病弱幸薄少女はダンジョンに潜りたい   作:ぷに凝

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軽すぎる重さ

私はヒノエ・グルーシェ。グルーシェ家の次女だ。

 

グルーシェ家はダンジョンから産出される出土品の商売で成功した家で、貴族ではないけどそれと同じくらい力のある一家だ。

私にはお姉ちゃんがいた。喧嘩もするけど、いつも二人で色んな場所に遊びにいって、とても仲が良かった。

 

全てがおかしくなったのは、私がお父さんの本妻の子ではなく、妾の子であると告げられた時だ。

 

私はショックを受けた。今までお母さんだと思っていた人が本当はお母さんではなくて、本当のお母さんは私が今までメイドとして接していた女性だったのだから。

 

私はお父さんとお母さんに捨てられるのが怖くて、それから人一倍家事や勉強を頑張った。誰よりもいい子になれば捨てられることもないと考えたからだ。

 

そのために私は、姉を“比較対象”に使った。いい子の私に対して、出来の悪い姉として。

 

姉は私を、疎むようになった。

 

 

そんなある日、お父さんが亡くなった。

 

いつものようにダンジョンに潜っていき、帰ってこなかった。

「今日は等級の低いダンジョンだから大丈夫だ」とぐずる私を慰めていた手の感触は今でも覚えている。当時の私はその言葉を聞いて安心していた。

 

ダンジョンに、“絶対”なんて言葉が存在するわけないのに。

 

酷くショックを受けた母は、その日から寝込んでしまった。父と母、家を今まで維持していた二人が一気に失われた。

動くことができる者たちだけで家をなんとか保とうとした。だけど無理だった。家には人手が必要になった。

 

知らせを受けた母方の祖母が、家にやってきた。

 

祖母は、自分と血の繋がっていない妾の子である私にキツく当たるようになった。

 

そして、祖母の冷遇で私に家での居場所がなくなっていった頃。

 

私と、血の繋がった母は家を追い出された。

 

家を追い出される瞬間、私は家のみんなに白い目で見られた。姉にも、祖母にも。ここに私の居場所は、本当に無くなってしまったのだと分かった。

 

私は母と二人で、母の実家に帰ることになった。私は母を一度も「お母さん」と呼ばなかった。

 

だからだろうか。

 

ある町で一泊した後、母は宿屋のベッドから居なくなっていた。“オナーホール孤児院”というこの街にある施設の場所だけが記された書き置きを残して。

 

私は、一人になってしまった。

 

 

孤児院の院長、グリエッタさんはとても優しい人だった。身寄りのない私を、孤児院で引き取ってくれたのだ。

 

だけど私はもう大人を信用できなくなっていた。この優しそうなおばあさんも裏で何を考えてるのかはわからない。ある日何の前兆もなく私を捨てるかもしれない。

 

捨てられないためには、強くならなきゃいけない。

 

だから私は、孤児院で誰にも舐められないために強く振る舞った。

 

そうしたら、男子たちと喧嘩になって、父が私にくれたもので唯一残っていた赤いワンピースを破られた。

 

それで、色んな気持ちが溢れ出て私は3歳も歳下のルミネに慰められて大泣きしてしまった。ルミネはそんな私を黙って受け入れてくれていた。

 

ルミネはすごい。病気で自力で立つことが出来ず、体も弱い。それなのに5歳ですでに魔術が使えると言う。そして、いじめに対抗するために魔術を教えてくれた。“これだ”と思った。

 

“魔術”。これさえあれば私は誰にも捨てられることはない。誰も私を見下さない。きっと誰もが私を見返すに違いない。と

 

ある日。私は捨てられた子だと男子たちに言われた。私はそれを聞いて頭に血が上った。その通りだったからだ。でも認めたくなかったからだ。

 

そして気づけば、孤児院の男子に魔術を放っていた。自分でも無意識だった。気づけば魔術を使っていた。そんな風に感じた。

 

そしてその魔術を、ルミネが身代わりになって受けた。

 

私はその瞬間になって初めて気づいた。

 

あんなに優しくしてくれたルミネのことさえも、私は利用しやすい“駒”のように思っていたことに。そのせいで私に寄り添ってくれたルミネを傷つけてしまったことに。

 

ルミネの顔の半分は、酷い火傷で覆われていた。

 

院長先生がすぐに病院に運んで、ルミネの治療が行われた。

 

私は院の中で、震えて結果を待った。人生で初めて神頼みをした。

 

……1日経っても、ルミネは目覚めなかった。

 

 

あの日から3日が経った。ルミネはまだ目覚めない。

ルミネはどうやら、喉に“魔術的な障害”を負って声が出なくなってしまったらしい。私のせいだ。私がルミネの声を奪ってしまった。どうしよう。取り返しのつかないことをしてしまった。

