都内、とある弁護士事務所で。
伏黒という名の女は、離婚届の印を押すのをほんの少しだけためらっていた。実の娘の津美紀は4歳で、義理の息子の恵が3歳。どちらの子も、女の横で椅子に座っている。女が迷っている様子に感化されたのか、どちらもかなり大人しい。
女の下に、名も知らぬ弁護士事務所を経由して夫の甚爾から手紙が届いたのは、ほんの3日前。
手紙曰く、
『家出した先で宝くじを買ったら1億円当てた。妻も連れ子も捨てて、実子だけ連れて生きたくなった。申し訳ないがお前の顔は見たくない。
すぐに離婚するなら、慰謝料代わりに当選金を3分の1だけ(3333万)お前に渡す。ごねるなら今すぐ当選金を浪費して残金0にするつもりだ。弁護士に即刻恵を渡して俺と離婚してほしい』
――相手方の都合の一方的な離婚だが、婚姻期間の短さを踏まえると3000万以上もらえるという条件は破格中の破格。夫の甚爾の心が離れきっている以上、結婚し続ける意味は無い。
弁護士はそう伏黒を諭した。
3日間悩みに悩んだ、女の決断は、……離婚し、恵を手放す、というものとなった。
「どうかされました?」
「いえ。あまりにも急すぎたので心が付いていけなくて。押します」
そう言って女は離婚届に印を押す。
恵の親権は甚爾が持ち、津美紀の親権は女が持つという形で、離婚が成立した。
「恵、津美紀。これからは2人とも家族じゃなくなるの。恵はここに残るから、津美紀はママと一緒にバイバイ言って帰ろうね」
「ママ、つみきお別れしたくない」
「ママもお別れしたくなかったよ。でも、どうしてもしなきゃいけないの」
「……うん。バイバイ、めぐみ」
「バイバイ、つみき」
お別れの証、段ボール1箱分のおもちゃとぬいぐるみを恵に残して、女は津美紀と事務所を去ったのだった。
「……という手口で僕達が引き取った、甚爾の息子の伏黒恵くん3歳。少なくとも僕達の卒業まではこの部屋で暮らすんで、よろしく……」
どーも、二舌誠司です。
男子寮、五条先輩と部屋と夏油先輩の部屋に並ぶ一室で、子ども用のベッドに腰を下ろした五条先輩がささやくように言いました。同じベッドに座った夏油先輩の腕に抱かれて、3歳の恵くんがガチ熟睡しています。大声で起こすつもりは無いようですね。このタイミングでこの子が引き取られたんですか。原作とは約3年ズレました。
「五条家ってお金あるんですねぇ……!」
「非術師を傷つけていないから呪術規定には反しないにしても、結構なごり押しだ」
灰原と七海が意識的に抑えた声で反応してます。
俺は、恵くんを覗き込みながら言葉を続けました。
「よく許可取れましたね、こんな小さい子をこの寮に置くの。まだ術師の素養があるかどうか全く分からない年頃でしょうに」
『ここは術師のための学校であって、託児所ではないんだぞ』的な横槍とか、いかにもありそうですが。そんな俺のニュアンスを感じ取ったらしい夏油先輩が、静かに答えました。
「『悟が庇護したい存在ができた』って言ったら、五条家の皆さんがかなり動いて下さったんだ。取った手法は予想外だったけれど、こうなった以上、この子のためにやれる事をやるさ」
「ひょっとして。……先日の一件のせいでかなり怖がられてしまってるから、五条先輩に『弱者のしがらみが増える分には大歓迎』的な話です? もしくは『情緒が育つならくれてやれ』的な?」
「どっちも正解だよ、二舌。あとは、禪院家の血筋を横からかっ攫うことになるから、……そういう意味で大歓迎してる向きも、僕の実家にはあるらしいぜ」
五条先輩は肩をすくめながら苦笑しました。一人称を『僕』に変えてから、無意識でしょうか、口調も柔らかくなっているらしいです。
「まあ、禪院家は、仲の悪い家の僕から見てもヤバくて酷いからね。恵が術師になれる子かどうかは分からないけれど、どちらにしても僕達の選択はこの子のためになると思いたいかな。今は」
「禪院家と同じくらい腐ってる家で育った俺が愚考するに、……伏黒甚爾が遺言を残した経緯などなど、この子には嘘はつけませんね。もし嘘を吐いてしまうと『隠された真実を暴露してあげる』なんて言いながら近づいてきて、この子に色々吹き込む人、……とか確実に出てきますよ?」
灰原と七海のハッとした顔とは対照的に、先輩方はどちらも真顔です。
「分かってるさ。この子が落ち着いている時に全部話す。私達ふたりでね」
