……この世界は“LoD”だ。それは間違いない。でなければ、俺が座標まで特定してダンジョンへ向かえるはずもない。
だけど、全部が全部同じってわけじゃない。
目の前に繰り広げられている光景がその証拠だ。
ネオンで彩られた広場は、軽く学校の体育館並みの広さが確保されている。その中央に鎮座する八ツ首竜、“サイクロードン”は“混沌級”に位するボスモンスターだ。八つの首がそれぞれ違う属性の攻撃をしてくるため、こちらも装備を整え、属性ごとに対応した装備をしたパーティメンバーそれぞれの連携が肝要となる。
幸いなことにランダム行動は少ないため、対策を立てて正解の動きさえすれば苦戦することもない、上級者からは“八ツ橋”とも称されるおやつモンスターだ。
だけど、ゲーム内じゃ単なるモーションとして処理される僅かな動きも、この世界では実体が伴った立派な攻撃になり得る。
ゲームと現実は違う。そんなことは、この世界に来て最初に考えていた。わかっていたことだ。
だがこの光景はなんだ?
「あはは!おい見ろ!効いた!」
「うっわザッコこいつ!」
俺……というよりルミネとそう変わらないだろう歳の子が、サイクロードンと互角に渡り合っている、少なくとも見かけ上は。
だがそれは本当に見かけだけだ。大立ち回りを演じている子供達の装備、武器。そしてモンスター全てが、立体映像に近い何かで構成されていると考えていい。
そしてそれは都市上空のヴィジョンとリンクしている。ダンジョン内の様子が配信されるだけなら、そういうこともあるだろう。これだけセレナは発展しているんだから、配信機器のようなものが配備されていたとしても特に驚かない。
だが俺はこの世界をゲームではなく、現実のものと考えていた。なのに急にゲームの世界に戻ってしまったかのようなちぐはぐさだ。どっちなのかはっきりして欲しいんだが。
「ルミネ、あまりじろじろと見るのはやめなさい」
俺が魔導駆輪に備え付けられた窓からサイクロードンと世紀末系探窟者達を見ていると、ユダから注意が飛んできたが無視する。
お前に指図される筋合いはない。
「彼らは“矜持”のない探窟者よ。冒険、名声……その上辺に惹かれて、形だけの質の悪い冒険をしているだけ。あなたが本物の探窟者を志すなら、あんなお遊びを目に入れるのは毒よ」
……それ、暗にゲーム内のダンジョンで満足してた前世の俺をディスってる気がするんだけど。そんなつもりはないんだろうが。
それにしてもこいつたまにもっともらしい事言うなぁ。子供に奴隷の刻印刻んで悦んでる変態なのに。
「探窟者は、気高くあるべきよ」
頼むからギャグだと言ってくれ。
「ユダ、お前に客だ」
俺がユダに冷めた目を送っていると、前方の運転席からゼノンが身を乗り出してきた。ちなみにこの車体は自動運転らしい。なんで所々ハイテクなんだこいつらは。
「あら、ドライブ中に呼び止めるような無粋なお客様なんて知らないわよ?」
「この前潰した麻薬売買組織の残党だな。逆恨みだ」
「あぁ、ダンジョンの中で商売してたお馬鹿さんね。どっちみちモンスターに潰されてたでしょう」
「ハハハ!違いねぇな!」
なんか物騒な単語しか聞こえないんだが。この位置からじゃ見えないが、誰かが道を塞いでるんだろうか。
「轢いていいわよ」
よくねぇだろ。
「わかった」
わかるな。
キキーッ!ドンッ!!
窓に血飛沫が飛んだ。
……。
「さぁ行きましょうか」
もう怖いんだけどこいつら!!
