「……」
「……」
「お、ぅ……」
股間を抑えて蹲る男をヒノエと黒ずくめが微妙な雰囲気で見下ろしている。
「あっ」
その隙をついて俺はヒノエを救出。砂の腕が優しく彼女を俺の元まで運んだ。
「……ルミネ、私さっきまですごく悲しかったんだけど」
俺の後ろでヒノエは何やら抗議的な声を挙げた。無傷だと言うのに何が不満なのか。だがヒノエがあんだけ絶望的な雰囲気を醸し出してくれたおかげで奴は油断してくれた。手を挙げたからって魔術が使えないとは限らんよね。
お陰で敵を倒すことができた。Vサインだ。
「私、ルミネがルミネで良かったと思うよ」
どういう意味だそれは。
「……まったく、ガキ一人にしてやられたな」
黒ずくめが頭をガシガシとかきながら近づいてきた。俺は警戒を強める。
「あー、別にそっちの子供に元々用はないんだ。そんな警戒するな」
「す、するに決まってるでしょ」
「嘘じゃない。お前は逃したって構わないんだ。用があるのはそっちの……ルミネ、だったか。お前だけだ」
『何の用?』
「えっ、文字……?」
もう一人の方が悶絶して動かなくなったのを見てか、黒ずくめは武器を納めて俺と話し合いの態勢に入った。
『こっちは話をする気がない』
だがその手には乗らない。
『そっちの大男のダメージが回復するまでの時間稼ぎ。ヒノエに用がなくても、捕まえれば人質としては充分』
「え?いや……まぁ、確かにそうかもしれんが」
あれ。なんか反応が薄い。もしかして本気だったか??
「……頭が回るんだな。まぁ、その歳でここまで魔術を扱えるんなら当然か。だが本当にそっちの……ヒノエは見逃していい。そもそもルミネ、お前以外には誰にも危害を加えるつもりもなかった」
「う、嘘よ!孤児院のみんなを襲ったじゃない!」
「それはあそこにいるロゴスの独断だ。許してくれとは言わん。止めきれなかった俺にも責任がある。だが、ガキどもに対しては攻撃してないし、院長も……お前が治した。そうだろ?」
「えっ……ルミネ、そうなの?」
こくん、と頷き返す。
ドアの外に物騒な気配があったのには気付いたからな。遠かったから効果は弱まったけど……ギリギリ間に合った。全員の無事を確認している。
「……よかったぁ」
それを聞いたヒノエがほっと胸を撫で下ろした。
「って、全然良くないわよ!絶対ルミネは連れて行かせないから!!」
「む。それは拒否されると困る。大人しく付いてくる分にはいいが、抵抗したら多少痛めつけてもいいことになってるからな」
「じゃあやっぱり敵じゃない!!」
『あなたたちの雇い主は誰?』
憤慨するヒノエを宥めて、俺が前に出る。俺は彼らの装備や戦闘力から彼らが探窟者だと予想した。しかし、ダンジョン攻略を生業とするはずの探窟者が子供の誘拐なんて、依頼でもなきゃやらないだろう。
それも、仕事を断れないぐらいの大手からの依頼か、莫大な報酬を約束されたかして。
「……誰かは知らない。名前もな。だが報酬がとある貴重な品だった。俺たちはそれがどうしても欲しいってんで、この仕事を受けたんだ」
「知らないって……そ、そんなの信用できないじゃない」
「報酬は実物で見せてもらった。信用はそれで充分。俺たちは信用じゃなく、利害関係で食ってるもんでね」
黒ずくめはそう言って、肩をすくめた。
「で?来るのか?来ないのか?そろそろ答えを聞かせてもらうぞ」
「だから……渡さないって何度も言ってるでしょう!!」
ヒノエが俺の首筋に抱きついてぎゅうっと締め付けてくる。
すまんヒノエ、離してくれ。誘拐以前に窒息死するかもしれん。
「お前には聞いてない。ルミネ、お前に聞いてるんだ」
「ル、ルミネ!!あんな奴と話しちゃダメ!!」
ヒノエ、口を塞がないでくれ。そろそろ死ぬ。
「お前は状況が理解できてるだろ?今この場で逃げ出しても、お前たちの足じゃすぐに追い付かれる。さっきの状況の焼き直しだ。そしていずれは捕えられる。早いか遅いかの違いでしかないんだよ」
それはそうだろう。
「だからお前は考えてる。ここで俺を、少なくともお前たちを追いかけることができない状態にしておけば逃げ切れると。その隙を窺っているな?だから言っておこう。全部無駄だ。俺はロゴスの奴みたいな油断はしない」
「……」
