ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
そんな、バタバタしているお店にも人の出入りはあって。
誤字報告ありがとうございます。もっとスッキリする表現がありましたね。
今回もよろしくお願いします。
「エルツ糖はこれでいいね。後は……クレープをやるならソース類が要るかな? ベリーシロップを作っておくとしましょうか」
エルツ糖の調合にも慣れたもんだ。
素材の中には「調合量」を増やすなんてとんでもない特性を持つ物もあったりする。
一個調合に加えるだけで効率は数倍だ。そもそもエルツ糖自体時間がかかるもんじゃないしね。
そういったレシピが完全に決まっているものならまだいいんだけど、形になってはいるものの販売にはまだ早いってシロモノは山積みなもので……。
身体への影響はもちろん、外に出回ってもいいものかを確認するとか。考える事は色々なのだ。
そういう場合は一品一品素材を選別した上での調合をしてって感じになる。
結構手間だけど――それが今のあたしの仕事だもんね。やるとしましょうか。
ベリー類は……どこだっけ? ストックはあるはずだけど管理をジェナに任せちゃってるから下手に弄るのはマズいし……フロアにいるかな? 聞いて来よう。
ガランガラン
あたしがフロアに入ったと同時くらいにお店の扉が開いた――タオ達だね。
「失礼します……ああライザ。丁度よかったよ、お邪魔して大丈夫かい?」
「いいわよ。タオなら心配ないだろうけど物はそのままにね。パティさんもおかえりなさい」
「お世話になります、ライザさん。こちらにお住まいになっているんですか?」
まあそう思われても不思議じゃないか。
「ううん、見てきたと思うけどラーゼン地区のあたしの家から通ってるよ。ここはあたしの仕事場であると同時に――
「僕達が散々お世話になった道具屋さんの店舗をライザが継いだんだ。「エルリック」っていうのはその道具屋さんの事なんだよ」
「そうだったんですか。しかし……今のタオさんやライザさんを見ていると、誰かのお世話になるような必要性を感じられないのですが?」
それだけ、あのひと夏で育ててもらったって事だね。
「あの頃はあたし達も子供だったし……一人で出来る事ってたかが知れているもんだよ? それにここの店主さんは別格だったから」
「僕も今より10cmくらいは身長が低かったなあ。その店主さんに色々お世話になったお陰で、今の僕達がいるのさ――世界一と言ってもおかしくないんじゃないかな?」
「失礼ですけど……何故この島にそんな才能のお方が?」
偶然と奇跡としか言いようがないんだよねえ。この島、大精霊達の居る場所の傍なんだから。
ガランガラン
店は準備中なのに随分人の出入りが多い日だ。レント達かな?
……いや違う。レントほど大柄じゃない、けど見覚えのある――錬金術士独特の服装。
「――随分と立派な装いじゃあないか。前のお菓子屋が懐かしいな」
……この、飄々とした感じの声は!
