ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
この世界の中心たる「彼女」との出会いです。
新たに評価を付けて頂きありがとうございました。
本編とはまた違うキャラ達の姿を楽しんで頂ければ嬉しいです。
難しいものですね。
今回もよろしくお願いします。
「おはようございます」
「……ああ」
クーケン島の朝は早い。日の出前から活動を開始されている方が殆ど。
その島の中を、リハビリのために杖を使って身体を引きずりつつ歩くのが最近の僕の日課だ。
最初の頃は腫れ物扱いどころじゃなかった。文字通り「異物」扱いだったね。
普通じゃないのが致命的とは聞いていたけど、まさかここまでだったとは。
「好き」の反対は「無関心」と言われるけれど、ここの場合は「排斥」だ。
アガーテさんやフェイズさんがついてくれていた時はまだよかったけど、一人でリハビリをするようになってこの島の現実を知った。
掟が長年身体に染みついている大人の方々は当然として、子供達にも無言で逃げられた。
島のトップ的な存在の一人であるらしい古老様からは面と向かって言われた――「いつになったら貴様はこの島から出ていくんだ」と。
元々の精神だったならそれなりにショックを受けていただろう。
今のおかしな精神だから、こうして純粋に思考を巡らす事が出来る。
――どういう経緯でこうなっているんだ?
季節は僕がハーマン家でお世話になり始めてから一巡した。
キチンと計測できていないけど、一日は24時間、ひと月は約30日、一年は多分365日。
カレンダーは無かった。存在はするけど、この島ではそもそも紙が高級品らしい。時計もだ。
自転速度も公転速度も前の地球とほぼ同じ。世界地図を見ていないから詳細には分からないけど、地軸だけはもう少し垂直気味なのかもしれない。
一年、か。
メイ達は元気かな? 今も捜し回ってくれたりしているんだろうか。
兄さんとウィンリィの子は元気に生まれたのかな? あっちに帰ったら僕も「叔父さん」かぁ。
高負荷のリハビリを始められたのはこの春を迎えてからだ。
というのも、元々漂着した直後の時でも支えられながらなら動くくらいは出来ていたんだけど……
アガーテさんが居ない間に僕が外で行動していると判明した時は大変だった。大泣きされた。
お風呂もやんわり断ろうとして、物凄く悲しい顔をされてしまってなあなあ状態である。
13歳になられて成長が更に進まれているんですよ? 自覚されてます? 将来大丈夫だろうか……。
どこからか古老様が僕に言った事を聞きつけた時は、ご両親曰く本気で「ブチ切れた」らしい。
具体的に何が起こったは聞いていないし、こっちから聞く事もしていない――怖くて聞けない。
それ以来、上の方々からも表向き拒絶される事がなくなったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
ハーマン家以外で最も長い時間を過ごしているのが「学び舎」だ。個室をお借りしている。
ハーマン家と同じく「旧市街」に存在していて割と近く、基本的には先生のシンシアさんと子供達だけ。加えてこの島では比較的貴重な「本」がある。僕の勉強にも最適だった。
だから子供達が授業を受けている間にこそっとお邪魔し、終わる前には帰る感じを続けている。
シンシアさんは僕の存在の「受容」派だ。旦那さんが島外の方というのもあるかもしれない。
そして、初めて本をお借りした時は案の定の結果。
「やっぱり文字は違うのか」
ハーマン家の本も背表紙が読めなかったがために、読んでいいか聞く事がなかった書籍類。
島内新聞の様なものもあるみたいだけど、発刊は不定期みたいだし、変に読むのもね。
話す言葉は同じなのに、書いてある文字は違う。不思議な感覚だ。
とは言え、お借りできたのは子供向けの本――つまりは「文字を学ぶ為の本」だ。
父さんの錬金術のノートやマルコーさんの研究書の解読に比べたらなんて事はない。
それを切っ掛けに、この国で使用されている文字や文法、基礎知識は覚える事が出来た。
そこから、ここが如何に僕の生まれた世界と異なっているかを知る事になった。
「エレメント」、「魔法」、そして「魔物」。
どれも実物を見た事がないけれど、子供ですら知っている、僕だけが知らない一般常識。
「エレメント」は元素の一種じゃなかった。僕にとっては新種の概念だ。
火、風、氷、雷の4種のエレメント。全ての物体にはこれが含まれている。
火はプラズマ、風は気体の移動、氷は水の状態の一種、雷は電子の流れ方の一つ。
これらの僕の常識が、こっちの世界では「精霊」なるものから生じた「世界の要素」として扱われている。どうにも含んでいるものに規則性があまりないのが厄介――なんでヤギミルクが雷なの?
