ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない 作:空豆熊
僕は走りながら、手元に構えるヴェルフの双剣とは別に、二セット、贋作の双剣を投影し、全力で投げつける。敵に向かって、ではない。その向こう、遙か彼方まで飛んでいくように、だ。
「…………」
僕が行った一見意味の分からない行動にも、オッタルさn……げふんげふん、ブラックマスクは動じない。一瞬視線を外しただけで、僕から注意を逸らすことはないのだ。
流石に戦い慣れしている。この人は強い。だけど、この人にこの技がどれだけ通用するのかを知りたかった。僕は手に握る本命の夫婦剣に魔力を込めて光輝を放つ。その輝きが最高潮に達した瞬間、先程投げた全ての双剣が、風のごとき速さでこちらに戻って来た。
「……!」
これには流石のブラックマスクも少々驚いたようだ。そう、この手に握る至高の双剣は、全ての贋作の片割を担えるほどの力を持つ。故に、僕の意志次第で、全てを瞬時に呼び戻すことが可能なのだ。躱すにはもう遅い。僕自身含めて六刀三対の刃がブラックマスクを囲うように迫る。
「兎式・鶴翼三連!!」
本家とは似ても似つかぬ僕の技。相手の油断を誘う駆け引きなど一切無い、力任せの荒技。しかしそれは、この至高の双剣と、僕自身の敏捷によって昇華される。
回避は不可能。防御も不可能。その筈だった。
「────見事だ」
刹那、ブラックマスクは一閃した。たったの一振りだ。それだけで、僕が放った剣戟の全てが弾かれた。僕は吹き飛ばされ、高台から落下していく。
「ベル君!?」
神様の悲鳴に近い叫び声を聞きながら、僕は着地点を見据えて、地面に手をつく。そして、見上げれば、そこには既に地上に降り立ったブラックマスクの姿があった。その仮面に、傷はない。
「良い攻撃だ。今の一撃は、確かに俺に届き得た。だが、所詮は付け焼き刃。未完成の技では、俺は倒せん」
……ですよね。分かってたよチクショウ!! 確かにこの技はまだまだ完成されていない。先程も言った通り、あまりに力押し過ぎているからだ。只の格上は倒せても、遥か格上を倒すことは出来ない。本家のそれに比べれば、必殺と呼ぶにはあまりにも未熟過ぎる。
だが、それでも僕はやらなければならない。正義の味方は、悪を名乗る者に屈してはならない。例えそれが、茶番だとしてもだ。
僕は立ち上がり、再度夫婦剣を構える。ブラックマスクもそれに応えるようにして剣を構えた。
「ここからは俺も容赦しない。自身の必殺が届かぬと知った時、お前は如何にして戦う?」
言葉と同時に、ブラックマスクは一気に間合いを詰めてきた。僕の目では到底追えない速度。反応すら出来ないその斬撃を、呼吸を読むことで何とか受け止めることに成功する。だが──
ガッギィイイン!!! まるで鉄塊を叩きつけられたかのような衝撃に、僕は堪らず後方へ吹っ飛ぶ。そのまま空中で体勢を立て直し、着地した。だが、その時にはもう、次の攻撃が迫っていた。ガガガガンッ!!! 僕の目の前で、火花が散った。意識が追いつかぬまま、僕は手を動かす。折れるな! 絶対に折れてなんかやるな! 最早ヤケクソ気味になりながらも、必死に剣を振るい続ける。
自身の正義がどうであれ、止まった瞬間、死ぬ。僕自身は死ななくとも、正義の味方としては死ぬ。だから止まれない。止まるわけにはいかない。
ガギンッ! キンッ カンッ キィンッ ガガンガガンッ!!! 僕の剣は幾度となく打ち付けられる。その度に僕の体は宙に浮き、何度も地面を転がる。だが、それでも僕は立ち上がる。正義の味方として、倒れる訳にはいかないから。僕が屈することで、助けられるはずの人が死んでしまうかもしれないから。だから僕は倒れない!
