ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
急展開を迎えた配信に、都市中が大騒ぎとなる。
「どういうことだ!? 何で
「共存を望んでいるんじゃなかったのか!?」
「訳わかんねえ……でも、あいつら笑ってやがるぞ」
決闘、そう取れる行為に都市の住人達は戸惑いと困惑を隠せない。
今までのベルと真逆と言っても良い行いに、心と頭の整理が追い付いていかないのだ。
しかし、その決闘が険悪なムードで行われていないことは、誰の目から見ても明らかだった。
猛牛と兎は、武器を向け合いながら、心底楽しそうに笑っていたのだ。
敵に対する嘲笑でも、相手を蔑むものでもない。
悪意など欠片も無く、純然たる闘志を瞳に宿すベルとアステリオス。
人々は自然と悟る。今、舞台の上では彼等が望んだ闘いが行われているのだと。
ならば、それを見守るべきだ。
共存派にとっても、殲滅派にとっても、止める理由など無い。
訳の分からぬ事態に困惑を強くしながらも、多くの者が舞台を注視した。
─────────
一人と一頭は同時に動き出す。ベルの構える夫婦剣と、アステリオスが掲げる両刃斧がぶつかり合い、火花を散らす。
無論、押し合いは成立しない。アステリオスの膂力はオッタルにも匹敵し、ベルとの差は明らかだ。
しかし、ベルは決して引かぬまま、逆撃にと全力を尽くす。
受け流しながら、躱しながら、距離を詰め、迫る。
中途半端に引けば押し切られるのは明白だ。剣の間合いで戦う以上、前に出るしかない。
アステリオスの一撃は、余波だけでベルの身体を傷付け、その命を削らんとするが、構うものかと突っ込んでいく。
アステリオスの攻撃に技術も駆け引きもない、力任せ、まさに暴獣の戦い方だ。
今のベルにとって、読み切るのは容易い。
掠り傷を増やされながらも、猛牛の斧捌きを見切り、遂には腹へと夫婦剣の一撃を叩き込む。
相棒と共に鍛え続けてきた刃は、断てぬものなど何も無いという傲慢な自負をベルに齎した。
極限まで魔力を通し、
「グオォォォッ!!」
当然、これで怯む猛牛では無い。寧ろ、より闘争本能に火が点いたようだ。
自身が知る白髪の英雄よりずっと戦上手な兎へと、より獰猛に笑いながら斧をひたすら振り回す。
互いに守りはしない。ひたすら攻撃あるのみと、徹底した肉弾戦だ。
致命傷は避けつつも、ベルとアステリオスの身体はあちこち切り裂かれ、鮮血を散らす。
常に渾身の一撃を叩き込むベルと、当たらずとも力で薙ぎ払うアステリオス。
満身創痍になりながらも、互いの一撃は決して中断されることは無い。
笑みを絶やさぬまま、力をぶつけ合い続ける。
一見すれば、互角の戦闘に思える。しかし、徐々にベルの体力は尽き始め、一合毎に圧され始めていた。
元より、
技術と身のこなし、駆け引きで何とか対抗していながらも、限界は必ず訪れる。
動きを鈍らせ、遂には躱しきれなくなったベルへと、アステリオスの斧が迫る。
ガァンッと、一際大きく鳴り響く金属音。
初めてまともに斧を受けたベルが、宙を舞う。
流石だ、とベルは内心でアステリオスを称賛した。
深層で武者修行しているというだけある。かなりの修羅場を潜ってきたのだろう。
駆け引きこそないが、絶対に敵を打ち倒すという執念が伝わってくる。
当たらない攻撃も、当たるまでやり続けるその強靭な意志力。
心技体の、技以外に於ける最高峰だ。
それでこそ、自分の全てをぶつけられる、真に闘わなければならない相手だ。
「──―
吹き飛ばされつつも、ベルは空中で体勢を立て直し、地面へと着地する。
すかさず追撃しようと向かってくるアステリオスに、オーバーエッジ形態の夫婦剣を投擲。
この闘いを見ている人々の反響もそこそこに、ベルは投影を開始する。
計十本。うち新たな夫婦剣が二本、火の魔剣一本、その他第一等級武装七本。
一瞬でこなすには中々無茶な投影だが、耐え得る程度の力は集束している。
出し惜しみなどしていられない。未だ準備不完全ではあれど、ここで全開の攻撃を叩き込まねば負ける。
神経を極限まで研ぎ澄まし、ベルは工程を瞬時に終えた。
「ッシィ!」
そして、先に投擲した双剣が今、猛牛へと迫る。
左右から吸い込まれるように飛ぶ二本の剣に、アステリオスは直撃寸前で気付いた。
人間たちの間でこそ、既に夫婦剣の特性は周知の事実となっているものの、アステリオスにとっては初めて見る現象だ。反応が遅れるのも仕方がない。
身体を反らしながら、強引に弾くアステリオス。
当然、その隙を逃すベルではない。
「───
連射される八本の剣。
体勢を崩しているアステリオスに、それら全てを躱す余裕など在りはしない。
急所には当たるのを避け、他は甘んじて受ける。
(最後の一本、あれだけは防ぐ!)