専門書を読んだわけじゃないから不確定だけど、属性変換も可能。加えて質量保存や熱力学の法則に則らない可能性が高い。自分の常識に囚われていると大変な事になりそうだ。
僕の身体からエレメントが感じられないというお話は、生まれた世界が違うからなのかな?
この辺りの考察はもっと学習を進めてからでないと、前提条件から間違えそうだね。
そして「魔法」。これはエレメントと重なり合いつつも、少し別の括りになる模様。
大小有れど、「魔力」なるエネルギーをどの生物も保有している点はエレメントに近い。
だけど、これを用いて事象干渉出来るかは個々人の素質によるみたいだ。
これは錬金術と錬丹術に比較的近いね。力の源を
最後は「魔物」。元は動物だった存在が、強い魔力を帯びてそれに適した身体に進化した血統。
種類は動物並みに千差万別な様子。卵生のイタチや陸生のサメがいるのは聞いている。びっくり。
加えて……伺った掟が真実なら「竜」が存在する。一度は見てみたいかも。
このクーケン島は北の対岸まで5キロほど。そして独特な形状の入り口の汽水湖だから、外洋からのサメの様な魔物の流入もかなり少なめ。だから魔物が自力で島に来る事はほぼ無い。
だからこそ自衛の経験が乏しくて、それも護り手が必要な理由なんだとの事。学びが多いね。
幸いにして生物の見た目と呼称も元の世界と大体同じだ。
面白いのは「
読ませてもらった本から「錬金術」という単語は発見出来なかった。子供向けの本だから?
この世界には存在しない概念かもしれないし、僕自身もまだ試していない。
完全に僕一人だけになれる場所と時間を確保しないと。
そんな、昼に学び舎で学んだ事を夜間は頭の中で混ぜこぜしながら、朝はリハビリに励む。
それが最近の僕の日常だ。アガーテさんは騎士となるべく島から旅立つ日が近いから訓練の時間が増えて、それで泣く泣く僕だけのリハビリを許してもらえた。
そして……最初の頃は無視を越えてほぼほぼ拒絶に近い反応だった「挨拶」。
これも継続する事で何とか「普通」扱いになったらしく、最近はお返事を頂けるようになった。
つまり根源的な拒絶ではなく、あくまで掟に従った余所者への反応なんだろう。少し安心できた。
だけど島民全員がこんな感じなわけでもない。一部例外がいる。
普段からお世話になっているハーマン家やシンシアさん、エドワード先生とは別方向に。
「アルフォンスか、朝から精が出るな。また何か思いついたか?」
「おはようございます、モリッツさん。ご期待頂いているようなのは中々出てこないですね」
「アイデアが出過ぎてしまうと価値が薄れるからな、それもそれで問題か。だが何か思いついたらアガーテ経由でいいから急ぎ知らせてくれ。時は金なり、価値は時間と共にも薄れる」
「善処します」
モリッツ・ブルネンさん。
この島のトップの一人であり「水持ち」の当主、島の顔役。事実上の真のトップだろう。
クーケン島で使用されている上水のほぼ全てが、ブルネン家で管理されているトレッペの高台にある水源を端に発しているらしい。
僕の常識では奇妙の一言だけど、ここは僕の世界じゃない。こういう事もあるのかもしれない。
そしてこの方は外にも伝手がある商人でもある。故に比較的掟にも余所者にも寛容だ。
基準は「役に立つか、金になるか否か」。分かりやすい。
僕が何故この方とこんな会話が出来ているかというと、僕が適当に作った「支持型杖もどき」が革新的とは言わずとも便利な物と認識されたからだ。想定していなかった。
見た目には単に枝と紐を組み合わせただけの一品が、「十分利益を生む」と判断された。
