ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

3 / 40
イメージしろ、僕らが考え得る最強の剣を

 とある日。

僕はバベルで武具鑑賞をしていた。

 各々の作品に確かに製作者達の信念や魂が込められていて、見応えがある。物語のない武器や防具など、ただのガラクタに過ぎない。そう思わせてくれるような作品ばかりだ。

 流石は、オラリオきっての鍛冶系ファミリアの店である。

 だが、真に僕の心を奪ったのは、ショーケースに飾られているような素晴らしい名刀や業物ではなく、見習い鍛冶師(スミス)達の作品が並ぶ一角だった。

 雑に積み重ねられた木箱の中には、失敗作や廃棄予定の粗悪品などが乱雑に押し込まれている。

 そんな作品群の中に、一振りのナイフがあった。それは、どこにでもある平凡なナイフ。だが、僕はそれに釘付けになった。

 

「なんて、熱い想いが込められているんだろう……」

 

 まるで吸い寄せられるようにそのナイフを手に取る。そして全力で感じ取った。知りたくなったのだ。このナイフの製作者が何を思い、何を願い、何のために作ったのかを。

 

 ────武器は使い手の半身だ。使い手がたった一人で、どんな窮地に立たされたとしても、武器だけは裏切っちゃいけない。

 

 そんな声が聞こえた気がして、僕は衝動的にそのナイフを購入して店員さんに向かって叫んだ。

「あのっ! このナイフの製作者、ヴェルフ・クロッゾさんに会えませんか!?」

 それを聞いた店員さんは、鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていた。

 

 

***

「まさか、噂の正義の味方が俺の作品を気に入ってくれるとはな!」

「ちょっ、恥ずかしいのであまり大きな声で言わないでください! っていうか噂になってるんですか!?」

 あの後、店員さんはヴェルフさんの工房の位置を教えてくれて、すぐに訪ねることにした。そして今、僕達は彼の工房にて話している。

 僕が購入したナイフの製作者は、気持ちのいい笑顔を浮かべて言った。

「そりゃなるさ。Lv.1でミノタウロスを倒したとか、あのおっかねぇ豊穣の女主人の店主に厨房を任せてもらったとか、その料理は場にいた客全員を虜にしたとかな。お前さん、自分のことをもっと誇っても罰は当たらないと思うぜ」

 うわぁ、なんかもの凄く照れ臭い……。ミノタウロスの件はまだしも、豊穣の女主人で料理を作った時のノリは、正直黒歴史になりつつある。何が貴方の眷属が最強でない筈がないだ! 何が調理、開始(トレース オン)だ! 穴掘って埋まりたい!! 

 とはいえ、こうして誰かに認めてもらえるのは嬉しいことだ。だから素直に喜んでおくことにする。

 

「それで、だ。ベル・クラネル、そんなに俺の作品が気に入ったなら、一つ頼みを聞いてくれないか?」

 真剣な表情で、ヴェルフさんは言う。

「頼みですか? 勿論、できる限りのことはさせていただきます!」

 僕はこれからもこの人の作品をこの目で見ていきたい。ならば、頼まれることには出来るだけ答えたかった。

 それに、もし困ったことが起こっているのであれば、それを解決するのが正義の味方だ。

「俺と、直接契約を結んでほしい」

「あっ……」

 まあこういう展開にもなるか。うっかりしていた。直接契約、それは冒険者側が優先して素材を提供し、代わりに格安で武器を作ってもらうというものだ。

 特に悪いことではないし、ヴェルフさんになら寧ろ積極的に素材を提供したい。でも、契約まで結ぶとなると一つ問題がある。

「これを見ても、契約したいと思いますか?」

 そう言って、僕は常用している夫婦剣を投影する。本来なら他派閥の者に自身の能力を見せるのは躊躇われるが、今回は事情が違う。これは、彼に対する誠意の問題なのだ。

 それに、どうせもう人前では見せてしまっているし、今更隠しても意味はない。

 すると、

 

「……っ!?」

 

