ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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やっぱり、間違いなんかじゃなかった(終)

 結果から言えば、共存派の票数は無事三割を超えた。それどころか、七割以上の票を得たらしい。

 残りの三割もほとんどの者が中立に回り、殲滅派として残ったのは極少数に留まった。

 アステリオスと言う一頭の武人が齎した変化は、それ程大きかったのだ。

 

 しかし、共存とは言ってもすぐに異端児(ゼノス)が制限なく地上で生活出来るようになる訳ではない。

 彼らを人と何ら変わりない存在だと、大半の人間が認識を改めたとしても、恐怖心が消え去ってしまった訳ではないのだから。

 街の区分けをある程度見直すことになったし、オラリオ外の権力者達も怪物(モンスター)が野放しになっていないか目を光らせることになるだろう。

 それでも、少なくとも異端児(ゼノス)達は、第一級冒険者同伴であれば外出を許されるようになった。それも彼らに対し敵意を持たない者に限られるため、然程監視らしい監視は行われていない。

 特に、架け橋であるベルが今回の一件でLV.5となり、同伴役の数に数えられるようになったため、異端児(ゼノス)達も窮屈さはあまり感じていないらしい。

 

「何も縛られることなく、太陽の光を浴びられるようにしたかったんですけど……」

「充分だって。こうして地上に出てこられるようになったのも、ベルっち達とアステリオスのお陰なんだし」

 ベルが申し訳なさそうにする横で、リドが明るくフォローする。

 彼にとっては、十五年間見たくても見られなくて、半ば諦めかけていた地上の世界なのだ。

 今はその喜びを噛みしめる時であるし、少しくらいの条件など気にしたりはしない。

 

「それによ、以前フェルズが言ってたんだ。人間と異端児(ゼノス)の共存には、迷宮(かあちゃん)最下層の攻略が必要だって。でも、未だその過程を経ずして今確かに人間と異端児(ゼノス)が手を取り合った。

 ならさ、最下層を攻略したら、その時こそオレっち達異端児(ゼノス)は本当の意味で人間と共に歩けるようになるんじゃないか? 解んねぇけど、きっとそうなるって!」

 曇りのない笑顔で語るリドに、ベルは目をぱちくりとさせた後、柔和に微笑む。

 迷宮(ダンジョン)最下層か。今なら、それも然程難しいことではないかもと、ベルは思う。

 ロキ・ファミリアに、フレイヤ・ファミリア、そして異端児(ゼノス)達みんなの力があれば。

 自分自身も、迷宮(ダンジョン)内で固有結界を展開し、全開の戦闘を行う術を手にいれたのだ。

 出来ない理由など、あるはずがない。

 油断は出来ないが、これまで得てきたものを総動員すれば、不可能ではあるまい。

 それには当然リリやヴェルフの協力だって必要不可欠で。

 

(楽しそう……)

 気付けばベルは、掴み取った今と未来に思いを馳せ、子どものように心を躍らせていた。

 あり得ないと思われたことを実現した。

 夢に見た景色を、一度現実のものとしたのだ。

 ならば、何度でも、何度でも。

 夢の続きを現実にしていけばいい。

 

(その為にも、もう一つやることがあるよね)

 ベルは、夢見心地だった意識を現実に戻し、眼前に残された最後の問題に目を向ける。

 異端児(ゼノス)共存への道をこじ開け、捨てさった自身の名声をも取り戻したベルに期待されるもの。

 それは、太古の昔、神々が下界に降り立つ前。まだ迷宮(ダンジョン)が封鎖されておらず、【大穴】として地表に剥き出しとなっていた時代。ベヒーモスやリヴァイアサンと共に大穴から現れ猛威を振るった、生ける厄災。黒竜の討伐だ。

 

 

