病弱幸薄少女はダンジョンに潜りたい   作:ぷに凝

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破滅的な出生

「Life of Dungeon」というゲームがある。通称“LoD”。

 

今から数十年前にサービスを開始したこのゲームは、ネトゲ黎明期の日本を瞬く間に席巻した。当時、「LoD」のオフラインイベントに人が集まりすぎて警察が出張ってくる事件が起きたほどに。

 

俺は当時、中学1年のクソガキだった。中学に上がりたてで、これから青春を謳歌するぞっていう時期に……俺はこの「LoD」にどハマりして、以降20年。社会人となってもプレイし続けている。

だが、それだけの時間が経てばどんなコンテンツも古くなる。価値観は更新され、かつて共にダンジョンに潜った戦友は今SNSで結婚報告やら子供が出来たやらと、実に幸せそうな毎日を送っている。

 

一時期は俺も焦りを感じて、婚活やら同窓会でも友達との復縁やらに精を出していた時期もあった。だが結局「これじゃない」って結論に至って、“LoD”に帰ってきてしまう。もうほとんどやる事も残ってないってのにな。味のしなくなったガムを、名残惜しくてずっと噛み続けているようなものだ。

 

そして、ついに本日「LoD」はサービス終了となる。

 

正直言って少し安心した。確かに「LoD」は俺の人生だが、同時にいつまでもこのゲームに執われ続けているのを良しとするほど、俺も社会というものを舐めているわけじゃない。いつかは画面上のフレンドじゃなく、家族を守らなければいけない日が来る。だから俺は今日を以って「LoD」を含めた全てのオンラインゲームを断絶し、明日から婚活する。なに、趣味はこれだけだったからな。貯金はたんまりあるし、ゲーム以外の時間は仕事に打ち込んできたから年収もそこそこ。いい相手が見つかるとも。

 

「……最後にログインするか」

 

現在時刻は9:59。ちょうどログインが完了する時間と、サービス終了の時間が同時に来る感じかな。最後に見る時間がロード時間というのは風情がないが、まぁ終わりなんてそんなもんだろう。

 

俺はタバコの吸い殻を灰皿に落とし、ふぅと息を吐いた。そして、画面に「ログイン完了」の文字が出ると瞬きをする。

 

10時。

 

目を開けた。

 

「あ、見て!笑ったわよ!」

「お、おぉ……なんかあんまり可愛くねぇな」

「もう!なんてこと言うの!?」

 

……気づけば、二人の見知らぬ男女が俺を覗き込んでいる。

 

なるほどな。こりゃあれだわ。

 

”転生“ってやつだな。うん。

 

「ぅぁー」

 

……赤ん坊スタートかぁ。

 

 

というわけで、赤ん坊から人生リスタートだ。うーん、婚活の予定がパーになってしまった。あんなに必死こいて準備したのに。

 

けど転生したもんは仕方ない。状況を整理するとしよう。

 

まず家は三人家族だ。俺一人、親二人。兄弟はいない。祖父母や親戚の存在もなし。核家族世帯だな。

裕福かどうかはわからん。だけど二人とも着ている服は清潔だし、子供部屋の内装も必要最低限ではあるがボロいって程じゃない。うん、世界観がようわからんけど、よくある中世ヨーロッパ並みの文化レベルなら充分すぎる生活環境だ。まだ首が据わってないんで、あまり動かすことはできないんだが視線だけちらりと向けた感じ子供部屋の隣もそこそこ広い居間っぽい空間だ。

 

ちなみにその居間から繋がるここの隣室は親二人の寝室っぽいな。夜中になるとそれっぽい音が聞こえてくるからわかる。いやまぁ、まだ赤子の俺除けば二人暮らしなんだから別にいいんだがね。耳を塞ぐことすらできないから夜通しこれを聞かされることになるのは結構精神的に来るぞ。

 

そしてこれが結構重要なことなんだが……俺は“女”だ。

 

もう一度言う。俺は“女”だ。うん、なんで??

 

前世でそういう願望を持った事も……まぁ全くなかったと言えば嘘になるが、それでも生まれ変わった後の性別にまで影響するほど心が女性に偏っているつもりはない。あと最近よく言われるLGBTQ的なモンでもない。俺は正真正銘、男生まれ男育ちだ。

それでも転生後に女に生まれ変わったのは……やっぱ、アレかね。未婚だからか?いい歳してゲームばっかやってる罰が当たったのか?だとしたら納得するしかないな。しなかったとしてもこの事実は変わらない。

 

状況把握終わり!さぁ後はミルクを飲むだけ……と思ったら、親がもう寝てやがる。オイオイ、俺めちゃくちゃ腹空いてるんだが?ってか朝に一回飲んだっきりじゃね?

