ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
その戦いは、黒幕たちにとってあまりに想定外の戦況であった。
街中に戦火を広げ抗争の中、複数の神を敵味方問わず一斉に天界送還。
それに紛れて
その手筈が、完全に失敗した。
優秀な幹部があっさり捕まった時点で予定は狂ったが、それだけでまさか策の核が割れてしまうとは。
「やれやれ、参ったな。手間暇かけて準備した計画が台無しだ。
……だが、もしかしたら必要無かったかもしれないな」
その声音に、演技や偽りの色は感じられない。
「嬉しそうに言うわね。エレボス、あなたはこの状況を望んでいたの?」
背後よりかけられた声。
振り向くと、そこにはアストレアが居た。
微笑を湛えたその表情に、怒りの色は見えない。
「っと、聞かれてしまったか。
俺は悪だ、決して望んでなんかいない……と言っても信じてもらえないかな?」
「ええ、そんな優しそうな顔と声で言われてもね」
その言葉を聞いて、エレボスと呼ばれた男は苦笑する。
優しい顔をしていたつもりなどないのだが、今の自分は演技ができていないのだろうか? それとも、アストレアが鋭いだけか。
どちらにせよ、誤魔化しは無理だろう。
「あの光景を見ることが出来たのは、幸運だった。
『理想』の欠片が、この地に投下されたことを確認できたのだから」
そう言うエレボスの脳裏には、つい数十分前に見た光景が焼き付いていた──────
「───オラリオに住まう皆の者、私にはタイムリミットがある。残念ながら、私が直接手を下せるのは次で最後だ!
しかし、案ずることは無い! 幾らでも、この都市に正義はあるのだから!
その証左を、今ここで示そう!」
そう謳い上げた仮面の少年は、魔法を使った。
その時、淡くも美しい幻が、皆の目に映った。光り輝く剣の奥に見える丘。
はっきりと見えぬ、具現化まではしていないものの、確かにそこに在った。
気付けば冒険者達の力となる剣達。
当初、それらの存在感は少々弱々しく、そこにあるのかないのか分からない程だった。
しかし、更なる力を与える者が、現れたのだ。
それは、一人の少女。
アーディ・ヴァルマ。水色髪の少女。
彼女のスキルが、少年の魔法と共鳴し、その存在を確かなものとした。
発現者の一定範囲内に存在する眷族へ、能力加算する
加算値や効果範囲はレベルに左右される。だが、スキルとはそれ程単純なものでも無い。
ならば、正義を思う心の形に呼応したスキルが、その力を十全と発揮するのは必然だ。
仮面の少年が笑顔を謳い、仮面の少女達がそれを更に厚塗り。他にも
それらを集める少年の魔法が、少女のスキルと共鳴し、その効果を何倍にも引き上げる。
消えかけの力が、強く輝く。
少年最後の大仕事を、最高の形で終わらせる為に。
だから、彼女も被ることにした。仮面を。
「行くよー、私こそはアルゴ
良い子の味方、アルゴブルー! 少しでも、未来に笑顔を伝わらせて見せるから!」
「アーディ、貴方も被ったのね! 吉報だわ、貴方なら誰より彼の後釜が務まる。
アルゴレンジャーは不滅よ! 正義は受け継がれる!」
「待て団長、一生この茶番を続ける
「死ぬほど勘弁願いてぇが、採算取れてきちまってるからな……
ファミリアの運営的にもう反対できねぇ……」
アーディの名乗りに、アリーゼが便乗。
輝夜が呆れ、ライラが頭を抱える中、リューは内心、アーディが彼と同じ仮面を着けてくれたことを喜んでいた。
元から仲良かったが、話すうち改めて、彼女が誰より自身の正義を見出している事が実感できた。
近頃リュー自身も実感しつつあった、自分から笑顔を作る正義の温かさ。
誰よりも、アーディはそれを持っている。
だから、彼女が仮面を被り、皆と想いを一つに正義を謳うのは、とても自然なことの様に感じられたのだ。
きっと、彼女なら素晴らしい正義を巡らすだろう。
だからこそ、自分も仮面を被り、皆と共に正義を謳おう。
リューは、そう思った。
アリーゼもまた、何処か安堵しているような面持ちだ。
思い立ってからここまで向こう見ずで走り抜けてきた彼女だが、その実不安は拭えずにいた。
アルゴ仮面という存在に変化の切欠を見て、自分たちもと即行動へ移した。