────────────

「神様、ご飯が出来ましたよ」

「やったー! もうお腹ペコペコだよぉ」

 それから数ヶ月後。

 準備が進み、いよいよ明日には黒竜が封印されし地、【竜の谷】への遠征が始まるといった日の夜。

 教会にて、ベルはウィーネと共に食事を作り、ヘスティアを呼び出していた。

 ヘスティアは食事の匂いを嗅ぎつけると、いつもの二割り増しで笑顔となって二人の元へと駆け寄ってくる。

 今夜の献立は、秋刀魚の煮物と卵焼き、じゃがいもの味噌汁にほうれん草の白和え。

 更に冷奴と、ソーマ製の和酒まで付いていた。

 明らかに畑違いの酒ではあったが、酒神だけあり完成度は非常に高い。

 真酒(トゥルーシードル)の時と同じだ。例え得意分野が違っても、酒神が本気を出せば酒造りなど容易いのだろう。

 今夜はどうしても和食を極限まで豪勢にしたかったので、特別に作って貰ったのだ。

 何故そこまで和食に拘るかといえば、最近ウィーネがベルと命から料理を学び始めた中、二人の得意分野を自分も上達したいと熱を入れているからだ。

 

「今日はわたしがサンマの下ごしらえしたんだよ! かみさま、食べてみて!」

「おー! 本当かい!? ウィーネ君がどんどん料理上手になって、ボクは嬉しいよ!」

 がしっとウィーネを抱きしめながらはしゃぐヘスティア。

 ベルも、その光景を笑顔で見守りながら、皆で食卓を囲む。

 後ろ暗いものなく、堂々とウィーネを拠点(ホーム)に迎え入れられるようになって、本当に良かったと心から思う。

 

「ところでベル君、今日はちゃんと休んだかい?」

「はい、ゆっくり休ませて貰いました。遠征中倒れる訳にはいきませんから」

 もぐもぐと食事をしながら、ヘスティアはベルに質問する。

 ここのところ、ベルは黒竜討伐の準備のため、あまり休みを取れてはいなかった。

 元から働きすぎるきらいのあるベルだが、それでも倒れない限界を見極めて行動している。

 それでも、事が事だけにどうしても今は無理をしてしまう。

 だからせめて旅立ち前日くらいしっかりと休みを取るべきだというヘスティアの主張は、ベルも素直に受け入れた。

 

「ヴェルフ君との魔剣や聖剣製作、アスフィ君やフェルズ君と魔道具(マジックアイテム)開発、おまけに興行も通常運転。

 必要なのは解るけど、見ていて心配だったよ……」

 複雑そうな顔をしてヘスティアは呟く。ベル自身、我ながら無茶な生活をしていると思う。

 以前問題視された時以上に、今は働きすぎだと自分でも思う。

 レベルが上がった分、より無理が利いてしまうあたりまた(たち)が悪い。

 ただ、ヘスティア自身が今言ったように、それらは黒竜を討伐する上でどうしても必須なのだ。

 

 決戦の地、【竜の谷】に封印されている竜種は黒竜のみならず、一体一体が現代下界戦力の手にあまる化物揃い。

 それらを駆除しながらベルの射程まで黒竜へと近づくには、誰でも瞬時に高火力を出せる魔剣や、怪物に特攻が入る聖剣で身を固めねば犠牲が相次ぐ。

 そして、無事に距離を縮められたとしても、肝心の固有結界(まほう)にどれだけ神秘を注ぎ込めるかが、勝負のカギとなるのだ。

 だから、情報通信環境を整え世界中の笑顔を集わせ、その力で神の威光を示しつつ討伐するしかない。

 となれば、魔道具(マジックアイテム)の開発や興行にも手を抜こうはずがなかった。

 世界に、ベルを応援する流れが必要だろう。

 リリもよしきたとばかりに全力でベルのプロデュースへ力を入れている。

 元来その役割で仲間となったのだ、その力を奮わない手はない。

 