「アンペルさん!?」「先生!?」
「ああ2人とも、久しぶりだ。成長し……タオは随分成長したな。そのうち私の背を超えそうだ」
「タオの歳は育ち盛りだからな、逞しくもなっているようだ……邪魔をするぞ、ライザ。なかなかその髪も似合っている」
アンペルさんの後ろに居たのは……とんでもボディに銀の髪。両の眼の色が違っている女性。
いちいち考えるまでもないね。
「「リラさん!」」
旅の2人も戻って来たんだ。よく戻ってこれたなあ。
「2人ともお久しぶりです!」
「お元気そうで何よりですよ!」
「ああ――タオは本当に別人と喋っているようだな。あれから学園には?」
「はい。特別支援をもらって……今はクリント王国の考古学と建築学を中心に学んでいます」
「身体を鍛える事も忘れていないようだ。やはりタオは素質と根性があったな」
「なんというダイナマイトボディ……3人目? それに、先生……? タオさんの、ですか?」
ああしまった。パティさんが蚊帳の外になっちゃった。
「ごめんねパティさん――この2人も2年前の冒険でお世話になったんだ。男の人がアンペルさんであたしの錬金術とタオの考古学の師匠、女の人がリラさんで戦闘訓練の教官ってところかな」
「僕がクリント王国に関する事をまともに学び始められたのは、こちらのアンペルさんのお陰なんだよ。だから先生と呼ばせてもらっているんだ」
「そうだったんですか……ああ失敬を。タオさんに家庭教師をして頂いているパトリツィア・アーベルハイムと申します」
パッと切り替える辺り、流石社交慣れしてるみたいだ。
「――ほう、ヴォルカー青年の? あの質実剛健を絵に描いたような堅物が一人娘を預けるとは、中々タオも隅に置けないじゃないか」
「青年? ……父をご存じなんですか?」
「アンペルさん、元宮廷錬金術士だから」
「きっきゅうてい……!?」
「大昔の話だ。今はただのはぐれ者の考古学者さ――戻れるくらいの実力はあるつもりだがな」
そう言ってアンペルさんは右腕をトントンと……義手、今も付けてくれてるんだ。嬉しいね。
「タオがここにいるという事は……ボオス少年もいるのか? レントはどうした?」
「ボオスも帰ってきてますけど、今はブルネン邸にいると思います。レントも帰って来ていて……一緒に旅をしているって男の人に島を案内している所じゃないかと。ね、ライザ」
「ほう? なら、どの程度成長したか見て来てやるとしよう――心も身体もな」
「お手柔らかにお願いしますね? 建物が吹っ飛ぶようだとあたしが止めなきゃなので」
「安心しろ。建物なら私が戻してやれるからな」
「なんなんですかこの会話……?」
そりゃあ……皆クレーターの一つは作れるだろうし。
「ライザ、ベリーシ……あっアンペルさん!? リラさんも! おかえりなさい!」
丁度厨房からクラウディアもやってきた。タイミングがいいね。
「やあクラウディア。口が寂しくなってな? 遂にここへ帰って来てしまった」
「大人びたなクラウディア、背も私に並んだか。店が彼の名前のままだったが……やはり働いていたのはクラウディアだったんだな。準備中にすまない」
「あたしも働いてるんですが? というか、一応オーナーなんですが……?」
皆からの扱いがなんか雑くない……?
「こいつ……島を出て1週間と経たんうちから「クラウディアの菓子が食いたい」と毎日のように呟き続けている。数日は滞在する予定だから何か食わせてやってくれ」
「寝言でどこぞのオーレン族のように「パンケーキ……10枚」などと数百回は抜かしていたお前に言われたくはないぞ。明日は営業するのだろう?」
「はい! 明日は当店の「感謝祭」という事で、その準備の為に今日は短縮営業にしてしまっていて……ごめんなさい。夜までお待ち頂けるなら商品とは別に作りますよ?」
「おおお! 勿論待つとも!! ただ……かなり忙しそうな様だから無理はしないでいい」
「これは明日に向けた改装か。力仕事があるなら手伝うが」
1週間て。じゃあこの2年間はほぼ飢えてたんじゃないの?
リラさんの寝言はちょっと聞いてみたい――力仕事、そうだ。
「じゃあリラさん。一つ運ぶのを手伝ってもらってもいいですか?」
「ライザ?」
「構わない。何を運べばいい?」
クラウディアが不思議がってるけど――この店の象徴たるアレだよ。
「ふぅ……これで取り敢えず準備できたかな」
「お疲れ様だよ、ライザ」
「クラウディアもね……ちゃんと休んでる?」
「休んでいるよ? 目を瞑ってね、頭に癒しの旋律を浮かべて耳の中に流すとスッとするの」
それヤバくない? ちゃんと寝ようよ!