しかし、本当に自分の口から放たれる出まかせのように、それをやっていけるのか。
ただただ、彼の作り上げたものに乗っかっているだけではないか。
意識的にバカを演じてきた自分が、本当にどんな時でも笑顔を訴え続けられるのか。
アルゴ仮面が居なくなった途端、今の勢いが萎んでしまったら。
頭の片隅に残り続けたそんな不安が、少し晴れたのだ。
率先してバカを演じる者は、決して自分一人ではない。
その事を、彼女は再認識した。
であれば、幾らでもバカを続けられる。
空気など読まず、常識も破り捨て。
バカでない自分の不安など、笑い飛ばすことだってできる。
そう、アリーゼは感じたのだ。
大丈夫だ。自分も、皆も、これまで以上に頑張っていける。
彼の居ない未来にも、笑顔を残せるはず。
強く信じられたその思いを胸に抱きながら、彼女は剣を掲げ先陣をきった。
─────
「俺はね、アストレア。ゼウス達が居なくなった今、至急次代を飛躍させる促進剤を欲していたんだ。
普通にやっては、決して終末の刻に間に合わない。
だけど、あの少年が冒険者達……いや、それ以外の子ども達へも多大に希望を与え、その力を底上げした。
俺の課す試練など、意味をなさない程にね」
エレボスは、静かにそう語った。
本当に、恰好付かないなと自嘲しながら。
しかし、アストレアはその言葉に概ね理解を示しつつも少し否定を入れる。
「いいえ、それは違うわエレボス。あなたの行為は決して無駄じゃない。
だって、ベル……アルゴ仮面の中の子には、タイムリミットがあるもの。
先程、彼自身がそう言っているのを聞いたでしょう?
あの子が居なくなる前、最後に切っ掛けを作ることが出来た。
エレボスは、意外そうにアストレアを見つめ、感心したように小さく呟いた。
「参ったな、君が俺を肯定しては、俺の立つ瀬が無いじゃないか。
しかし、そうか。今だけの存在か。
それは残念だ。彼が理想を形にするところ、見てみたかったんだが」
言葉とは裏腹に、エレボスの声は明るかった。
何となくだが、察しているからだ。
アストレアがベルと呼んだ少年が、どういった存在なのか。
正直信じ難い部分もある。しかし、自分の中で確信があった。
彼が今まで行ってきたあり得ない所業。それももし、自分が想像している通りなら納得できる。
それが、真実だとするならば。
「楽しみだな。そのベルという少年が、真にこの地へ訪れる時が」
エレボスは、仮面の奥で口に笑みを作りながら、そう呟いた。
─────────
そのベルの存在を感じ取っているのは、エレボスのみならず。
冒険者達と交戦中の、ザルドやアルフィアという元最強ファミリアの冒険者達もまた、戦いながら感じ取っていた。
オラリオに英雄の風を吹かした仮面の少年。
彼から、自分たちの知る何かを感じる。
身近な何かに、近しい存在に。
あれは一体、何なのか。
答えを出すにはあまりに情報が少なく、今はまだ何も分からぬまま。
しかし、心の奥底で感じ取るのだ。
そうだ、この感覚を、知っている。
決して英雄の器ではなかろうに。
それでも、何処までも優しく暖かいその光を、知っている。
「───『あの子』の優しさが、このような形で受け継がれているとはな。
些か喧しいと小言を言いたくなるが、不思議と悪くない」
アルフィアは呟く。
理屈は何も解らない。でも今見ているものは、自身が見られるはずも無かった「未来」の先取り。
そう、少なくともあと何年かは表に現れぬ筈である、希望の光。
こちら側に来てほしくは無かった、大切な光だ。
「生きているうちに見ることは無いはずだったのだがな。
そうか、お前はそう在るか。ならば、親縁として餞別を一つ送らねばな」
アルフィアは、そう呟くと、自身と相対する仮面の少女達や、ロキ・ファミリアの団員達へと改めて視線を移す。
予定が全て壊れて尚、戦う理由は一つ。
期間限定の英雄に奮起させられた者達へと、最後の力を以ってその器を叩き、より高みへ押し上げる為。
そこに、おまけが一つ加わっても不都合はないだろう。
そう考え、彼女は詠唱を始めた。
「───祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪」
無論、相対するアリーゼ達はそれを阻止せんと斬りかかる。
