ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
年内にアイズが迷路から脱出できるように頑張ると言いつつ、年末年始にもつれ込んでしまい申し訳ございません。
前後編合わせほぼ完成しているので、校正が終わり次第後編もすぐ投稿します。
今作のアイズさんの心とともに年明け、ということで!
「───お前だけの英雄を見つけろ」
アイズの脳に広がる、幼き日の記憶。自分の英雄になって欲しかった、大好きだった父の言葉。
自分の英雄にはなれないと言われ、悲しんだアイズに父はそう言った。
でも、英雄など居なかった。全てを失うまで、助けてくれる者など誰も居なかった。
幻想は、容易く砕け散った。
残ったのは、「モンスターは必ず殺す」と言う誓いの心だけ。自分が強くなって、自分で戦うしか無い。そう決意して、今日まで剣を振り続けてきた。
しかし、様々な人と関わるうちに、暖かで幸せな記憶が彼女の中には蓄積されていった。
最初に、リヴェリアという第二の母なる存在が出来て、フィンやガレスも父親のように気遣ってくれる存在になった。
時が流れる中、ティオナが何度も話しかけてきてくれて、友という存在を知った。
ティオネという姉のような存在もでき、ベートは……よく解らないけど、少なくとも悪感情は抱いていない。
レフィーヤという慕ってくれる可愛い後輩も出来て、アイズは知らず知らずのうちに沢山の縁を紡ぎ、その絆を大切に思っていた。
自分のこれまでの人生には居なかったはずの人達がどんどん増えてきて……失って欲しく無いと、そう思えるようになった。
そして……ベルが現れた。
不思議な少年だった。妙な魔法と新人離れした技量でレベルに合わない敵を半ば捨て身で屠ったかと思えば、話すとあどけない表情を見せる。
見かける度に想像だにしない事をやらかし、その度にアイズに思わぬ驚きと楽しみを与えてくれた。
彼の語る理想も、アイズには眩しいくらい綺麗で純粋で、自分が失ってしまったものを思い起こさせた。
彼の願いが、想いが、キラキラと輝いて見えた。
彼と特別何かしたわけでは無い、でも何故か彼に心惹かれた。
胸が痛む。彼と喧嘩したく無い。彼と仲違いするのは辛い。今の自分が感じていることを彼にも味わわせたくない。
自分の中の感情がごちゃまぜになる。
でも、このままで居る訳には行かない。
だから、向き合わなければいけない。
勇気をもって、一歩を踏み出さなければならない。
ここで、逃げては駄目だ。そんな予感がしたから。
決意を決めたアイズは、フィンに全てを話した。
ベルと腹を割って話したい、だから会う機会を作って欲しい、と。
──────────
フィンさんから連絡が来た。アイズさんと話してくれないか、と。
勿論、僕は即答した。僕からもお願いしたいと、そう伝えた。
躊躇う理由はない。どんな結末になろうとも、アイズさんとしっかり向き合わなければ。
どのような事情はあれど、ロキ・ファミリアにあの日まで
もっと早く伝えていれば、もう少し傷は小さく済んだかも知れないのだから。
そんな事を考えつつ、僕は
すると、妙な視線が僕の方に突き刺さる。
その正体はすぐわかった。何せ見知った気配だから。
「……ヘルメス様、尾けて何をするつもりですか?」
流石にアイズさんとの会話を聞かれるのは困るので、僕は足を止め振り返りそう問い掛けた。
すると、一柱と一人の影が現れる。
「あちゃー、気付かれたか。これからアイズちゃんと
君のことだ、きっと良い物を見せてくれる。展開によっては世間に公開するのも良いかも知れない、と思ったんだけど……流石に許してくれないか」
「本当に申し訳ありません、ベル・クラネル。さあヘルメス様、気付かれた以上はここで大人しくしてましょう」
おどけたように語りだすヘルメス様と、心底苦々しい表情でそう語るアスフィさん。
本当に、この神様は油断も隙も無い。
いっそ仕事関係を持つのは辞めた方が良いのかもしれない。
……でも、助かっている部分も色々あるし、何よりアスフィさんを始め団員さん達にはお世話になっているので、無下には出来ない。