「黒竜には、今も多くの人が苦しめられています。封印されていながらも、その結界に負荷を与え他の竜種を脱出させ続ける。

 一刻も早く討伐する必要があるんです、正義の味方として。あと……僕が個人的にも放っておけませんから」

「……今、剣姫君のこと考えてたでしょ? ベル君」

「いや、えっと……アイズさんに限らず……」

 拗ねたように口先を尖らせるヘスティアに、ベルはアタフタと言葉を濁す。

 ボクの可愛いベル君がよりによって犬猿の仲たるロキのところの剣姫にほだされていると思うと、ヘスティアは面白くない。

 馬の骨とまでは思わないが、未だ唯一の眷属(こども)で人一倍愛を注いでいる少年が他の女性に取られるのは、やっぱり辛い。

 ジトーっとした目でベルを見るヘスティア。

 そんな視線を受けてベルは困惑するが、場の空気を和ませるようにウィーネが声を上げた。

 

「かみさま、わたしもベルのお嫁さんになるから大丈夫だよ!」

「何が大丈夫なんだぁ!? ダメに決まってるだろ! ボクが許しません!」

 えっ? と何が何だか分からないと言った顔で首を傾げているウィーネ。

 流石に零歳児の言葉を本気にし過ぎたかと、ヘスティアは羞恥(しゅうち)に頬を染める。

 しかし、少女の恋というものは侮れない。実は本当にそういう気持ちが芽生えているのでは……とも思う。

 よく解っていない、という意味では件のアイズにしたって同じことと言えるのだ。

 

「……ベル君、本当にこの子に何もしてないよね?」

「いやいや!? 変な事なんて何もしてませんよ!?」

 冷や汗を流しながら、ベルはヘスティアを宥める。

 本当なんです神様信じてください、と泣きそうになるが、女神に噓はつけない。本当に何もしていない。

 ヘスティアもただ何となく聞きたくなっただけであって、他意はなかった。

 それはそれとしてジト目は向け続けたが。

 

 

 そんなこんなで時が経ち、いよいよ【竜の谷】へ出発の日がやってきた。

 都市二大派閥と言われるロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア、オラリオの治安維持を務めるガネーシャ・ファミリア、戦う鍛冶師(スミス)の多いへファイストス・ファミリア、何でも屋なヘルメス・ファミリア、更には異端児(ゼノス)達など、錚々たる顔ぶれが集まっている。

 元々LV.7であったオッタルはLV.8に、LV.6であったロキ・ファミリアの三首領もLV.7に、と近頃チームを組んで迷宮(ダンジョン)遠征をしている成果が表れており、戦力の底上げという意味で出来る事をした形だ。

 最前線で戦うのは、魔導師や治療師(ヒーラー)などを除き基本的にLV.5以上の第一級冒険者に限られるが、道具(アイテム)の補給や整備の支援など、現地でしか行えない雑務を行う者は当然必要だ。

 第二級、第三級冒険者も百人以上動員されている。

 それは、ベルの仲間達もそうだった。

 元々LV.1であったリリも地道な努力の結果、LV.2となり現場近くへ赴く条件を満たせたのである。

 皆、各々の役割を頭に入れ、いざ決戦の地へ歩みだす。

 

 そんな中、ベルはアイズの方を見た。

 怨敵との戦いを前に、彼女がどんな表情を見せるのか、確かめたくなったのだ。

 ベルが見たものは、いつもと変わらない無表情の彼女。

 復讐心に囚われているような、そんなものは感じさせない。

 ただ静かに前を見据えていた。

 ベルの視線に気付いたアイズは、首を傾げながらベルの顔を見る。

 

