病弱幸薄少女はダンジョンに潜りたい   作:ぷに凝

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心が折れる服

「……ユダ。ここまでする必要があったのか?」

 

車輪が地面を蹴る音が響く“魔導駆輪”の中で、赤い目を細めた青年……ゼノンは車内の向かい側に座る女に声をかけた。

女は、宙に小さな鏡を浮かばせて唇に紅をさしている。移動している車内で、わざわざ置いていかれないようにする必要があるのに鏡を浮かべているのは、意地でも肉体的な疲労をしたくないという彼女の理念によるものだろうか。

 

その“理念”が、今は何よりも底知れず恐ろしく感じる。

 

「? どういう意味かしら?」

「とぼけるな。あの子供のことだ。依頼はあくまで身柄の確保だろう」

 

首を傾げる女……ユダにゼノンは声色を厳しくして問い返す。だが、帰ってくる彼女の声は「あぁ」という笑い声混じりのものだった。

 

「そんなに不満?あの娘に“刻印”を施したのが」

「俺の気持ちの話をしたんじゃない。合理的に考えても、彼女から必要以上に恨みを買いかねない所業は控えるべきだった。これからあの子供が成長して、遥かに強くなった時。俺たちは彼女に殺されるぞ」

「だから、そうならないために処置をしたんでしょう?」

「貴様……」

 

二人の間ににわかに緊張が走る。

 

いや、敵意を放っているのはゼノンのみで、ユダは相変わらず涼しい顔でこちらに目線すら向けず鏡を注視している。

 

「……お前が近くにいれば魔術は使えない。加えてあの子は元々歩けないんだろう?手足を拘束しておけば、それで事足りたはずだ」

「ふふ、相変わらず甘いわね」

 

鏡がユダの胸の中へと消えていき、彼女はようやくゼノンの目を見た。同じく赤色の瞳が交差する。

 

「確かに私が近くに居れば魔術は使えない。だけどそれは“近くに”居た場合の話。不意の事故で私とあの子が引き剥がされれば、拘束なんか抜け出して簡単に逃げられてしまうじゃない?あの子の用心深さはあなたも経験したはずでしょう?念には念を押しただけよ」

「……」

 

ユダの論に対し、ゼノンは推し黙った。そこには確かに一定の合理性が存在していたことと、彼女……ルミネイルにゼノン自身が手痛い手傷を負わされたことが原因だ。そしてその失敗の後始末を目の前の女が行ったことも。

 

すでに治っているはずの股間が痛む。

 

「大事なのは体を縛ることじゃなく、心を折ること。自分が二度と人に逆らえない弱い存在なのだと思い知らせること。そのために最適な手段を私は取っただけよ?」

「……だが」

 

ゼノンは、チラと自分の横に寝かせられた少女の姿を見た。あまりにも痛ましい光景であるために、わざと視界に入れないようにしていたその姿を。

 

……そこにはまるで、この世の憎悪や怒りといった悪意を全て、その体に刻み込まれたかのような小さな少女が横たわっていた。

手と足は鉄の拘束具で縛られ、僅かに開いた目には意思が感じられず、生きる意思を失っているかのように濁っている。何よりその体には、この世で最も屈辱的な印とされる“奴隷の刻印”が施され、まるで鎖のようにその体に絡みついている。

 

……意識を失う前は、いっそ恐ろしさすら感じられた少女の気迫がこれほどまでに弱っているのを見るのは、ゼノンをして“痛々しい”と言うほかない。

 

「その子がこれから、どんな絶望の表情をするのか見物ね?あれだけの力を持っていたんだもの。きっと自分は誰よりも強いと思い込んでいたのに、気づけばどんな人間よりも下等な存在に堕ちてしまうなんて……ふふっ、素敵だわ」

 

そして、彼女をそんな屈辱に突き落とした張本人は何がおかしいのか頬を染めて笑っている。

 

あぁ、きっと俺たちはこれから、地獄に堕ちるのだな。

 

ゼノンは窓の外を見ながら、酷く気分が沈んだ。

 

 

なんかエグいタトゥー掘られててわろてます。

 

俺が起きて、鼻くそをほじりながら窓に映る自分の姿を見た時の第一印象がそれだった。

 

起きるや否や俺の口の中にキモいスライムをぶちこんだ女には「似合ってるわ」と嫌味を言われるわ鉄の鎧を脱いだ大男にも「やってくれたな」と嫌味を言われるわ黒ずくめにも「本当にすまない」と嫌味を言われるわで最悪な気分だ。しかも俺……というかルミネの体はなんかすごいことになってるし。

 

タトゥーではなく刻印ということだが、これは頭の上だけじゃなくて、脇腹や鎖骨、太ももや下腹部といった随所に浮き出ている。浮き出た箇所に他意がある気がするのは気のせいか??