こっちの目論見はお見通しというわけか。
確かに立ち姿に隙がないし、武器も構えてこそいないがすぐに取り出せる準備をしてあるようだし、若干内股だ。余程さっきの攻撃が怖いと見える。
こちらを子供と油断してる相手は与し易いが、今はその逆の状況。倒すことも逃げ切ることも難しい。だから向こうの要求に従うのが最善というわけだ。
確かにそれが正論なんだろう。論理的に考えて正解。100点ではないが次善策。一番損をしない行動だ。
だけど……
『ヒノエ、掴まって』
「……うん!」
ひしとヒノエが俺の腕に抱きつく。
その瞬間、地面が動いて俺たちを運び始めた。
俺が取るのは一番損をしない選択ではなく、一番得をする選択だ。リスクばかり見て莫大なリターンを見逃す人間にダンジョン探索のセンスはない。
「……全く」
黒ずくめが首を振って、武器を抜いた。紅い光刃が独特の起動音と共に姿を表す。
「どうするの!?ルミネ!」
この状況は完全にさっきの状況の再現だ。
引き起こされる結果も同じ。
空に星が踊る。
俺は土壁を展開した。
「え!?」
ヒノエが目を見開いて驚愕する。「まさかコイツまたなんも考えてないのか」と言いたげである。心外だ。一体いつ俺が何の考えもなしに無茶をしたと言うのだろう。
今回“は”ちゃんと考えているとも。
土壁が凄まじい衝撃と共に破壊された。
「キャー!!」
ヒノエが悲鳴と共に吹き飛んだ。
だが無傷だ。彼女の周囲には土で作られた“ドーム”が展開している。壁とドーム。二つの障害が彼女を守った。
じゃあ俺は?
「……何!?」
目の前には、剣を振り切って無防備な姿勢を晒している黒ずくめの青年。風圧によって翻ったフードの隙間から、赤色の目が驚愕に見開かれているのが見えた。
俺は吹き飛んでいない。周囲を守ってもいない。だから破壊の衝撃をモロに受けた。耳鳴りで聴覚はおかしいし、視界も霞んでいるし、頭も回らないし、何より全身が鈍器で打たれたように痛んで動かない。
疑う余地なく瀕死の重症だ。
だが、俺の背後には高速で回転する“杭”が控えていた。その焦点は男を捉えている。
……さっき同じように黒づくめの攻撃を受けた時。俺たちは吹き飛びはしたが大きな傷を負うことはなかった。
それは奴に俺たちを殺す意志がなく、あくまで俺が構築した“壁”を壊すことだけを目的とした一撃だったからだ。それでも攻撃の余波で衝撃波が発生するほどの威力だったが。
だから俺は壁を展開すると同時に全身を“固定”して、吹き飛ばないようにした。そんなことをすればモロにダメージを受けることになるが、攻撃に耐え切ったなら最大の反撃のチャンスだ。
必要なことは、多少骨が折れたり肉が断裂しても反撃の動きを止めないことだけ。物理的な障害がないなら何も問題はない。
回転は貫通力。
さて、どっちの“棒”がより強いのか力比べしようか。
「や、やめ……」
ネ○アームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねぇか。
「うおああああああ!!!」
完成度たけーなオイ。
……
…………。
「……ルミネ」
吹っ飛んだヒノエに声をかけられて、俺は目を覚ます。
少し気絶してたらしい。流石にちょっと無理をした。
「……」
ヒノエが俺の横に跪いて、手を強く握り締めた。
目からはポロポロと涙が流れている。
「……ごめんね」
嗚咽を漏らしながら、ヒノエが言った。
魔術で傷を治す。
『平気だよ』
「……」
すっかり傷のなくなった俺を見て、ヒノエは安心するかと思ったらより一層表情を曇らせてしまった。
……もしかすると、それでも治らない火傷の痕のせいかもな。
俺はヒノエの手を借りて体を起こした。追手は二人ともしばらく再起不能のはずだ。今のうちに遠く離れた場所に……。
「あら。ロゴスとゼノンはやられちゃったの?」
「……」
いつの間にか。女が背後に立っていた。
「すごいわねぇ。子供なのに……依頼関係なく、興味が出てきちゃうわ」
……今、思い出したことだが。
孤児院を襲撃したのは、“3人”の襲撃者だった。
「さ、あとは私を倒せば終わりよ。ルミネちゃん♪」
うーん。
それはちょっと無理かもしれん……。
ダンジョン要素がログアウトしました。