他、ベルの固有結界より放たれた剣たちも、本来の無限と言える数や質には遠く及ばずとも、アルフィアの詠唱の邪魔立てをせんと飛来している。
如何にLV.7のステイタスや、怪物と言われる武の才があろうとも、無傷では済まない。
「
だが、アルフィアは詠唱を止めることなく、更に加速した。
元より残り僅かな寿命をここで使い切る覚悟の彼女は、この程度で止まりはしない。
飛来する剣を掠めながら、リューやアリーゼ達の猛撃を紙一重で躱し、流し、詠唱を続ける。
「神々の
箱庭に愛されし我が
傷を増やしながら、それでも詠唱を止めることは無く。
リュー達からすれば、何故そこまで、という疑問が頭に浮かぶ。
どうしたって作戦が果たされることはもうないというのに。
真の目的など知らない彼女達が、そう思ってしまうのは仕方のないことだろう。
だが、関係ない。
「代償はここに。罪の証をもって
哭け、聖鐘楼! ───【ジェノス・アンジェラス】」
アルフィアが詠唱を終えたと同時に現れる、巨大な鐘。
ベルの固有結界に見られる鐘と何処か似ていながらも、より怒りや悲しみ、憎悪を内包した表情のそれは、笑顔を象徴する彼の鐘とは真逆な様相。
次の一瞬で鐘が鳴らされれば、周囲一帯は跡形もなく消え去る。
真に英雄の風をこの地に巡らせるなら、もう一つくらい奇跡を見せてから去らねば足りぬぞ。
そう言わんばかりに、アルフィアは街を破壊せんと鐘を鳴らす。
そして、彼は来た。
「───
それは、今ここに居る彼にとって、正真正銘最後の命綱。
本来なら疾うの昔に退去していた筈の存在を、延ばしに延ばしてきた、その鞘。
決して届どかない、届くべきでない理想郷が、今だけ顕現する。
この地が、僅かに理想へ近づいた証に。
「鐘の周囲が、世界から遮断された……?」
これにはアルフィアも驚く。
鐘の傍まで投げられた鞘によって、その轟音は世界から隔絶されたのだ。
世界を歪める光塵が、全ての干渉を阻む壁となっている。
暫くして、鞘と鐘は消え去った。
アルフィアは力尽きたのか、その場に倒れ伏す。
意識が遠のく直前、彼女は少年の姿を確認した。
彼も最後の力を使ったからか、その仮面が消滅し、素顔を晒している。
遠目から見てもその優しい顔立ちが分かる。
「ああ……やはり、お前はあの子の……」
アルフィアは満足そうに微笑み、意識を失った。
(アルフィアさんって人、他人な気がしなかったけど……そっか)
最後に見せた鐘と笑みから、ベルは彼女の正体に薄々感づいていた。
出来る事なら、彼女の事も助けたかった。
だが、最後の笑んだ表情が、ベルにそれをさせなかった。
彼女自身が選んだことだ。
下手に命だけ助けたところで、彼女は救われない。
それはベルの目指す理想じゃない。
真に救うなら、真に助けるなら。
残り僅かな寿命を捧げてまで、為すべきことを為した彼女の意思を尊重する他なかった。
「アルゴ仮面! 最後に見せた防御、凄まじかったわね!
声すら出なかったわって……えっ?」
ベルに向けてアリーゼがそう声をかけたところで、場にいる誰もがその異変に気付く。
ベルの身体が光に包まれ、徐々に透けていくのだ。
「お前、身体が消えて……」
ライラが目を見開きながら、呆然と呟く。
輝夜も目を見開いて言葉を失っていた。
「時間切れです。僕は本来、ここに存在できる者じゃない。
元の場所に、帰るみたいです」
初めて、ベルは彼女達に素の自分を見せながら、微笑を湛えて答えた。
元より、この戦いを最後にオラリオを去ることは周知の事実。
事情までは分からずとも、彼女達はそう納得し受け入れていた。
だが、まさか、このような形での別れなど想像もしていなかった。
ここに存在できない? 元の場所? 一体どういう意味だ、彼は何者なんだ。
別れはしても、いつかまた会えると思っていた彼女達の、受け入れ難い感情。
「待ってください! もう、会うことは出来ないのですか……!
私はまだ、あなたの正義を見極め切れていない! 私はまだ、あなたの事を何も知らない! だから……だから!」
リューが泣きそうな表情で、ベルに訴えかけた。
まるで死亡するかのような形を取られ、納得など出来るはずも無い。
「そうだよ、アルゴ仮面……! 私も、君と語り合いたいことがまだまだ沢山あるんだよ……?
