ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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本当の願い(後編)

「ふっ────!!」

 低い姿勢から加速し、懐に潜り込んだアイズのサーベルがベルの足めがけて振るわれる。

 一瞬、上に視線を散らしてからの足狙い。

 だがベルは、惑わされることなく紙一重にその斬撃を避ける。

 次いで振るわれた薙ぎ払いの追撃も、双剣をx字に重ね受け流してみせる。

 威力を殺しきれず右腕が僅かに上がるが、許容範囲内。寧ろこれも半分は態とやっている。

 すかさず空いた腹部に目掛けて放たれたアイズの蹴りを、ベルは横っ飛びに回避した。

 アイズと直接やりあったことはないものの、その動きは何度も参考にしている。

 その愛剣を投影し、自分なりに真似てみたことも幾度となくある。

 だから、太刀筋や思考がよくわかった。

 全てを誘導しきることは出来なくても、全く想定外な動きにもならない。

 故に、避けられる。戦える。

 

(一手でも失敗すれば、次は無い。一合ごとに速度を増してゆくアイズさんの動きを全て読み切り、捌く)

 ベルは神経を研ぎ澄ませる。全身全霊を持って、アイズの本気に応えるために。

 生半な防御は許されない。一瞬のミスで崩される。

 今、アイズ・ヴァレンシュタインの全てをベル・クラネルは受け止めきる必要があった。

 次第に熱を帯びる剣戟の音が、中庭に響いていく。

 

 激しい金属音は、観客がいれば歓声を呼んだかもしれない。

 だが今此処にいるのは、アイズとベルの二人だけだ。

 放たれる剣戟は小気味よく響き続け、二人は息もつかせぬ攻防を繰り広げ続ける。

 剣を交わすごとに、アイズの感情や想いは形となり、ベルへと伝わっていく。

 どうしようもなく曇りに曇った、泥水のような激情。

 禍々しい色をした巨大な力の塊のような何か。

 彼女の原点らしき渦が、全てを破壊し尽くさんとする黒き竜巻が、確かにベルに伝わった。

 あまりにも激しいそれは、その心ごと全てを吞み込もうする。

 しかし、その中に確かにある、一欠片の純なる心。

 暖かな光が息づく、この魂の結晶だけは見失わぬように。ベルは笑んでみせる。

 笑顔のみが、最後まで折れることのない剣である。

 それは、彼が正義の味方で在るために、ただ一つ辿り着いた答えだった。

 その輝きを、アイズは知っている。

 彼に救われた人々の事を、知っている。

 心から笑えるようになった人を、よく知っている。

 自分の周りにも、そんな人たちがいる。

 自分の心にも、その輝きはあると知っている。

 だから嫌だった。どうしようも無いほど嫌なのだ。

 この光が、憎悪の対象に向けられている事実など。この光が今尚健在である事など知りたくなくて、アイズは涙を零す。

 その姿を見ると、どうしても英雄を想起してしまう。

 

 ───お前だけの英雄を見つけろ。

 

 父親に言われたそんな言葉を、再び思い出す。

 私だけの英雄なんて、いる訳が無い。救ってくれる存在なんて、いる訳が無い。

 そんな都合の良い存在を夢見た時期など、疾うの昔に過ぎ去った。

 この身は復讐者。憎悪の炎に身を焼かれ、刃を振るい続ける者。

 英雄を求める自分などもう居ない。

 その筈だった。なのに、それなのに……何故今更その感情をベルに抱いてしまうのだ。

 例え彼が英雄と呼ばれる存在だったとしても、彼だけは自分の英雄にはなり得ない。

 理想を抱き、全てを救おうと走り続ける少年。決して個人には留まらず、万人に手を差し伸べる者。

 

 そんな英雄が、自分の為だけになど戦ってはならない。

 だって、美しいと思ったから。

 皆が笑顔でいられる未来を夢見て、全てを救おうとひた走る。

 その輝きが、尊いと思ったから。

 自分の幼稚な葛藤など、ちっぽけに思えるほど、眩しかったから。

 だから、それで良いと思った。

 彼が皆に手を差し伸べて、皆が笑えるなるば、自分も笑えると、そう思えたから。

 それで良いと、そう思わないといけないと思っていたのに……ッ! 苦しい。自分の心ですらままならない現実が、心が折れてしまいそうな程に辛い。

 ベルの手が怪物にまで差し伸べられなければ、そんな思いを抱くことはなかったのに。

 ただ綺麗だと、そう思うことが出来たのに。

 

 怪物と笑い合うベルを見た瞬間、激しい嫉妬を覚えてしまった。皆を救うために戦うベルの姿に、抑えていた私欲の感情を抱いてしまった。

 何故、怪物まで救うのだ? どうして自分の英雄でいてくれないのだ。

 元から自分の英雄だった訳でも無いのに、何を勝手な感情を抱いているのか。

 そんなのは分かっている。しかし、どうしても思ってしまう。

 何故、ベルの笑顔が怪物に向けられるのか? ──それは許せない。

 

