腐った蜜柑の二枚舌   作:かりん2022

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ミッション6:夏油離反の下準備/先輩を教祖様に祭り上げろ ③

 あの呪詛師の坊やからはたっぷりと距離を取る。

 まあ安全だろうと思える場所にまで退避して、僕達は二舌を降ろした。降ろされた方はきょとんとしている。僕達3人は揃ってその場の床に座り込んだ。

 

「あの……、七海、灰原。2人ともあのタイミングで一度撤退するべきだと考えたんですよね? 呪詛師を殺すという既定路線の前に、更に打ち合わせが必要だったでしょうか?」

 

 ああ、もうっ! 僕は思わず二舌の両肩を鷲掴みにしてしまった。

 

「……二舌。その言い方に合わせるなら、絶対に僕達との打ち合わせが必須だったと思うよっ!! 呪詛師があんな子だっていう話! 『なるべく共有しとかないと余計に酷いことになる話』じゃあないかな!? 君が前に言ったことの受け売りだけどさ!」

「え……?」

 

 僕が両手を離すと、七海が入れ替わるように二舌を見つめた。

 

「私も完全に灰原と同感です。二舌、あの子の情報をもっと教えて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あの子どもの名前は祢木利久。年齢は恵くんの2つ上です。

 先ほど話したように、他人を呪霊にして呪具に封じることができる、そういう厄介な術式を持っている呪詛師です。これまでに両親のほか非術師が多数犠牲になっています。

 あの子の境遇は、まぁよくある胸糞話でしかないですよ。

 非術師の親に生まれた術師の子で、親に不気味がられて虐待を受けていたところ、暴走みたいな術式の発現で両親を殺害して呪具としてしまう。更に周りの非術師を複数人巻き込んだタイミングで、盤星教に拾われたようです。

 あの子が夏油先輩を神格化するようになったのは、俺達がここに潜入した後のようですね。俺が懐柔しちゃった盤星教の幹部連中に、あの子自身が自覚なく感化されちゃったんでしょう。

 

 七海、灰原。あの子に同情していますか? そうか、2人は非術師の家庭の生まれですもんね。自分達にとっても、もしかしたら有り得た姿みたいに感じてます?

 呪術総監部は、俺達に踏み絵を踏ませたいのですよ。俺達がこういう胸糞な任務でさえも命令に従ってくれる呪術師なのかどうか、つまり、ああいう年齢の子を呪詛師として殺せるのかどうか、間違いなく観察されていますよ。

 あの子の生命を下手に守ろうとすると、それは俺達1年生の弱みのように見なされるでしょう。任務未達成ということで学長以下先生方も責任を問われます。俺達にも、もっとえげつない任務が命じられる、……程度の制裁で済めばいいのですけどね。

 2人があの時止めなければ、俺は間違いなくあの呪詛師を殺していました。2人には『殺害』以外のアイディアがあるんでしょうか? あるならば、今ここでお聞かせ願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二舌の言ってる事は、全部、正しいんだと思うよ? ……でも、僕は殺したくないなぁ。自分にできることを精一杯頑張るのは気持ちがいいことだけど、これは殺しても気持ちがよくない」

 

 七海も僕と同感なんだと思う。七海だけは無言で頷いてくれたから。

 

「じゃあ俺が手を下しましょうか。俺ならできますよ。元からそういうことやってる家の出です」

 

 二舌も二舌なりに僕達を気遣ってはくれてるんだろう、こんな僕達同期に対して。

 でも、僕は首を横に振った。『殺したくない』と言い張るだけじゃ通用しない。僕でも分かる。それ以外の言葉で、二舌を止めたい。

 

「いやそういう意味じゃないんだよ、僕が言いたいのはね。えっと、……どういえば良いかな? うん、『殺害』以外の方法が、……あの子を『殺す』以外の、アイディアがほしいんだ」

「私も灰原に同意です。……もちろん、総監部の方々が納得して下さり、かつ、先生達も責められない手法である事が前提ですが。それにしても、本当にクソみたいな任務ですね。……」

