ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
本編が完結して丸1年、たくさんの方に読んで頂き感謝致します。
実は連載当時ボツにしたプロットがありまして。
そのままゴミ箱行きもなあ……という事で、蛇足ですが投稿させてもらおうと思います。
外伝ですので本編とは雰囲気やテーマが異なり、キャラ設定の元になる話が多いです。
特に本話に限っては少々暗い雰囲気になります。他はそんな事ない……はず?
設定の補完だとでも思って頂ければ幸いです。
予定では15話ほどになります。
それでは、今回もよろしくお願いします。
124. 「それ」が生まれた日
「もう……これしか手がない、か」
思わず独り言ちてしまった。喋り方は忘れていないらしい。
「発声」をしただなんていつ以来だろう。
最後に「会話」をした時の事なんて、相手の姿すら曖昧になりつつある。
かつては島だった台地の一角に建つ、一軒家の屋根裏部屋。
部屋の中は大量のメモが散らばっている。見る人がいたら落書きにでも見えるだろうか。
窓から広がる景色は、水が干上がった荒野、赤紫色の空――何もいない世界。
以前は人がいた、動物がいた、植物がいた、精霊がいた、魔物がいた。
そして「ナニカ」が現れ始めた。
「ナニカ」は「ナニカ」としか呼んでいない。議論に上がる前にそういう事を考える人達も「ナニカ」になってしまって、考える意味がなくなったから。
やがて、全てのものが「ナニカ」に統一されていった。
既存のエレメントに依存しない存在。理外にある存在。その本能は不明の一言。
姿は千差万別。二足這いずり、四足浮遊、足がない、数えるのも億劫なモノ。
生物としていいのかどうかも分からないのも多かったけど、たしかに生きていた。
特別人や動物を襲うだとか、明確な敵対行動を取るわけでもなく。
ただそこにいる。生はともかく「死」の概念があるかは分からず。
一体たりとも倒していないから。倒すわけにはいかなかったから。
だって、元の存在が……知っている人だったかもしれなかったから。
今となっては遠い遠いあの日、全てが変わってしまった。
莫大な謎のエレメントを放出し、天へと昇っていった巨大な黒い蛇のような竜。
その竜から放たれたエレメントは、あっという間に世界を――星を覆い尽くした。
生物を構成する基本的な4つのエレメント、そのいずれにも合致し、そして違う属性。
それは星に生きるほぼ全ての存在のエレメントを、新しいエレメントに置換していった。
エレメント自体は一致するから存在は残った。でも「器」は新しい形を望んだ。
加えて別の理由でこの世界の法則は変わりつつあった。このままでは生き残れない。
結果、進化を果たした先に生まれたのが「ナニカ」。
あらゆるものが同じような進化を果たし、そして進化を止めた。完成したんだろう。
そのエレメントを無自覚に中和していたらしい、ただ一人の錬金術士を除いては。
「……準備、しようか」
一度声を出すと、再び声を出そうという気になって来るみたいだ。
先ほど辿りついた結論、これを現実のものにすべく行動に移す事を決める。
あそこに行くのも随分と久しぶりだ。
あそこに行くと、考える事を忘れそうになる。だって居心地がいいんだもの。
現実を忘れそうになる。忘れたくなる。
――思考停止は可能性の放棄。彼を見つける可能性の放棄。
断じて否。そんな事は絶対にしない。だからあたしは今もここに居た。
例え誰も居なくなってしまった世界であろうと、あたしの家は此処だったのだから。
でも、それも今日までだ。今より前に進む為に、今までを捨てる。
「行ってくるよ――ばいばい、お母さん、お父さん」
♢♢♢
「ここだけは本当に夢みたい」
あっちの世界から「緑」が失われて、どれだけの年月が経ったかはもう分からない。
だけど、その場所には今も「緑」が残っていた。
皮肉な話だ。部分的ではあるけれど、あっちとこっちの在り方が逆転してしまった。
こっちの世界にはあたし達より長命な種族が元々は住んでいた。
聞いた感じでは……一番長生きでも千年くらいだったかな? 寿命は聞かなかったね。
ついに遇う事は無かったけど。
心が人間性を保てるのは本来何年程度なんだろう。
あっちの世界で最後の「人」であろうあたしは、いつから人らしさを失くしたのかな。
いや、あたししか「人」がいないんだから、らしいもなにもないか。
千年程度なら他の人を捜しに出ていた。万年程度ならまだやる気も残っていた気がする。
だけどいつからか昼と夜の境も分からなくなって。
もうそこから先は数えるのを止めた。ただ一つの目的のために。
新しい錬金術と魔法を創り出す絡繰りのように。
それでもやっぱり行き詰まる。新しい発想がいる。昔で言うなら気分転換。
そんな時はここに来ていた。ここだけは昔と変わっていない……いや、番人が砕けたか。
何百年か居た時期もあった。だけど何も進まない事を思い知って、結局帰った。
その日以来、ここに来るのは
「元気?」
ギィッ!?
