ベル君が錬鉄の英雄に憧れるのは間違いなんかじゃない   作:空豆熊

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正義の味方ならば、どのような劇薬も使いこなさねばならん

 きれいなうろこ雲が空一面に広がり、爽やかな風が吹く気持ちの良い日。街の至る所で、活気ある声が響き渡っている。

 そんな素晴らしい日に、あまりに似合わない光景が、オラリオの街の一角に広がっていた。

 

「こんのぉ……ブラック主神(じょうし)があああああああ!!!!」

「ま、待てアスフィ、早まるな! ステイステーイ!」

 怒号と共に放たれた拳が、目の前の男神に吸い込まれるようにして直撃した。男神の身体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられる。

「ぐふぅ! ま、待って、なんで俺殴られてるの!?」

「黙りなさい! 貴方にこき使われるのはいつものことです。しかし、今日という今日は我慢の限界ですよ!」

「なんで!? いつもと作業量変わってないよね!?」

 必死の形相で問いかける男神に対し、アスフィと呼ばれた女性は苛立たしげに答える。

 

「ベル・クラネルが扱う魔法についての考察のことです! 信じ難い答えにいきついて、私の頭はもう限界寸前ですよ!! 何なんですかあの魔法は!?」

「あ、アスフィの頭が限界だって…………?」

 あまりの発言に絶句してしまう男神。しかし、それも無理はない。

 彼女はオラリオでも他に類を見ないほどの魔道具製作者であり、その頭脳はまさに超一流。どれだけ人智を超えた有り得ない事象であろうと、理屈さえ分かってしまえば、自身の知識として吸収できるほどなのだ。

 しかし、今回ばかりはそれが仇となった。

 世の中には知らない方が幸せなこともある。理解の範疇を超えてくれればまだ良かったのだが、今回の件に関しては、彼女の聡明さが災いしてしまったのだ。不幸にも彼女は、知り得た情報を整理する過程で、その真実の恐ろしさを理解してしまった。今高位の魔法職界隈で有力とされている説は、あまりにも荒唐無稽なもの。

 故に、最初は彼女もその話を笑い飛ばした。しかし、調べるにつれて出てくるのは、どれもこれもその説の裏付けとなるものばかりだった。

 

「ベル君が異常なのは調べる前から分かってた筈だろ? お前なら大抵のことは受け入れてくれると思ってたんだけど」

 痛む体を引きずりながら、なんとか立ち上がる男神。彼の発言を聞いた彼女は溜息をつくと、心底疲れたような表情を浮かべながら、説明を始めた。

「まず、怪物祭(モンスターフィリア)の騒動の中彼が使用した、未知の魔法のことは申し上げましたね?」

「ああ、オラリオの住民たちの歓声を力に変えて、あの【猛者】の必殺すら相殺する世界を作ったとかいうやつだろ?」

 確かにそれはにわかに信じられないことだった。当時Lv.2のベル・クラネルが、条件つきとはいえLv.7のオッタルの一撃と拮抗するなど、前代未聞の事件だ。

 しかし、それだけならばまだ良かった。今までだって、Lv.2~3程度の差が条件次第で覆ることは、数こそ少ないものの前例があったからだ。

 問題なのはその後。

 

「その世界、魔法によって生み出されたのではなく、元々ベル・クラネルという人間の中に存在しているものだとしたらどうしますか?」

「……はぁっ!?」

 アスフィの言葉に、思わず目を見開く男神。何故そのような結論に至ったのか、全く意味が分からなかった。

「一から教えてくれないか。一体どこでそういう考えになったんだ?」

 そう尋ねると、アスフィはどこか諦めたように語り始めた。

 曰く、ベル・クラネルが扱う魔法は、等価交換の原則を無視しているとのこと。明らかに消費魔力も詠唱時間も、実際に生み出されるものに内包される魔力量と比較して釣り合っていないらしい。

 特に、ミノタウロス戦で見せた、巨大な斧剣とそれを振るえる程の身体強化は異常すぎる。一体どこからそんな量の魔力が出てくるのか。

 