 

あと、目の色も変わっている。両目とも、淡い桃色になっていて表面が濁っているように光がない。元々俺の顔の半分は火傷で覆われていることや細い体。白い肌などが合わさって、外見上大変よろしくないことになっている。主にいかがわしい意味で。仮にも自分の体にそんな感情抱きようもないが。

 

奴隷。確かにLoDでもそういう存在がいることはテキスト上で説明されていたが、まさか俺自身がそうなるとは夢にも思わなんだな。こんな廃人を奴隷にしたところで、ダンジョン以外のことじゃ大して役に立たんと思うんだがなぁ。

 

逆に言えば、俺はおそらくダンジョンに関するなんらかの労働に課せられるんじゃないかと考えている。奴隷は命令に逆らえなくなるということだが、魔術は使えるしな。それを使って金持ちの研究にでも回されるんだろうか。

 

ま、それはこの“魔導駆輪”が目的地に着けばわかること。俺自身の心配はそんなにしていない。むしろ心配なのはヒノエはどうなったかだが、車内に姿が見えないということは俺の巻き添えは喰らわなかったと考えよう。

 

ちゃんと院長先生達と合流できるだろうか。

 

「ルミネちゃん」

 

窓の外を見ながらそんなことを考えていると、例の俺を奴隷にした……ユダという名前らしい女がニコニコで近づいてきた。嫌な予感しかししない。

 

「“服を脱ぎなさい”」

 

言われるや否や、俺の体が勝手に動いて服を脱ぎ始める……って、オイ待て待て。

 

「心配いらないわ。あの二人は別室に行かせてるもの。乙女の柔肌をあんな汚い男達に見せるわけにいかないでしょう?」

 

お前は見ていいのかよ……ってかその乙女の柔肌とやらにいらん落書きがされてるのはお前のせいだからな。

という俺の抗議も、喋れない上に魔術も使えない俺には伝える手段がない。命令を受け付けて桃色に発行する“刻印”が勝手に俺の体を動かすのを見ていることしかできない。

 

そうして間もなく俺はすっぽんぽんになってしまった。

 

「ふふ、綺麗よ。ルミネちゃん」

 

こんなに嬉しくない褒め言葉も中々ないんじゃなかろうか。

 

まぁ俺の精神は男だから、女に裸を見られること自体に抵抗感はない……というか一部の界隈では“ご褒美”とも揶揄されるのかもしれないが、俺の認識ではルミネの体は“借りている”という状態なので、ルミネの肌をこんな変態女に晒してしまって痛恨の思いだ。

 

「これから素敵なご主人様の所へ向かうんだもの。綺麗になって、気に入って貰えるように頑張らないとね?」

 

綺麗になる??

 

俺が内心で首を傾げると、ユダが傍に置いていたケースから何かを取り出した。

 

……え。いや、オイ待て。

 

「どう?可愛いでしょう?」

 

ユダがケースから取り出したのは、一着のワンピースだった。

 

……黒と白のシックなデザインで、フリルの付いた白いエプロン。同じくフリルがふんだんに盛り込まれたカチューシャがセットで……って。

 

メイド服なんですけど。

 

「はい、ルミネちゃん」

 

と、ユダに手渡される。

 

突き返した。

 

「“着なさい”」

 

いそいそと俺の体がメイド服を着始めた。

 

全てが最悪だ。

 

「あっ、ほら、ここはそうやって着るんじゃないの」

 

しかもご丁寧に足が不自由な俺が着れるように万全にサポートしてきやがる。そのバリアフリー、世界で一番いらないんだが。

 

「うん、いいわね♪」

 

数分後。

 

俺は見事にサイズが合っていたメイド服を着用していた。

 

心が折れそうだ。

 

「さて……じゃあ次は軽くお化粧しましょうか?」

 

もういっそ殺してくれ。




なんて酷い仕打ちを……。
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