くっ、やべぇ。子育ての大変さはわかってるつもりだから本当は夜泣きなんかしたくないんだが……断言する。このまま放置しとけば俺は朝には栄養失調で死ぬ。今まで泣かなかったのは、夜寝るまでにはちゃんとミルクをくれるだろうという楽観があったからだ。流石にそれを忘れる親がいるとは思わない。

 

だけど実在したんだなぁ。うーん、両親どっちも気づかずに寝てるあたり、こりゃ結構なダメ親っぽいぞ。まぁ二人とも俺より若そうだったしなぁ。そう考えれば俺が前世持ちなのは良かったと言える。赤子ながら、二人の子育てを陰でフォローできるわけだからな。

 

「ほぎゃあ!ほぎゃああ!!」

 

とりあえず今は泣く。泣かんと死ぬ。さぁ起きてくれ。そして俺に栄養を分け与えてくれ。

 

……ん?待て。起きてなくね?めちゃくちゃぐっすり寝てない?いや、まぁ確かに疲れてるのはわかるけど!ちょ、ヤバい。なんとか起きてもらわんとマジで死ぬんじゃね?

 

「ほぎゃあああああ!!ほぎゃあああああ!!」

 

マンマー!ミルクくれー!!

 

……

 

…………。

 

「おい!お前何やってんだよ!?バカじゃねぇのか!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!!」

 

明け方になって、両親はようやく起きて俺に哺乳瓶を与えてくれた。

 

ちなみに俺はなんとか生きてる。死にかけたが、30分ほど泣き続けても両親が起きてこなかった事で「あぁこれはやべぇな」と察して体力を温存することに全力を傾けたからだ。毛布にくるまって、出来るだけ体力を使わないように動かないようにして、どんどん体から生気が抜けていくのを感じながら、じっと耐える。

 

正直に言ってあと数十分遅れたらどうなってたかわからんぞ。マジで両親には猛省してほしい。

母親は勿論だが、父上、お前もだぞ。っていうかお前も忘れてたくせに、上から目線で説教なんかしてんじゃねぇよ。どっちもどっちだ。

 

まぁ、今回のことで流石の二人も育児の大変さは分かってもらえただろう。別に俺だってしょっちゅう夜泣きとかするわけじゃないんだから、最低限二人が栄養さえくれれば勝手にすくすく育つ。頑張ってくれ。

 

……って、思ってたら。

 

「だから!なんでお前はこんなことも出来ねぇんだよ!!」

「……ごめん、なさい」

 

両親があの日以降、ずっと喧嘩するようになった。

 

いや、喧嘩というよりこれは一方的な言葉の暴力だな。母親はがなり声を上げる父親にただ謝るばかりで、言い返すことはしない。そんな母親の態度をいいことに、父親はあらゆることで母親に難癖をつけては怒鳴りつけ、叩いたり蹴ったり……。

 

うん、ここまで来れば流石の俺でもわかる。

 

この二人、親としては最悪の部類だ。

 

夫はロクに家事を手伝わず、昼はどこかに出掛けて行って夜中になると酔っ払って帰ってくる。その間家のことは全て母親が一人でやっている。母は3日もすると顔から生気が失われて、しょっちゅう壁にもたれかかったりするようになった。俺に哺乳瓶を上げるのも、俺が泣けばくれる感じでそれもどこか事務的だ。たまに、俺のことをすごく冷たい目で見てきてかなり怖かったりする時がある。

 

1ヶ月も経つ頃には、綺麗だった家も埃やゴミが散乱するようになり、その惨状を見た父が母に怒鳴り散らかす。だけど父も何もしない。相変わらず酔っ払って帰ってくるだけだ。そんな父の背中を、母は時々凄い目で睨む。

 

……おかしいなぁ。俺は赤子としてはかなり負担の少ないムーブをしてるつもりなんだが、勝手に夫婦の仲が壊れていく。

というか、まだ二人の名前も知らないのはお互いに名前で呼んだことがないからだ。今更だがこの二人、本当に夫婦なんだろうか?とても互いを愛し合っているとは思えない。

 

そして2ヶ月ほど経った頃、両親が大喧嘩をした。今までずっと黙って言うことを聞いていた母親が限界を迎えて、何を言っているかわからない金切り声を挙げながら父の振る舞いを糾弾したからだ。そこからはもうお互い言いたい放題。過去に遡って今まで不満に思っていたことをぶち撒ける。そこに建設的な意見の交換なんて意味合いはない。ただの憎悪のぶつけ合いだ。

 

唯一の収穫と言えば母親の名前が「ミネル」、父が「ガイル」とわかったことだろうか。初めて名前を呼んだのが互いを罵る瞬間だったというのが、この夫婦の限界性をよく表していると思う。

そして大喧嘩の末、ミネルが家を出て行った。ガイルはそんなミネルに「二度とそのツラ見せんなよこのアバズレ!!」と言い放って唾を吐きながら酒をかっくらっていた。

 

……もう途中からこの夫婦の仲を修復するのは不可能だと悟っていたので、この結末は特に不思議でもないのだが……そうか、ガイルが残ったかぁ。

……こいつ、ちゃんと俺を育てる気あんのか?こいつにミルク飲ませてもらった記憶一回もないんだが。試してみるか。

 

