ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師   作:もふもふたぬきねこ

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無印ライザにおいて、10年前と言えば。
その裏話です。

誤字報告ありがとうございます。
相変わらずどこかしらに存在してしまっていますね……。

自分で投稿してるくせに本編の雰囲気をぶち壊しにしてしまっていないか、
不安になりながらの状況なのですが大丈夫でしょうか? 賛否あるかと思っています。
よろしければご意見をお聞かせいただければ嬉しいです。
新しく評価を付けて頂きました方はありがとうございました。

今回もよろしくお願いします。


126. 10年前②  「アタシ」が「私」になった時

クーケン島に漂着して、目が覚めてから何日か。

色々おかしな事だらけであると分かった。

 

まずは僕自身の身体の事だ。

 

 

 

眠気が来ない。空腹を感じない。食べたとしても自発的な排泄は不要。

レントゲンを撮ったら、身体の中はどうなっているんだろう。

まるであの体()だった時の肉体ありのような。

 

 

 

違いは目を閉じられる事、体感触感はある事、飲食が可能な事。五感は生きている。

見た目は普通の人間に見える事――普通と言っていいかは怪しいかもしれない。

 

後は、極端な疲労であれば認識するらしい。

何をするにもリハビリ状態のこの身体だ、一挙手一投足で一気に疲労が蓄積する事は既に実体験で知っている。

 

本来なら日常行動を取る事……物を握るとか、腕を振るとか、こういった動作も極めて困難。

そんな行動を連続して続けると、流石に疲れを感じる事が分かった。生を実感する。

逆に言えば、そんな状態にでもならない限り疲労しない。回復も早い。驚異的なタフネスさだ。

 

 

 

そしてこの島――というか、「この星」、更には「この世界」になるんだろうか。

 

 

 

目が覚めてから過ごした最初の夜、窓から見えた景色は今までに見た事がないものだった。

 

満天の星空。ここまで見事な天の川は砂漠の真ん中でも恐らく目にした事がない。

光害が殆ど無いからなのかな? あるいは大気が非常に澄んでいるのかもしれない。

 

だけどそんな感動は一瞬だ。ある事に気付いてしまったから。

 

――知っている星座がない。

 

錬金術と錬丹術を学ぶ上で、占星術というものにも多少は手を出している。

だから有名どころの星座は、北半球だろうと南半球だろうとどの季節だろうと見れば分かる。

星座を発見できれば凡その位置が特定できる可能性もあった。

 

だけど一つも存在しなかった。全く知らない夜空。見ていて飽きないのが幸いだ。

 

そして、数日経って目に入るようになって来た「月」。知っていたものより明らかに大きい。

僕が気を失っていた間に太陽系の位置が変わった可能性もあるけど、現実逃避もいい所だ。

 

つまり……ここは僕がいた(地球)じゃない可能性が高い。

 

加えて全く知らない概念――「エレメント」、そして「魔力」。

 

まだ詳しく話は聞いていない。

あの謎の電灯が「魔力」で光っている事はわかった。魔石灯というようだ。

これは恐らくこの島、この国での常識だ。下手に聞くのは不要な疑念を招く。

 

そして診察時にエドワード先生が耳打ちしてくれたお話。

 

――僕のエレメントがおかしくなっている。皆無といっていいほど感じられない、と。

 

どんな生物にも無生物にも宿っているらしい、「エレメント」なる謎の概念。

それがどうにも僕には存在していないか、相当に微小である可能性を伝えられた。

識別の杖を握ると何かしらの色が灯るらしい。だけど傍目には何も変わらなかったのが理由だ。

 

シンやアメストリスでは発見されていない概念だっただけなのかもしれない。

或いは別の何かを「エレメント」と呼称しているのかもしれない。エネルギーの一種とか。

 

考える事は色々出来たけど、現時点で特に悩むべき課題はその事ではなかった。

これを早い段階で知る事が出来たのは極めて幸いだったんだろう。

 

 

 