 ヴェルフさんの瞳が大きく見開かれ、そして彼は震えながら呟いた。

「…………何も無いところで剣を生み出したという噂は本当だったのか。しかも、魔法で作り出した割には霧散する気配が全くしない……こいつは、確かにここにある」

「はい、これが僕の能力です」

 これこそが、彼と直接契約を交わす上での問題点だ。この能力がある限り、鍛冶師(スミス)とは僕にとって必ずしも必要な存在ではない。勿論、彼が僕のために剣を鍛えてくれれば、僕はそれを大切にするし、使える場面があれば使うだろう。

 しかし、結局それは数ある選択肢の一つでしかない。窮地に立たされた時、彼の武器を頼ると断言することはできない。軽々しく契約を結んでもらって、使いもしない武器を作らせてしまうのは、彼にとって酷な話だ。

 だが、それでも、ヴェルフさんは真っ直ぐにこちらを見据えて口を開いた。

「だったら、俺にお前のその剣を打たせてはくれねえか?」

 それは、予想していなかった言葉だった。僕が投影した武器を、他の鍛冶師が鍛えなおす。そんなことが可能なのだろうか。この剣は僕のイメージで出来ている。そのイメージに僅かでも綻びが生じれば、たちまち武器は崩壊してしまう。

 僕とヴェルフさんのイメージに齟齬が生じた場合、その武器が完成することは無い。

 だが、

「出来るとは言えねぇ。だが、俺はお前の武器を打ってみたい。お前の誠意に俺は応えたい。こんな気持ちになったのは初めてなんだ。頼む! どうか俺にお前の武器を打つ機会を与えてくれ!!」

 ヴェルフさんはそう言い切って頭を下げた。凄い人だと、そう思った。

 頭を下げてまで、出来るかどうか分からないことに挑もうなんて、並大抵の覚悟じゃ出来ない。

 この人になら、どれだけ僕の時間を捧げても構わない。そう思えた。

「分かりました! 僕の剣を打ってください!」

 そう言って、僕は彼に剣を託した。

 

 

──────

 あれから、何度もヴェルフさんの工房に通い、彼に剣を預けその仕事ぶりを見守った。お陰で、彼の打ちたい武器のイメージが僕にも伝わってくるようになった。

 だが、それでも剣は完成しなかった。

 理由は単純だ。鍛え直そうとしているその剣が、英雄エミヤの世界では宝具と呼ばれる超絶級の武具であることが原因だ。あの夫婦剣はその中では比較的下位に位置するものだが、宝具は宝具。決して低くはない神秘性を有している。

 どれだけ腕があろうと、まだ鍛治の発展アビリティを習得していない見習い鍛冶師(スミス)の手に負える代物ではないのだ。

「くそっ! 俺には出来ねぇってのか!? ふざけろ! ここまで来て諦められるか! 絶対にやってやるぞ!」

 そして今日もまた、ヴェルフさんは工房で一人叫ぶ。黙って見ていたが、少々危なっかしい。それに、違和感も感じていた。

 本当にこれが、ヴェルフさんの全力なのか? ここ数日、ずっと傍で彼の仕事を眺めてきた。だからこそ分かる。彼は自分の力の全てを、剣に込めていない。

 勿論、手を抜いている訳じゃない。ヴェルフさんは真剣に剣と向き合っている。だが、何かが足りない。

 ヴェルフさんは、何処か自身の力の全てを出すことを拒んでいるように感じる。そこに踏み込むべきか否か、僕は迷っていた。

 そして、迷いながらも、僕は口を開く。

「……ヴェルフさん、何故全力を出さないんですか?」

 瞬間、ヴェルフさんの体がピクリと反応する。

「……なんのことだ」

「分かりません。けど、何となくそう思います」

「…………」

 沈黙が流れる。ヴェルフさんは目を閉じて考え込み始めた。僕はただ静かに待つ。やがて彼はポツリと言った。

 

「……俺は、この力が嫌いなんだ。いや、力じゃない。この力で打たれる魔剣が嫌なんだ」

 魔剣。それは、誰でも無詠唱で魔法を発動できるが、何発か撃てばたちまち砕け散ってしまうという、特殊な効果を持った武器の総称だ。

 本来は鍛治の発展アビリティを極めたひと握りの上級鍛冶師(ハイスミス)にしか作れない筈のものを、この人は作れる。彼に流れる精霊の血がそれを可能としているらしい。

 でも、何故その力を、この人は嫌悪しているのか。

「昔、親父が言ったんだ。魔剣を打て、王家に取り入るための道具を打てと。そうじゃねえだろ、武器ってのはもっとこう……」

 ヴェルフさんは拳を固く握る。

「魂を込めて打つもんじゃねえか。使い手のことを想うもんだよ。なのに、あのクソ親父は成り上がるために打てと言いやがった。そんなもん打てるかと、俺は故郷を出てここに流れ着いた」