相変わらず失礼な反応だ。そこまであなた達の女王と変わらないでしょ?
今の世代の子達には大して手を出していないはずなんだけど。
かつては「フィルフサ」と呼んでいた、異世界の「魔物」。
つまり彼ら彼女らは「ナニカ」じゃない。言葉こそ通じないけど個別の反応がある。
今の姿に固定する前は彼女らをここから駆逐しようとしていたのに、今や唯一の交流相手。
数は随分と減った。餌になる精霊が減ってしまったり、あたしが消滅させてしまったり。
でも適応能力ってのは凄いもので、そんな世界であっても生き残るように身体が改造されていく。
謎のエレメントが流入してない事もあって、あっちと違って「フィルフサ」は「フィルフサ」であり続けた。
そんな彼女らにとって、唯一絶対の天敵は「あたし」だったらしい。
だからその支配種である「女王」という存在は、世代を経る毎にあたしに対抗するかのように進化したようだった。
「やっほ」
『…………!』
「緑」の残った土地から北の方向へ。
この辺りになってくると然程あちらと変わらない。それでも木々の数は段違いだけど。
そこに建てられていた大きな塔。元は大精霊とやらを祀るための塔だったと聞いたっけ。
それをあたしがぶっ壊して、風化して、更にフィルフサ達が立て直したらしい。
形は随分変わってしまったけど、それでも塔らしき形状は保っていた。
そしてまあ……周りのフィルフサ達にムチャクチャ威嚇されているこの状況。
目の前の「女王」なんて既に臨戦態勢だ。もう武器を構えてるし。
まだ挨拶をしに来ただけだというのに「近づくな」と言わんばかり。まあ正しい判断だ。
にしても、杖を使うやら攻撃方法まであたしに似せて進化しなくてもいいのに。
――さて、やる事をやるとしましょうか。彼女達が何をしようと同じ事だし。
風車を象った杖を上空に向ける。それだけであたしが何をしようとしているか、思考力のある存在なら分かる。現にそれで威嚇音は静まった。
赤紫色の空には光り輝く巨大な魔法陣が一瞬で描かれ、ゆっくりと回転する。
後は主が指示を下せば、あちらもこちらも想像した通りの結果だけが残る。
「こっちに来るのと、ここの絶滅。どっち?」
フィルフサは相変わらず人の言葉を発声できない。必要ないからね。
だけどあたしの言葉は理解している。危機管理的に正しい進化だろう。
ソフトな表現にする必要は無い。分かりやすく軽い調子で伝える。
誇りのもとにコロニーごと塵と化すか、あるいは犠牲を払って生き延びるか。
これ以外の選択肢は万に一つもない。彼女らは進化の過程で散々学んだはずなのだから。
『……………………』
戦意は既にない。だけど警戒は残っている。
これは……あれかな、あたしが約束を守るか否かを悩んでいるのか。
「アンタ達に手を出すのはコレが最後。ここには二度と来ない。約束する」
後は好きにすればいい。アンタ達は勝ったんだ。
経緯は何であれ、この「オーリム」という世界はフィルフサに支配された世界になった。
そのフィルフサ達も進化してきている。そのうち文明的な何かが作られるでしょ。
この場の目的を達したら、あたしは二度とここに来ない。これは本当の事だ。
だって……あちらからも旅立つつもりなのだから。
カラン
女王が右手に持っていた杖を落とした。交渉成立らしい。
そのうち別の女王がやって来てコミュニティを形成していくでしょ。よくできた仕組みだ。
そして身体が赤く光り輝いていく――今代のここの女王は頭が良いらしいね。ありがたい。
