ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
「奴を物理的に殺すのは……駄目だな。どの方法をとってもリスクが高い。
近頃は奴ら全員、通信魔道具と記録魔道具を携帯してやがる。下手に手をだせば簡単に足がつく」
男は眉を寄せ、忌々しげに独り言を呟く。
ベルを始末しようにも、あまりに難易度が高すぎるのだ。
以前
その頃と比べて、ベル自身の実力も情報通信技術も飛躍的成長を遂げているのだ。
ベル本人に直接手を出すのは論外。LV.3の時点で元イシュタル・ファミリアの精鋭を捕えた実績があり、その手の内も未だに謎のまま。
更に強くなっている彼を確実に葬ろうと思えば、それこそLV.6以上でかつ敏捷に秀でたものに奇襲をかけさせるしかない。今の裏社会にそんな化け物は存在しなかった。
では、仲間や一般市民を人質に取れば良いか、というのも厳しい。その時こそフレイヤ・ファミリアの者が、目にも止まらぬ速さで人質を解放してくるだろう。
そのような成功率が低い手段を実行して、無駄に自分たちの情報を彼等に与えてやぶ蛇になる事は避けたい。
「ただでさえ、
クソ呪縛がうずいて仕方ねえってのに、こんな状態で更に枷まで着けられるのは御免だな……」
呪縛。この不吉な言葉を、男は不満げに吐き捨てる。
そう、男には先祖代々から与えられてきた呪縛が有った。
それは、「
しかも、ただ男の家系に脈々と受け継がれているもの、という訳ではない。
その呪縛を、男は心底憎みながらも、逆らいようがなく背負わされていた。
故に、彼はその資金稼ぎ兼憂さ晴らしに
イシュタル・ファミリアが保持していた鍵がベル達の手に渡って以来、急速に計画は停滞しつつある。
地上と
別に、
何より、
だから、
例え殺すのは無理でも、少しでも邪魔しなくては。
「だが、テメェら情報系の魔道具を作りすぎたな。お陰で俺も一つ手にいれることが出来たぜ」
男の口から、醜悪な笑みが零れる。
ヘルメス・ファミリアの捜査を切り抜ける中、男が偶々拾い上げた代物。
彼はそれを用いて、ベル・クラネルに一泡吹かせてやるつもりらしい。
────────────
「おお! あんた達がオレっち達の同胞を保護してくれた人間か! 聞いたぜ? オレっち達の協力をしてくれるんだってな!
地上じゃ【正義の味方】で通してるって話なのに、怪物の味方するなんて変わ……って、馬鹿野郎! お前ら睨むんじゃネェ! 相手は同胞の恩人なんだからな!?」
到着後すぐに、
「何ガ恩人ダ。人間ガ善意デ動クモノカ。ソノ者達トテ気紛レニ違イナイ」
「お前らがそう思うのも無理はねぇけどよ。そんな態度じゃ、分かり合える奴らとも分かり合えないじゃないか」
こちらを睨みながら呟く
同じ
尤も、
「えっと、大丈夫ですよ。最初から信用出来るなんて思ってないですから。自分が奇特なことをしてるのは自覚してますし」
僕は静かにそう言い、苦笑する。実際に出会う前から、自分達の協力をするなどと伝えてきたよそ者に対して、警戒するなというほうが無理だろう。人間を信用して痛い目を見たこともあると聞いたし。
「ハッハッハ! そんなに腰が低いとは思わなかったぜ! あんたがそう言ってくれるなら、心配要らないな! 改めて自己紹介するぜ! オレっちはリドってんだ、よろしくな!」