「わたしは……ッ! わたしは……ッ! 君が怪物を救おうとするたび、どうしても憎らしく思ってしまう! 怪物も、怪物を助けようとする君も!!」

 絶叫しながら剣を振う。

 自分の中で荒れ狂うどす黒い感情をぶつけるように、泣き叫びながら剣を振るう。

 嫉妬の炎が心を焼き尽くす。醜悪な自分の感情に涙が零れる。

「他の誰かなら、まだ耐えられたかもしれない……ッ! でも、君が怪物に手を伸ばすたび、わたしの何かが壊れそうになる! 胸が苦しくて、張り裂けてしまいそうでッ!!」

 ああ嫌だ、言いたくない。こんな自分勝手な言葉、言いたくなかったのに。

 こんなに醜い自分を、晒したくなかったのに。それでも、止められない。溢れてしまう。どうしようもなかった。

 

「英雄が……欲しかった……わたしだけの……英雄が……」

 ベルにだけは言いたく無かった。正義の味方を志す彼だけには。

 けど、ここまで来たら言わなければならない。

 中途半端にはもう出来ない。ここまで付き合わせてしまったのだから、はっきりさせなければならない。

 そう思い、アイズは紡ぐ。ベルにしっかりと告げるために。

「君に……それを見てしまった。いつしか勘違いをしている自分がいた。

 君が……ベルがわたしの英雄だって……!」

「! ……」

 その言葉に、今まで剣戟を捌くのに精一杯だったベルの目が見開かれる。

 その部分だけは、ベルの目に見えていなかった。

 アイズが自分に英雄像を重ねていたのだと、今初めて知った。

 人助けは常日頃しているし、英雄劇(ヒーローショー)もすっかりお馴染みの光景になっていた。

 けど、アイズ程の実力者がそのような思いを抱くなどと、想像もしていなかったのだ。

 

「なんでそんな風に思ってしまったのか、自分でも解らない。君はみんなを助ける正義の味方だって、解ってたのに……どうしてわたしの英雄になんて、勝手に……」

 

 吐き出しきった言葉を、ベルは自分の中で反芻する。

 どうして……か。ふと今までのことが次々と蘇る。

 思えばベル自身、出会った当初から随分アイズを特別視していた。

 最初から見惚れていたし、ロキ・ファミリアに料理を提供する時は、彼女の好みを優先しがちだった。

 そこに、理由など無い。

 もしかしたら前世の事も関係してるのかもしれないが、些細でどうでも良いことだった。

 魂から、惹かれたのだ。

 出会ったから、惹かれた。それだけなのだ。

 アイズの感じたものは、間違いでは無かった。事実、彼女はベルにとって特別だった。

 ただ、「アイズの英雄」では無かっただけなのだ。

 

「……そう、ですね。僕は、誰かだけの英雄にはなれません。理想を捨てられない。諦められない。誓いがあるんです」

 気休めは言わない。言ってはいけない。

 どうしたって、これは変われない。変えられない部分だ。

 それでも、出来る限りのことはしよう。

 ベルは、決意を込めて言葉を紡いだ。

「だから、僕の命を貴方に預けます」

「……え?」

 ベルの言葉に、アイズは剣を止めてしまう。

 言ってる意味が理解出来ない。命を預ける? 正義の味方を志す者が、個人に自身を預けるというのか? 

 そも、そんな事が出来るのか? 混乱しているアイズを余所に、ベルは目を瞑り深く息をすると、呟く。

 

「───身体は、(えがお)で出来ている」

 

 ……それは、久しく聞いていない詠唱だった。

 受け継いだ理想と、ベル自身の想いを象徴する白き世界を生み出すもの。

 その一節だけを口にすると、どこか懐しさを齎す一本の長剣が現れた。

 少し前にも見た、ベルが初めて心象風景を具現化した時に使った雷霆の剣だ。

 ベルはその柄を摑むと、アイズに差し出した。

「この剣は、精霊です。使い手と契約を交わし、使い手の魂に深く結びつく剣。その契約ごと投影しました。

 もし砕ければ、僕は死ぬでしょう」

 ゾクリ、とアイズの背筋が震える。

 本気だ。形だけの儀式ではない。その剣は、文字通り命そのものなのだと、直感が告げていた。

 

「……ダメ。君は正義の味方だから、わたし個人に命なんて預けたら、だめ……」

 震える声で告げる。

 こんなの受け取れない。元は自分の我儘なのだ。確かに自分のものにしたいとは思った。

 でも、ベルの命はベル自身のものなのだ。それを、こんな形で受け取る訳にはいかない。

「アイズの英雄」にはなれないと言いつつ、自分の命を委ねようとする矛盾。

 それにベルは気付いているのだろうか? 困惑するアイズに、ベルは微笑みを向ける。

 