やっと私も仮面を用意出来たのに、一生会えないなんて嫌だよ……っ!」
アーディも目に涙を溜め、必死にベルに訴えかける。
ライラと輝夜は、元より死に別れの可能性すら普段から覚悟している身。
仕方ないと割り切りつつ、どこか複雑そうに顔をしかめている。
アリーゼは以前から僅かながらに、ベルがこの世界の存在では無いような予感を感じ取っていた。
だからだろうか。悲しさはあれど、どこか納得してしまう部分もあった。
「会えますよ。今の僕と全く同じではなくても、正しく僕がこの地を踏む日が来ます。
その時にはまた、一緒に活動してください。
正義さえ途絶えなければ、きっとまた会えます。僕はそう信じています」
ベルはリューとアーディの訴えに答えた。
気休めでも慰めでも無く、そう断言した。
この時代には、既に赤い外套の英雄に憧れた自分が居る。
歴史が分岐した時点でほぼ別人かもしれないが、それでもそのベルは自分である。
ならば、ベルと彼女たちはまた会える。
それがどんな形かはわからないが、この地で正義を為そうとしたベルの意志は受け継がれるはずだ。
そう信じて、彼は微笑を湛えた。
「解ったわ、アルゴ仮面。貴方が残したもの、私達が確かに受け取った。
この仮面がその証、既に縁は結ばれた。必ず、また会いましょう」
アリーゼが涙をぬぐい、ベルへと応える。
そしてリューとアーディも、泣き笑いのような表情で頷きあう。
短い時間ながら、共に戦い、過ごし、笑い合った少年への感謝を込めて。
「それじゃあ皆さん、僕はもう行きますね。お元気で!」
ベルが手を振りながらそう伝えると、彼の身体が少しずつ透けていく。
そして全員の視界が真っ白に染まり、光は消えた。
脳裏にあった、少年の姿と共に。
最早、彼の人となりすら、誰にも思い出せなかった。
それでも、各々の仮面だけは、確かにそこに在るから。
彼に影響された事実だけは、確かに残っているから。
彼と出会い、共に戦い、笑い合った日々は消えはしないのだから。
彼女達は仮面を整えて、また歩き出す───
×××
「───人々の記憶から姿を消し、存在と実績だけを残した幻の
「まるでおとぎ話ね。でも、私達は知っているわ。
アルゴレンジャーは、そこから始まった。
いつか彼にまた出会えると、私達は信じている」
大抗争から数日後、仮面を被りながらも後始末に奔走していた彼女たちは、久しぶりに人気のない場所で休憩を取っていた。
そこでアリーゼが、誰も姿や声を思い出せない、しかし皆から未だ信奉されている英雄のことを語って、リューが反応を返す。
「だよね。やっぱり私達、仮面は外せないね」
アーディは、大事そうに自分の仮面に触れながら呟いた。
自身が誰より魅せられた英雄、アルゴ仮面。
その存在を、常に感じていたい。
そんな気持ちが、彼女達の根底にあった。
「正直まだ死ぬほど恥ずいけどな……
まあ、でも。この仮面は外さねぇよ。
今じゃ、あの勇者様も仮面付けようかって言ってるし、お揃いってのも悪かねぇ」
「それはまた現金なことですねぇ、私は碌な口実も思いついていないというのに」
ライラが仮面を触りながら少々だらしのない表情で、輝夜はどこか萎えた表情をしながら呟く。
彼女達もまた、思い入れはあるのだろう。
多少の愚痴はあっても、この仮面を外す気は無さそうだ。
「私も、もう一度彼に会いたい。
私の歩みたい道が、確かにここにあったから」
リューが胸に手を当て、そう呟いた。
未だ未熟な己だが、それでもこの先歩いていけば、彼にまた出会えると信じることが出来た。
「なら、今日も元気に活動ね! 街の人達も私達にアルゴ仮面を重ねてる事だし、しっかり頑張らなきゃ!」
アリーゼが気を持ち直したように明るい声で宣言した。
いつか、また会う日の為に。
この街を、この都市を、そして世界の人々を笑顔にするために。
彼女達は今日もまた、己が正義を胸に。
───そして七年後、新たに出会ったアルゴ仮面と彼女たちは。
アルゴレンジャートゥルーを名乗り、五人と一人の仮面戦士が黒竜討伐にて中心となって、更なる偉業を為すのはまた先のお話。
結局1ヶ月半もかかってしまい申し訳ございません!
時を渡る
たった4話に半年もかけてしまい、番外編全部やりきるのいつになるんだという感じですが、気を取り直して次に控えている第五次聖杯戦争の執筆に入っていこうと思います。
ではまた来月に!