「おんぎゃあ、おんぎゃあっ」

 

……ちなみに、俺はこの2ヶ月で随分と衰弱してしまった。鳴き声も弱々しいが、これでも精一杯声を張り上げているつもりだ。

 

「……ちっ、うるせぇなぁ、いちいちよぉ!」

 

しかしそんな俺を、ガイルは一瞥して吐き捨て、ガンと机を蹴っとばしたあとどこかに行ってしまった。哺乳瓶を取ってくるのかと思ったら、しばらくして寝室からでけぇ寝息が聞こえてきた。マジかアイツ。

 

今思えば、ミネルの精神状態を無視してでももっと乳をせがむべきだっただろうか。いや、そんなことしたら育児ノイローゼでもっと早くミネルに限界が来てただろうな。どっちみちこの夫婦の子供に生まれた時点で詰んでるわけだ。

 

……さて、しかし困ったな。せめて四つん這いで動き回れるようになるまではちゃんと育てて欲しかったのだが。ガイルはもう俺がどれだけ泣いても見殺しにしてくるだろう。打つ手なしだ。

 

……とりあえず、いつものように出来るだけ体力を温存するか……。

 

……

 

…………。

 

ギィィィ……。

 

と、夜中になってからひっそりと家のドアが開いた。

 

すわ強盗かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「……私の、ルミネイル」

 

ミネルだ。こっそりと物音を立てないように俺を腕に抱いて、この家を出るらしい。っていうかルミネイルって俺の名前か。それも今初めて聞いたぞ。

 

ミネルは俺を抱いて家を出ると、そのまま走り出した。

 

「ごめんね、ごめんね……。こんなお母さんで、ごめんね……っ」

 

ミネルは走りながら、ずっと俺に涙を流して謝っていた。

いや、正直謝るくらいならもうちょっとちゃんとして欲しかったという気持ちはなくもないが……まぁ、どちらにより非があるかと言えば全く育児や家事に協力の姿勢を見せなかったガイルの方がより悪い。アイツは俺のことも育てる気なかったみたいだしな。

 

だから、こうして戻ってきて俺を育てようとしてくれただけで幸せ……と、思うことにしよう。そうじゃないとやってられん。

 

そして俺とミネルは、どこかの空き家の中で暮らし始めた。正直に言ってガイルと同棲してた頃よりよっぽど環境は悪い。埃っぽいし、虫が登ってくるし、何より雨風を十分凌ぐことができないのだ。なんでこんな場所に住むことにしたのか。もっといいところあったろ。

 

いや、そういう判断すらできなくなっている程に、彼女は追い詰められてるのかもな。正直、ミネルは世間知らずだろうしな。それはなんとなくわかる。

俺も常に慢性的な栄養失気味ではあるが、ここで変に遠慮して死ぬことになるのは笑えない。精一杯泣かせてもらうとしよう。

 

そうして、数週間。その日が訪れた。

 

「ミネルさん。貴方のそのお子さんですが……我々“探窟者協会”にお預けいただければ、ミネルさんの最低限の生活を保証いたします」

 

ミネルに声をかけてきたのは、なんとも怪しげな白いローブを纏っている“探窟者協会”を名乗る男たちだった。ミネルに声をかけるあたり、こういう生活に困窮した人間を狙う宗教団体かなんかなんだろう。赤ん坊を引き取るのも、子供の頃から教育して教団の思想に染め上げるためか。

 

そして問題は……。

 

「……はい、お願いします」

 

ミネルがこれに頷いてしまったことだった。

 

「はい、ではこの子は我々がお預かりします。大丈夫、必ず立派に育て上げますので」

「……お願いします」

 

うん。まぁ……なんというのかな、これは。

 

俺が言葉を喋れるくらい言語機能が発達してれば、まだ良かったのかもしれないけど。うー、とかあー、とかしか言えんのよ俺。俺に大人同然の意識があると伝えることができない。

 

だから、仕方ない……とはならんけど。まぁ予想はしてた。

 

生活の保証をする。それは今のミネルにとって一番の救いだったろうからな。親としては失格も失格だが、生き残るための方策としては無難だ。

 

俺は去っていくミネルの背中を、黙ってじっと見つめていた。もう会うことはないんだろうが、あの力ない背中を見ると責める気も失せてしまう。

 

「さて、早速この子を施設に預けて参ります。ウチに子育てする余裕はありませんから」

 

うぉい。でもって責任持って育てるとか言うのは嘘かい。つくづく救いがねぇな。

 

「“ダンジョン”に潜る。それが我々の本懐なのですから」

 

はーん、なるほどねー。ダンジョンねー。

 

……え?ダンジョン?

 

「うあー!?」

「わわっ!?なんですか急に!?」

 

ダンジョンあるの!?この世界に!!

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