「フィリッツ」
「はい?なんですか?会長」
ここは“探窟者協会”。日々ダンジョンに潜ることを生業とする探窟者達が集まる会合の場。
協会では、依頼の斡旋、探窟者同士の“パーティー”の仲介、探窟者達に対する有益情報の提供など、様々な探窟者に対するサポートを行っている。
探窟者協会“窓口”の青年フィリッツは、その顔に掛けた赤いフレームのメガネをクイっと押し上げて協会支部会長である“ハイルマン”からの呼びかけに振り向いた。
「例の依頼。どうだ?」
「例の……あぁ。“色彩”の救出任務ですか?無理ですよ。この辺りの探窟者達のレベルじゃあ……“ダンジョン街”の方から引っ張ってこないと」
「うむ。すでに応援要請は出してある。しかしダンジョン街も近場ではないからな……到着にはしばらくかかるという話だったぞ」
「えぇ。そうでしょうね」
フィリッツはトントンと書類の端を揃えて重い溜息を吐いた。現代最高の魔術師と名高いラングルディアの訪問。それだけでも協会として一大事だというのに、あろうことか“色彩”が事故で難関ダンジョンに放り込まれてしまった。
“
救出して欲しいと言われても、救出に向かった人材が逆に救助対象となる二次災害が起こりかねない。協会とて人材を出し渋っているわけではなく、依頼を斡旋しようにもできないというのが本当の所だった。
そのため、協会は依頼を受領したタイミングですぐさま探窟者達の総本山と言える“ダンジョン街”に連絡を飛ばした。自分たちには手に負えない案件だと早くに判断し行動した決断力は良かったが、肝心の探窟者の到着は今しばらくかかる。
その間、“色彩”が無事にダンジョン内で生存している可能性なんてどこにもない。すでに依頼が張り出されてから3日以上の時間が経過していた。
人がダンジョン内で生きていられる時間は最大で72時間とされている。タイムリミットはすぐそこまで来ていた。
「……我々も、覚悟しなければならないな。救助するのが“色彩”ではなく、その遺品となる覚悟を」
「やめてください。縁起でもない……」
フィリッツは苦虫を噛み潰したような顔をして、窓の外を見た。
もし“色彩”がダンジョン内で亡くなったとすれば大ニュースだ。本協会は責任を追及され、最悪解体もあり得るだろう。そうなればフィリッツは路頭に迷うことになる。
今のうちに転職先を考えておくか……と憂鬱な気分で外を眺めていた。その矢先。
「ほ、報告します!」
「どうした」
協会の外から、慌てた様子で男が駆け込んできた。
「“ラングルディア氏、救出依頼”……達成されました!」
「な、なにぃ!?」
ハイルマンはその報告に椅子を蹴って立ち上がり、フィリッツはメガネの奥の瞳を驚きに見開く。
「誰だ!誰が達成した!!」
「い、一般公募から……!その、6歳と9歳の少女です……」
「なぁ……!?」
ハイルマンは今度こそ驚愕で後ずさった。
「い、いえ!ただ……その少女の一方は歩くこともできない体であり、流石に主導したのはラングルディア氏かと。それでもラングルディア氏のダンジョン脱出を手助けした功労者と言えます」
「お、おぉ!そうだな!流石にそうか……いや、良かった。すぐに“色彩”をお連れしろ!勇気ある少女も共にな!」
ハイルマンは報告に来た協会の役員の肩をバシバシと叩いて、とても愉快そうに快活に笑った。
「ハッハァ!聞いたかフィリッツ!!素晴らしい知らせじゃないか!こりゃあ本部の覚えもめでたいぞ!俺はラングルディア氏に会って来る!おい、転勤の手続きなんかするんじゃないぞ!?わはははは!!」
そう言って高笑いしながらその場を去ったハイルマン。フィリッツはちらりとその手元に視線を向けた。
ハイルマンの机は、まるで明日夜逃げでもするかのように綺麗に片付けられていた。
「……歩けない少女、ね」
フィリッツは手元のコーヒーを口元に傾けると、窓の外の景色を先ほどまでとは違う面持ちで眺めた。
◆
「はぁ……ようやく出れたのですぅ〜、あぁ〜!」
