ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
理想、正義、夢、願い。
それらを求める戦いに、決して終わりは訪れない。
もし、ベル・クラネルが前代未聞の何かを成し、全ての人々に幸福をもたらしたとして、その幸福が永遠に続く訳では無い。
人が人である限り、不変の幸せなど有り得ないのだ。
故に、彼は生涯走り続けるだろう。彼の憧憬がそうしたように。
それでも、その先に地獄しか無いのかといえば、決してそうではない。
否、地獄にしてはいけない。
戦い続ける自分自身が幸せでなければ、誰を幸せに出来るのか。
それが憧憬との誓いにして、正義を貫くベル・クラネルの唯一無二の在り方だ。
その器は、今確かに満たされつつある。
多くの出会いを経て、大切な者達を得て、自身の在り方を貫徹した。
偽りなき想いを、願いを胸に抱き、果ての無い夢を追い続ける。
行動にこそ賛否はあれど、最早その真意を疑る者はいない。
常に真っ直ぐな目と言葉を向けるその姿が、嘘である筈が無いのだ。
器が満たされる。ならば、今こそ魂に刻まれし、もう一つの誓を、果たそう。
宿命の鐘が鳴り響いた時、彼は心から笑うのだ。
ベル・クラネルが輝くのは、無我夢中の最中。
彼はどこまで行っても少年のまま。
人々を真に突き動かすには、己を賭ける以外に術は無い。
目の前の相手と向き合う。笑顔を向ける。その積み重ねが、今極致へ至ろうとしている。
────────
「ベル・クラネル! てめぇ、いい加減怪物の味方するのは止めろ!」
「そうだ、奴らに心があるからって、情けをかける必要なんてない!」
「俺はお前を応援するぞ! 正義の味方らしく、常識なんてぶっ壊してやれ!」
僕が街を歩けば、多くの声を耳にする。罵倒、罵倒、偶に声援。
相変わらず負の声が大半だけど、何故だか心地良い。
皆が皆僕を持ち上げる必要も、神の如く崇める必要も無い。
それらが活動の中役に立つ故、積極的にそういうムーブを取ることが多いのは事実だけど、あくまで手段の一つだ。そんな物のために正義の味方を志した訳じゃ無い。
最初を思い返せ、僕が初めて人々に笑顔を訴えた時、歓声なんてものを求めはしなかった筈だ。
何でも良かった。嘲りも、罵倒も、呆れですらも。
僕を見て笑ってさえくれれば、それだけで良かった。
今僕に向けられているのは、笑顔から程遠いものだ。だけど、見込みがあると感じる。
関心があるなら、どうでも良いとさえ思わないなら、いつだって彼等に干渉する隙がある。
何度でも笑いかけよう。何度でも声をかけよう。
どんな反応が返ってこようと構わない。僕に感情をぶつけて、それで気が済むのなら何度でも。
そして、少しでも僕の助けたいって気持ちに共鳴してくれるのなら、人と怪物の溝だって埋められる筈だ。そう信じて、最後まで出来ることをやれば良い。
両隣を歩くリリとヴェルフの表情を窺えば、二人とも少し笑みを浮かべている。
思うことがないわけは無い。でも、僕が迷わぬよう、傍にいてくれる。活動開始当初から中心を支えてくれた二人だ。
ずっと見守ってくれていた神様もそうだけど、信じてくれる仲間がいるだけで、勇気を貰えた。
憧憬のように一人で頑張り続けるのは難しそうだ。だから、大切な人達と手を取り合って歩いていこう。
誰か一人でも信じてくれる人が居る限り、きっと戦い続けることが出来るから。
さあ、投票日前最後の配信、張り切っていこう!
