病弱幸薄少女はダンジョンに潜りたい   作:ぷに凝

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美しくあれば

「おぉ」

「……」

 

扉の向こうから姿を現した黒ずくめと鉄男……ゼノンとロゴスの二人は、座席に腰掛ける俺の姿を見て驚いたようなリアクションを見せた。

 

「やっぱり素材がいいと何させても似合うわ。すごく綺麗になったでしょう?」

 

自慢げに言うユダはうざったいが、確かに鏡越しに見た俺はどこのご令嬢かというくらいに華やかな印象になっていた。化粧は詳しくないからわからんが、多分この女メイクは上手い。火傷も目立たないように隠され、あまり気にならなくなっている。

 

無論、女物のメイクに俺は全然乗り気じゃないんだが……。

 

「ふーん。まぁあと10年もしたらいい女になりそうだな!ケツもデカくなりゃ言うことねぇ」

「……あぁ、確かに見違えた。喜んでくれているならよかった」

 

ゼノンがそう言って少し安心したように息を吐くが……喜んでくれたなら良かった??だとすれば全然良くはない。

褒められれば褒められるほど、俺のメンタルは削られていくんだからな。

 

「こんなに綺麗になったんだから、きっとご主人様は気に入ってくれるわ。だけどいい?女は自分を磨き続けないとダメ。これから貴女は素敵な恋もするし、悲しい別れも経験するわ。だけど、その度に立ち直って、強くなって、美しくなるの」

 

肩にポンと手を置かれ、何やら人生論を語られてしまった。だが悲しいかな、この女は間違いなく俺の人生を滅茶苦茶にした側の人間だ。

 

「いつも綺麗な貴女でいなさい。常に美しくあれば、心も美しくなっていくものよ」

 

そう言ってポンと膝に置かれた小さなポーチには、手鏡やメイクセットといった化粧品一式が入っていた。毒でも混ぜられてるかもしれん。あとで捨てておこう。

 

「さて、じゃあ目的地に着くまでまだしばらくかかるわけだし……」

 

手を打ってユダはにっこり微笑んだ。

 

「その間に、私が美しさの何たるかを教えてあげる」

 

そうして底冷えのするような笑顔を向けられたあと。

 

俺は数日間、ユダに“美しい所作”とやらを叩き込まれることになった。

 

今後の人生で全く役立たなさそうな知識だ。

 

 

「ルミネ」

 

俺がユダに課題として課せられた“美しい紅茶の淹れ方”とやらを実践していると、横からゼノンが話しかけてきた。

実の所ずっとこちらに声をかけようとしてきていたのだが、踏ん切りがつかなかったのか立ったり座ったりを繰り返していた。

 

「君にユダが……いや、俺たちがしたことについては、本当に、申し訳ないと思っている。すまなかった」

 

非常に重々しい調子でゼノンはそう切り出した。

 

俺を拐った3人のうち、ユダとロゴスは俺に対して容赦がなかったがこのゼノンだけは俺を気遣うような素振りを見せていた。だからその言葉については疑っていない。好きか嫌いかで問われたら、まぁ嫌い寄りの中立という感じだろうか。

 

「謝って許されることじゃないのは重々承知の上だ。君は本来、あの孤児院で平和に暮らすはずだった……それをこんな地獄に放り込んだのは、間違いなく俺たちだ」

 

ゼノンは両手を組んで俯きながら、とても痛切な表情をしていた。

 

別に擁護するわけじゃないが、ゼノンを含めたこの3人はあくまで俺を拐う依頼をされて、それを実行した立場という話だった。他人がどう思うかはともかく、この件について一番非があるとするならそれは依頼人だ。だからそいつには最低でも責任を負わせるつもりでいる。あと、ユダもいずれ必ず泣かせるつもりだが。

 

しかしこのゼノンについては別にそこまで恨みを抱いちゃいない……というか『Akathuki』をどうやって手に入れたのか聞きたい。それを製作するにはめちゃくちゃレアなドロップ品をいくつも集める必要があった筈だ。

 

「正直、君に話しかける資格があるのかもわからなくて、ずっと悩んでいた。君は今の自分の境遇について、何でもないように振る舞っているが、俺にはわかる。君は深く傷付いている。だけど”敵“である俺たちには弱みは見せられないんだろう?」

 

なんだか話が長くなってきたので俺は紅茶を淹れる作業に戻る。

 

「信用できないとは思うが、一緒にいる間は、俺になんでも言ってくれ。できる限り力になる。逃してやることは、残念ながら出来ないんだが……それ以外のことなら何でもだ。そんなユダの無理強いなんてやらなくてもいい。俺から言っておく。君を辛い目には遭わせるな、と。いや、もうすでに君は充分辛い目に遭ったし、その原因は俺なんだが……」

 