この島において、「普通(島民)」でない事は致命的らしい。

 

 

 

エドワード先生自身も漂着者だったらしく、加えて記憶喪失者。随分苦労されたそうだ。

医者という地位を確立して、役に立つと判断されて漸く扱いが安定したらしい。

つまり――役割を得て「普通」となる事が出来れば、島の一員になれるという事なんだろう。

 

間違っても錬金術は皆の目の前で使えない。あちらでも一般的とは言い難かった技術だ。

そもそもこちらで錬金術を使用する事は可能なのか? 概念はあるんだろうか。

 

「だから、あまり他の人には話さないように」、そう忠言を頂けた。

エドワードという名の人物にはお世話になりっぱなしだね。

 

 

 

別の星である可能性は高い。ほぼ確定だ。だけど物理法則すら別の物になるだろうか。

悩んだ結論が、「ここは別の世界」であるという可能性。「扉の向こう側」の可能性。

 

僕が知っている別の世界は「真理の扉がある世界」「グラトニーの疑似真理の扉の世界」。

そしてフラスコの中の小人が生まれ、消え去ったと思われる「真理の扉の向こう側」。

 

僕達が住んでいた世界と異なる物理法則に支配されている世界がある事自体は不思議じゃない。

あり得ないなんて事はあり得ない。これは今でも通用する教訓だ、可能性を捨てるな。

考えるべきなのは「何故、どうやってここに来たのか」だろう。全く見当もつかないけれど。

 

そして……不思議と言葉が通じる。口の形と発声内容が一致している。

耳に入る時だけ翻訳されているような状況でもなさそうだ。単なる奇跡か、どこかで繋がるのか。

 

理由が何であれ、僕がシンから姿を消して最低でも数日は経過したはずだ。

今頃あっちはどうなっているんだろう?

幸か不幸か、現皇帝と付き合いがある立場だ。大きな騒ぎになっていない事を祈りたい。

 

メイだけはどうにもならない。現状を想像できて……それを感情に乗せられない自分に気味が悪くて仕方がない。これも単なる思考でしかないだなんて。

 

 

 

疑問点や悩みは山のように積みあがっていったけど、ハーマン家の人達は優しかった。

僕は「異物」であろうに、アガーテさんは何らかの理由で外への関心があるらしく、同じく外の存在である僕を受け入れてくれた。ご両親もそんなアガーテさんに寛容だった。

 

この数日、ほぼ常にフェイズさんかアガーテさんが傍に付いてくれていた。心強い限りだ。

エレナさんも手間だろうに、僕用の療養食を作り続けてくれている。

どうにも近所の方が臨月を過ぎているらしく、そちらに出向かれている事が多い状況だったのに。

この身体に必要なのかどうかは分からなかったけれど、その温かさがとても嬉しかった。

 

状況は分からない事だらけだけど、変化は少ない平和な日々。

だけど……それが揺らいだ日が、わりと早いタイミングで訪れた。

 

それは前日に大雨が降った翌日。日中はどんよりした雲が広がっていた日だった。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「アル君……お風呂、入ろっか」

 

「…………あぃ?」

 

「はい?」と言おうとしたのに、最初の母音だけ発音してしまった。

 

確かにこちらに来てから一度も湯浴みはしていない。濡らしたタオルでフェイズさんかエレナさんに身体を拭いていただいている状況だ。

形だけでも排泄しているように見せるために、肩を支えてもらいながらなら歩ける、という事にはなっている。だからまあ少し無理をすれば湯浴みも不可能ではないだろうけど。

 

僕だけを入れてもらえる、という雰囲気を感じない。

アガーテさんも一緒に入るの? それは……なかなかマズくないですか?

