ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
その噂は、オラリオ中に激震となって駆け巡った。
とある酒場で、不意に誰かに投げ込まれた映像記録魔道具が起動する。
そこには、ヘスティア・ファミリアの
「お、おい……あれってまさか
「バカ言え、あの【正義の味方】が怪物趣味とかあり得ねぇだろ……大方コスプレかなんかだろうよ」
「つかこれが本物の記録映像って奴である根拠もねぇよな。幻覚かなんかの類じゃないのか?」
最初は、誰も本気にしていなかった。本物のお人好しとして名高く、誰より人々の笑顔を望むベルが、まさか怪物を街に招き入れるような真似をするわけがないと思っていた。
だが、徐々にここ数日の彼らしからぬ行動の理由が、そこにあるのではないかという疑問が浮かび上がる。
「そういや十九階層の騒動の時、あるタイミングから奴の目撃数が減ったとかなかったか?」
「それに、あれから奴の仲間の雰囲気も妙にピリピリしてるというか、な……」
「明らかに奴の拠点に出入りする頻度も高くなってる。元アポロン・ファミリアの館じゃなくて、あのボロ教会だ。
彼処に何か隠したいものがあったのだとしたら、納得がいく」
「おいおいおい! まさか本当に怪物を匿ってやがったのか!?」
一度疑念を生み出せば、それは途端に膨らむものだ。今までそれ程気にしていなかった事柄の一つ一つが、徐々に関連付けられていく。
決定的な証拠など何一つ存在しない。だが、そうかも知れないという疑念が人々の心に確かに存在してしまう。
その噂は加速度的に、人づてに人へ、そして神へと伝播していく。
都市全体に噂が蔓延するのに、さほど時間はかからなかった。
ヘスティアがそれを知った頃には最早手遅れ。せめて戻ってくる前に連絡をと、魔道具に手を伸ばそうとはしたが、自分自身も市民から質問攻撃を受けており、それどころではなくなっていた。
────────
ロキ・ファミリアも、その噂に大きく揺り動かされていた。
幾度と交流や協力してきた少年が禁忌を犯したとなれば、その衝撃は計り知れない。
無論、信じる者などいる筈もない。
「何、この噂……アルゴノゥト君がモンスターを匿ってたって!?」
「有り得ません……! いつも正義だの人の笑顔だの五月蝿いあの男に限って、そんな真似をするわけが……っ」
ティオナやレフィーヤも、動揺を隠せない。
いつも理想を語り、弱いものを助け、誰をも笑わせようと努力する少年がモンスターを匿う? そんなわけがない。そんなことをして混沌を招くような愚行を犯すわけがない。少なくとも、趣味でモンスターを捕まえて愛玩するような、そんな人間でないことは、このファミリアの誰もが理解していた。
「ンー、無いとは言いきれないね。君たちも覚えているだろう? 二十五階層に現れた
団長であるフィンは冷静に返す。隣のリヴェリアが眉を潜めた。
「人間に好意的な態度を取る
ベルが匿ったという
「断言は出来ない。だけど、もしその存在が人と同じように、知性を持ち対話が可能だとしたら、彼が手を差し伸べる対象にはなり得る、ということかな」
フィンの言葉に、皆言葉を返せなかった。基本的に、ベルの理想に人以外の存在が入り込むことはない。全ての生命が食物連鎖で成り立っている以上、他の生物を殺すことまで否定したら、生きることすら出来なくなる。
だが、人と何ら変わりない存在が相手ならば。それがもし、自分達と目線を合わせ対話が出来る存在ならば。
ベルは果たして、人間では無いからと切り捨てるだろうか?
彼の理想は、そのような妥協を許すのだろうか?