「正義の味方! お前にとって剣とはなんだ! 何のために振るう! 何を為すために振っている!」
ブラックマスクが剣を振り下ろし、僕を吹き飛ばしながらも問い掛けてくる。
「知れたこと! 笑顔だ! 涙など許さん! 絶望などもってのほか! 私は、正義の味方は、人々の希望となり、明日を照らす光となる! 故に私は剣を執る! 我が剣は! そのためにある!!」
「ならばどのようにそれを成してみせる! 剣は届かん、得意の料理も、戦場では役に立たん! 地に這い蹲る者たちを、お前はどうやって救うつもりだ!!」
ブラックマスクの攻撃が激しさを増す。今までの比ではない程の苛烈な攻めに、僕は防戦一方に追いやられる。
剣戟の嵐の中、僕は思う。後一歩、後ほんの少しだけ、何かが足りない。直感的にそう思った。
差は歴然なのに、僅かに何かをすれば、どんなに絶望的な状況でも覆せる気がする。
今一度、自身に問いかけてみる。僕に出来ることとは? 僕にしか出来ないことはなんなのか? 剣を作ることでは無い。それはあくまで真似事に過ぎない。料理も同じだ。きっと、僕は元来、戦う者でも、作る者でも無いのだ。なら、僕が僕である意味はどこにある? 他ならぬ僕の武器、僕にとっての無限の剣とは一体どこにあるんだ?
「……ッ!」
答えはすぐそこにあった。そうだ、最初から知っていて、僕はずっと無意識にそれを行ってきた。僕が僕であることの意味を、僕は知っていた。どこまで行っても、ベル・クラネルは小市民だ。夢見がちで、調子に乗って、その癖傷つきやすくて、泣き虫な小心者。それでも僕は、憧憬を燃やすことで笑顔を絶やさない。その滑稽な姿を、人々は笑いながら称えるのだ。
そうだ、剣で人を笑顔にするのではない。逆だ。笑顔で剣を握るからこそ、人は僕を笑うことが出来る。
僕が人々に笑う勇気を与え、僕も人から笑顔を貰う。無限に循環し、世界を満たしていく。その在り方こそが、僕の本質なのだ。
僕にとっての無限の剣とは、そういうものだったんだ。
「あはは……あははははは!!」
僕は笑っていた。それはもう、愉快痛快と言わんばかりに。その様子は、傍から見れば不気味極まりなかっただろう。だけど、そんなの気にしない。だって、こんなにも清々しい気分なのだから。この身の滑稽さは、僕が一番理解している。だからこそ、僕自身が一番面白い。
「ほう、壊れたか? いや、違うな」
僕の様子が一変したことに気づいたのか、ブラックマスクが剣を止めてこちらをじっと見つめている。僕は構わずに続けた。大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「──―オラリオに住まう皆の者!! 私にどうか力を貸してくれ! 私は君たちの力になりたい! 君たちの笑顔を守りたい! だから、私のことを笑ってほしい! 無様な男だと! 愚かな奴だと! 笑ってくれ! さすれば僕は、必ず、正義の味方として、貴方たちを守るから!!」
それは、ベル・クラネルという男の魂の叫びだった。ちっぽけな一人の男が偉業を成し遂げるために、あえて己の醜態を晒す覚悟を決めた宣言であった。
綺麗に在ろうとするのではなく、どれだけ滑稽でも格好悪くても、人々を奮い立たせる英雄の姿そのものであろうとする決意表明だ。
茶番上等。喜劇だって結構。悲劇なんてクソ喰らえ。それで誰も泣かずに済むのなら、誰もが笑うことが出来るのならば、僕は喜んで道化になろうじゃないか。遊べ、ベル・クラネル。そして戦え。お前は今、この瞬間だけは『英雄』になるのだ。
──ヒーローごっこ、良いじゃないか。
突き詰めればそれも、一つの正義の形だ──
赤い外套の男のそんな声が聞こえた気がした。
しばらくの静寂の後、誰かが叫んだ。
「──はっはっは! いいぞぉ! 流石は俺の相棒だ! お前ら笑え! さもなければお前らはベル・クラネルに負けるぜ!」
最初に響いたのは、ヴェルフの声だった。その声からは、言外に僕へのメッセージも込められているように感じられた。
──お前の剣を鍛えるのは俺だって言ったぞ。笑顔がお前の剣なら、俺がその剣を最高のものにしてやる。
