病弱幸薄少女はダンジョンに潜りたい   作:ぷに凝

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この世の全て

「さぁルミネ、今日からここでお前は暮らすんだよ」

 

案内された部屋は、まるで深窓の病弱のお嬢様が寝ているような豪華かつ静謐なベッドに、ゴシック調で統一された高級感あふれる調度品の数々が並ぶ一室だった。

 

高級ホテルのスイートルームよりもさらに一泊の値段が高そうなこの部屋で今日から俺は暮らすらしい。

 

「父さんはな、離れていてもずっとルミネのことを案じていたんだ。だからこうして今日一緒に暮らせて、本当に良かったと思ってるよ」

 

俺は魔導駆輪と同じような機構で作られた車椅子……もとい“魔導椅子”に腰掛けて、(一応は)父親であるガイルの屋敷に案内されていた。

 

屋敷はセレナの中央に聳え立つ“セントラルタワー”に程近い場所に建てられている。セレナの内部事情に詳しくはないが、こんな一等地に屋敷を建てられるような大富豪はそういないんじゃないか?何者なんだこいつは。

 

屋敷と言っても内部設備はかなり充実しており、イメージとしてはサイバーパンクな世界観に出てくる大企業の社長室のような感じだ。

 

外国人の考えるニッポン感が溢れてるが、なんでファンタジー世界には決まって和のテイストがあるのか不思議だ。

 

ノルマでもあんのかな。

 

使用人も数十人規模でいるようで、誰も彼も若い女性。さらに美女ばかりと来ている。完全に顔採用だなこれ。

ロゴスが言ってた女関連の黒い噂はこういう所から広まってるんじゃないかな。火のないところに煙は立たないと言うし。

 

しかもご丁寧に、俺が車椅子生活でも苦のないように階段にはロボットアームが取り付けられ、エレベーターまで設置されている。

まるで俺がここで暮らすことを最初から想定されて作られたようだ。気持ち悪い。

 

「今まですまなかったな。お前を狭い孤児院なんかに置き去りにして……苦しい思いをさせた。今日からはここでなに不自由なく、のびのびと暮らせるぞ」

 

うん、字面だけ見れば娘を案じる良い父親って感じだが。生憎この場で今すぐ“パパ大好きー!”なんて抱きつけるほど俺は演技力が高くない。

 

有り体に言って、俺はガイルをめちゃくちゃ警戒している。

 

そりゃそうだろう。こいつはまだ赤ん坊の俺と母親のミネルを残してどっかに消えたクズだ。正直、今まで意識することもなかったくらい俺の人生で希薄な存在だった。

 

生きてようが死んでようがどうでもいい存在。そして、俺の予想ではこいつにとっての俺も同じような存在だったはず。

 

俺とガイルはお互いに、相手を意識することもなかった親子関係だ。

 

それが急に金持ちになったかと思えば俺をあんな強引な手段で誘拐して、奴隷化して連れて来させた上で“お前が心配だった”って??

 

そりゃ随分心優しい父上ですこと。

 

「……ルミネ、何か言ってくれないか?」

「ガイルさん。この子は喋れないのよ。特殊な病気らしいわ」

「びょ、病気……?移る病気か?」

「いいえ。感染はしないわ」

「なんだ。ならどうでもいい」

「……」

 

……さて、どうするべきかな。

 

俺はてっきり小汚い屋敷で粗末な鎖でも付けられて飼われるのかと思ってたが、約束された待遇は決して悪いものではなかった。

いや、悪いものじゃないなんて話じゃないな。きっと今の俺のポジションは、世界中のありとあらゆる人間が求めてやまないものだろう。

 

金も、安全も、地位も。

 

世の人間の大半はそれを求めて必死に働き、苦渋を舐めるような思いをして、暮らしている。俺が手にしたこれはある意味、この世の全てと言っていいくらいに価値のあるものだ。

 

このまま何不自由なく暮らし、金を湯水のように使って遊び呆けながら健やかな老後を送るわけだ。

 

「ルミネ、今までは酷い目にばかり遭ってきたのだろう?安心しろ。ここにお前を脅かすものは、何もない」

「そうね、正直あなたが羨ましいわ。代わってあげれるなら代わってあげたいくらいよ」

 

確かにな。

 

生まれに始まり、歩けない体で、火傷を負って、声も出せず、さらに身体中に奴隷の刻印が走っている。

ならその対価として、これからの人生は不自由なく過ごすのは何も悪いことじゃない。当然の選択。むしろ正当な対価だ。

 

あぁ、良かった。今までの不幸な人生が報われた。この時のために私の人生はあったんだ……。

 

『なわけないでしょ』

 

“文字”が空に踊った。

 

「? これは……」

「……あり得ない」

 

“あり得ない”?