「違うんです、アイズさん。僕の理想は、文字通りみんなを笑顔にする事。

 貴方を悲しませたまま、終えることなんて出来ない」

 ベルは、アイズの震える右手にそっと手を伸ばす。

 思わず引っ込めようとするも、力強く摑まれると、剣の柄を持たされてしまう。

 すると、その理想と憧憬が伝わってきた。

 

 ──自分の知る限りの世界だけでも、みんなを笑顔にしたい。

 

 それだけだった。ただただ、それが全てだった。彼が憧れた英雄の願い。

 決して大層なものでは無い、小さき願い。だからこそ、ベルはその願いに強く魅入られたのだ。

 幼く純粋な心に灯った、小さな輝き。故に、アイズの願いとよく馴染んだ。

 決して身近の者を取りこぼしはしない。絶対に救いきる。その強き想いは、今のアイズにとって最も必要なものだった。

「わたしだけの英雄」では無かったけれど。

 それでも、決して偶像のような遠き存在では無い。確かに、ここにいる。

 そう感じた。そう確信できた。

 それだけあれば、アイズは十分だった。

 

「……もし、その在り方で居続けられたとしても、必ずどこかに限界がくる。それでも、君は……」

「その為に、みんながいるんです。僕一人では助からない誰かも、仲間が居ればきっと救える。その為、僕はみんなに笑顔を届ける」

 最後の質問に、ベルは真っ直ぐアイズの目を見据えながら答えた。

 初めて聞いた筈なのに、ひどく懐かしい言葉だった。

 気付けば、アイズからも剣を握る手の震えは消えていた。

 代わりとばかりに、アイズの目から涙が零れた。

 どうして、この少年はこんなにも暖かなのだろう。どうして、この少年はこんなにも優しいのだろう。

 自分が欲したものとは少し違えど、同じかそれ以上のものを与えてくれる。

 

「……やっぱり、この剣は要らない。君の願いを、知れたから。命なんて預かれない。

 代わりに、別のものを……もらって、いい?」

 気付けば自然と、その言葉を口にしていた。ベルは不思議そうな顔をしながらも、はいと頷きを返す。

 するとアイズは、続きを紡いだ。

「───────」

「えっ……? アイズさん、それって……」

 

 アイズの言葉に、ベルは頬を染める。そんなベルの反応に、アイズは頭を傾げる。自分としては、別に変なことを言った覚えは無いのだが。

「何か、間違ってる……? そんなのがあったら良いなって、思ったんだけど……おこがましい、かな?」

 不安そうに聞いてくるアイズに、ベルはぶんぶんと首を振る。

「い、いえ! そんな事は無いです! アイズさんがそれを望むなら、至急用意します!」

 慌てて返答するベルに、アイズは微かに笑みを浮かべる。

「ありがとう……ベル。急がなくて大丈夫。落ち着いてから……で、いいから」

 そう言って、アイズは優しくベルの髪を撫でる。

 ベルはしばし呆然としていたが、撫でられていることにハッとする。そして照れながらも、はにかむような笑みを浮かべる。

 

「はいっ……待ってて下さい、アイズさん」

 その言葉に、アイズは満足そうに頷いた。

 まだ、ベルが怪物を助けることへの葛藤は完全に拭えた訳では無い。

 怪物を味方だと思うことはとても出来そうにない。

 それでも、信じてみようと思った。きっと、答えはその先にあるものだから。

 大丈夫。もう絶望は感じない。自分にはこんなにも暖かい希望が在るのだから。

 アイズはそんな想いを胸に、ベルを抱きながらそっと目を閉じた。

 

 

────────

「お、おいベル……お前の頼みなら勿論協力するが、それって……」

「い、言わないで。多分アイズさんはよく分かってないから……うぅ、恥ずかしいなぁ……」

 その日の夜、ベルは早速専属鍛冶師であるヴェルフに、アイズから頼まれた物の作成協力をお願いしていた。

 その頼みを聞いたヴェルフは、ポカンという言葉がぴったりな表情で立ち尽くし、ベルは真っ赤になってもじもじしていた。

 ベルがアイズから頼まれた物。それは───干将・莫耶。いつもの夫婦剣を模した装飾品。その片割だった。

 

 アイズにその気はない。しかし、それは紛れも無く、婚姻の証を意味していた。

 




 ︎︎ということで、あけましておめでとうございます!

 ︎︎若干、どこかのダンメモシナリオで見た事あるようなやり取りになりましたが、今作の主題的に二人の関係性を深掘りするとやっぱりこうなるかなぁ……と思いました。

 ︎︎さて、次回の更新についてですが、一月も仕事やら何やらで提出物が多いので、上旬中の更新は厳しそうです。
恐らくまた中旬頃の更新になるので、気長にお待ち頂けると幸いです。
 ︎︎それではまた!
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