ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
「ベル・クラネル……開き直りやがって! 今までヒーロー気取りでちやほやされてきた奴が、怪物どものために簡単にそれを捨てるかよ!?」
ベルのスキャンダル映像を流した男は、歯ぎしりをしながらも怒りを口にする。
ああもあっさり自分の行いを認め、
結果、男の思惑は空振り。噂をちらつかせて、下手に動けばベルの名に止めが刺される状態を作り出そうと画策していたのに、まさか自ら止めを刺すとは。
普通は躊躇う。少なくとも、これまで男が見てきた者達は、皆最後には保身を取り怪物を見捨てていた。
それはそうだろう。人々に嫌われてまで、怪物への情を優先したところで得など何もない。それも精々出会って数日程度の情となれば尚更だ。
あり得ない。狂っているとしか思えない。
男は知らなかった。損得勘定を越えたところで、誰かのために自分の利益を捨てる事ができる者が存在する事を。
名を売るために人助けを行うのではなく、ただ助けるために行動すること。
そのような存在、男が生きた世界ではあり得なかった。
だからこそ、想像も出来なかった。男の価値観では愚かとしか言いようが無い理想が、実際にベルの行動原理となっているなどとは。
故に、男がベルの行動を想定するのは困難だった。
思惑が外れた事で、より男の方が動き辛くなってしまったと言える。
これにより、
何より、怪物たちの絶望や悲鳴をという彼の数少ない娯楽が潰えたことが、心底腹立たしい。
折角のエンターテイメントが失われたことに、男は我慢がならなかった。
その娯楽は、男にとって麻薬のようなモノ。一度その快感を生き甲斐にしてしまった以上、これを止められては最早生きていける気がしない。
このまま耐えて細々と生き長らえるか、一か八かの賭けに出るか。
どの道、
足を洗う選択など男には最初からないし、全てぶち壊してくれたベル・クラネルにも、意趣返しの一つくらいしてやらなければ気が済まない。
待っていろよ、クソガキ。そう呟き、男はクツクツと笑った。
が、そうした男の思惑が、表に姿を現すことは無かった。何故なら、噂を流すために
追い込まれすぎたことで、とうとう男は、そんな簡単なことにすら気づかなくなっていたのだった。
そして、人知れずフレイヤ・ファミリアにより男はファミリアごと捕り押さえられたのだった。
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場所は
危険性とは裏腹に透明度の高い美しきその階層にて、僕達アルゴ仮面一行は
「うお、かかった! ベルっち、これどうすんだ!? 取り合えず引きゃいいのか!?」
「ベルさん、こちらも引き上げまス!」
「あっ釣れた! ベルー、大きいのが来たよー!」
リドさん、レイさん、ウィーネの順で、僕に呼びかけてくる。
他にも数多く来ている
今回配っている釣り竿は、いつもの機械仕掛けのリールを付けたやつではなく、アスフィさんが開発した魔道機械仕掛けの竿。
魔力さえ流せば感覚的操作が可能で、手指を持たぬ種族でも釣りが出来るという優れものである。
これなら人も怪物も皆同じ遊びを楽しめるし、収穫を慈善活動用の予算に回すことも出来る。
何よりこの光景を地上に配信でもすれば、
あっ、別に僕からアスフィさんにこの釣り竿の開発をお願いしていたわけじゃないよ? 普段から過労死しかねない彼女に、こんなものを要求するほど僕も鬼畜ではない。ただ、風の噂で電動リールの存在を知ったアスフィさんが、例のごとくプライドを刺激されて一から作り上げただけ。
それがたまたま今回使えそうだと思っただけのことで、つまり偶然なのだ。
娯楽、交流面で面白い
ただでさえ彼女は無理させられているのだから、僕まで意図的に仕事を増やさせるような真似はしない。……状況次第だけど。
「貴方のことですから、また他愛のない方法を取るのだろうとは思いましたが……本当に釣り好きですね、怪物との交流でもまずすることそれですか」
ふと、レフィーヤさんが半眼で僕を見ているのに気づく。
半目と言っても、仮面越しなので実際はわからないけれど。
そう、仮面である。彼女のみならず、隣に立つフィルヴィスさんも今の僕と同じように仮面をつけている。
各々の髪色に合わせた、色違いの仮面だ。
何故変装しているかというと、正体を形式上伏せておくため。
これは、『共存派に加担するのはいいけど、ロキ・ファミリアの団員としての名前で共存派を謳うのは無し』と言う、フィンさんが示した方針を守るためである。
なので、実際は声や体形、カラーリングやその他諸々でバレバレなのだが、自分から正体を明言しなければ許容するとのことで、裏チーム的な扱いなのだ。
その名も、
因みにフィンさん命名だ。