直観的に魔剣の危険性を悟り、アステリオスは血塗れになりながらも、斧で迫りくる八本目を狙った。
受け止めた瞬間、剣は爆発。
小さき刀身に対して想像を超えた爆発が起き、さしものアステリオスも堪らず歯を食いしばる。
皮膚が焼け、肉が削げ、それでも決して斧を手放さずに。
爆発の衝撃で仰け反りそうになる身体を、気力で耐え抜き、転倒を防ぐ。
アステリオスは本能で悟ったのだ。
まだ、次がある。今転べば次の手は必ず被弾すると。
このままベルに無防備を晒すのは、命を捨てに行くようなものと。
立て、闘え、決して負けるな。
自身の本能が叫ぶままに、アステリオスは血走った目を開いた。
眼前には、既にベルが迫ってきている。
更に背後より、先程弾いた二振りの剣が迫る音も聞こえる。
どうやら、あの双剣は元のセット以外の組み合わせでも、惹かれあう性質が働くらしい。
ベルが手に持つ双剣に反応し、吸い寄せ合うように接近している。
しかし気付いたところで、傷だらけの身体で回避の手段など残っている筈もない。
やることは先程と変わらない。致命傷だけを避け、最後まで立ち続けること。
技を持たぬ自分に出来ることなど、ただ、それだけ。
一閃目、ベルが手に持つ白の剣と、背後から迫る黒の剣が交差した。
それはアステリオスの肩の肉を深く抉る。
二閃目、ベルが手に持つ黒の剣と、後方から迫る白の剣が交差した。
それはアステリオスの脇腹を深く抉る。
そして、三閃目。ベルは新たに氷の魔剣を投影し、硬直しているアステリオスの足元を凍結。そのまま次の夫婦剣を投影しつつ宙へと舞い、落下の勢いを利用して渾身で斬りかかった。
アステリオスの身体は動かない、動きようが無い。
今まで受けた攻撃一つ一つが、必殺の一撃に等しかった。
身体はとっくの昔に限界を迎えており、とても足元の氷を剥がす程の余力などない。
(終わりか……? 否───)
まだだ、とアステリオスは奮起する。
まだ自分もベルも全てを出し切っていない。そんな気がするのだ。ここで終わらせて良いものではない、と。
まだ、出来る事は無いか。
まだ、何か無いのか。
徐々に迫る刃に対し、アステリオスはただ闘争本能を働かせ、考え続ける。
動けない? そんな馬鹿な、この身は魔物。魔石さえ、魔力さえ在れば、動く。
どれだけ肉が削れようと、どれだけ血を失おうと、動けない道理など無い。
ならば動け、全てを絞り出せ、
追い詰められし獣よ、最後に起死回生の一手を放て。
限界を超える気概を持て、命を燃やし尽くせ。自身の限界を超えて、武を極限まで研ぎ澄ませろ。
───動く。己は動くはずだ。動け、動け! 敵の剣が迫る中、アステリオスは自らの肉体に命令を送る。
獣としての本能のまま、目の前の脅威を打ち滅ぼさんと咆哮した。
「グゴァァァアアアッ!!」
身体の奥で、ピキっと何かが罅割れる音がする。
その瞬間、アステリオスの身体は加速した。
繋がらぬ筈の肉体に、もう一本線が入ったような感覚。
そこから何かが、全身へと熱い血潮となって駆け巡る。
砕け始めた魔石から送り込まれる力の奔流が、身体を疑似的に再構成する。
渾身の力を振り絞り、腕を強引に動かし、迫る双剣の刃へと己が斧を叩きつける。
「っ! あぁあぁアァッ!!」
「ウヴォォォォッ!!」
その有り得ない現象に驚愕しつつも、ベルもまた剣を叩きつける。
双剣に乗った力は、これまでで最大のもの。
しかしアステリオスは斧を跳ね上げ、強引にベルごと弾き飛ばした。
弾き飛ばされながらもベルは着地し、再び猛牛と向き合う。
「あは、あっははは、はっは!! 同じだ、あの時の私と!」
ベルが笑う。嗤う、盛大に、笑った。
身を削り、限界を超え、不可能を可能へと変えた。
かつてこの宿敵と剣を交わした自分と同じように、今、アステリオスは限界を超えた。