「ベル? どうかした?」

「いえ、その……落ち着いているな、と思いまして……」

 自分より断然ベテランの冒険者に対して、また失礼な言葉だなと感じるも、ベルは結局そう尋ねてしまっていた。

 それでも、アイズは気を悪くした様子もなく答える。

「……うん、黒竜は勿論赦せない。でも、もう憎悪(それ)ばかりじゃなくなったから。

 笑い合うために、みんなと戦う。そう思えるように、なったから」

 柔和な笑みを浮かべ、そう宣言するアイズ。

 ベルとぶつかり合ったあの日や、ウィーネと打ち解けたあの日を経て、アイズは確かに変わった。

 

 笑顔を求め、笑顔を力に変えるベルの在り方。

 以前の彼女にとってあまりに遠く見えたそれは、ずっと身近なものへと昇華した。

 目の前の少年は、決して使命感やら何やらで戦っているのではない。

 彼はいつも、身近な笑顔を全て守るために、笑っているのだから。

 それが彼の正義だと知り、そしてまた、自分もそんなベルに救われていると知ってしまったから。

 自分はもう憎悪だけでは戦えない。

 黒竜に対する憎しみは変わらずある。それでも、その先にあるもののために戦おうと。そう思えたのだ。

 改めて思ったのだ、この少年の隣で剣を抜かせて欲しいと。

 自分だけの英雄は居なかったけれど、この少年は確かに自分の英雄だったと、そう思えるから。

 ならば、気負う必要など何処にも無い。

 

 そんなアイズの決意表明を聞き、ベルは胸の奥から歓喜が込み上げてくる。

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 ベルは、あの打ち合いを通して知っていたから。

 アイズの心が、どれだけ黒竜に囚われてしまっているのかを。

 平凡な日常を奪われ、少女として生きる道を失い、剣のみに縋るしかなかった。

 感じる事すら叶わなくなっていく、そんな絶望を。

 それでも、アイズは笑おうとしていた。

 復讐心を内に秘めながらも、笑いたいと、そう願っていたのだ。

 

 良かった。本当に、良かった。

 ベルは心からそう思った。

 自分が知る以上に、変化していたアイズに嬉しくなる。

 異端児(ゼノス)に対する意識のみならず、復讐に関わる感情そのものと向き合えていたのだから。

 だからこそ、今改めて誓う。

 この笑顔を守るためにも、自分は走り続けよう、と。

 今までと同じように、これからも。

 自分が笑っていられる限り、助けられる誰か(ヒト)がいる。

 そんな確信が、改めて湧いたから。

 

 冒険者一同は、進み続ける。

 幾つかの夜を越え、やがて【竜の谷】へと辿り着く。

 そこには、先遣隊として結界の調整と、結界から逃走した竜の退治をしていた海上学術機関特区(通称:学区)の教師陣が冒険者達を待っていた。

 すぐにでも中へ入れるよう準備は整えてあると、教師陣は冒険者達に声をかける。

「では、世界各地に設置された映像通信魔道具(マジックアイテム)を起動して、ベル様の魔法をいつでも行使できる状態にします!」

 ベルの助手(サポーター)となって久しいリリの一言で、全員が一斉に動く。

 アスフィやフェルズの過労と引き換えに、短期間で築き上げられた世界中継システムを起動させ、人々から勇士達への応援の言葉、そして笑顔を募るのだ。

 

「───この世界に生きる皆の者! 遂にこの時がやってきた!! 

 古代の時代、神々が下界に降り立つその前から黒き終末として君臨せし、凶兆の化生───黒竜!

 今こそ私達の手で、因縁に決着を付ける時が来たのだ!! どうか力を貸してくれ!!」

 アルゴ仮面を着装したベルの叫び声が、世界へと響き渡った。

 ベルの声に、世界中の人々が歓声を上げる。

 一時期は怪物に味方する異端者と言われたベル。しかし今や、世界中に猛牛との闘いが伝わり、応援の嵐が巻き起こっている。

 子供達は憧憬の目で、大人たちはその背中を追うように。

 共に、戦う意志を燃やしていた。

 それは、確かに力となり、流れとなってベルの元へと届けられる。

 

「まだまだ足りねぇ! もっと声を寄越せ!! 厄災(てき)を打ち倒すのは選ばれし英雄じゃねぇ、俺達全員だ! 