「護り手の事もそうだったが……ライザも随分と働き者になったものだ。私は嬉しいぞ」
「ごめんね姉さん。仕事増やしちゃってるよね……」
「何を馬鹿な事を。今はそれで島が潤っているんだ、感謝こそすれ文句を言う事などないさ。これが……本来の「町」のあり方なんだろう」
「ロミィさんとしてはライバルが増えて大変だけどね~。モリッツさんに口利きしとかないと」
アガーテ姉さんは今も島の護り手代表だ。2年前より格段に強くなってる。
対人戦の制圧や指揮って意味ならあたしは全然及ばないね――吹っ飛ばしちゃうし。
店員ってわけじゃないけど、新商品の試食とか観光の人達の案内を買って出てもらってる感じだ。
定期船があるから行商もしやすくなって、ロミィさんや他の行商人さんの競合相手も増えてるもんね。バレンツ商会は方向性をズラしているみたいだから、その辺りの諍いはないみたいだけど。
「しっかしまあ……随分と島に来る人が増えてるよなあ。どうやったんだ?」
「ここに仕掛け人が2人いるわよ、レント」
「「何の事かな?」」
「……それ、自白してるも同然じゃねえか?」
「人脈というのは恐ろしいものだな……あそこまで秘匿されていたこの島があっという間に周知の観光地とは。定期船が出ていたのは助かったぞ。間に合わないと思ったからな」
「結局人の口に戸は立てられぬという事だ。ボオス少年の父がクラウディア達をここに招いた時点でこの未来が確定していたんだろう。飯も美味いし言う事なしだ……まさかまたここで
既に日も落ちて。
今ここにいるのは当時の冒険メンバー6人と、護り手代表に定期行商人の計8名。
パティさんはタオに気を遣って、今は宿屋と化してる旧バレンツ邸に泊ってる。
ボオスは案の定帰ってきてない。今頃盛大な歓待を受けているんだろう。
クリフォードさんは……ここにいると胃が痛くなるらしく適当に過ごすとの事だ。
今までそこまで大立ち回りをしてなかったらしいレントと、その師匠たるリラさんとの「軽い運動」を見て余計に酷くなったらしい。なんだか気の毒になってきた。
セリさんはリラさん達と会って驚いてた感じだったけど――話を聞いて笑顔だったからいい事を聞けたみたいだね。
それにしても。
「皆、ホントに戻ってこれたんだね」
「このタイミングになっちまったとも言えっけどな。戻ってくる機会なんざ何時でもあったんだが、ライザとの話があったのが決め手なのは間違いねえよ」
「ホントだよ。私はこっちに来る事が出来るようになった直後にそのまま王都を発ったんだよ?」
「それは極端すぎない? ――まあ僕も去年帰って来る事は出来たかもだね。勉強が楽しすぎていつの間にか夏が終わっちゃってて……それで今年の予定はすぐに決めたんだけど」
「研究や勉学に打ち込むとそういった事はままあるからな。気を付けておけ? 年単位で過ぎている事もある」
「研究者のわりに随分と頭の悪い発言だ……後は、あの2人か」
そう。あと2人。
あの2年前の冒険のキーとなった、中心と言える2人が……
「そうだよ!! アル君どうなってんの!!?? キロちゃんも!!」
いない。
「アンペルさん……他の門って見つかったの?」
「ああ、3つだな。まったく……いくつ作ったのだ、あの馬鹿者どもは」
「だが、オーリムの浄化は着実に進めてくれているようだ。石壁を残す為に踏み込まなかったが、壁の向こうに僅かに見えた景色には自然が広がっていたようだったからな」
……そっか。
流石だなあ。セリさんの笑顔もそういう事だね。
こっちに帰って来るって選択はしてないみたいだけど、元気では居てくれてるみたい。
それだけでもいいかな。最後の門を見つけたのがどれだけ前なのかも分からないもんね。
あたしとの約束の日が明日っていうなら――ちょっと長期休暇もらおうかしらねえ。
「店長、そろそろ冷えたと思いますよ。レントさん、リラさん達も、お久しぶりです」
「……ジェナか!? いやなんか、こう……感じる雰囲気が12歳じゃねえ……」
「ありがとうジェナさん。後はこちらでやっておきますから、明日に備えて休んでください」
「承知しました。あんな父親を見ていると色々冷めるみたいなんですよ。それでは」
「……ぐうの音も出ねえ言葉だぜ」
父親って意味合いじゃレントには効きそうだ。方向性は真逆だと思うけど。
クラウディアは何か作ってたみたいだ――この匂いはチーズ系のやつかな?