「更に加えると、彼の魔法で生み出されたものは基本消えないそうです。『魔法による産物』で留まらず、『一つの物質』として定着するようですね」

「……おいおい、そういうことなのか……? まさかベル君の魔法は……」

 そこまで聞いて、ようやく話が見えてきた。世界のルールが通用しない。つまり、ベル・クラネルの魔法は……

「ええ、彼の中には『自分ルールの世界』が構築されているようです。

 決して外界の法則が干渉しえない、自由な世界。

 そのような場所で生み出されるものに、魔力など必要ありません。『内側の世界から剣を取り出す』ため、『その世界を外界に侵食させる』ために、必要な分だけしか」

「…………」

 

 言葉が出てこなかった。ベル・クラネルの能力は、およそ人の身では到達できない領域にある。

 自分だけのルールで成り立つ世界。本来彼の中でのみ完結しているはずのものを、現実にまで侵食させる。

 それは最早、神の力(アルカナム)に限りなく近いのではないか。

 

「当然、世界を侵食するなどという行為が、許されるわけではありません。異界の物質を持ち出すだけならまだしも、異界自体を顕現させるなど、一冒険者の魔力で賄いきれるものではないのです。だからこそ、彼は人々の歓声を力に変えることで、それを実現させているのでしょう」

「参ったな……もう何でもありじゃないか」

 もはや苦笑することしかできなかった。力に変えた歓声をそのまま敵にぶつけるのではなく、それらを材料に自身が最強になれる世界を具現化する。その発想はあまりに規格外で、男神ですら想像していなかったものだ。

 しかし、そうなってくると男神の興味はまた別のところへ移っていく。

 

「そんな馬鹿げた力を持ちながら正気を保てる精神性は凄まじいな……。なるほど、あの好々爺が言っていた一途な憧憬とは、そういうことだったのか」

 納得した様子の男神に対し、アスフィは不満げに問いかける。

「何一柱(ひとり)で勝手に納得してるんですか。私はまだ納得できていませんよ」

 その問いに、男神は肩をすくめると、

「簡単なことさ、アスフィ。もし常人がその力を手にしていたら、どうなっていたと思う?」

 男神からの問いかけに、アスフィは少し考えた後、答えた。

「……恐らく、自制心を失い暴走していたことでしょう。身も心も内なる世界に侵食され、やがては廃人にでもなったのではないでしょうか?」

 アスフィの回答に満足気にうなずくと、男は口を開いた。

「そうだ、それが正解だよアスフィ。彼がその力を持ち得た理由も、持ちながら理性を保っていられる理由も同じだ。『正義の味方への憧れ』こそが、彼の原動力なんだ。

 その真っ白な魂は、どんな力であろうとも受け入れる。例えそれが持つべきでない力であってもだ。

 その精神性に神の恩恵(ファルナ)が応えた結果、その力は発現された」

 

 その言葉に、アスフィは絶句する。

 あの世界の条理をも捻じ曲げる力の正体が、ただの憧れだと? なんという純粋な想い。そして、なんという強靭な意志。

 男神は続ける。

「だが、その力は常に担い手の精神を蝕んでいく。どれだけの憧憬を持ってしても、一人で抱え込めるものには限界がある。それこそ既に壊れてもない限りね。

 だからこそ、彼は人を頼ることを選んだ。一人でその世界を担うのではなく、仲間と共にその世界を支えてもらうことを。そうすることで、自身の力をコントロールすることに成功したんだ。

 そうでなければ、今頃彼の精神は崩壊し、その身体は剣で串刺しになっていただろうね」

 男神の言葉を聞き終えると、彼女は大きな溜息をついた。

 

「はぁ、全く。つくづく頭を抱えさせられる少年ですね。それで、これからどうするつもりですか?」

 アスフィの質問に対して、男神は笑いながら答える。

「ベル君こそ、俺の求めていた存在だよ。大神ゼウスが残した最後の英雄(ラストヒーロー)に相応しい。

 その為には、彼の興行を成功させるのが第一だ。何でも屋として、俺達ヘルメス・ファミリアも全面協力しようじゃないか!」

 商業の神、ヘルメスは高らかに宣言するのだった。

 こうして、正義の味方の支援がまた一つ増えたのである。

 

