「なにか言い訳はありますか?」
「ないです」
『すごく楽しかった』
「ルミネ?」
『ごめんなさい』
俺とヒノエは院長先生の前で正座をしていた。
目の前に置かれたのは今日の朝刊。この世界では新聞が情報媒体だ。
「……人助け。それはいいでしょう。誇るべきことです。しかし、そのやり方に大きな問題がありましたね?ルミネが常軌を逸した行動をするのはいつものことですが」
酷い。
「私が止めれなかったせいです。ごめんなさい」
「……確かに、ヒノエにもルミネを止めきれなかった責任があります」
『ヒノエは悪くないよ』
「一番悪いあなたは黙っていなさい」
『はい』
……めちゃくちゃ怒ってる。そりゃそうか。
俺は中身はどうあれ外見はまだただの子供。それがいきなりダンジョンに突っ込んでったわけだから。怒られるのは当然。それはいい。
しかしヒノエまで巻き込んでしまったのは忍びないな。俺と違って彼女は本当にただの子供だ。
俺一人で行くべきだった。
「ともかく、二人は今後1ヶ月外出禁止とします。ラングルディア様にもそのようにお話ししておきますので。いいですね?」
「はい……」
『はい』
……俺がダンジョンからラングルディアを救出した翌日。
昨日の出来事の一部始終は大きく報道され、紙面には“車椅子の少女、英雄を救う”という見出しで一面。車椅子で堂々と寝ている俺の姿が取り上げられていた。
っていうか、車椅子とかあったんだなこの世界。“LoD”じゃ存在を確認することはできなかった。そもそもゲームで必要ないしな。
そして孤児院へと帰ってきた俺とヒノエだが、院長先生がとてもいい笑顔で迎えてくれたのが印象的だった。本当、まったく表情が動かない完全なる笑顔でこっちが怖くなったくらいだ。
その場では何も言われず、俺とヒノエはご飯を食べて風呂に入ったらそのまま疲れもあって寝てしまったのだが、起きたら二人揃って正座させられて現在に至る。
……怒られるだろうなとは思っていたが、まさかここまで大きくニュースになるまでとは思っていなかった。
「……はぁ。そんなに悲しそうな顔をしないでください」
院長先生、グリエッタは大きく……本当に大きく溜息を吐いて、頭を手で抑えていた。
俺とヒノエがおずおずと見上げる。
「ラングルディア様からお話は聞きました。一刻を争う危機的状況にあったというお話でしたので、ルミネが到着したタイミングは奇跡的だったと……だからあなたたちを強く叱らないでほしいと言われました」
「そ、そうなんですか……?」
「で、す、が……!!ルミネ、ヒノエ」
グリエッタが足を曲げて、俺たちに視線を合わせて言う。
「あなたたちはまだ子供です。こんな危険なこと、二度としないでください」
……グリエッタが本当に、心から俺たちを案じているのだろうとわかる声音で言った。
「……はい」
ヒノエを俯きながら、泣いて返事をしていた。
『ごめんなさい』
俺も低く頭を下げる。
何度でも言うが、ヒノエは今回の件、俺が巻き込んだだけだ。彼女に非はない。一から百まで、完全に俺の独断で決めたものだ。
だから俺が深く頭を下げる。それ以外に出来ることはない。
「……そんなに悲しそうな顔をしないでください」
言われてゆっくり顔を上げると、グリエッタは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
◆
私の名はグリエッタ。小さな孤児院を運営している。
ここに来て何度も思ったことだが……子供というのは本当に成長が早く、少し目を離しただけで別人のようになる。特に最近はそう思うことが多い。
「ソブル、洗濯物を運ぶのを手伝ってください」
「えー、やだー」
「やだ、じゃありませんよ」
「はーい」
孤児院には今、5人の子供たちがいる。
ヒノエ、ソブル、イエラン、ドレッド。
そしてルミネ。
皆、とてもいい子だ。
「イエラン、ちゃんとお片付けをしなさい。ドレッドも」
「めんどくせー」
「お前がやれよ、イエラン」
「はぁ!?」
「こらこら、喧嘩しないの」
勿論、たまには疲れて、なんでこの子達は私の気持ちを分かってくれないんだろうと思うことがある。特に最近はそうだ。
「……ヒノエはどこです?」
「ルミネんとこだろ。いつものだよ」
「そうですか……」
それでもやっぱり、私はこの子達が好きだ。
……あの日。ルミネが突如として孤児院を飛び出してダンジョンへ飛んでいってしまった日から、半年が過ぎようとしていた。