 お前ら、腹の底から声を挙げろ!!」

 そして、ヴェルフの激励が飛び交い、より大きな熱量へと変わる。

 力の流れは加速し、いよいよ黒竜との決戦に挑む冒険者達が、谷の中へ踏み入った。

 本命(ベル)を守るように、多くがその周囲につく。

 ベル自身も、力を使うその時まで聖骸布の外套を羽織り、魔力を隠しておく。

 襲い掛かる竜を次々と切り払い、焼き払い、冒険者達はどんどん黒竜の下へと突き進む。

 黒竜は谷の一番奥に居を構え、その全身を大きく覗かせる。

標的(ターゲット)、10K(キロル)まで接近。あの巨体なら、ここからでも心臓を狙える!)

 そう判断したベルは、仲間達に進行を止めさせ、聖骸布を外しながら詠唱を始めた。

 

「───身体は(えがお)で出来ている」

 

 すると、突如現れたベルの膨大な魔力に黒竜は反応し、大きく身を震わせて咆哮した。

 誰もが怯む程の、人ならざる竜の怒りの咆吼。

 しかし、ベルはそれに怯む事なく詠唱を続ける。

 怯んだら、自身と激闘を演じた好敵手に会わせる顔がない。

 笑顔を崩さず、心を強く持ち、詠唱を続ける。

 

「血潮は道化で、心は兎」

 

 黒竜がブレスを撃つ。超遠距離にも関わらず、それは冒険者達の下まで届く。

 絶望を象徴する、地獄のような黒き炎。

 深淵へ引きずり込むような、凶悪なそれが冒険者達を包み込もうとしたその瞬間。

目覚めよ(テンペスト)

 アイズが風の鎧を出力全開で展開、全員を炎から守る。

 スキルによる火力の底上げに、莫大な魔力を加えたその守りは、暫く炎が迫る事を許さなかった。

 

「幾たびの舞台に立ち不涙、

 ただの一度の惨劇も、

 ただの一度の悲劇もない」

 

 アイズの風が押され始め、次なる一手が必要になったところで、ヴェルフがすかさず大刀を抜き、炎を切り払う。

虹霓精刀(カラドウルス)っ!」

 ベルと共に鍛え続け、以前よりずっと切れ味を上げた聖剣が、空間ごと断つかの如き剣閃を見せる。

 ヴェルフの器で扱うには、負担が大きすぎる代物だ。しかし、ベルを補助するために、ヴェルフは魔力を振り絞って聖剣を振るった。

 

「担い手は全ての人々、

 剣の丘で宴を開く」

 

 黒竜のブレスが、更に激しさを増す。

 それを、全ての冒険者が一丸となって防ぎ続ける。

「ヒルディス・ヴィーニ」

「ティル・ナ・ノーグ」

「「ディオ・グレイル」」

「ふんっ!」

 猪人の豪傑、小人族の投擲槍、黒と橙の妖精によるバリア。

 次々と迫る黒火を、誰もが恐れず立ち向かい、一人の少年へ力を繋げていく。

 

「ならば生涯に悔悟は無く

 この体は無限の(えがお)でできていた」

 

 そして、最後にベルが詠唱を終えた。

 

「───展開、収束」

 展開された固有結界が、一瞬にして砕け散り、ベルの手元へ収束していく。

 一振りの剣に。

 それを弓につがえ、黒竜へ向ける。

 

「これで終わりだ。無限の(えがお)、受けるがいい。雷霆の剣!!」

 放たれた極光。

 それは、全ての人の意志が込められた一撃(いっせん)