◆
「……」
「う……ぃー……」
ダンジョン都市は、どうやら治安が悪い。
街道にはゴミが散乱し、それを掃除するロボットがひっくり返されて中身を漁られ、取り出された薬物を吸って上の空の浮浪者がそこら辺に座っている。
大通りを走ってるはずなのに、まるでスラムにでも迷い込んだかのような感覚に陥る。
……“探窟者の都市”。この都市に入ってくる時、探窟者という身分だけで検問をスルーできていた。それはつまり、腕っぷしさえあればこの都市に入ることができるということ。厳しい審査や過去の犯罪歴の調査などはされない。
日本どころか、例えば銃社会かつ多国籍社会のアメリカ等と比べても相当治安は悪いだろう。
……さっき人が轢かれたはずなのに警察組織に追われてないしな。
「ここよ」
そうこう考えているうちに、魔導駆輪が停車していた。
……やっと目的地に着いたらしい。
「ルミネ、降りるわよ」
ユダが俺を背負って魔導駆輪から降りる。魔術の補助があるようで微塵も体に不快な揺れは感じない。
……今更だが、俺は身体が色々と不自由なため生活の様々な場面で支障が出る。トイレとか、風呂とかな。
魔術をある程度は手足の代わりとして代用することは出来るが、限界はある。そもそも今はユダのせいでまともに魔術が使えない。
なのでここ数日は、俺と(一応)同性であるユダにその辺の世話を任せていた。こういった介護の経験があるのか、やけに手際がいいのはむしろ薄気味悪くて嫌だった。困ったことがあったら任せておけと豪語していたゼノンはまるで役に立たなかったしな。ロゴスは遠くから見て笑ってるだけ。
控えめに言っても最悪の道中だったが、特に暴力を振るわれたり、恫喝されるようなことはなかった。俺を拐った時の強引さからそういう目にも遭うかなと内心思っていた俺はそこそこ拍子抜けだ。
だからと言って微塵も許す気はないが。
「ル、ルミネ、落ちないように気をつけろ?」
背負われてる俺を支えようとして、一瞬尻に手が触れたゼノンが慌てて手を引っ込め、結局何もせずにただ突っ立ってるだけの男と化す。
「邪魔よ。糞の役にも立たないんだからさっさと荷下ろしでもしていなさい」
「……わかった」
……全然そういう関係性ではないんだろうが、何故か俺にはゼノンがユダの尻に敷かれる旦那の構図に見えた。
出会いも、その時の内容も、心象も……何もかもがマイナスに振り切れているし、例えこいつらの誰かが死んだって全く悲しくもないが。
俺が“LoD”で一番居心地は良かった探窟者のパーティは、こういう関係性だった。
……人間としてはともかく、探窟者としてはある程度、尊敬できる奴らなのかもな。
と思ったけど仕事中に人撥ねてたわ。やっぱダメ。
「お待ちしておりました」
降りた俺たちを出迎えたのは……なんだ、なんて言えばいいんだ。
タキシードを着たペッパー君みたいなロボットだった。
「ガイル様がお待ちです。すぐにお連れするようにと」
辺りには、特に金持ちが住んでいそうな建物は見当たらない……というか、完全にビルの隙間に出来た空き地だ。なんでこんな場所で引き渡されるんだろうか。
……っていうか、ガイル?なんかどっかで聞いたような気がする。近づくとサマーソルトしてくる軍人ではなく。
「……依頼人がいないようだけど?」
「ガイル様の御身に、もしものことがあってはいけませんので」
「あら、それは……」
──ガシャァン!!
ペッパー君が吹き飛び、壁にめり込んだ。
「“こういうこと”が起きるからかしら?」
なんですぐ手が出るんだよこいつらは。
「グ、グ……」
「ねぇ?私たちを相手に、貴方みたいなガラクタを遣す成金ご主人様に、伝言をお願いするわ。“探窟者を舐めるな”って」
ユダがペッパー君を恫喝しているが、ゼノンもロゴスも止める様子はない。ゼノンは“またか”とでも言いたげな顔で首を振るのみ。ロゴスに至っては酒をかっ喰らっている。
「伝言、確かに受け取りました」
流石に止めるかと俺がユダの頬をビンタしようとすると。
「“花読”のユダ嬢」
「あら、お久しぶり」
カツ、カツと靴音を立てながら、一人の男が現れた。
「頑なに名前も明かさず、姿も見せなかったのに。ここに来るなんて意外だったわ」
「時勢に合わせているに過ぎません。“その子”を預かるなら、尚のこと」
「そっ」
その男は銀髪の髪を揺らして、言った。
「殺せ」
「了解」
───。
「……おっ、ぁ?」
「ごぁっ……!?」
音もなく。
ゼノンとロゴスの胸に、“槍”が突き立った。
「ユダ、貴様……ッ!」
「じゃあね」
──ボォッ!!
ユダの指先に灯った小さな炎が、ゼノンの体に触れると同時に、炎上。
狭い通りはあっという間に炎に包まれた。
俺は唖然としたまま、何が起こったのか分からなかった。
「久しぶりだな、ルミネイル」
そんな俺の前に立った銀髪の男。
……どこかで見た顔。どこかで聞いた顔。
あぁ、そうか。
「お父さんのこと、覚えてるか」
……マジかー。