この半年間には色々なことがあった。
……色々なことの中心にいたのはいつもルミネだったが、あの日のような無茶はしていない。
ルミネはどういうわけか、ダンジョンについてとても詳しいようで……いつの間にか男の子たちを様々なダンジョンの話で夢中にさせていた。
ヒノエは、相変わらずダンジョンに興味津々なルミネに不安を隠せないようだったけど。
そして、ルミネの声……本来なら治せるはずだった症状は、何故か治すことができなかった。
『私にも、原因がわからないのです。……もう少しだけ時間をください』
ラングルディア様はそう言って、ルミネの病気を治すために遠くへ旅立ってしまった。
……だけどルミネはそんなことを、全く気にした様子がなかった。どうでもいいとさえ思っているように感じた。
私は“あの日”、ルミネに言った言葉を思い出した。
『ルミネ、あなたの力は非常に素晴らしいものですが……同時に、危険なものでもあります。力の使い方を誤れば、きっとあなたの身には大きな災いが降りかかってしまう。だから、これからはこんな危険なことはせず……ちゃんと私は周囲の大人に言ってからやるようにしてくださいね』
彼女はこくんと頷いた。
……ルミネ。ルミネイル。
出会った時から思っていたことだが、この子はとても変わっている。いや、変わっているというより……どこか人間離れしているのだ。魔法に関しても、ダンジョンに関しても、精神面にしても。
そこには多分、彼女自身の出生が大きく関係しているのだろう。
この子は両親の愛を知らずに育った。生まれた時から自分の身の回りにいたのは欲に塗れた大人たちで……だから、自分のことを大切にするということを知らない。
だけど彼女はまだ子供だ。これから愛を受けて育っていけば、きっとわかってくれるはず。そして叶うなら、その愛を捧げる親代わりになりたい。グリエッタはそのために孤児院を運営しているのだから。
いつの日か、ルミネという不幸な少女が太陽の元で元気に暮らせる日が来れば……それ以上のことはない。
「ヒノエ?いますか?……あっ」
ルミネの部屋に入ると、ルミネはベッドの中で、ヒノエはベッドにもたれかかって寝ていた。
「ふふっ……」
こういう所を見ると、やはり二人はまだ子供だとわかる。
……いつの日か、二人はこの孤児院から巣立つ日が来るだろう。その日はもしかしたら近いかもしれないし、まだ先のことかもしれない。
だけど、もう少しだけ彼女たちの親代わりでいよう。
───。
「……あら」
玄関から、扉をノックする音が聞こえた。来客のようだ。
「はーい、今出ます」
もしかしたた、ラングルディア様が帰ってきたのかもしれない。
よかった。だとしたらきっとルミネの体調もきっと良くなる。
扉を開けた。
「どなたで──」
「ババアはお呼びじゃねぇんだわ」
──。
何故か、天井が見えた。
「……あぁ」
私の目が吹き飛んでしまったんだ。と理解したと同時に。
意識が闇に落ちた。
◆
「……院長先生?」
ヒノエは、何か物音が聞こえた気がして不意に目を覚ました。
肩にはいつの間にかブランケットが掛けられている。
「……」
ルミネは静かに寝息を立てていた。
起こさないように立ち上がる。
「ねぇ、何の音?ルミネが起きちゃ──」
扉を開けて目に入ってきた光景は、赤。
赤、赤、赤。
「……ぇ」
真っ赤。
「ん?」
真っ赤な部屋に、数人の男が立っている。
「お、この子新聞に映ってた子じゃん?ほら、車椅子押してた」
「あー、んじゃこの子なら知ってるか?」
「ったく、無駄に手間かかっちまったよ。なぁお嬢ちゃん、教えてくれるか?」
男たちは、揃ってその手に大きな鉄の塊を持っていた。
「火傷のガキってのは、どこだ?」
ぐらり、と視界が揺れる。
「あ、え……?」
「あ?……ったく、面倒くせぇ。おい、こいつも殺して虱潰しに探すぞ」
ヒノエに鉄の塊が向けられた。
“砲身”に膨大な熱が溜まっていき──。
───!!!
炸裂。
「……チッ」
同時に、浮遊感。
ヒノエは空中に浮かんでいた。
「……ルミネ!!」
ヒノエにも襲いかかる鉄の暴力を止めたのは、這いながら部屋から出てきたルミネだった。
「お前か。火傷のガキってのは。着いてこい。抵抗したら殺すからな」
『安心して。こっちは抵抗しなくても殺す気だから』
鉄の砲身と、巨大な火球がぶつかった。