 

アガーテさんも色々僕のお世話をしてくれている。

話し相手だったり、ご飯や水を運んでくれたり、窓を開け閉めしてくれたり。

ただ線引きはされていて、身体を拭いてくださっていたのはご両親。そこに疑問はない。

 

だから、いきなりこんな事を切り出されるのは想像していなかった。

 

アガーテさんから感じられる雰囲気は、どことなく暗い。今日外から帰って以来ずっと。

朝から複雑そうな表情で外出される事は何度かあった。そして、戻られてからこちらに顔を出されなかったのは初めてだ。ほぼ口も開かれていないはず。

何かあったと考えるのが自然。それを吐き出したい感じだろうか。

ただその話し相手とタイミングが……弟扱いとはいえ、精神年齢20歳の男と入浴中なのはマズいと思うんですよ。

 

「アタシと入るのは、イヤかな?」

 

「あ……え、いあ」

 

断るための言葉をひねり出そうとするけど、口からすぐに発する事が出来ない。

加えて、その「目」を見てしまって……断るという選択に躊躇いが生じた。

 

今にも泣き出しそうな目。それは僕の反応がどうこうというのは関係ない。

何か泣きたい事があったけど、泣けないでいる。そんな表情。

 

「いこうか」

 

それ以上こちらの意思を確認される事はなく。

そのまま上体を起こされ、肩を支えられ、浴室に移動する事になった。

 

着替えが簡単になるように、僕の服は布を簡単に紐で縛ってあるだけだ。

だから簡単に骨と皮だけの身体が露にされる。男の身体云々という話じゃない見た目だろう。

少女なら尚更刺激が強いかもしれない。無理をしてでも先に浴室に向かうべき。

 

だけど、僕の頭は別の事に意識を向ける思考に支配されていた。

 

(衣擦れの音……だけど、何も思わない?)

 

疑問に埋め尽くされる頭の中。

精神年齢差は8歳だ。正しく欲情がどうのというのはないだろうけど、少しはそっち方面に思う事があってもおかしくは無いはず。

 

何も感じない。()()()()でしかないという感覚。感情ではなく「何故?」という思考。

 

 

 

つまり――三大欲求が「感じられない」のではなくて、「存在しない」?

 

 

 

鎧だった時は寝る事も食べる事も出来なかった。物理的に不可能だからだ。

だけど異性に対する興味は残っていた。元からの性格とも感情とも言えるだろうけど。

 

今の僕にはそれがない。希薄というのが正しい表現……じゃないよね、欠落なのか?

自然に存在するはずのものをわざわざ思考して、「これが常識だよね?」と結論を出して。

それに沿って行動しているに過ぎない。あった頃の名残でしかないような心持ち。

 

これはある意味あの頃よりひどい状況なのかもしれない。

拒絶反応が起こらなさそうなのは幸いなんだろうけれど。

 

「待たせてゴメン。疲れちゃったよね」

 

いつの間にか衣擦れの音は止まっていた。

アガーテさんの方を向かないようにしているから、タオルとかを巻いているかは知らない。

意識を戻そう。アガーテさんは何か事情を抱えている。今は彼女に任せよう。

 

 

 

初めて入ったハーマン家の浴室。

その構造は今までに見た事がないものだった。

 

浴槽はある、シャワーはない。浴室の中に二列の水路が走っている――上水と下水か。

 

これはなかなか独特だ。

浴槽が無くてシャワーはあるのはよく見るけれど、逆は珍しい気がする。

井戸からドラム缶に水を汲んで、火を焚いて風呂にするのに近い。

 

湖に浮かんだ小さな島の筈だけど、個人の家に水路を引けるというなら水は豊富なんだろう。

余程高い山があるんだろうか。あるいは雨季が長いか湖の水なのか?

