリア)もそのための催しらしいので、僕達も僕達に出来る戦い方で少しでも怪物に対する悪感情を減らしていかなければならない。

 あまり劇的な変化は望めないだろうが、まさか本当に怪物の為に動いていることを、今から人々に公表して何もかもぶち壊しにする訳にもいかないので、少しずつ周知していこう。

 何にせよ、ウィーネを異端児(ゼノス)達に保護してもらうところまで済めば、当面の安全は確保できたと言える……筈だ。

 んー、何か嫌ーな予感がする。何もなさそうと思った時ほど足元を掬われるって、相場が決まってるからね。どっちにしろ、やる事は変わらないんだけどさ。

 そうと決まれば、早速行動しよう。

 何かが起こる前に、早くウィーネを同胞達の元へと送り届けてあげないと。

 しかしまあ、中々そうは問屋が卸してくれないらしい。

 僕は知らなかったのだ。悪意を持って異端児(ゼノス)に近寄る者が、既に僕に狙いを定めていたことに。

 彼等にとって都合の悪い行動をしようとしている僕に対する、嫌がらせを目論んでいる者に、僕が狙われていたという事実を。

 

 

「チッ、【正義の味方】が喋る怪物(モンスター)共と接触だと? ふざけんな。

 あの馬鹿野郎は十中八九密売行為の邪魔になる。くそっ、どうにか始末出来ないものかね」

 不穏な言葉を呟く男が、知らない所で追い詰められて、一番されたく無い事をしてくることを。

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