「確か……新聞屋の娘だったか? 変わったのはライザ達だけではないようだな」
「変わってきたというか、色々達観し過ぎてきたって気もするんですけど……」
「お前達と同じであの年くらいの娘は多感だ。そのうち落ち着いてくる……が、レントがアレをどうにかしておくべきなのは間違いない。ここに居る間に話を付けておけ」
「……ウィッス」
「いやあリラさん。あれ以上ジェナに落ち着かれると……僕タメ口利けませんよ?」
あたしも部分的に立場逆転してるしね……。
「確かに下手な年上よかずっと気ぃ遣いそうだぜ……クラウディアが何か焼いてくれてんのか?」
「そうだよ。アンペルさんが早く食べたいって事だったからさ」
「クラウディアちゃんのお手製を時間外に食べられるなんて……超役得だよ? アンペルさん」
「彼女は唯でさえ忙しい身ですから。こっちが心配になるくらいなんですよ」
「ふむ、今後は自重しなければならないな。冗談抜きにエリキシル剤が必要では?」
「そうなる前にあたしが止めるからやめとこう?」
あたしを含めて従業員が大変な事になるよ――72時間働けますか? 状態だ。
「お待たせしてしまってすみません」
「いや、こっちこそアンペルのワガママに付き合わせてしまってすまないな」
クラウディアが作ってた物を持ってきた――ああ、やっぱりだったね。
「これ……真っ黒焦げ?」
「に、見えっけど……でもすっげえいいニオイがするぜ」
「こんな見た目だからお客さんには出せないんだよ。クラウディア、後はあたしがやるね」
「前に一回作ってくれた濃厚なやつ! ひっさびさ! ロミィさん大歓喜!!」
作ってくれたのはチーズケーキの……思いっきり表面を焼いたもの。
元はあたしの失敗作をきっかけに生まれたシロモノ――焦げたパンケーキ……うっ、頭が。
表面は真っ黒焦げだけど、中は全然問題なかったりする。
焦げた表面がキャラメルになってるやつ――見た目への偏見がなかったらなあ。
さぁてカットカットっと。アンペルさんには大きくていいかな。
「ありがとうライザ……はいアンペルさん、お待たせしました」
「感謝するぞ! 成程、スポンジではなく全てチーズで出来ているのか――ではお先に失礼する」
パクッ!
一口食べて……アンペルさんが固まった。
えっ、何かあったかな?
「……アンペルさん? アンペルさん!? 何か不味かったですか!?」
「アンペルさんアンペ……うわぁ!?」
アンペルさんが滝のように号泣し始めた!?
「……今日この日まで、本当に生きていて良かったと思う事はなかった――女神だな」
ついでにわけわかんない事を口にし出してる!?