 

それ以前に、もしルミネが目覚めなかったら。

 

そう考えると、私は頭が真っ白になった。

 

 

5日が経った。

 

最近はもう夜に一睡もしていない。食事が喉を通らない。目を瞑るとルミネに魔術が当たった瞬間がフラッシュバックする。

そして、顔が徐々に火傷に覆われて、最後には息絶えるルミネの幻覚を毎晩のように見た。何も食べてないのに嘔吐した。院長先生が気遣ってくれるが、こんな私に気にかけてもらう価値なんてない。

 

最初は私のことを責めてきていた男子たちも、そんな私の様子を見て何も言わなくなった。そして反省のない態度を院長先生にも流石にキツく嗜められてバツが悪い顔をしていた。

院長先生から、ルミネが火傷を負った原因を聞かれた。“私がやった”とだけ言った。それ以上何かを言う資格は私には無い。

 

私に残されたのは、もうルミネだけだった。ルミネすら失ったなら私には何も残っていない。

私はあれから毎日、ルミネのお見舞いに行き、お願い、お願い、と毎日祈るように手を握って過ごした。時間が一秒過ぎるごとにルミネの存在が遠くなっていくように感じて、一日中手を繋いで過ごした。それでも体力の限界が来て、6日目の夜になって私は孤児院に戻った。それすら不安でしょうがなかった。目を離せば二度と届かないところにルミネが行ってしまう気がして。

 

それでも悪夢にうなされながら私は眠った。

 

1週間が経った。

 

 

ルミネが目覚めた。

 

 

その報せを聞いたのは朝食の席だった。ルミネの治療を担当した医師が知らせてくれたらしい。それを聞いた瞬間、私は椅子から崩れ落ちて泣き出してしまった。この所ずっと泣いてばかりだ。

 

その日の昼から、孤児院の全員でルミネに会いに行くことになった。私は最初こそ喜んだが、徐々に不安が押し寄せてきた。

ルミネは私を許してくれるのだろうか。私の謝罪を受け入れてくれるのだろうか。いや、そもそも会ってくれるのだろうか。目覚めたルミネは私をどんな目で見るのだろうか。

 

ルミネに会うのが怖い。動悸が激しい。

 

ルミネにあの氷のような無感情な目で見下されたら、言葉にならない態度ではっきりと拒絶されたら、私が家を追い出された時と同じような、白い目で見られてしまったら。

 

私はもう、生きていけないかもしれない。

 

……それでも私は扉の前に立って、ドアノブを握った。

 

ルミネがどんな態度で接してきても、私は受け入れなければいけないから。

 

ドアを開ける。

 

……。

 

……あ、あぁ。

 

ルミネが……ルミネが……!!

 

「ァー!」

 

放屁で声を出そうとしていた。

 

 

「ルミ、ネ?」

 

俺がベッドの上で仰向けになり放屁で声を出そうとしていると、ヒノエ以下オナホ孤児院のメンバーがやってきた。

 

ふむ。

 

「ァー!」

「え。なんで2回やったの? え?っていうか、ちょっと待って。感情が」

 

しまったな。ヒノエが感情をバグらせて両手で顔を覆ってしまった。こんな場面を見られてしまうとは。

 

このままでは……。

 

 

俺が魔術を使えることがバレてしまう。

 

 

それは由々しき事態だ。回避しなければならない。

とりあえず尻を仕舞う。

 

「ル、ルミネ?大丈夫なのか……?」

「なんだ今の……」

 

放心して固まっているヒノエの後ろから、悪ガキどもが姿を現した。

 

なんだ今の。と言われても、尻を口代わりにしようとしたとしか答えようがない。

放屁による発声。これは“風魔術”を応用したものだ。本来、発声というのは呼気で声帯を振動させることによって行われるが、その機構のどこかに異常が出たのか、俺は声を出せなくなってしまった。

 

しかし、空気によって音を放出する人間の器官は何も口だけじゃない。そう、尻の穴(ケツアナ)も非常に近い特性を持った活動をするのだ。すなわち放屁。

じゃあ放屁で声を作ることも出来るやろがい。と踏んで色々と実験をしてたのがさっきまでの俺だ。出来るわけがなかった。

 

……というようなことを、俺は紙に書いてヒノエに見せた。

ところがヒノエが動かない。俺はその隣のソブルに渡した。

 

ソブルが黙って紙を机の上に置いた。そういえばこいつ字読めねぇわ。

 

「ルミネ。その……本当に、ごめん」

「俺も。ごめんなさい……」

「俺たちのせいだよな。ルミネがそうなったのは……ごめん」

 