あっちでのリハビリの時に使っていたし、単に松葉杖だと二本要るからと思っただけだったのに。
本当にあべこべというか、不思議な文化だと思う。
現在使われていないようだけど、噴水を作る技術があるのに介助杖がない。
単に必要がなかったか、発想の方向性の都合かもしれないけれど……どうにもそれだけじゃない気がする。外の文化の流入を極力避ける、謎の掟の作用の産物なんだろうか。
「父さん、こっちのかくにんは終わった。おはようございます、エルリックさん」
「おはようございます、ボオス君。今年のヴァッサ麦の生育はどうですか?」
「ほうさくとまではいかないですが、島民の生活いじには困らないでしょう。それと、オレに敬語は不要とお伝えしましたよ。おそらくエルリックさんの方が年長者でしょう?」
もう一人はボオス・ブルネン君。モリッツさんのご子息で次代のブルネン家当主。
既に学び舎の外でも勉学に励んでいるらしく、こうして外回りに出るなど9歳とは思えない聡明さと勤勉さだ。
彼にとっても、単なる枝の組み合わせが役立つ物になるという事実には驚いたらしい。
とはいえ。
「父さんとは……また何か新しい品物のお話を?」
「ううん。もし新しいアイデアがあったらよろしくと、お話を頂いたまでだよ」
「あまりにべんり過ぎる品物だと、島民がなまけます。そういう意味でも事前にごそうだん頂けると助かります」
「承知したよ」
彼はモリッツさんよりずっと掟に厳しいスタンスだ。
「必要な」発展は認めても、「十分な」発展には制限を設ける姿勢をとっている。
介助杖に関しては障害がある人のための物。その生活が楽になる分には「十分」だとしても許容範囲だったらしい。なかなか線引きが難しい。
「父さん、次はクーケンフルーツのかくにんだよ」
「ああ、日が昇り過ぎる前に終わらせるとしよう。ではな、アルフォンス。頼んだぞ」
「はい。お疲れ様です」
「失礼いたします」
モリッツさん達は僕が来た方向へ。
モリッツさん達が来たこの先は……ラーゼン地区か。まだ行った事がないんだよね。
大きく六区画に分かれているクーケン島。その北西部に位置する農耕地帯と聞いた。
クーケン島の主食であるヴァッサ麦は、ほぼ全てこの区画で生産されているというお話。
僕がお世話になっている旧市街からは最も遠い。行くのが一番大変なのは高台だろうけど。
「……行ってみるか」
リハビリなんだから日々前に進まないと意味がない。後でアガーテさんに叱られそう……。
恐らくこちらにお住いの方々は、僕を見た事が殆どないだろう。
その辺りは頭に入れておかないといけないかな。
♢♢♢
「はぁ……はぁ…………思っていたよりきっついなあ」
石畳で整備された旧市街と、比較的平坦な中心街のボーデン地区に比べて、ラーゼン地区は土がむき出しの丘陵地帯だった。オマケに想像していたよりもかなり広そう。
普通に歩けるならまだしも、この身体にはかなり堪える。今の体質じゃなかったらまずここまで辿り着けていない。汗だくになる前に倒れてしまっていそうだ。
区画としては最も広いのかもしれない。広大な土地に家がポツポツと。
なんだかリゼンブールを思い出すね。あっちはもっと広大でど田舎だったけど。
先ほどの立て看板を見た限り、こちらは大農家のシュタウトさんの農場の方角。
北西端の望郷岬方向は流石に無理かな。後でアガーテさんにベッドに拘束されかねない。
今使っている杖は、介助杖じゃなくて単なる太目の枝だ。
姿勢も維持しにくいし地面との接触面もまだ不安定。だからこそ身体に負荷が掛かる。
ただまあ掛け過ぎて倒れてしまったら元も子もない。ギリギリのところを攻めて――
「だいじょうぶ?」
……えっ?