「気にしないでくれ。暫く甘味を食べていなかったからな。そんな状態からいきなりクラウディアの菓子を口に入れたんだ……ショックで頭が壊れたのだろう」
「リラさんもサラッと怖い事言わないでくださいよ! 先生! 先生!?」
「これだけで……あと100年は生きていられる」
「なげえ!?」
取り敢えず問題があったわけじゃないらしい。別方向に発生してはいるけど。
仮にもクラウディアが作ったものだから間違いがあったら大変だしね。
それじゃあ皆にも渡そうか。
「姉さんと……ロミィさんに渡してもらっていい? リラさんもどうぞ。はいレントとタオ」
「アンペルさんの気持ちはよぉおく分かるよ? もう口ん中涎がヤバいですもん」
「ありがとうライザ。ここ以外ではまず食べられないからな。クラウディア、頂くよ」
「匂いだけで美味いと分かるな。これは白牙氏族には効くぞ、では頂く」
「サンキュライザ。へええ、こんな菓子もあんだな」
「そんなに甘い味じゃないからレント君も大丈夫だと思うよ」
「その辺りの気遣いも流石クラウディアだね。ありがとうライザ、僕も早速」
あたし達以外に……行き渡ったね。じゃああたしとクラウディアも頂きましょうか。
と、思ったところで……見ていいかどうか迷うものを見てしまった。
――リラさんの目尻に涙らしきものが……。
「明日どうなるのかなあ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! 皆も手伝ってくれるのなら安心じゃないかな」
あれから。
リラさんどころかロミィさんまで泣き出し始めちゃったケーキ試食が終わって、今はあたしとクラウディアで後片付けをしてるところだ。
もうアンペルさんは涙が枯れてきてた気すらするけど……大丈夫だと思いたい。
このケーキのお礼って事で――明日の営業はレント達も手伝ってくれる事になった。
とはいえ、今のお店のフロアにいきなり立って貰うわけにはいかないからなあ……。
「タオは……食器でも洗ってもらおうかな? パティさんを放っておくわけにはいかないよね。すぐ交代できるポジにしておこうか」
「接客をお願いするわけにはいかないからね。リラさんとアンペルさんには……ずっと食べていてもらおうか。お2人とも周りの目を惹くし」
「それ一種のサクラなんじゃあ……」
「正しく褒めてもらえるならサクラじゃないよ?」
黒い空気してるよ? クラウディア。
――駆け引きとはこういう事を言うのか。
「レントはクリフォードさんの事も……まあ大人だしいっか。お菓子はあんまり食べられないだろうし、厨房じゃ身体がデカくて邪魔だし」
「……いい機会だからバックヤードの配置換えをお願いしようかな。整頓はしてあると言っても今の営業形態で合理的かと言われるとそうでもないから。その……クリフォードさんは無関係の方だし……多分グレーリストの人だよね。メモを作ってレント君は商会員と一緒にやってもらおうと思うよ」
「また今から考えるの? ……ホントに大丈夫?」
流石に不安になってきた。今日聞いたのだって半分催眠じゃない?
こっちに来て以来疲れた表情を見せた事がなかったからのらりくらりにしちゃったけど、あれだけそこら中を動き回っていて調理して計画作って皆の報告を聞いてって――疲れてないわけがない。
アンペルさんも来てくれたんだし何かいいものがないか相談してみよう……エリキシル剤以外で。
手伝ってもらえると言っても、なかなか臨時は難しい。どちらにも迷惑はかけらんないしね。
明日はいきなりの感謝祭……研修期間を設けられるわけでもないからなあ。
「すぐに終わるから大丈夫だよ。ライザもそろそろ休んで? 明日は色んなポジションに動いてもらう事になるだろうし」
「そうは言っても……商会の人もいるからあたしって要るのかなあ? 調合はいつも通りだし」
あたしにしか出来ないのは調合だけ。それ以外はクラウディアは勿論、初期メンバーとか商会の人でもどうにかなるんだし……なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
「ただいま。お父さん、お母さん」
「お帰りライザ。今日は随分遅かったね?」
「おかえり。晩ご飯は食べるでしょう? 座って待ってな」
「ありがとうお母さん。明日って国ではお祝いの日らしくってさ? 島にも沢山観光の人が来るかもだから、その準備をしてたんだ」
ほぼ確定事項だけどね。
午後10時。ラーゼン地区、シュタウト家。
あたしの住まいは今もここだ――この屋根裏部屋が落ち着くのだ。
何度かアルさんのベッドを借りて寝た事もあるんだけど……なんか幻聴がするんだよね。
キロさんの囁き声で「アルの匂い、する?」という……。
――なんかあたしが変態みたいじゃん! しましたよ!? ええしましたとも!!