「僕はベル・クラネルって言います。こちらこそよろしくお願いします、リドさん」
「ベルっちって呼んで良いか?」
「ベルっち? えっと……はい」
リドと名乗った
うん、完全にこの人のペースになっている。
快活に笑う
笑顔を提供する正義の味方としては負けていられないと、謎の対抗心が一瞬湧いたのは内緒だ。
僕とリドさんが握手を交すと、他の
記念すべき第一歩に祝杯だ! と言わんばかりの騒ぎっぷりで、僕らに近づいてきていた。
ヴェルフも、リリも、命さんも、春姫さんも目を白黒させている。
ヘグニさんに至っては、フードに閉じこもり気味だ。
僕は緊張しているウィーネの頭を撫でつつ、このお祭り騒ぎに乗っかることに決める。
「……ベル様、まさかやるおつもりですか?」
僕の思惑に気づいたリリが、冷や汗を垂らす。
ふふふ、積極的に彼等の協力をすると決めた以上、僕からも全力でこの場を盛り上げるつもりだ。僕はリリに力強く頷きつつ、投影で衣装チェンジを行う。それは、いつもの衣装とはまた違ったものだった。
白マントには人と怪物をモチーフとしたエンブレム。
仮面の頭部にぴょこんと生えた、三角形の耳をしたケモミミ。
腰部に装着された尻尾のようなアクセサリー。
正義の味方としての、新たな姿。
自分が本気だということを、まず形からアピールする。
「フッ、受け入れてくれたこと、心より感謝する。この正義の味方アルゴ仮面、人とモンスターの架け橋となるべく、ここに馳せ参じた! その第一歩として、私もこの宴に一つ加えさせて貰おう! 行くぞ、ミス命よ! 最高の料理パフォーマンスというものを見せてやろう!」
「ハッ……! ヤマト・命、全力で参ります! 最高の料理をご覧に入れましょう!」
フライパン片手に名乗りを上げる僕に、今まで
唐突すぎる行動に、
「うおっ!? ベルっちが変身した!? な、なんなんだその恰好は!? 一体これから何が始まるんだ!?」
「料理とハ……確か地上の人が食べ物をより美味しく食べル為に行っていた行為……でしたね? 私たちに、それヲ振る舞ってくれるのですか? ああ……初めて会う人間の方々にそこまでして頂けるなんて……!」
リドさんが動揺し、
他の
一部、僕らを警戒している人たちが胡散臭げに見つめていたりもするけれど、悪くない雰囲気だ。
即席の投影では比較的原始的な調理器具しか用意できないが、僕と命さんの手にかかれば最高の料理を生み出すことが出来る。
その手さばきを、とくとご覧にあれ!
「ベル殿! 自分は野菜を刻みます!」
「了解だ! 私は鯛を捌くとしよう!」
動き出す僕と命さんに、リドさん達がどよめく。
「せ、繊細で速え! 戦いとはまた違う緊張感だぜ!」
「食べ物へノ敬意と愛情を感じる、優しくも力強い手さばきです! これが、料理というもノですか!」
お、おう……パフォーマンスとは言ったが、こうまで真剣に見てくれるとは思わなかった。
本気で楽しんでいる彼等を見て、僕の元々おかしいテンションが更におかしくなる。
一応、大真面目にやっているのだけれど、ええいままよ!
「さあ! 刮目せよ、これが食材との真摯な対話による昇華──!」
僕は
それを命さんとの連携で見事捌いてみせた。
特に意味もないこの行動。だが、僕等の全力は……
「うぉぉぉおおおお!? なんだこれすげぇぇぇぇ!?」
「理解デキン……何故態々無茶ナ真似ヲ!?」
「ああ……これが食材との対話……!