俺は側にあったペンを取ると、ユダに持たされていたメモ帳に文字を書いてゼノンに見せた。

 

「お、おぉ。早速だな。任せてくれ、どんな無理難題でもこなすさ。えーっと、“そこに座ってると日差しが入らないから退いて”……」

 

ゼノンが困惑げな表情を浮かべた。さらにメモ用紙を渡す。

 

「……“日差しの入り方も込みでの、美しい淹れ方じゃないとダメ”」

 

……それを読んだゼノンは、何故か非常に落ち込んだような雰囲気で立ち上がり、トボトボと離れて行った。

 

音も立てずに淹れられた紅茶を、俺は満足げに見つめた。

 

 

「よう嬢ちゃん。懲りずにやってんなぁ」

 

俺が机の上に並べられた多種多様な調度品を磨いていると、ドカッと隣に大男、ロゴスが座ってきた。

 

「そんなちまっこいのじゃなくて、俺の自慢のムスコを綺麗にしてくれよ、っつってな!ハハハ!!」

 

なんか開口一番史上最悪の下ネタをかまされたな。

 

「この前は悪かったな!仕事じゃああいうキャラでやってんだ!!にしても嬢ちゃん、強かったなぁ!この俺が不意を突かれるとは思ってなかった」

 

こいつ声がデカい。耳元で話されるとうるさいことこの上ないな。

 

「奴隷だかなんだか知らんが気にすんな!人生大抵のことは何とかなる!!嬢ちゃんくらい強ければ特にな」

 

ロゴスがトントンと自分の胸を叩いた。

 

「俺は嬢ちゃんを素直に尊敬するぜ。その辺にいる男より、よっぽど嬢ちゃんは強ぇよ。腕じゃなく、中身の話だ。俺は今まで、嬢ちゃんと似たような境遇にいる奴を何人か見てきたが……皆、目が死んでた。生きる希望を見出せず、俯いて絶望するしかないって感じだ」

 

ロゴスはそう言って手に持った酒瓶をグイっと煽った。酒臭い。服に臭いが付いたらどうしてくれるんだ。

 

「辛いことがあったら、目も耳も塞いで、じっと動かねぇのが一番楽なのはわかる。それを責めやしねぇ。だが、そこから動き出したモンにしか見えない景色ってのがあるのも確かだ。だから嬢ちゃん、あんたがそうやって前を向き続けている限り……必ず報われる日は来る。ははっ、俺の言えた義理じゃねぇがな」

 

本当だよ。誰が孤児院をぶっ飛ばしたと思ってるんだか。

 

「嬢ちゃん、あんたを拐ってくるように言った依頼人の話だ。どうやらそいつは、最近になって大金を稼いで成り上がったって実業家らしい」

 

それまでずっとロゴスの話を無視していたが、そこで俺は手を止めてロゴスの顔を見た。

 

「依頼人のことは知らないんじゃなかったかって?俺たちを舐めちゃいけねぇ。契約上は素性を明かさないことになってるが、俺たちもどこの誰とも知らねぇ人間から仕事は引き受けないのさ。こっちで勝手に探りを入れさせてもらった」

 

ロゴスはそう言ってにかりと笑った。

 

「んでそいつには、裏じゃ色々と黒い噂もあってな……まだ年端も行かねぇ、丁度嬢ちゃんみたいな少女を家に連れてきて、好き勝手やってる変態野郎って話だ。それだけだったら、俺たちはこんな仕事受けなかった」

 

ロゴスは酒瓶を置くと、神妙な顔つきになった。

 

「だが依頼の対価として差し出された報酬が別格だった。“魔神の壺”って代物だ」

 

俺はそこで目を見開いた。

 

“魔神の壺”。それは、LoDでも周年イベントでしか開催されない特殊レイドバトルの最上級報酬だ。

 

その効果は“願望成就”……3つだけ、あらゆる願いを叶えるという代物だ。

 

ゲーム上の処理では、どんなレアアイテムでも生成できるとか、製作で最高レアリティを引けるとか、あるいはこれでしか手に入らない装備が手に入るとか。正直ある程度“LoD”を極めた人間には記念アイテムにしかならないものだが……この世界ではどうなんだろうか。

 

本当に願いが叶うのか。

 

「それがどういうモンかは言えん。だがとてつもなく貴重なものであるのは確かだ。この機会を逃せば二度と手に入らんかもしれん」

 

ロゴスはそう言って、俺に頭を下げた。

 

「だから手段を選ばず、嬢ちゃんを半殺しにしても……他に犠牲を出しても、絶対完遂させなきゃいけねぇ依頼だった。すまなかった」

 

……。

 

いや結構ノリノリでやってたように見えたんだけど……。

 

突然シリアスな雰囲気になってその場から去った男を、俺は冷たい目で見送った。

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