お父さん達の時間は2年前と変わらないペースだ。
時折クラウディアもここに来てご飯を食べたりお話したりだね。
立場なんて関係無しに、クラウディアを唯一娘扱いできるのがうちのお母さんなのかもしんない。
だけど店の為に新しい作物を育てるなんて事も無く……あたしが買ってる分があるから収穫量は増やしてるけど、平和な時間を過ごしてる。
――それこそ、あたしが日常を守れたと一番実感する時だ。
「日中にバジーリアさんからお聞きしたよ。ラーゼン地区にも観光の方がいらっしゃるかもしれないね……一応僕からもご近所さんには朝の間に改めて伝えておこうか」
「ライザが居ない時にクーケンフルーツは運んどいたからね。心配ないとは思うけどねえ。さあお食べよ。働いているなら食べないともたないよ」
「ありがとう、お母さん。んじゃ、いただきます!」
あたしの扱いもここでは変わらない――何時まで経っても子供のままだ。
2年前は異世界に行ったり、大侵攻を止めたり、常闇なんてのと戦ったりしたんだけどね。
でもこれが……あたしの望んだ未来だ。
「ただいま戻りました――今日も一日ありがとうございました!」
ただ、あたしの部屋に増えた物もあったりする。
1つはエドさんのコート。どうしても放置しちゃうと痛んじゃうからこっちで管理中だ。
これを着て旅だなんて相当目立っただろうなあ――ああそうか、隣に鎧のアルさんか。
そして4人が並んだ1枚の絵――アルさんの家族だ。
アルさんが島を出る前日に描いてもらった。もはや写真になってるやつ。
1人目はアルさんのお兄さん、鋼の錬金術師エドワード・エルリックさん。
成程、確かにアルさんとはそこまで似ていない。金髪金眼は一緒だけどね。
アルさんとは違った強気な雰囲気を持った男性だ。
絶対にあきらめないって性格はこの絵からでも感じ取れるよ。
2人目はアルさんのお父さん、500歳の賢者ヴァン・ホーエンハイムさん。
精霊の世界換算で数億年前からこの世界を守ってくれていた人――感謝してもしきれないね。
こうやって見ると、エドさんがお父さん似ってのが分かる。
3人目はアルさんのお母さん、トリシャ・エルリックさん。栗色の髪の優しそうな人だ。
アルさんがお母さん似ってすぐに分かる――この人がエルリック兄弟を育てたんだよね。
早くに亡くなられてしまったけど、この方がアルさん達に遺したものは大きい。
そして4人目――アルさんの幼馴染であり、初恋の人であり、エドさんのお嫁さんであり。
あたしがトップクラスに尊敬している女性、旧姓でウィンリィ・ロックベルさん。
エルリック兄弟と違って特別な家系というわけじゃないはずなのに、色々な経験をしてエルリック兄弟を支え続けた、あたしにとって純粋に「強い女性」の象徴。
初めて見た時は結構驚いた――そこまで気が強そうには見えない。しっかり者の雰囲気だ。
昔はヤンチャだったらしいから、やっぱり大人になると変わるんだろうなあ。
何で描いてもらったかって?
そりゃあだって……ひょっとして義父と義母と義兄と義姉になるかもしれない人達だし?
島や世界を救ってくれた人達の顔を知らないのもなあってのもあって。
あたしの心が弱くなった時は助けてもらってる感じだ。今日もありがとうございますってね。
それと……アルさんの初恋の人がどんな人だったのかを知りたくて。
今、髪を伸ばしているのもウィンリィさんの真似だったりする。
メイさんについてはキロさんに止められた――傷を抉るんじゃないとの事。
まああっちではよろしくやってるみたいだし、こっちは任せてもらおう。
「さあ、明日は頑張るとしましょうか!」
というわけで大体のメンバーが揃いました。
これで祝日の営業準備は完了です。
クラウディアが焼いたのは「バスクチーズケーキ」というスペインのケーキです。
表面を真っ黒に焦がしたレアチーズケーキになります。
それでは次の日に……の前に一コマ。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。