 

その浴槽の中に沈んでいるのは……なんだ? この赤黒っぽい石ころは。

湯気とまでは言えないけれど、軽く湿気と熱気を感じる。

 

「先にアル君の身体、洗っちゃおうか。壁に手をついていてね」

 

思考を元に戻す。現状抵抗も何もない、為すがまま。取り敢えず頷く。

 

アガーテさんが浴槽の水を桶で掬い、僕の頭から掛ける。

身長はアガーテさんの方が高い。これも僕が弟扱いである理由の一つだろう。

掛けられた水は……温かい。でも見た限り水栓もボイラーもない。焚火の音もない。

つまり、この島のお湯の沸かし方は……

 

「髪、伸ばしてるの? ちょっと痛んじゃってるかな」

 

質問がかけられた。

姿見がないから今の髪をきちんと確認できてないけれど、あの時の髪型だというなら長いよね。

伸ばしてるわけじゃないです。ただ伸びているだけです。こうなってる理由は分かりません。

 

口で回答すると説明が必要になるかな。

 

首を横に振る。この辺りのジェスチャーも共通らしくて助かる。

 

「なら切ってもらおうか、じきに乾季も来て暑くなってくるから。アタシも切ろうと思ってるし。それまでは括っておく方が良いかもね」

 

今のアガーテさんの髪は背中にかかるくらいの長さ。意図的に伸ばしているんだと思っていたけど、そうでもないらしい。

じきに乾季というならば今は初夏なのかな。シンよりはずっと涼しそうだ。

括るとなると兄さんみたいな感じになるのかな? 似合わなさそうだなぁ……。

 

石鹸はあるけれどシャンプーはない。

あまり泡立ちはよくない。加えて独特の香りがする。若干の獣臭、この香りは確か――

 

「……や、ぎ?」

 

「分かる? この島ではヤギを沢山飼っているから、ヤギミルクやヤギの肉も多いの。アル君もそのうち食べられるようになるよ」

 

同じ動物を指しているのかは分からないけれど、ヤギは居るらしい――迂闊だった。

この辺りもどこまでがあちらと一致しているのかを気をつけないといけないや。

 

それにしても……動物性油脂の石鹸? あっちでだとかなり古い作り方だ。

資源を無駄にしない為にヤギ脂を使っている可能性もあるけど、鹼化(けんか)するための塩基剤の消費を考えると手間では? 魔石とやらの灯りと比べると文明度があべこべに感じる。

 

ヤギの酪農をしているという事は、それなりに広大な土地を有している事になる。

思っていたよりこの島は大きいのかもしれない。

 

そんな事を考えている間に、再び頭からお湯が被せられた。全身を洗ってもらったらしい。

羞恥というのは特に感じない。ただ結果を頭の中で反芻するだけである。

 

「アタシも身体を洗うから、先に浸かっていてもらおうか。セキネツ鉱が危ないからアル君はこっち側ね」

 

この赤い石は「赤熱鉱」っていうのか。つまりは石自体が熱源、何と便利な。

 

脇の下から身体を支えられて湯に浸かる。それだけ僕の身体が軽いという事だ。

彼女は特にタオルなどを巻いていないらしい。そういう性格なのか、それに値しないのか。

 

――それどころではないのか。

 

湯に浸かるのは体感的にも久しぶりだね。シンでは大体シャワーで済ませてしまっていたし。

本来は心情的に落ち着く状態であるはずなんだろうけど……ただ温かい水に触れている、そんな感覚だ。血行がよくなるとか、疲れが抜けるとか、そういったものを一切感じない。

 

ある程度日常生活における人間らしい反応をパターン化しておかないといけない。

今の僕は見た目は人間、中身は鎧の様なものなのだから。

 

 

 

申し訳ないと考えつつ視線を横にずらす。視界に入るのはアガーテさんの背中。

 

肌の色は僕とほぼ変わらない。黄色(おうしょく)より白色(はくしょく)気味かな。

髪の色は黒色。だけどフェイズさんはこげ茶色、エレナさんはアッシュブロンドだ。島の中で優性遺伝に則って黒色に収束しているというわけではないらしい。

僕に近い色の金髪の少年もいるという話は聞いているけど、金の瞳は流石にいない様子。それはあっちでもそうだしね。

 

比較的鍛えられている感じだろうか。将来護り手という衛兵の職に就く可能性があるだろうから、既に鍛え始めているのかもしれない。

 

ザバァという音がした。

アガーテさんがこの状況をどう思っているかは分からないけど、せめて目を瞑っていよう。

 