声を掛けられた? 僕にか? 周りには誰もいないみたいだからそうだよね?
心配の声を掛けてもらえるとは思わなかった。
女の子の声だ。聞いた事がない……いや、先日学び舎に響き渡った「立った!」の大声に近い。
アガーテさんより幼そうな。身長は僕より低いだろうから目線を低く……いた。
(……この子は)
小声とはいえ、思わず口に出してしまった。
脇に生えている「うにの木」の下に座って、クーケンフルーツを食べていたらしい女の子。
栗色……いや、こっちだとうに色? で肩にかかるくらいのボブカットの髪。
そして何より目立つ、二本のリボンが兎耳のように生えているヘアバンド。
これに該当する特徴の女の子をアガーテさんから伺っている。
アガーテさんの妹分。去年溺れかけたという女の子。大農家シュタウト家の一人娘。
――この子が、ライザリン・シュタウトちゃん。
声の主はキョトンとしている。興味深そうとも、思わず声にしちゃったという感じにも。
リハビリをしている人間は初めて見るだろうし、そもそも僕という漂着者をまともに見るのも初めてだろう。アガーテさんから聞いたお話ではかなり好奇心旺盛。研究者向きな性格だね。
立ち上がって、ゆっくりだけどこちらに近づいてくる。こんな子は本当に珍しい。
ある程度見知った顔以外で、然程警戒の気配を持たずに接近されるのは初めてかもしれない。
間近まで来た。目が合った。瞳の色を確認している感じかな?
金髪金目だという事は周知されているらしいから、「こんなのだったんだ」と思われている感じだろうか。
顔立ちは全く違うんだけど、どこかウィンリィを感じさせる気配。
それ以外に……何故かこの子には感じるものがある。なんだろう、この感覚は。
って、僕は何を思考に囚われているんだ。
8歳の女の子が得体のしれない漂着者の男に話しかけてくれたというのに。返事返事。
無理をしていると感じさせちゃいけない。この子の重荷になりかねない。
出来る限り軽い雰囲気で。だけど本心で。
今なら多分、心の底から笑顔になれる。
「――うん、ありがとう。もっと頑張れそうだ」
ちょっと不安定だけど……なんとかいけるか。
杖を持った右腕に力を注いで、空いた左手で彼女の頭に軽く撫でるように触れる。
笑い返された。光り輝いているみたいだ。
「じゃあ、もっとがんばってね!!」
「うん。もっと頑張るよ」
女の子――ライザちゃんはそこから飛ぶように坂を駆け上っていった。元気だなあ。
あの坂の上の家がシュタウト家なのかな。
さて。
「……ちょっと、コース変更かな」
腕の力を使い過ぎたらしい。この身体でこの疲労感はマズい。骨折する可能性がある。
丘陵コースはまだ早かったね。今しばらくはもう少し平坦な道で鍛えるとしよう。
♢♢♢
「お母さんお母さん!!」
「どうしたんだい、ライ……って、口の周りがクーケンフルーツの汁まみれじゃないか。ちょっと待ってな」
そういえばたべてたんだった。だってそれどころじゃなかったんだもん。
ボオスのバカはもうかえってたみたい。いたらうにをなげつけてやったのに。
「で、どうしたんだい?」
「「ひょーちゃくしゃ」の人! そこの坂のとちゅうにいたよ!!」
「…………エルリック君かい? リハビリをしているのはエレナから聞いていたけど、旧市街からここまでじゃ相当な距離が……見間違いじゃないのかい?」
「金ぱつ金目だったもん! つえもついてたよ!」
見まちがえようがないよ。
体はほそかったけどレントより年上かな? アガーテ姉ちゃんとはどうなんだろう?