 絞り出すような声で、言葉を紡ぐヴェルフさん。その表情には深い怒りが見える。実の父親に、自身の誇りを踏みにじられる。それがどれ程辛いことか、僕には想像することしかできない。

「俺は魔剣が大っ嫌いだ。使い手を残して、絶対に砕けていく。あれは人の力を腐らせる。使い手の矜持も鍛冶師の誇りも無くさせる。俺は……俺は……あんなもの……作りたくないんだ……っ」

 ヴェルフさんの言葉からは確かな葛藤を感じた。だが、僕は敢えて言うことにする。ここで言わなければ後悔する。そんな気がしたからだ。

「ヴェルフさん、僕は貴方に砕ける魔剣を打てとは言いません。成り上がるための道具を打てとも言いません。ただ一つだけ、言わせてください」

 ヴェルフさんはこちらを見る。その瞳には強い意志が宿っている。その眼差しに負けないように、僕は真っ直ぐに視線をぶつけながら口を開いた。

 

「精霊の力程度(・・)のもので砕けるほど、貴方に託した剣も僕の信念も脆くはない!」

「…………っ!」

 

 そうだ。この剣は、この想いはそんなに柔なものじゃない。僕は、自身の力で正義の味方にならなければならない。そのための剣を鍛えるために、僕はここにいる。ならば、

「だから、貴方の全てをぶつけてください! 僕がそれを受け止めます!!」

 ヴェルフさんは暫くの間、呆然としていたが、やがてその顔に笑みを浮かべた。

「分かった。ベル、お前を信じるぜ。お前の剣を鍛え直すため、俺の全てを注ぎ込んでやる! 覚悟しろよ、お前の武器は世界一にして最強の剣だ! 俺がお前を最強にしてやる!!」

 その言葉と共に、ヴェルフさんの握る槌の色が変わった。黒かった鎚は、赤く輝き始める。

 これは決して、血筋に頼った剣を打っているわけではない。ヴェルフ・クロッゾと、このベル・クラネルの覚悟が重なり合った結果生まれた、正真正銘の奇跡だ。

 燃え盛る炎のような赤い光を放つ槌が、僕らのイメージを形にしていく。そして、その光が消えた時、そこにある剣は、紛れも無い本物だった。原点(オリジナル)すら凌駕する二刀一対の至高の剣。

 英雄エミヤでも到達しえなかった一つ上の領域。僕一人では絶対に届かなかった、新たな境地だ。

「お前のお陰だ。間違いなく、俺が今まで打ってきた中で最高の出来だ。ありがとよ、ベル」

 憑き物が取れたようにスッキリとした笑顔で、ヴェルフさんはそう言った。

「いえ、お礼を言うのはこっちの方です! 本当、ありがとうございました!」

 僕は深々と頭を下げる。

「……なあベル、その堅苦しいの辞めないか? お前が俺を信じて、俺もお前を信じて、共に最高傑作を打った仲間だろ? だったら、それっぽく呼んでくれよ」

 少し照れ臭そうに、ヴェルフさんが言う。僕は暖かくなる胸を押さえて言った。

「分かったよ、ヴェルフ。これからもよろしく!」

 ヴェルフとなら、きっとどこまでだって行ける。神にしか成せなかったことを、成し遂げられる。

 そう思った。

 

 

──────

干将・莫耶(改)

 ベル・クラネルとヴェルフ・クロッゾが真っ向からぶつかり合い、お互いの全力を以て打ち合った結果、原点(オリジナル)すら超える神秘性を持つに至った双剣。

 互いが引かれ合う性質、魔よけの効果、その双方が極限まで高められており、耐久性も大幅に向上している。

 その至高の双剣は、確かに彼の剣の丘に突き立ったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。