素晴らしい……素晴らしいです!」
「すごいでしょ? ベルも命も、すごいでしょ!」
目を皿のように丸くしているリドさん達と、目を潤ませている
彼等の歓声が耳に心地好い。ふふ、この人たちが化け物だなんてとんでもない。こんなに人間味溢れた人達じゃないか。
あは、あはははははははははは! こうして、調子にのった僕は命さんとのコンビ技で
「……これが一般的な料理の姿と思われんのもどうなんだ?」
「少なくともリリは、これの後では自分の腕前を披露できません」
若干引いているヴェルフとリリの声も、今の僕と命さんの耳には届かなかった。
────────────ー
やがて料理が完成。
順番に配り、その度に歓声が上がる。
「ベルと命がいっしょに作ったの食べるの初めて……!」
ウィーネも目を輝かせていた。
料理というもの自体が初めてである他の
まだかまだかと涎を垂らしながら、目を輝かせている。
そんなウィーネに苦笑しながらも、配膳を終え僕と命さんも自分の席で手を合わせ、同時に言った。
「それじゃ、かんぱーい!」
僕の乾杯の音頭に、
それぞれは小さな器に入った料理を恐る恐る口にする。
そして、目を大きく見開き輝かせた。
そこから先は早かった。目につく料理を次々とがっつき始めたのだ。
「うぉおお!? なんだこりゃあ!? うめぇ、こんなにうめえもんは食ったことねぇよ!」
「おいしいです……ありがとうございます、ベルさん、命さん!」
リドさんと
他の
全員が夢中で料理を口にし、中には涙しているものまで居た。
僕の仲間達もすっかり空気に馴染んだようで、皆が笑顔で料理を食べている。
「ふふ、ベル様の素晴らしさは伝わりましたか?」
「リリスケお前……さっきまで呆れ気味だったろ」
何故か自慢げなリリに、ヴェルフが小声で突っ込んだ。
「きゃっ、
春姫さんは既に多くの
ヘグニさんは……まあ、お察しだろう。
「ふぅー。いや、美味かったぜ。やっぱ人間ってすげぇよなぁ。武器もそうだけど、そこらの天然物より断然に上のもんを作れちまうんだもんな」
満足そうに、リドさんは腹を撫でつつ言う。
人の文化への尊敬の念を垣間見せた彼は、心底地上に行きたいという意志を感じさせた。
「オレっち達は日陰者だ。人間からも、同族からも敵視されちまう。
けど、オレっち達のために真心を込めて、こんなに美味いもんを食わせてくれるあんた達みたいな人間がいてくれるなら、いつかは地上で暮らせる日も来るんじゃねえかなって、そう思うんだ」
リドさんの言葉に、多くの
皆が完全に信用してくれたかは定かでないが、少なくとも期待はして貰えたようだ。
それは、今の僕には何よりも嬉しいこと。
無駄じゃない。そんな達成感で僕の心が満たされる。
「はい……僕は絶対に裏切らない。いつでも協力しますから! ですから、これを受け取って下さい!」
「ん? なんだこれ?」
「連絡用の
不思議そうに尋ねるリドさんに、僕は用意していた
「マジか! 助かるぜ! もしかしてベルっち達ともこれで連絡とれるのか!?」
リドさんは嬉しそうに顔を輝かせた。
「はい、そうしないとウィーネに寂しい思いさせちゃいますし。お互いあまりに遠くに居るときは使えませんが、使えるときはいつでも連絡して下さい」
不安げなウィーネに微笑みかけながら、僕はリドさんに頷く。
彼らと打ち解けてきたとはいえ、僕達と離れ離れになった時のウィーネの不安は計り知れない。
直接話せるということは、それだけで大切なことなのだ。
「ああ! これから沢山手伝って貰うことになりそうだしな! その時はよろしく頼むぜ! ウィーネの事も、オレっち達が責任持って面倒見るからな!」
そう言って、リドさんは力強くウィーネの頭をなでた。
「ベル……また会える?」
撫でられながら、ウィーネは不安そうに尋ねてくる。
その心配を吹き飛ばすように、僕は笑顔を浮かべた。
「勿論! また会えるよ! 絶対会いに行くから! 通話だって、沢山しよう!」
僕の返事に、ウィーネは嬉しそうに微笑んだ。
こうして
──────────
「お、おい! 【正義の味方】が迷宮から出てきたぞ!」
「おい、お前! あれは本当なのか!?」
何が何だか分からないが、疑心暗鬼に満たされていた冒険者達が、一斉に僕の事を睨みつけてきた。
これは一体どういうことだろうか。
「
「……えっ?」
その言葉に、僕は時が止まったのではと錯覚した。
どこから、バレた? フェルズさん以外から、監視の気配など感じ取れなかった。
動揺している僕に、冒険者達は憤怒の表情で詰め寄ってくる。
その場には、神々も居るようで、嘘で誤魔化すことも出来ない。
場が、混沌と化す。
状況は、物語は、大きく動き始めた。
望まぬ方向へ、大きく。