足音がして、お湯に入る音がして、水かさが増して、足が僅かに接触した。

比較的広い浴槽、仮に大人が2人入ったとしても狭いという事はないはずだ。

だけど接触している――つまり、かなり近い位置に浸かられているという事。

 

アガーテさんから声が聞こえてくる事はなく、ゆっくりとした呼吸音だけが耳に入った。

 

 

 

そこから数分が経過して。

 

 

 

「……アタシね、騎士になろうと思うんだ」

 

「き、し?」

 

聞き馴染みのない単語に思わず目を開けてしまった。

髪がそのままお湯に沈んでいた互いの顔の距離は、思いのほか近かった。

 

きし……騎士、か。

アメストリスやシンでは採用されていないけど、王制において帯剣と騎乗を許された憲兵の様な役職だっただろうか。

 

「お国、の……衛、兵、さん。ですか?」

 

「そんなところ。なる事が目的じゃなくて、手段なんだけどね」

 

聞いた限り、ここは田舎。相当に辺境と思われる地だ。

であるならば、騎士になるという事は留学に相当するだろう。かなりの覚悟が必要になる。

それが……目標や目的ではなく、手段。通過点という事か?

 

「なんの、ですか?」

 

「島のみんなを守る為の、だよ。今のアタシじゃ……妹分すら守れないところだった」

 

この会話の原因はそれか。

妹分……島の北西地区に住んでいるらしい大農家、シュタウト家のやんちゃな娘さん。

「ライザリン」ちゃんと言っていたかな。みんな「ライザ」としか呼ばないと。

僕や兄さんも比較的近いものがあるかもしれない。

 

つまり、そのライザリンちゃんが何かしら危険な状況に陥ったのか。

 

「ハーマン家は代々護り手をやっていてね? だからアタシも護り手になる事に疑問なんてなくて。それで「みんなを守る大事な役目」を、軽く見ちゃってて……考えが甘かったみたい。あの時、ちょっとでも目を離してなかったら」

 

アガーテさんの声は比較的淡々としている。だけど視線は水面を見続けている。

自嘲しているような状態だろうか。

 

「割と昔から腕っぷしは強かったし、気も強くて女の子っぽさもなかったから傭兵のおじさんに「騎士になれるかもな」とは言われてて――ちょっとムカッとしてさ、それでここまで髪を伸ばしたりもしてたの。だけど島から出る事は()()()になっちゃうから、騎士になろうと思うならしっかりと理由を示せないといけなくって。今日、その理由を得られたと思うんだ」

 

「おきて、ですか?」

 

ハーマン家の人達からは直接聞いていない。大体の知識はエドワード先生からだ。

このクーケン島に数あるという「掟」。

 

「そう、あんまり「外のものに関わっちゃいけない」って。人もそうだし物もそうだし――だから護り手って役目があるんだけどね。それに島の外には「魔物」もいるから、人と動物しかいない島よりはずっとずっと危ないっていうのは掟も関係ない事だもの。アル君に関しては心配しなくていいよ、アタシ達が守るから」

 

ま、もの? 魔物? 魔石があるから魔法もあるかと思っていたけど、魔物がいるの?

動物とは明確に区別される存在らしい。そしてこの島には一体も居ない、と。

 

マズいな、これは情報が手に入れにくそうだ。下手に聞くわけにもいかない。

せめてホムンクルス達よりはマシな存在だと願いたい。今の身体じゃまず勝てない。

 

平和そうな島に何故衛兵が必要なのかと思っていたけど、島民を島外民(外の文化)から守る為だったのか。

そうなるとわりと排他的と言えるかもしれない――イシュヴァールのような。

 

今は止めろ。相談を受けているんだろう? 感情移入しにくい事がこんなに不気味だなんて。

 

 

 

「だけど本当に護り手……島のみんなを守ろうって思うなら、騎士くらいになれないと話にならない。男だ女だなんて思ってる場合じゃないって。人々を魔物から守る実戦経験を積んで、心の在り方を学んで。それで島を守る騎士として戻ってこようって思ってるんだ――変かな?」