 

そうかもな。お前がいたら俺は魔術を発動できない。そのはずだもんな。

 

お前がずっと懐に忍ばせてる“妨害装置”のせいで。

 

「まさか……」

 

ユダが懐から装置を取り出す。

 

「……やってくれたわね」

 

その装置は常に放っているはずの青白い光が消えていた。

 

“解析完了”だ。ずっと側で見てればどういう仕組みで動いてるのかはわかる。

 

俺だって魔術師だ。

 

さて、脱出しよう。

 

「”動く……くっ!!」

 

刻印が効果を発揮するのは“言葉”だ。

 

“動くな”、“攻撃するな”……命令が言葉として発声された瞬間に効果を発揮する。逆に言えば口さえ防げば命令は中断される。

この車椅子は高性能だが、手元にこれしかないからな。風魔術で補助しながらぶん投げた。

 

言葉が聞こえない距離まで“飛ぶ”。俺一人の体なら軽く、風魔法で飛行することが可能だ。

 

命令は脳が認識しなければ有効にならない。極論、耳が聞こえなければ刻印はないのと同じだが……そのために聴覚すら捨てるのは流石にな。

どっち道、ここを離れれば奴らともう会うこともないだろう。命令が有効なのはユダだけなのはすでに確認している。

 

確かにこの屋敷で暮らせば将来は安泰なのだろう。

 

だが残念なことに俺は“探窟者”。安泰も安寧も特に求めていないのだ。

 

それが必要になったら自力で勝ち取るだけだ。

 

というか、そもそもあの父親が嫌いだから家出をするのだ。

 

この中にいればヒノエとも再会することは難しいだろうし。

 

それに何より、ダンジョンに潜れない。

 

せっかくのダンジョン都市なのにダンジョンに潜らないなんて、ダンジョンに潜って宝箱を漁らないようなものだ。

……いや、下位のダンジョンだったら後進のために残すこともあるか。どういう例えが正解なんだこれは。

 

まぁともかく、ここに残るなんてのはあり得ないということだ。

 

……それにしてもこの屋敷はだだっ広いな。

 

寝室。渡り廊下。ロボットアーム付き階段。メインホール。

 

入り組んだ構造は、それこそダンジョンを想起させる。

 

だが出口だ。

 

俺の前に広がるのは、重々しくも荘厳な大理石の扉。

 

道を覚えていたおかげで最短ルートで戻って来れた。

 

鍵はオートロック。内部からなら自動で解錠される。至れり尽くせりだが、今回に限っては裏目に出たようだ。

 

俺はドアノブに手をかけた。

 

───バチィッ!!

 

……は?

 

手が痺れている。電流?防犯設備?違う。俺に作動したということは……。

 

考えてる暇はない。

 

魔術でドアごと吹き飛ばして……!!!

 

───ブゥン

 

ガクン、と身体中の力が抜けて俺は地面に倒れた。

 

……魔術が使えなくなった?

 

それだけじゃない。体に、全く力がはいらない。

 

僅かに動かせる視界に映るのは、ただのデザインだと思っていた壁に走っていた幾何学模様が赤紫色に光り輝いている光景だった。

 

……施錠されたままのドア。動かせない俺の体。機能しない魔術。

 

あぁ、そうか。

 

この屋敷自体が──。

 

「“檻”なのだよ。ルミネ」

 

カツ、カツと足音を鳴らして階段の上からガイルが降りてくる。

 

「その体に刻まれているのはね、単に命令に逆らえなくなるだけの効果を持ったものではないんだ」

 

カツ、カツと足音が近づいてきて──俺の首筋を、つぅと這うように指先がなぞる。

 

「お前をここから出さないための……“鍵”でもあるんだ。施錠専用のね」

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