特に説明しなくても、こちらが何を望んでいるか、どうすれば一番犠牲を減らせるのか分かっているみたいだから。
女王の姿は光になり、瞬いて、収束して、これまでの形を失って。
コツン
大昔には
今は「真紅の輝石」と呼んでいる、賢者の石の材料である。
「どうも」
その赤い石を拾い上げる。その間もフィルフサ達は静かだ。
何百体とこちらを見つめている状態だけど、一体たりとも動かず、音を出さず、こっちが帰る道は確保してくれている。賢いものだ。
さて、戻るとしよう。ばいばい。
♢♢♢
「門」を通って、あたしの住む世界に戻って、かつては湖だったくぼんだ荒れ地を歩いて。
「ナニカ」達を横目に、かつては「クーケン島」と呼ばれていた半分人工の台地へ。
一度は湖中に没してしまったけど、干上がったおかげで再び表に顔を出した。
数百年もかからなかったはずだ。その後水平を取るための穴掘りが大変だった。
その時既に「元」クーケン島民で残っていたのはあたしだけ。ここがクーケン島だと認識出来ていたのは加えて二人。
色々思い出してきた、懐かしいね。あの二人は最後まであたしの師匠だった。
あちらの血というのは多少なり新たな法則に適応できたんでしょうね、流石精霊信仰の盛んだった世界だ。在り方は変わってしまったけど、姿形は殆ど変わらず、記憶も思考も長く残っていた。
後は時空魔法の応用だったんだろう。あの知識は今日の結論の鍵の一つだ。
何故、あたしだけが「人」として残ったのかは今も分かっていない。
一番詳しそうな存在ならば分かったかも――
「…………っ!!」
ピキィ!! ピシピシピシッ!!!
思わず杖を握った右手に力が入ってしまって、大地がひび割れ始めちゃった。
いけないいけない、抑えないと。これ以上世界を壊しちゃいけない。
この世界をこんな形にしてしまった「あの人」。
思考停止ではなかったんでしょう。諦めでもなかったんでしょう。自分の中では最善だったんでしょう。
けど、こんな世界を「彼」が望むとでも思った?
結局何一つ解決しなかった。
ただただ今の世界が残り、「あの人」は消え、捜し求めた「彼」は帰って来ていない。
世界の管理者達が現れる事はなく、今に至る。大精霊ってのはどんな存在だったのやら。
それでも諦めるつもりはなかった。必ず何処かにいる。凡その当たりは付けた。
師匠の考えた仮説、人の世界と世界の間に存在すると思われる「精霊の世界」。
だからそこに辿りつく手段を探して、延々と研究を続けた。
そして得られた結論――「人」の身では辿りつけない。
思わず笑ってしまった。とにかく笑った。あの時笑ったのが最後だったっけ。
世界で唯一「人」であるあたしだけが、辿りつく事が出来ない世界。
「ナニカ」と化したもの達なら辿りつけるかもしれない世界。
ふざけるな。
人でなくなりつつあった師匠達が残した言葉が頭に浮かぶ。
「どうか『あたし』を
ゴメン……もう無理だよ。
賢者の石で永遠を生きる肉体となって、見た目も声も服装も武器もあの頃のまま。
あの時の想いを風化させない為。
だけど精神は変質して、魂は輪から外れてしまった。既にあたしはあたしじゃない。
それに、あたしのままだと辿りつけないと結論付けてしまった。
二択。
「彼」を諦めて、「あたし」っぽい存在であり続ける事を選ぶ。
「あたし」を諦めて、「彼」に辿りつくかもしれない道を選ぶ。
……こんな世界で、これ以上あたしだけが残って何になるっていうの?