 

 そこで七海は腕を組んでから溜息をついて、一拍置いてから言い続けた。

 

「あの子に会う『前』に、今話した事を共有して知恵を絞る機会が絶対に必須でしたよ? 二舌。手を汚すにしても、そうしないにしても、任務を任された私達皆が納得づくで背負うべき話です。私達が想定した呪詛師は、そんな事情の坊やではありません。できれば殺さない方法を考えたい」

 

 二舌は苦笑する。

 

「……お優しいのですね、おふたりは。でも、俺に良いアイディアはありませんよ? 先生方も、先輩方も、どういうわけだか手回しされた感じで揃いも揃って長期出張中でした。本当の意味で、1年生の俺達『だけ』でどう動くのかを試されてますね。俺の勘ですが、今日中に何とかしないとヤバいです。アイツを殺そうとした寸前で2人が俺を止めたの、ばっちり観察されてますから」

「あ゛ー……。そっかー……。総監部の人もよく考えてるんだね」

 

 夏油先輩か五条先輩に相談すれば、きっとあの子を守る方向で動いてくれると思ったんだけど。

 

 RRR RRR RRR……

 

 突然、二舌の任務用携帯が鳴った。

 

「? ……夏油先輩からです」

「「!?」」

『突然すまない二舌! 今電話大丈夫かい?』

「はい。七海と灰原と話し合い中でした。今、俺の周りには同期しか居ません」

『それはよかった! 可能ならこの通話をスピーカーにしてくれ! 3人に共有してほしいお願いがあるんだ!』

「はい? ……どんなご用件です?」

 

 そうしてスピーカー状態で床に置かれた携帯から、夏油先輩の慌てた声が聞こえてくる。

 

『さっき、久しぶりに両親の携帯に連絡したら、様子がおかしかったんだ! ……両親どっちも揃って盤星教にドはまりしていて、……今日の段階でもう何日も施設内に寝泊まりしてるらしい! 君達で私の両親を探して、様子を伺ってくれないかい!? 私は、何としてでも今日の内に任務を切り上げて、そっちに向かうから! それまででいい、様子を見ててくれ!!』

 

 一体全体どういうことなんでしょうか!?

 夏油の両親をどうこうするとかいう話、メロンパンからは、ま~ったく聞いていないのですが!

 

 ともあれ、俺の動きとしては先輩の頼みを快く受け入れるのが自然で、あの呪詛師の処遇も先輩が来るまでは保留になりました。この『夏油先輩が来るまでは保留にする』というのは七海と灰原の強い希望です。

 俺としても夏油親子の件の背景が読めないので、仕方ありません。潜入中の俺達が監視されて、ずっと何かしらを試されているという状況は分かります。ただ、今の俺達が何をどうするのが最適なのか分からない以上、ここでは後輩らしく振舞うのがベターなのでしょう。

 

 夏油先輩の両親の居場所はすぐに分かりました。『夏油姓の夫婦』かつ『一般信徒』かつ『数日ここに泊まってる』方、数の多い信徒の中でも該当するのは1組だけなのです。

 まず、教団内でそこそこ出世している俺が、泊まっている人達に挨拶に来た、……という体裁で様子を伺います。信者らしく目がキマッている人々の中に馴染むように、中年のご夫婦がいます。

 ご夫婦と俺しかいないシチュエーションをさりげなく作って、俺は話しかけました。

 

「先ほど小耳に挟んだのですが、そちらの名字は『夏油』なんですね。偶然にしても素晴らしい」

 

 情報収集のために『他人語り』の術式対象にする許可は、息子である先輩から頂いていました。そもそも総監部からも、一般信徒に俺の術式を掛ける許可自体を潜入捜査開始時に頂いています。

 思考能力を落とさせてもらいます。できるだけハイになって俺の言うことに従順になるように。

 

「そうなんですよね、私どもの名字は夏油です。皆さんからはよく『素晴らしい』って言って頂けてるんです。有り難いことに」

 