解らない。解らないけれど、どちらがあの少年らしいかといえば、それは……
「…………ダメ。そんなの、絶対ダメ。
どんな理由があっても、倒さないと。
沈黙を破ったのはアイズ。その瞳には、複雑に絡まった激情の色が浮かんでいた。
不安、恐怖、焦燥。この噂がただの噂であって欲しいと、一番願っているのは彼女なのだ。
怪物は人の命を奪う者、人の笑顔や日常を奪う者。人に涙や苦しみを与える者。
なのに、誰より涙を嫌う少年が、怪物を守ろうだなんて。
そんなこと、あってはならない。それだけは、あってはならない。
そんな彼女の心境を、古参の者たちは皆感じ取っていた。
誰より怪物を憎むアイズは、誰よりも、ベル・クラネルがそのような行為をすることを認めたくないのだと。
「アイズさん……?」
レフィーヤを始め、復讐姫としてのアイズをあまり知らないメンバーは彼女の反応に驚く。
自分たちの動揺や驚愕など比べ物にならない、燃え盛るような激情を宿すアイズに。
彼女の心が、悲鳴を上げているように見えて。
何か言葉を掛けなければと思うのに、上手い言葉が浮かんでこなかった。
それがまた、もどかしくて仕方なかった。
パンッ、とフィンが手を叩いた。
「まだ憶測だ。何も確かではない。
これ以上は、想像の話だ。答えは、彼の口から何か聞けるまで保留にしよう」
憶測だけの段階で、話を拗れさせるのは良くない。団長の言葉によって、皆一旦落ち着きを取り戻した。
アイズも、自分の感情を落ち着かせようと息を吐く。しかし、幾ら落ち着こうとしても、その想像をしてしまったことによって生まれた不安と焦燥が、彼女の中で渦巻いている。
お互い深いところまで知っている訳では無いが、ベルが一度決めたことは曲げないことをアイズはよく知っている。もし、彼が本当に怪物を守ろうなどと考えていたら、止められないかも知しれない。
味方で無くなってしまうことが、何よりも怖かった。
(ベル……違うよね?)
心の中で、アイズは問い掛けた。
彼の料理を食べたこと、共に釣りをしたこと、何度も協力したこと。
あの兎のように可愛らしくも勇敢な少年は、何度も暖かさをアイズに与えてくれた。
理想を語る姿は、復讐に燃える自分には眩しくも尊く見えた。だからこそ、自分から全てを奪った怪物の味方をするのだけはやめて欲しい。
頭によぎる嫌な想像を振り払うように、アイズは目を固く瞑った。
──────────────────
「何か言えよ! てめぇ、本当に
さて、絶賛冒険者や一般市民に囲まれ質問攻めにあっているベルはといえば。
状況的を整理しつつ、どう対処するかを頭の中でシミュレートしていた。
後ろの仲間達は声掛けすることも出来ず、ハラハラと成り行きを見守っている。
(何ですかこれ早すぎますぅ!? そりゃあリリも覚悟は決めてましたけど、もっと準備というかなんというかー!!)
(落ち着けリリスケ! 既にベルとはこんな状況の想定を話してただろ!?)
(しかしあまりに早すぎます。自分達に対して恨みを抱いている者が、前々から睨みを利かせていたのかも知れません)
(ああ……ベル様、どうか心穏やかであられますよう……)
(人の目怖い人の目怖い人の目怖い人の目怖い)
リリ、ヴェルフ、命、春姫の順に小声で囁きあう。ヘグニはあまりの数の怒気に当てられて、既にガクブルである。
ヴェルフの言う通り、事前の打ち合わせはしているし覚悟もしている。こうなってしまったからには、ベルの対応を見守ることしかリリ達には出来ない。見守りながら、リリは考える。
(この場を誤魔化すだけならば、ベル様が神酒の魔剣でご自身を魅了して自己暗示をかければ可能です。
神様と言えど、自覚のない虚言は見破れない)
しかし、今この場で魅了にかかれば、一部の神は違和感に気付くかも。
故意に自身を魅了し嘘を通す方法は、既にデュオニュソスが仕掛けてきた前例があるため、事件の真相を知るものは勘づく。
ベルならばそれが可能だという事にも、すぐ思い当たるだろう。
結局、いつかは発覚する。神々には見抜かれる。
最悪なのは、その神が快楽のまま面白がり、事実を誇張して広めることだ。
それならば、まだ自分で話してしまった方がマシだ。