そんな彼の言葉が聞こえてきたような気がした。
その言葉を皮切りに、至る所で歓声が上がる。
ある者は、馬鹿野郎! テメエに言われずともこっちはその気だよ! と。
また、ある者は、とんだ道化師がいたものだ! と。
また、別の者に至っては、なんだそりゃ! ふざけてんのか! と怒り出す者もいた。
だが、それでも彼らの声は、確かに僕の元へ届いていた。これだけの舞台を整えてくれたのだ。ここで応えないのは、あまりにも失礼というもの。だから、僕も精一杯の笑顔を浮かべ、再び叫び返す。
「ありがとう! これ程までに嬉しいことはない! ならば私は約束しよう! この戦いを、笑顔で終わらせると!! そして、私が得たものを、次は君たちへ与えよう! だから、安心して見ていてくれ! 舞台は整った! これより始まるは、正義の味方による、正義のための喜劇だ!!」
チラッと横目で、高台にて見守ってくれている神様を盗み見る。彼女は呆れながらも、しかしどこか楽しげに微笑んでいた。
──行くんだベル君! 君がボクの最高の
彼女の期待に応えるため、僕は再度剣を構える。今ならば、何でも出来そうな気がする。
ブラックマスクを見据える。空気を読んでここまで待ってくれていた彼は、フッと口元を緩めた後──
「お前の勇気に敬意を称する。これがお前の答えか。ならばその続きを見せてみろ! お前の正義、俺が受けとめてやろう!」
高々と宣言して、僕の行動を待つように構えた。僕は謡う。己の中の正義を示すために。
「──身体は
僕の物語はここから始まるのだ。英雄エミヤへの憧れが、今の僕を作り上げた。だが、それだけでは足りない。僕の物語には、もっと別のものが必要なんだ。だから、ここから始めよう。僕の理想の物語を紡ぐために。
「血潮は道化で心は兎
幾度の舞台に立ち無涙
ただの一度の惨劇も
ただの一度の悲劇もない」
そうだ。悲劇なんていらない。僕は笑顔のために戦うんだから。この力を切ないもので終わらせるわけにはいかない。そんなものは認められない。
「担い手は全ての人々
僕の理想郷。それは誰もが笑える世界だ。悲しみの無い世界を作るために、僕は戦い続ける。
そのために僕は笑い続けよう。それが、僕なりの戦い方なのだから。
さあ、僕なりの剣戟の極地をお見せしよう。
「ならば生涯に悔悟は無く
この体は無限の
刹那、世界が塗り替えられる。
僕を中心にして、街全体に真っ白な世界が広がる。それはまるで、夢の中にいるかのような幻想的な風景。
空には鐘が浮かんでいて、絶えず荘厳な音を奏でている。
そして、僕の前には、無数の光り輝く剣があった。それら一本一本が意思を持っているようで、何も指示していないのに勝手に宙に浮かび、未だ生き残っていた魔物たちを切り裂いている。
「世界が……描き換わった……? これが、お前の答えの先にあるものなのか?」
今日初めて、ブラックマスクの声音に動揺が混じる。流石の彼も、この光景は予想外だったようだ。
「フッ、驚くことはあるまいよ。これは私だけの力で成し遂げたものではないからね。私と、街にいる皆が生み出してくれた奇跡だ。
ご覧の通り、この場の剣が放つ光は英雄の輝きだ。皆の笑顔が私の力となり、ここに立っている」
「…………」
僕の言葉を聞いて、ブラックマスクは無言のまま、ただ静かにこちらを見つめていた。
「感謝するよ、ブラックマスク。君のおかげで私はまた一歩前に進むことが出来た。礼として、剣戟の極地をお見せしよう」
双剣の片割れを向けてそう宣言すると、ブラックマスクもまた剣を構え直し、応じるように僅かに笑みを浮かべる。
「……面白い。ならば我が最強の一撃で応えよう」
次の瞬間、僕は目の前の男から凄まじいまでの殺気を感じ取った。本気だ。彼は本気で僕を迎え撃つつもりらしい。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
何故なら、今の僕は一人で戦っているわけではないからだ。怖いことなど何も無い。仲間を信じればこそ、どんな敵にも立ち向かえるのだ!
