ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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私がだれかだと?知れたこと(前編)

 オラリオに来て神様の眷属となって、ヴェルフやロキファミリアの団員さんたち、酒場の店員さんなど、多くの人と出会うようになって以来、時折妙な夢を見るようになった。

 英雄エミヤの物語ではない。それは昔から何度も見て、追い続けてきたものだ。今見ているのは、あの物語を表す剣の丘とは似ても似つかない、真っさらな世界だった。そこには一本の見覚えのない剣が存在していた。

 僕の記憶にも、英雄エミヤの記録の中にもない、雷を纏った力強そうな長剣。それが何なのかは分からない。だが、どこか懐かしい気持ちになるのは確かだ。そして、何故だか笑顔になってしまうのだ。

 この剣が、僕に何かを教えてくれる。そんな予感があった。

 

「へぇ、そんな剣があるのか」

 いつものように工房でヴェルフと話していた時のことだ。彼は僕の話を聞いて興味津々といった様子で身を乗り出してきた。

 僕の剣を共に鍛え直してくれたヴェルフは、僕の夢が只の夢ではない事をよく知っている。だからこそ、気になったのだろう。見たこともない筈の剣が何故あの場にあったのか。

「その剣、この場に投影することは出来ないのか?」

 ヴェルフの言葉に、僕は苦笑いしながら答える。

「側だけなら出来ると思うけど、中は無理だよ。僕自身が、まだその剣を理解できてないから」

 もし、あの世界を具現化出来たのなら、その剣を取ることが出来るかもしれない。だが、まだ僕の心象風景は完全に形を成していない。

 純粋無垢な白の世界と、赤原を彩る無数の剣。その二つが混ざり合い始めたところなのだ。ヴェルフとの剣により、その世界は少しずつ完成に近づいている。だが、あと一歩足りない。

 

──君は確かに人間だということだ。私のような欠落品とは違う──

 

 ふと、あの赤い外套の男の言葉が頭を過る。当時はその意味が分からなかったが、今なら少し分かる。

 どこまでいっても、僕は僕のままだ。あの人の真似事をすることはあっても、本質的な部分が変わることはない。元来臆病で、小心者で、寂しがり屋で、決して人間として壊れきることはできないのだ。きっと、壊れてはいけないのだろう。

 だって、悲しくて辛くて苦しいのは嫌だから。僕が求める平和というものは、もっとこう────

 

「……ベル、あんま考え込み過ぎるんじゃねえぞ。お前の信念は脆くないんだろ? 今のお前が持ってるものだって、紛れもなく本物なんだ。だからこそ、俺はお前を信じたんだ」

 

 僕の様子を見かねたのだろう。ヴェルフは心配そうにこちらを見ながらそう言った。

「うん、分かってるよ。大丈夫、焦ってはいないから。ただ、純粋に興味があるんだ。あの剣がなんなのか、僕の知らない僕の可能性ってものがあるのなら、見てみたい」

 一切の偽りなく、そう口にした。今の自分に不満が有る訳ではない。自身を偽物と思っている訳でもない。

 ただ、知りたいだけだ。まだ、僕には出来ることがあるんじゃないか。その可能性を秘めた剣を、確かめてみたかった。

 それを聞いたヴェルフはニカッっと笑う。

「あくまで自己を探求する、か。流石は俺の相棒だ。心配は要らないか。お前はいつだって、自分の道を進む男だ。俺も負けてられねぇな」

 そう言ってヴェルフは自分の頬をパシッと叩く。その瞳からは強い意志を感じた。

「だが息抜きも必要だぜ。ベル、こいつを受け取ってくれ」

「ええ……これって……」

 渡されたソレを見て、僕は思わず微妙そうな声を上げてしまう。そう、それは武器でも防具でもない。

 只の真っ白な仮面だった。

 

────

「ふはははは! この正義の味方、アルゴ仮面がいればもう安心だ!」

 迷宮都市オラリオにおいてもう一つの迷宮(ダンジョン)とも称される貧民街、ダイダロス通りの高台にて、僕は何をとち狂ったのか、ヴェルフから貰った仮面を付けて高笑いしながら弓を構えていた。

 そう、ヴェルフにもらったのは、所謂ヒーローマスクだ。しかもご丁寧なことに、マントまで付いている。

『正義の味方っつったら、やっぱコレだろ?』

 ヴェルフはそう言っていたが、正直勘弁して欲しい。だが、楽しそうにしているヴェルフを前にして、断るのも忍びなかった。

 それに、妙にこの口調がしっくりと来るのだ。なんなのだこれは。僕は一体どうしてしまったのだ。

 えっ? まさか僕の深層心理がこんなものを求めてるの!? こんな悪ふざけが僕の追い求めているものなの!? それマジデェッ!? 

 

「あはは……ベル君が楽しそうで何よりだよ」

 隣で神様が乾いた笑みを浮かべながらそう言った。ヤメテ神様、そんな目で僕を見ないで。

 …………一旦落ち着こう。冷静になって考えるんだ。正義の味方ならば、目の前の事態に集中しなければならない。

 まず、どうしてダイダロス通りで弓を構えているかというと、なんと街中に魔物が解き放たれてしまったからだ。事の発端はとある祭りだ。

 オラリオでは、年に一度怪物祭(モンスターフィリア)と呼ばれるお祭りがある。

 簡単に言えば、ガネーシャファミリアの優れた調教師(テイマー)によって、魔物を調教(テイム)する様を皆で楽しむ催しだ。

 当然、魔物が逃げ出さないように厳重な警備が敷かれており、脱走なんてあり得ない筈だったのだが、どういうわけか今年に限って逃げ出したらしい。何故なのかは分からないが、起きてしまった以上対処しなければならない。