俺とヒノエは、ダンジョンを先に出て周囲の警備をしていた。
ダンジョンの中から出て来たのは……俺たちとそう背丈が変わらない、ローブ姿の金髪少女。少女はダンジョンを出ると、大きく伸びをした。
彼女こそラングルディア・メソランダ。現代最強とされる魔術師とのことだ。
「私、ラングルディアさんっておばあさんだと思ってた」
俺もそう思ってた。実態はどうも異なるようだ。
「まぁ確かに年齢だけは重ねましたが。我々のような“エルフ”はあなたたちとは成長の速度が違いますので」
「へぇ〜!エルフなんだ!初めて見た」
俺も生で見たのは初めてだな。実在していたとは。
「……ところで、そちらの白いふわふわのお髪の方は、どうしてさっきからずっと浮いてるんですか?」
白いふわふわ?あ、もしかして。
“自分のことですか”。と水文字で会話。
「うわっ!えっ?もしかしてそれで会話しているのですか?」
“喋れないので”。
「え?あ……じゃあもしかして、あなたがあの“ルミネ”さんなのですか!?」
“はいそうです”。
というか「あの」ってなんだ?俺ってそんな有名なのか。孤児院からまともに出たことないんだけど。
「な、なるほど。ですが確かに手紙で聞いた話と一致します。歩けない体。白い長髪。顔のやけど……確かに。ルミネさんとお見受けしましたのです」
ラングルディアさんは神妙な顔つきでふむふむと頷くと、胸に手を当ててとても真剣な顔つきでこちらを見た。
「改めまして。私はラングルディア・メソランダ。この度は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました」
ラングルディアさんはぺこりと優雅にお辞儀をした。
いきなり口調が変わると困惑するな。見た目は小さい少女なのに、まるで中に百戦錬磨のお婆さんでも入ってるみたいだ。俺が言えたことじゃねぇ。
「ルミネ様。そしてヒノエ様に、心からの感謝を申し上げます」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
“これはご丁寧に”。
すると、この場に揃ったのがそこそこ礼儀作法を知っている(つもりの)三人だったからか、ぺこぺことお辞儀合戦が始まってしまった。っていうかこの世界でもお辞儀の文化ってあるの?まぁ日本のメーカーが作ったゲームだしな。深く考えんとこ。
「私は今から、“探窟者協会”の方へ赴こうと思っているのです。ルミネさん、一緒に来るですか?」
「……ルミネ?ちょっとこっち」
探窟者協会。その言葉に俺の顔色が変わったのをヒノエが目ざとく見つけた。
「いい?ルミネはまだ6歳でしょ?それに体も弱い。今回は上手くいったけど、“探窟者”っていうのは危険で、しかも収入も少ない仕事なの。だからルミネみたいな歳のうちから探窟者になろうなんて……ちょっと?聞いてる!?」
俺は耳を塞いだ。
「……もしかして、ルミネさんは探窟者になりたいのですか?」
「え?あ、はい。そうなんです。多分この子探窟者協会なんて行ったらすぐ探窟者になろうと……」
「ふむ?ルミネさんは見たところ、随分お若いですよね?探窟者に登録できるのは12歳からです。恐らくルミネさんではその基準をクリアできないかと思いますが」
「え?そ、そうなんですか?」
「はい。ご心配なさっているようなことは起こらないかと」
ちっ、バレたか。
「……わかりました。なら、大丈夫です。私も付いていっていいですか?」
「えぇ。勿論なのです。お二人は私の命の恩人なのですから」
「うーん、私は何もしてないような気も……」
「いえいえ。負傷していた皆さんを手当てしていただきましたから。助かりました」
ラングルディアさんがそう言って後ろを振り向くと、彼女が率いていた一団の者達が恥ずかしそうに笑う。幸いなことに、犠牲者は0人だったらしい。
「さて。そうと決まれば善は急げです。早速協会に向かいましょう」
というわけで、俺たちは探窟者協会へと向かうことになった。
◆