自派閥団員の共存派活動を認めるだけでも意外だったのに、その上ここまでやるとは。
思っていたよりずっとこっちに協力的だし、何を考えているのかわからない。
でも、正直フィンさんが完全にあちら側でないのは非常に助かる。
彼が本気で殲滅派の煽動なんかしていたら、今
そんな展開になると思っていたけど……今の所、それはなさそうだ。取り合えず、の段階だけど。
話が脱線したが、ともあれレフィーヤさんの言葉に対する答えは決まっている。
「はい、僕が憧れている人の趣味なので! エルフオレンジさんも、港町の時は楽しそうにやってくれていたじゃないですか」
「あ、あれは貴方に負けるのが癪だったから仕方なくです! あとアイズさんが居たからで、別に釣り自体を楽しんでいた訳ではっ……! ぐぬぬ」
反論しようとして、言葉に詰まったレフィーヤさんは顔を赤くして悔しそうだ。
いや、顔見えないけど、きっとそんな表情をしているのだろう。
あの時のレフィーヤさん、普通に僕と同じテンションで「フィーッシュッ!」って言ってくれたし。
幾らあれが対抗意識から来た行動だとして、心から楽しくなければあのノリは無理だよね。うん。
「レフィ……エルフオレンジは一度経験していたのだな。ならば、私に教えてくれないか?」
「あっ、フィル……エルフブラックさんがそう仰るなら、勿論構いません!」
隣で話を聞いていたフィルヴィスさんが、どこか羨望の籠もった声で話しかけると、レフィーヤさんは途端に嬉しそうな顔になり快諾する。
そして、フィルヴィスさんと釣り竿を構えて並び立った。
「あっ、釣りに加わるなら、映像内で名乗りをお願いします! 折角フィンさんが色々考えてくれたんですから!」
僕は思わずそう口にしてしまう。うん、何故かは分からないがフィンさんがノリノリで考えてくれたのだ。これを活かさないのは勿体無い。
「またあれをやるんですか……!?」
僕の叫びに、レフィーヤさんがうんざりした顔で僕を見る。うん、水を差すような事言ってすいません。
ただ、分かって欲しい。理由はどうあれ仮面を被ってここにいる以上、役割を演じるのが筋なのだ。
決して、面白半分で言っている訳ではないのだ。
「決めるところを決めることで、より
ずるい言い方だなと思う。こう言われては、少しでも力になろうとここに居る者は断れない。
二人は何か言いたげだったが、諦めたように息を吐いて
そして……
「聖なる森より生まれし妖精の血族にして
「血に塗れた手も和へ繋ぐ鍵となるならば、
「「───
───見事、二人の名乗りが決まる。ビシッとした動きとキリッとした声色、とても嫌々ではできまい。
そして、周囲の
「うおーっ! すげぇ!」
「わー、カッコ良いー!」
口々に賞賛する声が広がる。それを聞いている二人は、どこか誇らしげだ。
良い、とても良い流れだ。誇り高く潔癖と言われる
その光景は、
二人の協力が得られて良かった。僕は心の底で強く感謝した。
だが……こうなると気になるのはアイズさんだ。
レフィーヤさんから聞いたが、
理由はただ一つ、怪物への並々ならぬ憎悪。それは、アイズさんの
故に、この状況を作って彼女を更に苦しめていることに罪悪感はずっと抱いていた。
しかし、今僕が彼女の前に姿を見せたところで余計苦しめるだけだ。
せめて自分はとティオナさんが出来る限り傍に居ようとはしているらしいし、他のロキ・ファミリア幹部の人たちも出来る限りケアにあたっていると聞いているが、直接顔を見て様子を確認したい。
大丈夫だろうか、僕が心配する資格はないかもしれないけれど……
目の前の盛り上がりを目にしながら、僕はそんなことを思っていた。
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アイズは無我夢中で剣を振るっていた。
今目の前にいるのは、普通の
アイズが憎み、怒りをぶつけ続けてきた者達だ。
これこそがモンスターだ、と何度も自分に言い聞かせ、目の前の敵を斬って捨てた。
(喋る怪物なんて……怪物じゃない。ベルが怪物の味方なんて、認めちゃダメ……)
言い聞かせても、頭は否定し続ける。
怒りに身を任せ剣を振るえば振るう程、自分が間違っているような気分に陥る。
あの怪物たちを殺せば、何かが壊れてしまう気すらする。
違う、違う、違う。そんな筈はない、あるわけがない! 必死に己にそう言い聞かせながら、アイズは目の前のモンスターを斬って捨てる。しかし、何度そう言い聞かせようとも、モンスターを斬る度にベルの言葉を思い出し、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
泣く者がいたから助けた。間違いだとは思わない。ベルは、そう言った。その存在が怪物かどうかなど関係ないと、そう言った。
あの言葉を思い出す度に、アイズは矛盾に追い詰められる。