────────

「ちょっ、ソーマ様!? 何造ってるんですか!?」

 ヘグニさんと友誼を交わした十日後、僕は料理酒を即してもらうため、ソーマ・ファミリアの拠点へと訪れていた。

 そこで目にしたのは、ある意味神酒(ソーマ)より危険かもしれない何かだった。

「……新作の試作品。飲んでみる?」

「飲んだらどうなるか分かってますよね?」

 相変わらず何を考えているのか分からない表情でそう言うソーマ様に、ジト目で返す。

 目の前にあるのは、神酒(ソーマ)でも毒薬でもない。見た目は普通にいい香りのする林檎酒(シードル)に見えるが、僕の解析()がそうじゃないと告げている。これは、酔った者に決して嘘や隠し事を出来なくさせるという、恐るべき効果を持った一種の自白剤のようなものであると。

 名付ければ、【 真酒 (トゥルーシードル)】といったところだろうか。

 

「……君なら大丈夫。神酒にすら耐えられたから。きっとこれも平気」

「あの時は正義という大義名分があったからですよ! 今はそんなものありませんから!」

 その事はソーマ様もよく知っているはずだろうに……。

 この(ひと)は本当に油断ならない。

「冗談は置いといて、これは君に預けておく。上手く使えば、正義の味方にとってこれ以上ない武器になる」

「……ありがとうございます」

 正直あまり気が進まないが、受け取らないわけにもいかない。このような危険物が、もし悪巧みに使われるようなことがあれば、それは間違いなく正義の名折れだ。

 それに、情報戦においてこれ程有用なものはないだろう。限りなく神酒に近い魅了性もあるとしたら、恐らく量自体で美神の魅了すら一時的に塗り潰すことができるはずだ。

 ……これ材料に剣型のお菓子を作って、投影すれば最強なんじゃ……まっ、流石に効力は半減するだろうけど。

 そんなことを考えながら、受け取った 真酒 (トゥルーシードル)をショルダーバッグにしまう。

 

「後、こっそり作った酩酊必至の超強力な神酒も渡しておく。矢に塗り込めば最強のデバフウェポンになる」

「お、おお……」

 ダメだ、この神様。自重というものを知らない。というかこの(ひと)こんな口調だったの? 超強力とか言っちゃうの? さっきの冗談といい、随分と饒舌になっている。

 まあ、趣味の話となればこうなるのも英雄譚オタク兼刀剣マニアとしては理解できるが……。

「それにしても、どうしてまたこんな危険物を? 神酒はもう造らないと仰っていたではありませんか」

 僕がそういうと、ソーマ様は少し気まずそうな顔をした後、答えてくれた。

「俺は君に言われるまで、自分が間違っているとは思っていなかった。酒に狂うのは狂った者の弱さだと。自分のせいで多くの者の笑顔を奪ってしまったのに、自分のせいだと思わず、勝手に失望していた。反省している。

だからこそ、俺に出来ることは全てやりたい。下手すれば破滅に繋がる劇薬でも、君なら正しく使ってくれると信じてる」

 ソーマ様の言葉に、僕は胸を打たれる。あれだけ他人事のように語っていた彼が、今では心の底から申し訳なさそうにしている。

 やはり彼は決して悪神などではない。今までは趣味以外に関心を持つきっかけがなかっただけで、人を慮る心も持っている。ただ、少々幼稚な面が多すぎるだけだ。

 そう思いながら、僕は口を開く。

「分かりました。正義の名にかけて、必ずやこの力を使いこなしてみせましょう!」

 僕がそう宣言すると、ソーマ様は前髪の隙間から覗く瞳を嬉しそうに細めた。

 

「ソーマ様! 神酒を造ったというのは本当ですか!? もう一度飲まさせて下さい!」

「俺達も是非お願いします! どうか、我々にご慈悲を!!」

 僕達の会話が聞こえてしまったらしい団員達が一斉に駆け寄ってくる。しまった、獣人の耳の良さを忘れていた。

 ソーマ様はというと、やっちゃったという顔をしながら僕の耳元で囁いた。

「……今度からヤバいブツを作るときは君の拠点でやることにするよ」

「下手したらうちが地獄絵図になるのでやめて頂きたいです。というかうちに酒工房なんてありませんよ」

「君なら即席で作れるんじゃないか?」

「……善処します」

 この後全力でソーマ・ファミリアの団員達を宥める羽目になった。

 

──────

 真酒 (トゥルーシードル)

 酔った者の嘘や隠し事の一切を否定する。単品でも第一級冒険者にすら通用するレベルの劇薬だが、そこに神酒が加わることで神すら抗えぬ究極の自白剤となる。

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