 

 

 

アガーテさんのこの行動は、自分の意思の確認が目的か。或いは後押しを求めているのか。

多分まだフェイズさん達にも話をされていない。わりと身内には言いにくい事だろうし。

男の僕を風呂に誘ったのは、女性としての羞恥心を捨てられるか試していると。

 

これはどう答えたものだろう――安易に答えるわけにはいかない。彼女の人生を左右する。

 

志は立派だ。だけど恐らく背負い過ぎている。日中の出来事に心を飲まれてしまっている。

そういった感情の下に動いてしまうと、その時はよくでも将来取り返しがつかなくなりかねない。

方向性はともかく、落ち着いてもらわないといけないかな。

 

騎士や兵士が国に仕える者()で構成されているように、護り手という職も島に仕える人()で担うものだろう。アガーテさん一人で守るわけじゃない、そこは間違えちゃいけない。

 

人一人で出来る事には限度がある。それは僕が、僕()が、散々思い知らされてきた事だから。

 

 

 

「…………へん、じゃ、ないと、思い、ます」

 

まずはシンプルな回答から。続けて。

 

「でも……()()()()()()、方が、もっと、安心だ、と、思い、ます」

 

「………………そっか。そうだね。流石にちょっと先走り過ぎちゃったかもしれない。今までずっとみんなで島を守ってきたんだものね」

 

少しは重荷を外せただろうか。この浴室内で初めてアガーテさんと目が合った。

潤んでいるような感じではあるけれど、悲壮感は先ほどまでより薄くなったと思う。

 

「例え騎士が一人居たところで、たかが一人じゃ島を守り切れないものね。身体は一つ、腕は二本しかないんだし。なら守り方を島に持ち帰って護り手に広める事を目標にするべきかな」

 

笑った。今度は自嘲気味じゃない。大丈夫、かな。

 

「ありがとね、いきなりこんな事に付き合わせちゃって」

 

「いえ。だい、じょぶ、です」

 

「――なんだか平静を保たれててショックだなあ。アタシは結構恥ずかしいのを我慢してるのに、アル君は今も全く変わらないんだもの。エチケットとして目は瞑ってくれていたけど。それなりに身体は育ったって思ってたのに、アル君の故郷では違ったのかな?」

 

意図的に顔を赤面させる方法を教えてください。

平静というか、感情よりも疑問が多すぎてキャパシティーを超えているだけだと思います。

 

「まあアル君がアタシの……いや、お姉さんになるんだったら「私」の、かな? ライザとはズラすとしましょうか。弟分なんだったら、姉弟でお風呂に入るくらい問題ないよね」

 

本当にごめんなさい。こっちは中身20歳です。身体も多分14歳くらいです。年上です。

これは……いつか話す時が来たら張り手くらいは覚悟しないといけない。

いや、社会的な制裁案件じゃないか? この島だと更に上の領域って事はないよね?

 

「さ、今の身体だと湯あたりもしやすいだろうからそろそろ出ようか。今はお母さんが忙しい時期だから、シンシアさんが落ち着いた頃にでも髪を切ってもらおうよ。やっぱり私も切るから」

 

女性が髪を切る意味合いは、男とは比較にならない……いや、これはアガーテさんなりの覚悟の表れなのかな。「騎士を目指す」っていう。

 

ならば「弟分」として、内緒だけど「人生の先達」として協力させてもらおう。

こうしてお世話になっている彼女を、僕なりの方法で守る為に。




感想返しで書かないとお話しつつ、実は存在したエピでした。
多分作者はアガーテに屋上へ呼び出しをくらいます。

原作ストーリー中ではもちろんライザ達にフォーカスが当てられていますが、
別視点ではこんな悩みもあったんじゃないのかな、と思った次第です。

次は1年経過します。本作をよく覚えていらっしゃる方なら何のタイミングか分かるかも?
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
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