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で、いつも通り
「キュッキュッ、皆から散々兎だ兎だと言われたこの僕、いっそ身も心も兎になりきってみまシタ!」
はい、まあ僕がやることと言えば決まっている。全力でごっこ遊びをするだけさ。
いつも通りアルゴ仮面のケモ耳付きバージョンでもよかったんだけど、どうせなら兎を全力で表現するべく、ヴェルフに新しい
「おっ、遂に兎を自認したのか。任せろ、すこぶるお前らしい兎に仕上げてやる」
と、何故かノリノリで製作に乗り出してくれたヴェルフ。こっちも常に本気なので、全力で仕事してくれるのはありがたい。でもすこぶる僕らしい兎って何? あと、何かデジャブ感じるのは気のせいかな。
そうして出来上がったのが、全身毛玉まみれの兎さんな僕である。
リリは目を輝かして僕の全身をモフり倒してるし、春姫さんは顔を赤らめて何やらもぞもぞしている。兎衣装でそんな顔になるって、どんな妄想が掻き立てられたのだろうか。
命さんは妙に感心してくれてるし、製作者のヴェルフは満足そうだった。ヘグニさんはよくそんな目立つこと出来るなと怯んでいる。
レフィーヤさんとフィルヴィスさんはやや呆れ気味。ティオナさんはおー可愛いねーと普通に褒めてくれた。
そしてアイズさんなんだけど、ジーッと見つめてモフるタイミングを窺っているようであり、その手がソワソワしていた。
アイズさんにモフられたら、羞恥で死んじゃいそうなんだけど。配信中はヤバくないかな。うん、今は我慢だね。後でお願いしようっと。
少し大袈裟に、これこそ究極のコラボだ、とか、今日は兎の日だ、とか喚いている。
そうかな? そうかも……うーん、まあ確かに人間と怪物を繋ぐコラボというコンセプトではあるし、そういうことにしておこう。
とまあ、粗方みんなの様子を紹介した訳だが、一人元気のあまりない人がいた。
ウィーネだ。兎に癒されながらも、どこか不安気な顔をしている。
そう、実は先程彼女からとある質問を受けていた。それは、
「ねえ、ベル。もし友だちが自分ところし合いたいって言ったら、ベルはどうするの……?」
「…………え?」
と。ウィーネの言葉を聞いた僕は、思わず固まってしまった。
何故、ウィーネがそんな事を聞く? 皆和気藹々としている
しかし、ふと思っただけ、等という曖昧な問いでも無いことはすぐにわかった。
シチュエーションが生々し過ぎる。何より、ウィーネ自身が明確に答えを求めている様な目をしているからだ。
「……まず、相手が何でそんなことを言い出したのか、そこを確かめるかな。誰かに脅されて、とかならそっちを何とかしたいし……」
実際にその状況となった時を想像しながら、僕はウィーネの問いに答えた。
もし、ヴェルフやリリが武器を手にして、僕の前に立ち塞がったなら……
答えを聞いたウィーネは、プルプルと震えながら小さな声で、でもハッキリと言葉を紡いだ。
「……じゃあ、もしおどしじゃなくて、友だちが本気でそうしようと思ってたら……?」
泣きそうなウィーネを見ながら、僕は彼女が何を言おうとしているのかを考える。
友達が本気だったら……か。しかも、僕を殺そうとするのではなく、殺し合おうと思っているという。
つまり決闘がしたいということだろうか。
大前提として、僕は殺生などしたくない。正義の味方としても、個人としても、無用な殺し合いはしたくない。
やむなく敵と戦うことはあっても、それでも極力殺さない様に立ち回ることを念頭に置いている。見知った仲であれば尚更だ。
友達と殺し合いなどしたくない、だけどその人が本気で殺し合いを望むのなら、僕はどうするのか。
───また会おう、我が敵よ!
生まれ変わり、次にまた巡り会った時、今度は一対一で! 私達の決着を!
ふと、あの夢を思い出した。
前世の僕らしき青年と戦う猛牛の戦士。
そっか、ウィーネはあの人と会ったのかもしれない。
リドさんに聞いた事がある。
その人があの猛牛で、僕の事を記録映像で見聞きしたのかもしれない。
そして、再戦を望んでいるのなら……それを知ったウィーネが不安に思うのも無理はない。
随分想像を膨らませてしまっているけど、何となく確信に近いものを感じている。
……ああ、嫌だ。何故よりによってウィーネにこれを言わなくてはいけないのか。
彼女の事を思えば思うほど、この答えは残酷に思える。
「その友達が、僕の事を憎んでいる訳でも無く、本気でそう望むのなら……僕は、受けて立つよ。その人にとっての幸せが、闘いの中にあるのなら。正義の味方として応えなきゃならない」
何より、約束を破る訳にはいかないから。
僕自身、その因縁を大事にしたいから。
ウィーネはそれを聞いて、両手で顔を隠して俯いてしまった。