ベルもここで引く気は無いだろう。リリはそう確信していた。ならば、どう話すか。
後ろめたそうに話すのは論外。怪物を守るのは間違いだったと認めてしまえば、二度と怪物との共存など語れやしない。
打ち明けるからには、自分の正義に従ったのだと胸を張って断言しなければならない。
第一声、ここで如何に毅然な態度を取ることが出来るかが重要だ。
((((まあ、恐らく))))
皆同じ答えを頭に浮かべ、ベルを見る。
必死に平静を装っているが、内心ガクブルのはずだ。
それでも言い切るだろう。ベル・クラネルとはそういう人間だ。
一度決めたことは、必ずやり通す。
笑顔でこちらへ振り向くベルを、皆信じた。
だから、皆も笑って応える。
───存分にやってしまえと。
「確かに! 僕は
迷いのない表情で、堂々と宣言するベル。
やったことは認める。だが正義を裏切ったつもりはない、と。
事情を説明する前に、その心意気を先に伝えてしまう。
自分は、
自分が出来ることなんて、馬鹿正直に真正面からぶつかることだけだ。
だから、逃げない。笑って対応する。虚勢だろうと何だろうと。
周りの反応は、大きく二分された。困惑する者と、怒気を孕む者。
怪物の保護などと言う愚行を犯しながら、全く恥じる様子も見せずに正しいことをした、と。
心から断言するベルの異様さに、場の空気がざわついた。
「ふざけてんじゃねぇぞテメェ……!!」
「間違ってないだと!? テメェはモンスターを匿ってるんだぞ!?」
「モンスターが涙なんか流すわけねぇだろ!! 流してたとして本当に助ける奴があるか!!
「モンスターは人間を殺すんだ!! それを庇って、てめぇは本当に正義を語れるのか!?」
周りの冒険者や一般市民も、戸惑いを浮かべつつもベルに怒声を浴びせる。
こいつは狂っている。正義を妄信するあまり、モンスターが人間を殺す事実を無視していると。
だが、そんな罵詈雑言の嵐を受けてもなお、ベルは笑顔を崩さない。
「正義だと言い切りましょう! ここに証明します! 全てのモンスターが、本能のままに人を殺すのではないと! 言葉を操り、人と対話を求める者たちもいることを! 貴方たちにも、彼らの言葉を聞いてもらいたい!」
そう言って、ベルは通信魔道具を取り出し、強く魔力を込めた。
すると、上空に映像が投影され、
「おっすベルっち、急に通話予告が届いて驚いたぜ!
ってこの声、まさか他の人間が居るところからかけてんのか!? 大丈夫なのか!?」
「ベル? ……ベル!? すごい、本当にベルだ!」
「ウィ、ウィーネ! ちょっと待て、ベルっち達なんかヤバそうだからよ!」
映し出された怪物が、ベルに話しかけた。しかも、随分慕われている様子である。
「「「「「…………っ!?」」」」」
先程まで怒っていた冒険者達も、理解が追いつかず固まってしまう。
「嘘、だろ……?」
「あり得ねぇ……こんなの、作り物だろ……?」
「だが、神連中も驚いちまってる……【正義の味方】の野郎は嘘を吐いてねぇ……!!」
前代未聞の事態に、皆開いた口が塞がらない。
神々ですら、突然の出来事に頭が追いつかなかった。
そんな彼等を他所に、ベルは話を続ける。
「リドさん、突然すみません。事情は後で説明します。
こっちに居るみんなに、貴方たちの想いを届けたいんです。協力、お願い出来ませんか?」
「マジか!」
ベルの言葉を受けたリドは、驚嘆しつつなんとなく状況を理解する。
まだベルとは今日出会ったばかりだが、彼の誠実さに嘘偽りがないことは分かっている。
だからこそ、この状況は恐らく何らかの事故でこうなってしまったのだろう、と。
友が、自分達を味方していることを知られ、同族から詰められている。
友のピンチであり、自分たちにとっては人間にメッセージを届けるチャンスだ。断る理由など無い。
寧ろ、窮地に追い込まれた上で自分達を切り捨てず、正面から同族達の意識を変えようと立ち向かってくれているベルに、リド達は俄然燃えた。
「初めまして、人間のみんな!
オレっち達は
オレっち達は、あんた達とまで敵対したくねぇ! 寧ろあんた達や地上に憧れてんだ!!
受け入れてくれとまではいわねぇ、けど知ってほしい!!
