ここはダンジョン都市『セレナ』。
絶えずダンジョンへと潜り続ける、“探窟者”たちの集う世界最大の都市。
誰もが“夢”を抱いてこの都市へ辿り着き……。
───!!!
「……あ」
そして絶望する。
現実という暗い暗い落とし穴に落ちていく。
そうして落とし穴の中には決まって、仲間の“屍”がうず高く積もっている。
気づくのはいつも、どうしようもなくなってからなのだ。
……。
ラライエは南の地の湖畔にある小さな村の出である。要領が良く、齢10歳にして“平和級”の魔術を扱った彼女を、村のもの達は“神童”だと囃し立てた。
「ラライエは天才だ!!」
「きっと将来は大魔術師ね」
大きくなったら宮廷で働く魔導士になれる……と期待する両親の願いは、ラライエには酷く退屈に感じられた。
良い仕事に就いて、たくさんお金をもらって、結婚して、子供を産む。それが幸せ??
冗談じゃない。
私は“普通の幸せ”はいらない。世界に名が轟くような偉大な人物になるのだ。
ラライエは家を飛び出し、遥か遠くの地にあるというダンジョン都市を目指した。実家には『世界一になって帰ってくる』とだけ書いた置き手紙を残して。
ダンジョンを制覇し、宝、名声、武勇伝を手に入れるのだ。
「お嬢ちゃん、一人かい?乗っていきな」
……。
「払えない!?嘘つけ!どうせ金隠してんだろうが!!」
……道中は少しだけ大変だった。親切にもダンジョン都市に送ってくれるという親切な御者に、思ったよりお金を持って行かれてほとんど手持ちは無くなってしまったけど。
「申し訳ありません。予約は11年待ちとなっております」
ダンジョン都市に入るのにお金がたくさん必要で、もしもの時のためにと持ってきていた母親の高価な指輪を売ってしまったけど。
それでも私はダンジョン都市に着いた。多少の損益はすぐに取り返せる。と息巻いてダンジョンに挑んで。
「はっ、はぁ……!!」
ラライエは死にかけた。
ダンジョン都市でも“初心者用”とされるダンジョンの中で。容易く。
「……誰か。お金を、恵んでくださいませんか」
忙しなく道を行き交う人々を、濁った目で見つめる。
「……誰か」
「呼びましたか?」
結果、装備も、食糧も、資金も……全てを失って項垂れるラライエに、それでも手は差し伸べられた。
「……あなたは?」
「探窟者です」
自分と同じ、新人探窟者の仲間に恵まれたのだ。
「私と一緒に、ダンジョンへ行きませんか」
これほど心強いことはない。
私は手を取った。
……。
取った手が、私の手のひらにぶら下がっている。
先がすっかり“無くなってしまった”手が。
──ウ゛ルルルルルル
赤毛に覆われた、二つ首の“獅子”が私を見下ろしている。
その牙の隙間から、手の先に繋がっていたはずの“仲間”の首が覗いている。
“現実”は落とし穴だ。
人の悪意によって隠された凶悪な罠だ。
だけど誰にでもその落とし穴は見えている。周囲の誰かに警告されることもある。それでも自分は穴に落ちないと勇んで足を踏み出した者から暗闇に落ちていくのだ。
これはどこにでもある物語。今日もまた一人、愚かな勇み足が奈落に落ちていくだけの、ありふれた物語。
……はずだった。
──ボゥッッ
突如として、“炎の矢”が上空を飛んできた。
──ゴギャアアアアアア!!!
「え……」
矢は獅子のモンスター……“レッドキラー”へと着弾し、二頭の獅子がダンジョンの壁に体をぶつけながら激しくもがく。
──ゴァァァァ!!
炎に包まれながら、目に入った者に瞬間的に殺意を向けたのか。
レッドキラーは近くにへたり込んでいたラライエへと襲いかかった。
……だが。
──ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボゥ!!
──ギャアアアア!!?
都合5発。追い討ちとばかりに炎の矢が撃ち込まれ、加速度的にレッドキラーを包む炎が勢いを増し、ついには蒼炎となったところで。
──ボボボボボボボ!!!!
炎の“柱”がレッドキラーに突き刺さった。
「……」
呆然とその光景を眺めていると、炎は弱まっていき……後に残ったのは、レッドキラー、だったと思われる何かしらの消し炭と。
「……あ」
下半身を失った、“アンチクロス”のリーダー。
ネルソンの姿だった。
「ネ、ネルソン!!」
「ラ……ラ……イ、エ」
「あ、あぁ……!!」
ラライエは、すっかり軽くなってしまったネルソンの体をかき抱いた。
腕から伝わる温もりもどんどん失われていく。もう……長くはないのだろう。
血の気が引いたネルソンの顔に涙が溢れると、不意に影が差す。
はっとして顔を上げると……空に、一人の少女が浮いていた。
「──」
白い、とても白い少女だ。
肌も、髪も、着ているローブも。ただその目は桃色で、意思のようなものを感じさせない無機質な色を放っていた。
そして額に浮かんだ、禍々しい何かの紋様。それはまるで彼女にかけられた“呪い”のように感じた。
少女がラライエの眼前に降り立つ……いや、座り込んだ。
そして彼女はネルソンの顔を覗き込む。
「……あなた、が、ラライエを……助けて、くれたんですね……」
「っ……!嫌、嫌よ、嫌ぁ……!死なないで……!!」
ネルソンの瞳から光が失われていく。
喪われてしまう。私が、私が愚かだったせいで。
ダンジョンなんかに憧れたせいで。
「……ララ、イエ」
「……はい。なんですか……?」
「生きて、帰れたら……故郷の母に、伝えてくれないか」
ラライエは目を見開いた。
「かってに、家出して、ごめん。って……そして」
「……」
「今までありがとう、って」
……同じだったんだ。
彼も。ネルソンも……同じだった。
「……はい。必ず」
そう返すと、ネルソンは力無く笑い……。
手から力が無くなり。
そして……。
「──うおぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
「は」
緑色の“極光”にその体が包まれたと思うと。
ニョキニョキニョキッッッ!!
ネルソンの下半身が勢いよく生えてきた。
「「……」」
二人の間に、微妙な沈黙が流れる。
トントン、と肩を叩かれ後ろを振り向いた。
そこには、人差し指を立てた先ほどの少女がおり……。
「ひぃっ!?」
うにょうにょうにょ……と、少女の指先から謎の液体が立ち上る。
その液体は、“文字”を形作った。
『そういうことは、直接言った方がいいよ』
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「……思い、出した」
「え……?」
ラライエが固まっていると、腕の中にいたネルソンが唐突にそう言った。
「うわ」
彼は、下半身が生えてきた都合上隠されるべきものが隠されていなかったのに気がついたラライエが離れたことによって頭を地面に打ったのにも関わらず、目の前にいた白い少女を見てこう言った。
「君は……いや、あなたは“沈黙のルミネイル”」
「え?……ルミネ、イル?」
「あぁ」
彼は下半身を丸出しにしたまま言った。
「このダンジョン都市で、最強の探窟者だ」
ラライエは目を見開き、少女……ルミネイルに振り向いた。
彼女は無言でVサインを返した。