ああ、ごめんね。嫌だよね、ウィーネはそんなこと望まないよね。
酷い話だ。本来なら敵対する理由も無い相手と殺し合い、あまつさえ幼い少女を泣かせるだなんて。
正義の味方がすることじゃない。いや、してはいけないことだろう。
しかし、闘いに応じなければ、あの猛牛が報われない。それは僕自身とて苦しい。
だから、せめて。
それが悲劇に見えぬよう、笑って終われる様、全力で事に当たろう。
誰にも、涙も、嘆きも零させない。
とびっきりの笑顔を捧げ、舞台に幕を下ろそう。
僕はウィーネに近づき、その小さな体をそっと抱きしめた。
「ごめんね、ウィーネ。こんなの、納得なんて出来ないだろうけど、それでもその人が……いや、僕らが望んだことだから」
そんな僕の言葉を受け、ウィーネは潤んだ瞳で見つめ返しながら、しかしコクリと頷くのであった。
──────
殺し合い。それはウィーネにとって強烈な悪夢として蘇る言葉。
殺し、殺され、その爪で引っ掻いて、牙を突き立てて。斬られ、殴られ、嬲られ。
鮮血に染まる自分の体と、怒りのままに振る舞う冒険者。
そして最後には冷たく崩れ落ちる自分の亡骸。
守り合う冒険者達に憧憬を抱きながら、彼等にとって敵でしかない自分。
それは、知性を持って産まれても一緒だった。冒険者と相対すれば、自身の羽や爪を目当てに殺されそうになる。
こちらに交戦の意思など無い。だけど、冒険者達にとって知ったことでは無い。
身体中を傷付けられながらも、何とか逃げ延びる。希望など在りはしない。
ベルに拾われるまで、暖かさや安寧といったものとは無縁であった。
ベルは、当然のように怪物である自分を包み込んでくれた。
喋る怪物という存在に戸惑いながらも、迷う事無く受け入れ、
そのせいで人々からどれだけ罵声を浴びせられても、嫌な顔ひとつせず、少しでも
ウィーネにとって、ベルは親のような存在だ。そんなベルが、自分の知り合いと殺し合いをする?
嫌だ、ベルが冷たくなるなんて嫌だ。かと言って、ベルが相手を冷たくする場面も見たくない。
それでも、当人達が望んでいることを、ウィーネが止めることも出来なかった。
舞台に立って演技するベルを見ながら、葛藤し続けるウィーネ。
ふと、この気持ちを誰かに共有したいと思った。
視線を巡らせると、最近仲良くなり始めたアイズが目に入る。
何となく、彼女は何処かが自分と似ている気がする。ウィーネの勘がそう告げていた。
人見知りな所以外、然程性格が似ているとは思わないのだが、根っこの何かというか、そういうものが似ているのだ。
だからだろうか、ウィーネはつい、気付けばアイズに話しかけていた。
「……ねえ、アイズ。アイズは───」
竜の少女と、竜に恨みを抱く少女。
本来なら気安く話せる仲にはならなかったであろう両者。
だからこそ、ウィーネは語らずにいられなかった。自分の抱えた心の迷いを。
果たしてアイズは、ウィーネの縋るような瞳をどう受け止めたのだろうか。
──────
どうあれ、ベルとその猛牛は対峙した。パフォーマンスが終わり、いつも通り探索を始めて暫く経った後、27階層にて遭遇したのである。
猛牛の後方から、見慣れた
彼の主神が、こういった案件で動かぬ筈が無い。この時を、ずっと心待ちにしていてもおかしくはないだろう。
猛牛が纏う空気は、記憶にあるそれとは一線を画している。
夢に出た姿よりも、どこか……そう、人に近い感じがする。
ベルが笑みを作って歓迎の意を伝えると、猛牛もまたニィッと笑みを浮かべ返した。
それだけで、互いが互いだと確信した。
自分の全てを向けるべき好敵手だと、認め合った瞬間だった。
「我が名はアステリオス。笑顔の戦士よ、今世の名前を教えて欲しい」
一礼するアステリオス。
ベルはすぅと大きく息を吸い、名乗りを上げる。
「僕はベル・クラネル! 今世においては、理想のために笑顔の力を行使する正義の味方! 敢えて言おう、私が! アルゴ仮面だ!!!」
前世と似ているようで似ていない
自己紹介。
正義の味方として、この名乗りは譲れなかった。
英雄エミヤに憧れた少年の、少年らしい拘りの現れだった。
それは、彼のスキルにも如実に現れている。
【
今までの自分が辿った軌跡、その全てを乗せなければ、この相手とは向き合えないとベルは確信していた。
この闘いの中で、魔法の力も最大限発揮する必要がある。
つまり、今自分に向いている憎悪の感情も、反転させなくてはいけないということ。
単純明快な、しかし多大なる高難易度。
やって見せよう、正義の味方が。
覚悟と共に、ベルは夫婦剣を投影し、構えるのだった。
︎︎結局目標を守れず申し訳ございません!
︎︎ようやくクライマックスなので、今月中に完結できるように頑張ります!