声を震わせながら、リドは己の想いを叫んだ。
打算や企みなど一切ない、純粋な想い。それは、【
一部の者は、自分達よりこの怪物の方が余程綺麗な心を持っているのでは、とすら思ってしまった。
特に、以前からベルを応援していた者は、彼の正義はやはり曇ってなどいなかったのだと、その真っ直ぐさに胸を熱くさせた。
とはいえ、大半の者にとって認める訳にはいかない話だ。
「ふざけやがって……! てめぇら怪物のせいで何人仲間が殺されたと思ってやがる!!」
「そうだ!! 【正義の味方】も絆されてんじゃねぇ!」
「正義ってのは悪を罰することを言うんだ! 悪に染まりやがって!」
「まて! 言葉を交わそうとする者を問答無用で殺めるのは、それこそ悪の所業だ!」
「ああっ!? てめぇまで誑かされたのか!?」
いよいよ、冒険者達の激情が爆発した。怪物への憎悪を露わにする者多数、揺れ動く者少数。ベルとリドの言葉を信じ、早くも穏健派に偏り始める者若干名。
良くも悪くも、ベルとリドの言葉は多くの者の心を動かした。
場は混沌とし、今にも乱闘に発展しそうな空気である。
事が起きたら対応出来るよう、フレイヤ・ファミリアの団員はいつでも飛び出せるよう構えている。
そんな、一触即発の雰囲気の中。
ベルは思う。悪くない流れだ、と。
想定より断然、言葉が効いているようだった。
圧倒的に嫌悪感剥き出しのものが多数を占めているが、そんな彼等の固定観念にもヒビが入っている。
直では無いものの
この機会に、きっと
「───静まれ。お前達が暴れれば都市が壊れる。
己が主張をぶつける場はここではないだろう」
ザワッ。突然響いた男の声に、騒がしかった空気が静まる。
ギルドの主神、ウラノスの声だ。
「既にこの場に居る多くの者が、
最早共存派を一方的に罪人と裁けば、多大な犠牲と軋轢を生むだろう。
しかし、その主張を容易に認める訳にはいかん」
あくまで中立の体で、さも自分はこの件とは無関係かのように語るウラノス。
神意は悟られないようにしつつ、ベルが自身の名声を贄にこじ開けた小さな穴を無駄にはさせないと。
その為の提案を、ウラノスは続けた。
「よって、双方情報発信、及び投票を持ってその主張の是非を問おう。
手段は問わん。昨今発達し、一般に普及してきた情報通信系魔道具を用いるのもよし。正式な申請があれば、
衝動が抑えられないようであれば
これはファミリア間の確執などと言った単純明快な問題ではないからだ。どちらが勝ったところで、この件に決着はつかぬだろう」
情報発信と投票。その提案に、冒険者や一般市民がざわついた。
勝負になるのか、と。
単純な数の勝負となれば、まず共存派に勝ち目はない。幾ら
確かに、喋るモンスター本人の登場によってある程度心動かされた者はいる。
しかし、それだけだ。とても過半数の人間が支持するとは考えられない。
それは、ウラノスとて重々承知である。
「三分の二だ。どちらかの主張を百パーセント通すなら、三分の二の票を必要とする。
殲滅派が三分の二の票を獲得した場合は殲滅の道へ、共存派が三分の二の票を獲得した場合は共存の道へ。
どちらにも届かなければ保留とし、時を置き再度投票を執り行う。この件の決着には、慎重を期さねばならない」
それが、ウラノスが示した落とし所だった。反対派が三分の一を超えていれば、その行為を躊躇う理由として十分であると。
そして殲滅派からしても、三分の二程度なら超えられる自信があった。
ならば、この場はその提案に乗ろう。
ウラノスの言葉に、皆一先ずは納得するのだった。
(ロキ・ファミリアは殲滅派につくだろうし、決して有利になった訳じゃないけれど……ウィーネ達の為にも、絶対負けられない……!)
ベルは、拳を強く握りしめて決意する。
友のため、己が信じる正義の為、ここで負ける訳にはいかない。
これより始まるは、叫びと叫びのぶつかり合い。
各々の想いを存分に乗せて、ベルの挑戦が始まろうとしていた。