 旦那さんの方が少し誇らしげに言いました。奥さんは多少照れてます。俺は、奥さんの方に水を向けました。

 

「名字が同じという縁で、揃って入信されたんですか? それとも他に入信のきっかけが?」

「実は、……秘密にしていてくださいね? うちの息子のことで悩んでいたんですよね。全寮制の私立高校で2年生なのですが、家に帰省してきた時に酷く悩んだ顔をしてまして」

 

 ……うん? 息子って夏油先輩のことですよね。はい。

 

「息子が私達に言ったんです。『人に言えない事柄でかなり悩んでるんだ。親にも話せそうにない秘密だから、ごめん何も話せない』と。……私達は何も知らないなりに心配したのですが、そう言われたせいで追及も出来ず、ただ心配するばかりでした」

 

 あらまぁ。何言ってるんですか夏油先輩。

 

「でも、そんな時にこの教団に救われたんですっ! 息子が抱えていた秘密は、……このような、天元様と人を繋ぐ立場の重さゆえのもので、人に話せないのも当然で……、きっと、私達は猿なりにあの子を低みから信奉するしかないのでしょう、でもですね、そう在ろうと考えるだけでっ! とてもとても楽になれたのです……!!」

 

 奥さんは感極まって泣き始め、旦那さんもしんみりとしつつ肩を抱いて慰めていました。まあ、夫婦揃って救われたならそれも良しなのでしょうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という事をご両親から聞き出しておきました。なお、あくまでも一般信徒の立場で陰ながら祈る立場に居たいらしく、夏油様の親として崇められたりすることは望まれてないそうですよ?」

 

 実の親がこんなになってた証拠のボイスレコーダーを、1年生3人組の前で最初から最後まで聞かされる夏油先輩の心境は、……まぁ、ノーコメントで。

 

「ねえ二舌。……夏油先輩がご両親に話したことって、呪術規定の『秘密』関係で、色々と上げ足を取られたりはしないかな?」

「グレーをちょっとかすめてるくらいの際どさですね。夏油先輩が『脇が甘すぎる』と多少しつこい説教を食らう、程度の話だと思いますよ。いくら何でも、この発言内容で秘匿死刑はないです」

 

 メロンパンも、ぜ~ったい、この件では夏油先輩の擁護をするでしょうし。

 

「確かに私の脇が甘かったな。受けるべき叱責だ。甘んじて受けるさ……。親と私の仲の問題も、私がどうにかする。任務中に私用を頼んですまなかったね」

 

 夏油先輩は、遠い目をしながらそう言って下さいました。先輩としての責任感まではまだ削れてないのですね。よかったよかった。

 ……!! おっと、ここで灰原と七海が素早く目配せ。切り出したのは七海の方です。

 

「夏油先輩。私達に任されていたその任務で、すぐにでもご相談したいことがあったんです。実によくあるらしい胸糞な内容なのですが、私たちの話を聞いて頂けませんか?」

「!! ……もちろん聞こう。そもそも君たちの潜入任務は、私達の失敗が原因だからね」

 

 かくかくしかじか。

 こうして事情を把握した先輩は、先輩らしい言葉でもって事態を収拾してくださいました。

 

「なるほど、ではその祢木利久という子は私が庇おう。『夏油傑の指示』で、その子を殺したのではなく無力化させた。君達はそう証言してくれて構わない。……幸か不幸か、私にとっても役に立つ術式の子だ。高専側の戦力増強という意味でも利点はある。その方向で総監部に報告するから」

 

 ――こうして、1年生にしては異例の長期潜入任務は、比較的平和な形で幕を閉じたのです。




次回、明日19時更新
「ミッション7:灰原を抹殺せよ/灰原を救え ①」

本日20時過ぎ、かりん2022活動報告にて裏話公開。
ネタバレにお気をつけください。

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こちらで本日21:00〜21:30まで、全体プロットの相談してます。
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