夏油先輩は、眠る恵くんを撫でながら、決意を込めた声で言い切りました。
秋のある日。悟と私が任務を終えて寮に戻った、夕暮れ時。1年生3人組が深刻そうな顔で私たちの方へ駆け寄って来た。
「先輩方、ちょっとよろしいですか? 昼間に結構真剣な事案が発生したんです」
「……二舌。やっぱり全部話すのは止めようよ」
「灰原。俺の勘だけど、この手の話はなるべく共有しとかないと余計に酷いことになるから」
わけが分からないが、どうやら尋常じゃない事が起きている事だけは分かる。
悟が、私と顔を見合わせてから言った。
「僕の部屋で話を聞こうか。帳を降ろして盗聴防止しとかないと不味い系かな? どうせ」
「はい。そういう系です」
悟の部屋で、二舌が語った。
――昼間、俺達1年3人が授業を受けていたら、急に青い顔した補助監督に呼び出されたんです。呼び出された先の部屋では、総監部のお偉いさん1名と、ここの先生方全員が勢揃いしてました。
そのお偉いさんから任務の指示が来たんです。率直に言うと、盤星教への潜入任務の指示、……長期間の潜入任務の指示でした。俺達1年生3人に。
先日の天元様の同化任務の一件で、伏黒甚爾を雇った宗教団体ですよ。『謎の呪詛師が盤星教の頭に立っている。天元様の同化阻止のために暗躍した』という情報があるそうなんですね。俺達の手で、その呪詛師の正体を掴んで殺せ、という指示です。
お偉いさんが言ったこと、そのまま真似しますね。ムカつきますけど。
『先日の薨星宮大破壊の一件で、呪術高専という学校そのものの存在意義と教育効果について、大変な疑義が生じている。護衛だった2年生ふたりの謹慎処分だけでは生温かったという意見が、今でも主流だ。この任務を達成することで、1年生であっても学生達が高い能力を持つことを証明し、そうした意見を払底してほしい。総監部の総意だ』
『教員は揃いも揃って1年生には早すぎる任務だと猛反対した。まるで、きちんと学生達を教育できていないことの裏返しのように。任務を拒否するのならば、学長以下ここの教員全員を総監部への反逆者とみなすつもりなのだがね。これもまた総監部の総意だ』……って。
「……何だよそれ!? その論法で、僕達の方に潜入任務が指示されるならまだ分かる! 1年生に命じるような任務じゃないだろ!? 先生達が正しい!」
悟は、当たり前だが激怒して吠えている。私も、……ああ、自分で分かるくらい怒りのツボを押されているなあ、今。
「二舌、察するに、……悟の責任と先生の指導責任を問うために、絡め手で君達に無茶振りが来たということだね?」
「そういうことでしょう。『六眼』が後輩の事を大事にする精神性なら、この手法は、確かに先輩ご自身にダメージが来る一手ですね。嫌なくらい効果の高い」
そこで七海が、補足するように続けた。
「二舌が言質を取りました。『その呪詛師を確実に無力化できるという目的のためなら、私達は、盤星教の中でどんな風に立ち回っても構わないのですね?』と。それで私達は任務を受けました。『やれるだけやってみます』という保留付きですが」
灰原が、おずおずと続ける。
「僕達、それから3人だけで話し合いました。……。二舌に考えがあるそうです。どう考えても、夏油先輩の許可が必要なアイディアですけど……」
二舌が、私の目を見ながら至極冷静に言った。
「名付けて『おかしな団体を、いっそ夏油様Loveのまともな団体に作り替えちまおうぜプラン』。実行の許可を頂きたいんです」
「「はぁ?」」
……どうしてそうなるんだよっ!?
次回、明日19時更新
「ミッション5:夏油離反の下準備/先輩を教祖様に祭り上げろ ②」
本日20時過ぎ、かりん2022活動報告にて裏話公開。
ネタバレにお気をつけください。
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https://live-novel.com/
こちらで本日21:00〜21:30まで、9話の相談してます。
ネタバレ上等の方は覗きに来てください。
今日のお部屋の主催者はかりんです。
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(お題箱の内容は時村ニレさんと共有します)
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