ほんと、こういうのが無ければ人当たりの良い爽やかな神様で済むんだけどなぁ。
そんな事を思いながら、溜息を吐くと僕は二人に告げる。
「流石に今回は僕も見過ごせないですね。そもそも、勝手にそんな映像流したらロキ・ファミリアも敵になるんじゃないですか?」
「勿論、俺たちの仕業とはバレないように動くさ。尤も、このまま決行したら君にチクられそうだし今回は諦めておくけどね」
やれやれといったポーズでそう告げるヘルメス様に、僕は再び溜息を吐く。
まあ諦めたなら今は良いか。あとで本当にやられたら、しっかりフィンさんに報告しよう。
早くアイズさんと話さなければ。僕は、脱力しかけていた気持ちを引き締めて、アイズさんの元へ急いだ。
──────────
ロキ・ファミリアの
フィンが気を回し、二人きりで話が出来るよう計らったのだ。
外野の不要な煽りを受けずに話が出来るように。
一室提供するのではなく、この中庭を指定したのは、口下手なアイズが想いの全てを吐き出すには、剣を交える必要が生じる事を想定したからだ。
少し前ならば、レベル差の問題でまず不可能であったが、今の二人ならば勝敗はともかくとして、互いに本気を出せるだろう。
そう考えたフィンは、この場所をセッティングしたのだ。
尤も、今の情勢でベルをロキ・ファミリアへ呼ぶことは、世間体的に問題もあるが……
「……ベル、久しぶり」
ふと、気配に気付いたアイズが正面を見据えながら呟く。
すると、空間から滲み出るようにベルが姿を見せる。
透化の
これならば、多少叫んだり動いても問題はない。
「お久しぶりです、アイズさん。話し合いを持ちかけてくれて、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるベルにアイズは首を小さく横に振り、頭を上げるように促す。
「ううん、こっちこそありがとう。忙しいのに、時間を作ってくれて」
ベルと向き合うことに、まだ若干の抵抗はある。自分の居る場所と、彼の居る場所。その距離を認識することが怖い。
だが、既に随分思い知ってしまている。怪物に対する想いの違いを、その眼と耳で。
ベルと怪物の仲良さげな光景を見てしまった。何度も、その眼に焼き付けてしまっている。
否定しても、誤魔化そうとしても、何も変わらなかった。
だから向き合わないといけない。そう決意して、この話し合いの場を作り上げたのだから。
「アイズさん、
「うん、そう。わたしには、どうしても認められない。怪物が人のように笑っている光景を、受け容れることが出来ない」
真っ直ぐにベルを見つめ、はっきりと己の感情を言葉にする。
ベルもまた、真剣さに気圧されることなく、アイズを真っ直ぐに見つめ返しながら頷き、話の続きを待つ。
「……でも、あの光景を幻想だと捨ててしまうことも、出来なかった」
心の中で、何度も彼等を斬る自分を想像しては、それを否定する。
彼等から命を奪う自分の姿は、自分から家族を奪った憎き竜と何も変わらないと。
そんなはずは無い、あれは倒すべき怪物だと、言い聞かせようとしても出来なかった。
──幻想だと切り捨てるには、あの光景は眩しすぎた。
「もうわたしにはわからない。自分の心が、今何を思っているのか。だから……確認をさせてほしい。君の答えと、わたしの答えを」
そこまで言って、アイズはデスぺレートを抜剣する。
「今のわたしは、壊れかけの剣。ここ数日は手入れすら切らし、鈍りきってる。もし打ち直してくれるなら、それはきっと君の力」
己が想いをベルにぶつけるために。そして、その刃を研ぎ澄ますために。
戦いではない、力を求める修行でもない。ただ目の前にいる剣製の使い手に、手入れを依頼しているだけ。
自分勝手なことは、自分でも理解している。でも……もう理屈では止まれない。
「……僕、多分全冒険者の中で一番剣を使い捨ててますけど、良いんですか?」
苦笑しながらベルもいつもの双剣を投影し、アイズのサーベルにそっと添える。
彼の専属鍛冶師と、共に鍛え続けし至高の夫婦剣。彼の憧憬愛用の剣でもあるそれは、想いをぶつけ合うに相応しき剣。