「皆の者、見たか!? 今、戦士アステリオスは私に全てを投げ打ってきた! 人間も、怪物も関係ない、己が持つ全てを! 正に全身全霊、賭けたのだ!」
ベルが吼える。嗤う、盛大に、笑った。
この闘いを見ている全てに対して、己が高揚を伝える。
通して、知らしめる。一頭の猛牛が、人たるこの自分に対して全てを賭けてきたことを。
敵意ではなく、純粋たる闘争本能の発露を。
友と認めた者と、死力を尽くして今、自分は闘っているのだということを。
そして、その闘志に、全力で応えてやらねばならない。
限界の先の高みを見せてくれた相手に応えるために。
己もまた、人の身で立ちはだかる全てを打ち砕く為に。
その為に、ベルは全力でアステリオスの在るがまま、その全てを皆へと見せつける。
強く握り込んだ干将を天へと掲げ、ベルは叫んだ。
「この闘いをどう思おうが構わない。何処まで行っても、やっていることはただの殺し合いなのかもしれない。
それでも、私たちは確かに繋がろうと、戦友になろうと闘い合っている! だから、どうか見届けて欲しい!」
心の声に従い、ベルは心の底からそう願う。
ベル・クラネルとアステリオス。ただ二人だけの闘いを、どうか最後まで見届けて欲しいと。
それは、確かに人々へと届いた。
「お前ら、ここまで見せられて
真っ先にあいつを認め、今真っ向から立ち向かってる俺の相棒にな!」
一番に応えたのは、やはりヴェルフだ。ベルの相棒を自称し、常に声高に叫ぶ男。
ベルのやりたいことを信じ、共に歩むと決め、かつて己の常識を覆した漢。
先陣を切るベルの次に声を張るのは、自分だと、そう言わんばかりに叫ぶ。
その言葉に、仲間達は勿論、街の人々も触発される。
「戦士アステリオス、彼の勇気に僕は敬意を示そう! 彼と立会うベル・クラネル、その覚悟に僕からも祝福を!
君達はどうだ、最早嫌悪など無いだろう? ならば、共に見届けよう。一人と一頭、その雄姿を!!」
そう声を張り上げたのは、フィンだ。
ずっと迷っていた。ベルと自身の在り方に。
誰かを助けるために、全てをかなぐり捨てられるベルと、立場や組織を大事にする自分。
自分が間違っているとは思わない。しかし、その隔たりが時折、酷く遠く感じてしまって。
気付けば、ベルの手助けをするようになっていた。
特に今見せられている闘いは、勇者としての彼を煽るに十分な代物。
打算など、今だけは捨て去ろう。
人工の英雄ではもう満足出来ない。自分は、最高求める英雄を、本物の
だから、今だけはただの冒険者として、フィン・ディムナは見届ける。
──この瞬間を、この先もずっと、忘れないために。
現場も、街も、多くの場所で喝采が巻き起こる。
ベル・クラネル、アステリオス。二人の闘いを見守りたいと。
「ベル様! 負けないでください!」
リリの声は、現場で特によく響く。
彼女にとってのベルは、正に英雄だ。
絶望に埋もれていたリリを救い、
人生を変えた、ベル・クラネル。
比喩でも何でも無く、彼女はベルに一生を懸けて着いていこうと思っている。
その先にどのような結果と結末が待っていようと、後悔だけはしないだろう。
だから、叫ばずにはいられない。
勝って欲しいと、信じていると。
自分達を希望の光で照らしてくれた、あの人の勝利を信じて。
「行けぇ、アルゴノゥト君!」
「ベル・クラネル! こんな所で死んだら許しませんよ!」
「ベル殿、お願いします!」
「ベル様! どうか、お勝ちになられて!」
「正義の味方! 負けるな、正義の味方!」
多くの仲間が、想いを届けようと声を限りに叫ぶ。
「あぁああああああ!! ベルっちとアステリオス、どっちを応援すりゃいいか分からねぇ!? 畜生、決められねぇよ!!」
どちらにも負けて欲しくない。だから、どちらも応援する。あの二人を、この闘いを見ている全ての者を。