すると、3人は藪から棒にそう言って俺に頭を下げてきた。何に対する謝罪か。と嫌味ったらしく聞いてやってもいいが今回は見送る。感謝するがいいガキ共。

それにしても、ヒノエはともかくこいつらに関して許すかは保留するつもりだったが……まぁいいだろう。ここまで正面切って謝ったんだ。子供のやることだし、別に犠牲者が出たわけでもない。ただし何のケジメもつけないというわけにも行かないだろう。

 

“許す。ただしヒノエにも謝ること”。

 

俺は紙にそう書いてガキども……じゃなく院長に渡した。その内容を院長が子供たちに伝える。子供達は落ち込んだ表情で頷いた。

 

「わ、悪い……ヒノエ……」

「ごめんな……」

「すまん……俺のせいで……」

「……」

 

ヒノエは口をぽっかりと開けて未だ放心状態だ。

聞いているのかいないのかは分からんが、まぁ許してもらえるその日まで必死に謝り倒すこったな。謝罪とはそういうものだ。

 

「私もごめんなさい。私がもっとしっかり見ていれば、こんなことにはならなかったわ。本当に……ごめんなさいね……」

 

そして困ったことに院長先生も涙を流して頭を下げた。これに関しては難しい。全く責められるべき所がないと言えば嘘になるかもしれないが、彼女は出来ることを最大限やっていたと思う。

 

「ル、ルミネ」

 

そうこうしてるうちに、ヒノエが再起動した。現実に戻って来れたようでよかった。

 

「謝って許される事じゃないと思うけど……私も、ごめん。本当に、ごめんね……。本当に……っ」

 

ヒノエは俺への謝罪の言葉を口にしながら、泣き出してしまった。

 

俺は紙に言葉を書こうとして、やめた。

 

代わりにヒノエの頭をさすさすと撫でてあげる。よしよし。いい子だから泣き止みたまえよ。ヒノエにそこまで泣かれるとこっちがいたたまれなくなってくる。

 

「……私に対しては、怒らないの?」

 

全くヒノエを責める様子がない俺を見て、ヒノエは不安に駆られたようにそう言った。

 

ヒノエは今回のことを充分反省している。それは顔を見ればわかる。であれば、わざわざ俺の方から何かを言うこともないだろう。

そもそも俺はあれを事故と捉えている。ヒノエだって、殺すつもりで魔術を使ったわけではないだろう。そもそも魔術なんて覚えなければ、今回のようなことは起こらなかった。俺はヒノエがまだ幼い子供であることを失念して、目を離して事故を起こしてしまった。謂わば自業自得。俺にも責任はあるのだ。

 

そう。今回の一件は全員に責任がある。誰か一人に罪をおっ被せてはい終わり。というような単純な問題ではないのだ。

全員が事の大きさを理解して再発防止に努める。それが一番正しい事だろうと俺は思う。なに、死者は出ていないのだ。いくらでも取り返しはつくだろう。

 

「でも……そんなの私が納得できないよ……」

 

ふむ。ヒノエ自身が納得できないか。これはこれで困った問題だな。

 

俺は確かに声こそ出なくなったが、それ以外の体の調子については変わりない。というよりぐっすり休んだせいか調子がいいくらいだ。

魔術自体も俺は“無詠唱”でやってるから問題なく使える。実際、声が出ない事で差し迫って困ることってそんなに無いんだけどな。

 

「話はお聞きしました」

 

ガラガラ。

 

突然部屋に謎の人物が入ってきた。

 

「え、誰?」

「失礼。セシル・ガルムンドと申します」

 

マジで誰だよ。

 

「あなたの担当医ですよ。ルミネさん」

 

なんとお医者様でした。これはとんだ失礼を。

 

「えぇ、初めまして。皆さん。担当医のセシルです。ルミネさん?先ほど、こちらのお嬢さんはルミネさんの症状を治すためなら何でもするとお聞きしましたが」

 

そこまで言ってねぇだろ。

 

「はい。言いました」

 

言ったんかい。

 

「ならば手がかりがあります。実はあなたのその症状、非常に珍しいものなのですが“前例”がありましてね……それも“完治”した前例です。そう、あなたの声は取り戻すことができる可能性があるんですよ」

 

“前例”。それも“完治”。なるほど、確かに手がかりと言えるものだなそれは。

 

「誰なんですか?ルミネと同じ症状にかかって、完治した人というのは」

 

ヒノエがググイとセシル先生に詰め寄る。近いなオイ。

 

「はい。その方の名は……ドロロロロロロ……」

 

いらねぇだろドラムロール。

 

「──“ラングルディア・メソランダ”。現代最強と称される魔術師です」




序盤からいきなり重い話ですみません!ちなみにこれ以降は(あんまり)ストレス展開にはならない!予定!

次回、ついにルミネがダンジョンに潜ったり潜らなかったりするかも。(展開が)おせぇんだよ!!

そして日間1位ありがとうございます!
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