あの言葉を放ったベルは、いつものベルだった。そのことが、アイズの心をざわめかせる。
ベルは変わってなどいない、今までと同じベルだ。皆を笑顔にしてくれる、あの優しいベルだ。
狂ってあのようなことを言った訳ではないことが、瞳を通じて伝わってしまった。
やめて、君の正義を怪物に振りかざさないで。正義の事なんて私にはよくわからない。でも君の正義を、理想を、好ましく思っていたのに。
あんなに綺麗な願いがあるのだと、ベルを見て知ったのに。なのに、どうして。
(ベルだけじゃない……レフィーヤまで、怪物側に付くなんて……)
彼女だけは、間違っても自分と対立などしないと信じていた。
いつも自分を慕ってくれて、いつも自分を気遣ってくれて、いつも自分のことを見てくれていた。そんな彼女が、自分を裏切るような真似をするなど考えられない。
だが今こうしてベルの行いを肯定し、共に怪物と手を取り合う道を進んでいる。
それも、あんなに楽しそうなんて、あり得ない。
(嫌だ……やめて)
自分だけ、取り残される。そんな感覚に、アイズは襲われた。
味方が居ない訳では無い。フィンだってガレスだって、リヴェリアもベートもティオナも、他の団員たちだって自分の味方になってくれている。
でも、皆は自分程怪物を拒絶しないだろう。何かの拍子に、レフィーヤのようにあちら側についてしまうのではないか。もう誰も、信じきれない。
湧き上がる感情を払うように、目の前の
感情が高まるあまりスキルが暴発し、過剰出力の一撃が、
それでも、一向に気は晴れない。むしろ、さらに掻き回されるだけだ。
気が付けば、アイズの周囲に
「………………」
返り血に濡れた身体を拭うこともせず、アイズはただただ立ち尽くしていた。
……疲れた、まだ精々1時間程しか動いていないはずなのに、心がへとへとだった。
自分が間違っているのか、そうでないのか、それすらもう分からなくなってきた。
──そんな時だった。不意に後ろから聞き馴染みがある声が、アイズの耳に届いたのは。
「良かった、アイズ居たぁ……もっと深いところだったら、流石に見つけられなかったよ」
「……ティオナ?」
アイズは振り返り声の主の名を呼ぶ。そこには、心配そうな顔で自分を見つめてくるティオナの姿があった。
……気まずい、今の自分は彼女の事すら信じ切れない。どのような顔と言葉で、彼女に向き合えば良いのかわからない。
ティオナはそんなアイズの気持ちを知ってか知らずか、
「良かった……まだあたしの事、見てくれてるよ」
「……見れてる、のかな?」
こんなにも後ろめたい気持ちになっているのに。いつも以上に上手く目を合わせられていないのに。
「うん、だって昔のアイズだったら、そんなに分かり易い反応しないもん。だから、一回帰ろうよ!
あたし、難しいことはわかんないけど、アイズが辛そうなのはやだ!」
「……」
笑顔で、自分の顔を覗き込みながらそう語るティオナを見て、アイズは言葉に詰まる。
かつての自分に暖かな感情を注いでくれた時のままの、ティオナ・ヒュリテがそこにいた。
「……うん」
だから、アイズはそれに応じるように、ただ小さく頷いた。
(……きっとベルやレフィーヤも、会えば同じよう接してくれる)
知っている。それは知っているのだ。
だけど……自分とはあまりに違うところに居る彼等と出会って、冷静でいられるとはとても思えない。
怪物を拒絶せず、受け入れた彼等に自分はどんな対応を取るのか。
それがわからなくて、怖いのだ。
でも、やっぱりこのままは嫌だ。
相反する気持ちを、矛盾を抱えながら、アイズはティオナの手を握り返し帰路につく。
頭の中がぐちゃぐちゃで、訳がわからないけれど。それでも、この手を離したくないと思っている自分がいることだけは、はっきりと自覚していた。
(やっぱり、嫌だ。ベルとも、レフィーヤとも、離れたくない。だから……)
怖い、自分の心の扉を開くのは、堪らなく怖い。
それでも、きっとこの迷路から抜け出すには、自分から一歩を踏み出さないといけないのだろう。
この手が気付かせてくれた、この手が思い出させてくれた、この手が繋いでくれた……そんな思いに報いるためにも。
だからアイズは──
「ティオナ……私、ベルと喧嘩してみようと思う」
「……そっか!」
真っ直ぐにティオナを見つめ、そう告げた。
それを見て、ティオナは笑顔で返す。そこに何を感じ取ったのかは、彼女だけが知る事だ。
「アルゴノゥト君と、喧嘩しちゃうんだねぇ……楽しそう! あたしもやってみたいなぁ」
「……そんなに楽しいものには、ならないと思うけど」
「大丈夫、アイズならきっと上手く行くよ!」
「……ありがとう」
こうして……一人の迷える少女が、一筋の光を求め、己の心の扉を開くことを決意した。
また遅くなってしまい申し訳ございません!
年内にアイズさんが迷路を脱出出来るように頑張ります!