中でも神妙そうなのは、やはりウィーネだ。
「ベル……アステリオス……」
ぎゅっと拳を握りしめ、ウィーネはチラッとアイズを見る。
他の皆のように声こそ出していないが、ベルから貰った装飾を手に、戦いを見守っている。
(やっぱり、アイズも信じてる……。さっき言ってた通りだ……)
先程、ウィーネから話を振られた時、アイズが語った言葉はシンプルだった。
『ベルがする事なら、きっと最後にはみんな笑顔になる』と。
ウィーネとて、それは分かる。
まだ出会って間もない自分でも、今まで何度もベルから笑顔と元気をもらっているから。
でも、やっぱり怖かった。
この闘いでどちらかは死んでしまう。或いは、両方共。
特にアステリオスについては、勝てたとしても助かりそうもない。
決着が着く時、如何な結末を迎えるかなんて、ウィーネには予想もつかない。
それでも、みんなが熱中している。
ウィーネもその熱に充てられてしまった。
ベル・クラネルは皆に笑顔をもたらす。
これが、その証左だとばかりに。
気が付けば、ウィーネの頬に涙が伝っていた。
その涙を手で拭いながら、ウィーネはアイズへと視線を向ける。
(まだ怖い……だけど、ベルもアステリオスも、これで納得して、救われるのかもしれないなら……)
ウィーネは覚悟を固めた。
(私も、ベルとアステリオスを応援しよう!)
そして、いよいよ決着が近づいていた。
打ち合いながら、ベルが詠唱を始めたのだ。
「───身体は
血潮は道化で、心は兎」
それは、必要十分に力が溜まった合図だった。
自身の全てを示した猛牛に、最大の敬意を示して。
「幾たびの舞台に立ち不涙、
ただの一度の惨劇も、
ただの一度の悲劇もない」
練り上がって行く膨大な魔力に、アステリオスは武者震いをする。
面白い、やはりまだ底があったか。
それでこそ、身を砕いてまで応えた甲斐があるというもの。
「担い手は全ての人々、
剣の丘で宴を開く。
ならば生涯に悔悟はなく、
この身体は、無限の
詠唱が終わり、世界が塗り変わる。
真っ白で、無数の剣が輝く世界。ゴォーン……ゴォーンと鐘の音が鳴り続ける世界。
ベルの心象世界、固有結界だ。
赤き弓兵に憧れ笑顔を求めた少年がたどり着いた、一つの答え。
これを見せずして己が全てを出したことにはならないだろう。
さあ、決着の時だ。
互いに真っ直ぐ、同じ場所へと駆けだす。
無限の剣が飛び交う中、アステリオスは見た。
これまでとは一線を画す、無邪気を絵に描いたような笑顔で、ベルがこちらに駆けて来るのを。
あぁ、この光景を見たかったのだと、アステリオスは思った。
一人の人間と戦う夢、かつて得た最高の好敵手の姿。
己の全てを受け止め、真っ向から笑って戦いに臨んでくる最高の勇士。
あぁ、再び見れた。
全力の自分と、全力の勇士がぶつかるこの瞬間を。
その先にある、終着点を。
その幸福を嚙みしめながら、アステリオスは斧を振り下ろした。
───また会おう、我が永遠の好敵手よ。
一人と一頭の声無き声が、確かに交わった。
決着はついた。
どれだけ斬りつけられても、決して倒れなかったアステリオスの身体が真っ二つに裂けた。
ベルの一撃は、その斧ごと彼の身体を両断したのだ。
そして、ベルもまた全ての力を使い果たし、倒れる。
「─────」
ベルは見た。
降り注ぐ光の粒子の向こう、微笑むアステリオスの姿を。
(あぁ、良かった。満足してくれたんだ)
また一人、心から笑わせることが出来た。
自身が笑い、皆が笑う。
自分の追い求めた夢には、きっとまだ遠いけど。
今この瞬間だけは、確かに夢を叶えられただろう。
未だ溜まり続ける笑いの力が、その証左だ。
意識が遠のき、周囲のことも分からないが、皆笑っているのだと確信しながら、ベルは眠りについた。
次回、エピローグ。