「ふっ、この広い都市の中、どれだけ散らばっていようと私の矢から逃れることは出来んぞ! 被害など許さん、全て射抜いてくれるわ!!」

「あぁ……ボクの可愛いベルくんがどんどん壊れていくぅ……」

 泣き崩れる神様を横目に、僕はひたすらに矢を放ち続ける。この減らない口を抑える余裕はない。ゴメンナサイ、神様。

 余裕が無いというのは勿論、緊急事態だからといのもある。だが、それだけではない。実の所もう一つ僕をハイにさせる要因があり、それが僕の暴走を加速させていた。だってほら、弓だよ? 英雄エミヤ、あの赤い外套の男のように僕は今、狙撃をしているんだ。僕ずっと練習してきたんだからね!! なのに、迷宮の上層は狭い通路ばかりで、態々弓を使って戦う機会がなかった。だって中距離なら投げた方が早いもん。

 だけど、ここは違う。曲射すればどこへだって当たるよ。もう、テンション上がるしかないじゃん!!! 

 と、言うわけで不謹慎にも程があるが、僕は最早止まれない。

「おっと、ロキファミリアが何やら厄介な魔物と戦っているようだな。魔法を吸収する食人花か。おまけに並大抵の武具では逆に破壊されてしまうとは……強力な宝具を打ち込むにも時間がないといったところか。ごめんヴェルフ! 使わせて貰うよ!」

 素の口調に戻りながら、彼が

『お前のためなら意地だって捨ててやる』

 と、僕に預けてくれた魔剣を矢として弓に番える。

 僕のためにそこまでしてくれるヴェルフには感謝しかない。だからこそ応えたいと思った。

 

「──同調、開始(トレース オン)

 他ならぬヴェルフの剣だ。強化は一瞬で終わる。そして、僕は弦を引き絞り、狙いを定めて放った。

「火月……!」

 矢は一直線に目標に向かい、見事命中する。そして、内に秘めた爆炎を解放させた。

 轟音と共に巻き起こる爆発と衝撃破。その威力は凄まじく、食人花を跡形もなく吹き飛ばすには十分だった。

 

「……火力の計算はしてたけど、実際見ると凄まじいなぁ……こんな力を誰もが振るえてしまうんじゃ、ヴェルフが打ちたがらないわけだよ……」

 かつてクロッゾの一族も、とある王国も、一様に調子に乗らせてしまったという恐ろしい魔剣。

 そんなものが量産されれば、間違いなく世界のバランスが崩れるだろう。思わず戦慄し、冷や汗を流しながら呟いた。だが、まだ終わりじゃない。まだやるべきことが残っている。

 更なる標的に狙いを定め、僕は弓を連射しよう──としたが、それは叶わなかった。

 

「大した腕だ。より広範囲の、より多くの人間を救うことが可能な弓。なるほど、正義の味方にはうってつけの武器だ」

 いつの間にか、僕の背後には一人の男が立っていた。

 その男は僕が付けている白の仮面と対になるような漆黒の仮面を付けており、黒いコートを羽織っている。

 えっ、なに? 僕の茶番に敵役として乗っかってきたの? こんな時に!? 今新たな敵役なんて要らないんだけど!? そんなことを思いながらも、僕は冷静に男を観察する。

 どっしりとした体格に鋭い眼光。ただそこに立っているだけにも関わらず、圧倒的な威圧感を覚える。これ程の存在感を発することが出来る冒険者など、僕は一人しか知らない。

「貴方はっ……」

 その名前を呼ぼうとするも、声が詰まる。男は僕の言葉を遮るようにして口を開いた。

「だがそれでは困る。我が主神(あるじ)はお前の冒険をご所望だ。剣を取れ、正義の味方。決して届かぬ強敵が立ちはだかった時、お前が何を為すか見せてもらおう。そうでなければ、この俺が貴様を殺さなければいけなくなる」

 

 男の言葉を聞き、全身の毛が逆立つ。これ、神の気まぐれなの? まさかこの騒動も、この茶番のためだけに起こしたって言うんです!? 

 とんだはた迷惑な女神様もいたものだ。目的のために街のみんなを危険に晒す女神の存在に、僕は苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 だが、それは内心に留めておく。正義の味方は、そんな感情で動くものじゃないからね。

 僕は無言で心象世界からヴェルフの双剣を取り出し、構えを取った。

 そうして対峙する二人。周囲の喧騒は遠くなり、意識は目の前の男にのみ向けられる。男はゆっくりと剣を抜き、切先を向けた。

「俺の名はオッタル……いや、悪の怪人ブラックマスク、お前の正義を試させて貰う」

「……いたし方ない。私はアルゴ仮面! 悪の怪人に負けることは許されない!!」

 もう何も分かっちゃいないが、ノリで返す。どう考えてもこんな茶番より街の方が大事だふざけんなと頭では思っているのだが、どうせ言っても聞いてくれないだろう。

 それに、この戦いで僕の知りたいことが分かるかもしれない。

 僕は覚悟を決め、踏み込んだ。

 オラリオ最強の冒険者との真剣勝負が始まった。

 

───────

アルゴ仮面

 ヴェルフ・クロッゾが息抜きで作ったベル・クラネルのためだけの覆面。

 名前は単に、ベル・クラネルが好きな英雄譚の主人公の名前から取っただけであり、深い意味はない。そう、意味はなかったのだ。しかしその名は……

 

ブラックマスク

 主神の神意に応えるため、最強の冒険者が恥を忍んで被った仮面。

 故に、名前は適当であり、特に意味もない。

 

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