♢♢♢
あたしのもう一つの家、隠れ家、アトリエ。本来は工房であり、後にお菓子屋にもなったっけ。
残念ながら看板は朽ちてしまっていた。今や名前も分からなくなってしまった。
かつて旧市街と呼ばれていたと思う町は、一度湖中に没してしまった事もあって劣化が激しく、土製のものは風化してしまい、木製のものはほぼ全て朽ちてしまった。
今もかろうじて跡を残しているのは、一番の親友が住んでいたはずの旧市街で最も大きな木造建築の残骸と、町を守ってくれたと思う鉄筋と、他の建物とは強度が違ったらしいこの工房だけ。
島の内部は暗黒と淀んだ空気に閉ざされている。入ろうとは思わないし、入る意味もない。
工房の中も当然水浸しになってしまっていたけど、不思議と比較的綺麗に残っていた。
それが、今もあたしがこの島に住み続けているモチベーションなのかもしれない。
売り場だった所から奥に進んで、工房とアトリエと調理場があったエリアへ。
コンテナからチョークを取り出し、床に絵を描いていく。
あたしが使ってきた錬金術とも魔法とも全然別の理論に基づく図形。
これらしきものを描くのは、今日のように大規模な魔法を使用する時だけだ。
昔のあたしは基礎すら全く分からなかった。今も正直不安しかない。
既に地殻変動は存在しない。精霊の流れも存在しない。起動する力は自身の魔力になる。
これに関する資料は何一つ存在しない。教えを乞う事は出来ない。アレンジするしかない。
……乞う事が出来るなら、そもそもこんな事をする必要は無い。
実験体は居ない。何故なら「人」があたししかいないから。
「ナニカ」には干渉できない。フィルフサも「フィルフサ」であって「人」じゃない。
だから一発勝負。まあ失敗したらしたで、それで「
もう、どうでもいい。
「……これでいい、かな」
描き終えた。
ついでに部屋の天井に魔法陣を仕掛ける。
床に描いたのは、かつてあたし達が「錬成陣」と呼んでいたものの模倣品。
構築式の中身はあたしに混ぜ物をするもの。「真紅の輝石とあたしの
条件に悩んだ。
別の生命体といっても、そこに元の「あたし」の意思が残らなければ意味がない。
あたしでないものになりつつ、部分的にはあたしでなければならない。
だから相方に選んだのは、あたしになろうとした存在――
申し訳ないけど旅の道連れだ。
あたしがフィルフサになろうとする進化の過程をすっ飛ばす行為なのかな。
あたしではあるけど、あたしじゃない存在になろうと考えた結果、そこに辿りついた。
上手くいけばあたしはフィルフサ人間だ。人間フィルフサかもしれない。
フィルフサの身体は丈夫だ。相当に濃い魔力でも時空を曲げても簡単には崩壊しない。
これで、なんとしても捜し出す。
天井に仕掛けた魔法陣は、錬成陣もどきの発動後に時間差で発動する。
世界にほんの小さな穴を開ける超小型の「門」の再現。但し次元すら捻じ曲げるブツ。
発動時間はコンマ数秒にも満たないはずだけど、周囲への影響は小さいと願いたい。
こちらの世界にはこちらの世界の時間が流れるはずなのだから。
一発では目的地……精霊の世界には辿りつけないだろう。そもそも座標を知らない。
だけど今の世界の理論や要素じゃ探せない。時間や概念を超越して、新しく手段を設ける。
まずはとにかく探す事。あたしの周囲から順々に、全てを。
こちらの世界は、もう貴方達の世界だから――あたしは
錬成陣もどきの真ん中に立つ。左手に輝石と化した女王を握りしめる。
右手には、大昔から相棒で居続けてくれている
コン
シーカーで陣を叩いて、術式を発動する。
同時に天井の魔法陣も回転し始める。
あたしの意識が薄れていく中、目の前の存在と目が合った気がした。
オーガヘッドと呼ばれていたと思う鎧。「彼」の存在の象徴。
汽水の塩分で錆びてしまっていたから、錬金術を使わずにできる限り手で磨いたっけ。
今や人が二足歩行だったとまともに分かる数少ない存在だ。
そして「彼」の所持品だったんだろうボロボロの「赤い布」。オーガヘッドの中にあった。
未だにアレが何だったのか分からない。かろうじて蛇と十字架が見て取れた。
何となくスカーフのように巻いておいた。色あせてしまった世界に彩を添えてくれた。
その顔から表情は読み取れない。だけど、不思議と「彼」の名を思い浮かべられた。
「行ってきます。でもって、絶対に見つけますからね――アルさん」
ぼやけながらもあたしの姿をかろうじて映していた鎧は、黄金の光を反射して。
あたしの意識は暗い暗い闇へと落ちていった。
盛大なブーメランというお話。
元々後日譚前に挟むかどうか悩んで、結局やめた話だった気がします。
こんな感じなのは本話だけです。
次からは……もうライザのアトリエじゃないなぁ、と思ってやめたお話達です。
外伝の本来の雰囲気を感じて頂きたいため、一話分連続投稿致します。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。