だから、僕は待つことにした。今まで散々待ってもらったんだ。今度は僕の番だろう。彼が攻撃を完成させるその時まで、全身全霊を以て待ち続ける。
「
詠唱と共に、膨大な魔力が練り上げられていく。
「ヒルディス・ヴィーニ!」
彼が叫んだ瞬間、その金色の魔力が彼の剣へと収束していく。行こう。最後の勝負だ。
僕も同じように、この世界の剣の輝きを一本に集約させていく。
それは、雷霆の剣。かつて僕の前世が振るいし精霊の力。彼の英雄は百を救うために一を切り捨てることを、決して良しとはしなかった。
涙を嫌い、笑顔を愛する。僕と在り方を同じくする者。ならば、その剣を僕に扱えぬ道理はない。
「いくぞ、ブラックマスク!!」
「来い、正義の味方ァアアッ!!!」
互いの叫び声が響き渡ると同時に、二つの刃がぶつかり合う。
その衝撃だけで世界が震えた。あまりの威力に耐えかねたのか、具現化した心象風景が崩壊を始める。
それでも構わない。今だけは全ての想いを込めて、全力でぶつかるのみ!!
「うおおぉぉっ!!!」
「オオオォォッ!!!」
そして、遂に決着が訪れる。
「……見事だ。多くの者の力を借り、決して届かぬはずの高みにまで至った貴様の勝利だ。誇るがいい」
崩れゆく世界で、ブラックマスクの声が響く。
「……よく言うものだ。君にはまだ余裕があるだろう?」
対する僕は、肩で息をしながらそう返す。押し合いは確かに僕が勝ったけど、ほんの僅かに彼の位置がズレただけだ。おまけに、彼はあと何発か同じ攻撃を放てるだろう。普通に考えれば、敗けているのは既に満身創痍の自分の方だ。
「例えそうだとしても、お前の攻撃は確かに俺に届いた。誇れ、正義の味方。我が
そこはせめて喜んでいるという言い方にしてくれないだろうか?
いや、興奮という言葉自体は悪くないが何故か鳥肌が立つ。
「では、正義に敗れた悪は去るとしよう。名乗り上げろ、お前を待つ民衆達の下へ」
「ああ、ありがとう。ブラックマスク」
背を向けて歩き出す彼に礼を言うと、そのまま歩みを止めることなく消えていった。僕はといえば、正直座り込みたかったのだが、さっさとこの茶番を終わらせるべく、高台に跳び立ち、大声で叫ぶ。
「皆、待たせたな! 約束通り、この戦いを終わらせたぞ!! この正義の味方、アルゴ仮面が!!!」
僕が言い終わると、割れんばかりの歓声が響いてきた。
こうして、オラリオ全体を巻き込んだ盛大な茶番劇は終わりを迎えたのだった。
エミヤさん、ようやく僕、スタートラインに立つことが出来ましたよ。
────────
ベル・クラネルが答えに至った事でその性質を変化させた固有結界。
彼に力を貸すものが多ければ多い程、消費
第一部巻!
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!ベルくんが答えを見つけたので、第二部では今以上にはっちゃけて救い散らかしていけるといいなと思っております。
少々燃え尽き気味なので、今後の更新頻度については明日活動報告に書いておきます!それではまた!