「大丈夫。君は意味もなく武器を粗末にしないって、知ってるから」
微笑んで返すアイズに、ベルも応えるように微笑みを返す。
アイズの心は泥々だ。悲しみ、怒り、妬み、羨望。様々な負の感情がぐちゃぐちゃに入り乱れている。
それら全てを込めて喧嘩しようというのに、なんでか妙に安心している。
壊れすぎて、おかしな感覚になってしまっているのかもしれない。
そうだとしても、構いはしない。砕け散りそうな全てを、一つの剣に込めるのだ。
その末に、自分は何を得るのか。どう変わるのか。それは全て、剣を通して相手と語り合ったその先にあるものだ。
思えば、この組み合わせで剣を合わせるのは、初めてだ。
共に協力したり、遊んだりは何度もある。でも、こうして向き合い、剣をぶつけ合うのは初めてだ。
だからかも分からない。複雑に絡み合った感情とは裏腹に、楽しみですらある。
アイズは、そんな自分に苦笑しつつも、心は踊り昂ぶっていた。
──自分の本心が、少しだけ見えた気がするから。
「行くよ、ベル」
「はい。全力を尽くします」
呟き、同時に大きく前に踏み出す。
深く激しい剣戟の音が、中庭一帯に響き渡った。
──────────────
ぶつかり合う金属音が絶え間無く響いている。聞こえる音はそれだけ。先程までの会話は、もう二人の意識からは除外されていた。
アイズがサーベルを振るい、ベルが死にものぐるいの形相で双剣と我が身を動かし斬撃を逸らし、捌ききる。
この構図が何度も何度も続いていた。それは、ステイタス差を踏まえれば随分な異常事態だ。
Lv.4のベルとLv.6のアイズ。二つもレベルに差があれば一瞬とて打ち合えないのが当たり前だ。
如何に、ベルが早熟スキルにより限界を超えてアビリティ熟練度を上げていても、精々レベル一程度の差しか埋め得ない。なのに、打ち合えている。
(崩れない……ッ!)
アイズはその事実に戦慄していた。
決して手を弛めてはいない。誤って殺してしまうことがないよう、急所こそ外しているが、手を抜くこともない。
なのに、正面きって自身の剣戟を防ぎきっている。
何も、勝負にならないと思っていた訳ではない。それなら最初からこんな事は提案せず、頑張って言葉のみに終始しただろう。
しかし、想定していたのはもっと投影物の射出や投擲を駆使するベルの姿だった。
まさか、真っ向から全てを捌いてくるとは……
想像を超えていた。ベルが今何をしているのか、アイズにはよく解る。
信じ難いことに、
その事実に驚愕を通り越して畏怖すら覚える。
あえて隙を作り相手に打たせることで、次の動きを限定させる。それ自体は、駆け引きを得意とする冒険者には珍しくない技術だ。
だが、理性を持たず本能のまま攻撃してくる
態とらしい大袈裟な隙であれば、アイズなら容易く見破り裏をかくことなど造作もない。だが、ベルのそれは熟練者こそ反応せずにはいられない程に自然で、僅か一瞬の隙だ。
気付いた時にはそこへ攻撃してしまっている。
末恐ろしい。彼には何度も驚かされてきたが、ある意味これが一番大きな衝撃かもしれない。こればかりは、スキルや魔法で説明できるものではない。
アイズは知る由もないが、ベルのこの技術もまた、彼の憧憬たる英雄エミヤに由来し、今芽吹かんとしているものだった。
【心眼】。突出した剣才を持たぬエミヤが、数多の戦場、多くの死地を潜り抜けた果てに行き着いた一つの技術。
未だその域には至らぬものの、あの背中を追って積み上げてきた努力が、オラリオで実戦経験を重ねる事で開花しようとしている。
元来高かった洞察力に磨きがかかり、格上相手でも紙一重の所で凌ぐ術を身に付けたのだ。
剣の打ち合いを選んで良かった、とアイズは心の中で呟く。
比喩でも何でもなく、本気をぶつけられている。想いをぶつけられている。
さあ打ってこい、と全身で言われている。
自分の全てを受け止めてみせると、この打ち合いの中でベルが雄弁に語っていた。
だから、アイズはそれに応えるように全力を振るう。剣を加速させる。
この胸の想いを、願いを、全てを伝えるために。