アガーテ姉ちゃんはやけに「弟」ってねん押ししてたけど。まあいいや。
「そう……それで、どうかしたのかい?」
「やさしかった!!! それにかわいい声!!!」
外の人にはちかづかないように。大人もボオスもうるさいくらい言ってくるけど。
こわい人たちだってきいてたけど。
ぜったい、ぜんぜんそんな事ない。とびきりやさしいくらいだ。
そう思える。そうとしか思えないんだもの。声もザムエルさんみたいにこわくない。
とってもおちつく、やらかい声だったもん。半分女の子みたいな。
なでてもらった感じは、なんだかアガーテ姉ちゃんみたいだった。
なら、ほんとのお兄ちゃんってあんな感じなのかな?
知りたい。もっと、たくさん! あの人のこと!!
「……そう、かい。それはよかったね。だけどリハビリは大変なんだから邪魔をしないようにね」
「うん! お手つだいしてくるよ!」
「ライザ、あたしが言ってる意味が分かってるかい?」
じゃましなきゃいいんだもんね! 「ちかづいちゃダメ」じゃないんだもんね!
こんどレントとタオもつれて、アガーテ姉ちゃんの所に行ってみよう!
あの時からまなびやの時しかきゅうしがいに行ってなかったけど……もうボオスのバカの言う事なんてきいてやらないもんね。
♢♢♢
「アル君!? ずぶ濡れじゃない!! 水路に落ちたの!?」
「ただいま戻りました、アガーテさん。そういうわけじゃないですよ」
「じゃあ誰かに水を掛けられた!? ――何処の誰か分かる?
「僕の汗ですよ! 思っていたより遠距離になってしまいまして、汗だくになっただけです」
目が据わって光が消えた。そのままだと対古老様ブチ切れ事件の再現が起きそうだ。
「誰かをかばったりしてないのね? 本当に違うのね? なら……今の時期でも風邪を引いちゃうよ。お風呂入ろうか、私も準備するから」
「いえそんな、あの、僕、相当汗臭いですから――」
「私も同じだから大丈夫よ、なにを今更。ちゃんと洗った方が臭いも落ちるし」
いやあ……流石にもうダメだと思うんですよ、アガーテさん。
だけど口に出来ない。もうすぐ騎士になるべく島を離れられるから、そこまでは機会があったら一緒に入るという事を以前約束する羽目になった。
曰く、「恥ずかしさを捨てる練習」。あっちの軍でも線引きはあったと思うんだけどなあ……。
推定肉体年齢14歳の時とは栄養源が変わったためなのか、20歳当時の身体には程遠いけど筋力はそれなりに戻ったし、背も伸びている。今はアガーテさんとほぼ同じくらいだ。
多分だけどあっちで15歳だった時よりは身体の成長が進んでいて、かつ丈夫だろう。
恐らく食事は不要な身体なんだけど、摂取した分の影響が出ているんだろうか。
だからまあ……弟扱いなのはいいですけど、見た目が凡そ同年代のこの歳で一緒に風呂は姉弟でもかなり問題だと思うんです。洗いっこは更に。なんでフェイズさん達も止めないんですか?