 始まりの英雄(アルゴノゥト)から受け継がれてきた、英雄の歴史を終幕させる一撃。

 雷の如く黒竜を貫く、英雄の軌跡。

 直後、世界が白く染まるほどの光に包まれ、全てを穿つ一筋の光が射抜かれた。

 正義の味方、ベル・クラネル。彼はこの日、名実共に【最後の英雄(ラストヒーロー)】となった。

 

 

────────────

 それからも、僕は正義の味方を張り続けた。

 貧困、病気、差別、戦争、色んなものを見た。

 人々から笑顔を奪うもの、その全てを取り除くことは神様にだって出来やしない。

 だけど、涙を無くすことは出来なくとも、無限に笑顔を生み出し続ける事は出来る。

 そう信じ、走って、走って、走り抜いて。

 色んな人と出会って、色んな人に助けられた。

 仲間達と一緒に、最愛の人と一緒に、僕は全てに幸福を振り撒き続けた。

 

 全てが上手くいったとは思っていない。

 でも、みんなは笑顔だった。少なくとも、絶望の表情だけは見る度にこの身体で打ち消し続けた。

 時折、その笑顔は卑怯だと怒られたりしたけれど、これが僕の為せる事だと譲らずに貫き通した。

 身勝手なまでに笑顔を振りまき続けた僕にも、付いて来てくれる人達は結構多くて。

 日々笑い合える毎日に、僕はずっと笑顔でいた。

 だから───

 

 

×××

 どれだけ間が空いたのか、どれほどの時間が経ったのか。

 目を開けると、そこは見慣れた白の世界。

 僕自身が振るい続けた笑顔の残響が、一面に突き立つ剣の丘。

 少し違うのは、その剣一本一本が賑わうように花を散らせていた事。

 空に浮かぶ大鐘楼の音と共に宙へと浮かぶ無数の剣の花弁は、僕が生み出してきた笑顔を一つ残らず見せているようだった。

 

「────ここが君の世界か。フッ、随分と賑やかなものだな。君らしい」

 久しぶりに聞いた声。そして、よく知った顔。

 ずっと胸に抱き続けた、憧憬の姿。

「……お久しぶりです、隣良いですか?」

「良いも何も、ここは君自身だろうに。

 こちらこそ、お邪魔させて貰っているよ」

 あまりに懐かしく、そして何よりも見たかった顔に思わず笑みが零れる。

 思わず変な遠慮をする僕に、やや呆れ顔を見せながら、同時に笑い顔を見せる目の前の相手。

 

「さて、君と再び出会ったら、誓いを果たせたか否か問い質すつもりでいたのだが……

 聞くまでも無いな。この光景が、何よりの証明だ」

「はい。自分という一の幸福を虚ろにせず、その上で全てを救おうと尽力する。それは出来たと胸を張れます。

 ただ、最後まで壊れずにいられた自身はありませんし、自分がちゃんと人間だったのかと問われたら、何も言えないですけど。

 結局、他者の為に自分の全てを捨てに行くような真似をすることもありますし。

 それでも、僕は幸せだった……間違いなく幸せでした」

 そう、僕が絞り出したような言葉に、目を瞑りながら頷く憧憬の人。

 

「そうか……なら、君はやはり人間だ。

 自身の幸せを素で受け入れることが出来るのなら、君は人で在れた。

 ならば、他のことなど些事に過ぎんよ。他者が大切なのは、万人に当てはまる感情だからね」

 そう言って、僕の言葉に満足気に頷いた憧憬の人は、真っ直ぐな目をして告げる。

「私は、自分の幸せを許せなかった。他者の為に生きなければ、呼吸すらままならない。

 そんな強迫観念に突き動かされながら、ただ走り続けた。

 その生き方に疑問一つ抱かず、戦い続けたんだ。それが正しい事だと信じてね。

 それこそが、私と君との決定的な違いだ。

 だから、私は君の選択を強く止めなかった。

 ……今となっては、言うまでも無い事だがね」

 自身への呆れを隠さずに、憧憬の人は笑う。

 僕は、それに笑みで返しながら、初めてこの人の手を握った。

 