「おい!早くこいよ!ラングルディア様が来るらしいぞ!」
「私、大ファンなの!サインもらっちゃおうかしら」
「俺が先に決まってんだろ!」
探窟者協会。ここはつい数時間前まで、どこか暗く澱んだ空気に支配されていた。
それというのも、有名な魔術師“ラングルディア”がダンジョン内に取り残され、救助を待つ身になっているとの情報を誰もが知っていたからだった。
ラングルディアの名を知らない者も多い。しかし、“
この中に
これは、探窟者と同等級のダンジョンは確実に踏破できる難易度。という意味ではなく五分五分の確率で生き残れる難易度。という意味だからだ。
五分。その確率に命を賭けれる者は、より上位の探窟者ほど減っていく。探窟者は決して冒険家ではない。ダンジョンという獲物を狙う“狩人”なのだ。勝てない獲物に自ら挑むバカな狩人は、探窟者として長続きしない。
即ち、
だからこそ、誰もが救出は失敗すると考えていた所への依頼成功の報せだ。協会内は一瞬にして宴会ムードに変わった。
「なぁ!“色彩”を助け出したって奴!探窟者じゃねぇんだろ!?何モンなんだ!?」
「どんな奴なんだろうなぁ!やっぱ強そうな男かな!」
「いやぁ、案外細いんじゃないか?最近はそういう奴も増えてきてるだろ」
「俺は男らしい体つきの奴の方が好きだぞ!」
宴会の席で始まるのは、噂の“色彩”をダンジョン内から救出したという無名の英雄の正体に関する賭けだ。
現在最有力とされているのは、見上げるほどの長身に筋骨隆々のゴリラのような男。というものだった。
「おい!ラングルディア様がお見えになったぞ〜!」
入り口から駆け込んできた探窟者の男の一人がそう叫んだことで、宴の席の盛り上がりは最高潮になった。
我先にと噂の“色彩”。そして彗星の如く現れた英雄の姿を見に入り口付近に探窟者が集まり……。
「……」
「……え?」
「嘘だろ……」
「オイオイ、何の冗談だよ……」
全員が、一様に絶句した。
現れたのは、3人の若い……いや、若いなどというものじゃない。“幼い”3人の女性であった。
一人は紺色のローブと、三角帽子を身に纏っているいかにもな“魔女”。ラングルディア・メソランダ。もう一人、その後ろを顔を伏せて歩いているのは黒髪の少女だった。だが、衝撃的なのは彼女がカラカラと音を立てて押している“車椅子”に座っている少女だ。
そこには、椅子に座って静かに目を閉じ、触れれば今にも折れてしまいそうな儚さを持った幼い少女が、死んだように座っていた。
「まさか、あの子が……?」
「い、いやそんなわけ……」
「あの子、死んでねぇよな……?」
探窟者達は、予想だにしなかった光景を息を呑んで見守っていた。
「うっ……」
一人の冒険者は、少女の体が健康体ではないことに気づき眉を顰めた。
少女の顔には痛々しい火傷の跡が残っており、まるでその少女が世界全てから“罰”を与えられているような、言いようのない悲壮さを感じさせた。
肌は雪のように白く、争いごとには全く関与することはないのだろうと一目でわかるほど、その体は華奢だ。
喋ることも、目を開くこともない彼女は今この瞬間何を感じて、何を考えているのか。それは少女の桜色の唇が沈黙し続けている限りわからないことだ。
ともかく後日正式に発表されたのは、あの真っ白な少女が“色彩”を救った英雄であり、自由に歩くこともできない体を懸命に動かして、決死の思いで今回の依頼を達成させたということだった。探窟者達の間では、あの不自由な体は激しい戦闘の後遺症だとまことしやかに噂された。
なぜそこまでして“色彩”を救おうとしたのか。一体どうやってダンジョンを踏破したのか。そして彼女が今何を考え、感じているのか。憶測が憶測を呼び、彼女はしばし探窟者達の“
そしてこれは、一部の者を除いて誰も知る由のないことだったが……。
(なんで今寝るのよ!?ルミネぇぇ……!!)
少女は、ダンジョン攻略の疲れにより爆睡していた。
目を覚ませ僕らの活躍が何者かに改竄されてるぞ