「それでも、僕がここにいるのは貴方が居たからなんです。

 貴方の人生があったから、貴方の人生が綺麗だったから、僕は理想を抱けた。

 だから、最後に貴方の笑顔を見られて良かった」

 憧憬の人は、少しだけ驚いたような顔をしたが、直ぐに小さく微笑んだ。

「フッ、私も人のことを言えた義理ではないが、生粋の人誑しだな。

 ……ありがとう。君のおかげで、また良い理想(ゆめ)を見られた。

 間違いではなかったのだと、改めて認識できたよ」

 

 僕の手を握り返しながら、憧憬の人は優しく笑った。

 その言葉が、想いが嬉しくて。

 僕は涙を流しながら笑みを返した。

 この人と同じ道を歩んだこと、心から誇りに思える。

 だから───

 

「───はい、絶対に間違いなんかじゃありません。

 貴方の理想に憧れて、本当に良かった」

 

 ……ああ、ようやく言えた。

 自分もその道を辿った上で、ずっと言いたくて堪らなかった言葉。

 自分自身に言い聞かせる意味もあったその言葉は、想像していたよりも大きな達成感と嬉しさを僕に与えた。

 

「そうか……ああ、今は受け入れられる。心から、な。

 ────そうだ。折角だから聞かせてくれ。君の行く末を」

 憧憬の人はそう言うと、何処からともなく盃を取り出す。

「はい! 話したいことも、聞きたいことも山程あります。

 ですから、時間を忘れてしまうくらいお付き合いをお願いします!」

 僕が笑顔でそう告げると、憧憬の人は懐かしむように笑いながら頷いた。

 

「ああ、いくらでも付き合おう。ここに、時間の概念などはないからな」

 そして、僕らは並んで腰を下ろして杯を交わした。

 僕達の笑い声と、剣の花弁が空を彩るこの丘で。

 永遠にも思える時間を過ごし、僕たちは語り明かすのだった。




 お読みいただきありがとうございます!
 これにて【ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない】完結となります。
 結局2月中に終わらせられずに申し訳ございません。

 タイトルに反し、この作品自体が間違っているのではないかと悩みながら書き続けた8ヵ月間でしたが、読んでくださる皆さんのお陰で答えはどうあれ悔いなき作品にできました。改めてお礼申し上げます。

 さて、書き終えたばかり故本編については特に語ることもないのでこれからの話に移りますが、大体1~2ヵ月に一度のペースで番外編か本編に入れそびれた閑話を投稿する感じなると思います。今以上にペースが落ちることになりますが、そろそろ他の作品も書いていきたいので。

 そんな訳で、取り合えず幾つかある番外編候補の中からアンケートを取ろうと思います。需要ありそうな話から書いていこうと思うので、気が向いたらご協力のほどよろしくお願いいたします!
 それではまた!


─追記─
 ︎︎早速多くの投票ありがとうございます!
 ︎︎このアンケートはあくまでこれから更新ペースを落とす中、何から書くか決めるための投票で、「票数が少ないものは書かない」というわけでは無いのでまずそこはご安心ください。言葉足らずで申し訳ございません。

 ︎︎そして本題ですが、感想でのリクエストは規約違反となりますので、「読みたいものが複数ある」とか「選択肢以外で読みたいものがある」という方は、メッセージBOXで私のアカウントに直接送るか、先程投稿した活動報告の方にコメントお願いします!
 ︎︎本来なら昨夜の時点で行っておくべき作業でしたが、気が回らず申し訳ございません!

どれが一番読んでみたいですか?

  • ベルと士郎のドタバタ第五次聖杯戦争
  • 時を渡る道化師は正義の味方。いざ暗黒期へ
  • 神様の友を救え!正義の味方とオリオンの矢
  • フッ、別にどれでも構わんよ
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