どう見ても年下に見えていた身体とはもう違うと思うんだけど、そんなに僕は幼く見えるのかな。
欲情しない身だからいいものの……娘が危険な目に遭うとは思われないんだろうか。
まあアガーテさんが今の僕に負けるなんて事は現状あり得ないのだけれど。
「……ライザに、会ったの?」
「はい、多分ライザリンちゃんだと思います。伺っていた特徴と合いましたから」
湯船に浸かりながら何処に行っていたかを聞かれて、そんな話になった。
僕の口から彼女の名が出たのはアガーテさんも予想していなかったみたいだ。
そして。
「大丈夫だった?」
こっちも予想してなかった質問が返って来た。真剣に心配されている。
「えっと……それはどういう? 二言言葉を交わしたくらいなんですけど」
「我が妹分にしてクーケン島が誇るガキ大将よ、あの子。ライザを制御できるのは……今の学び舎ではレントくらいか。アル君が漂着者って事はライザでも知っているだろうし、ましてや初めて会うんだから半分遊び、半分本気でうにでも投げつけるんじゃないかと心配してたの。今までここに来なかったのは、母親のミオさんに止められてたからよ。あの時の事もあって私から会いに行くようにもしていたんだけどね」
本気でうにを投げつけてくる? あの子が? それはまあ中々におてんばだ。
そういう点でもモンキーレンチを投げつけてきたウィンリィと似ているのかもしれない。
活発そうではあったけど、「ガキ大将」呼ばわりとは思わなかった。
色眼鏡で他人を語らないアガーテさんだから的確な表現なんだろう。
「リハビリ中の僕を見て、「大丈夫?」と声をかけてくれまして。「もっと頑張ってね!」と。そのくらいでしたよ?」
「…………ああぁ、そうなったかぁ。そっちである可能性も十分あるんだった……」
至って普通の回答をしたつもりなのに、アガーテさんは髪を短くした頭を抱えてしまった。
何か問題があったんだろうか。あと、少しは前を隠してください。
そして顔をパシャンと濡らされて、おもいっきり溜息を吐かれて。
「アル君――多分ライザに気に入られたわよ」
何かを諦められたかのように、そう口にされた。
「それは……何か問題が?」
「大アリなの。あの子の本質はガキ大将。加えて前にも話したと思うけど、興味の範囲がもの凄く広いの。本好きのタオとは方向性が違うんだけど――知りたがりってやつかな? だから「なんで?」とか「珍しい」とか「新しい物」とかには自分が満足するまで延々と食いついてくるのよ。私も「島の外」とか「魔物」について聞かれる事が結構あって……取り敢えず危ない場所と生き物とだけ話してるんだけどね。アル君を珍しい玩具扱いする可能性は警戒してたんだけど、その反応だと明日から質問攻めにあうと思う。しまったなあ」
成程。僕が知っている限りのクーケン島民では極めて珍しい性質を持っていると言える。
基本的に掟に従って生活されている皆さんだ。島内におけるご自身の役割を把握されていて、それを日々しっかりとこなされている。そこに変化や進化は然程求められていない。
その例外といえるのが、島の顔役であり商人として島外への関わりを持つブルネン家、代々が護り手を務め、騎士となるべく島の外に行くアガーテさんを堂々と認めているハーマン家。
そしてヴァッサ麦栽培の大家であり、恐らく化学肥料に近しい知識をお持ちのシュタウト家だ。量も質も他家とはかなり違うと伺っている。
掟の範囲内というなら、農業に関する知識に貪欲なのはまだ分からなくもない。
だけど「何にでも興味を持つ」というのは、島では見かけない「科学者」や「錬金術師」に求められる資質だ。話に聞いてはいたものの、そのレベルだとは思わなかった。
そうか。あの子、ウィンリィに似ているだけじゃないんだ……ニーナにも近いのか。
「アル君のリハビリの邪魔になるわね。せめて時間を決めるよう言い聞かせて――」
「大丈夫ですよ、アガーテさん」
学者たるもの、質問されれば答えたくなるのが
いくらでも受け付けて、受け止めてやろう。それは僕の成長にも繋がる。
最近は客観的に見てオーバーワークだっただろうし、ついでにそっち方面も調整しようかな。
「……珍しい顔をしてるね? なんだか挑戦的というか」
「そうですか? 失った記憶に近しい何かを感じたのかもしれませんね」
「…………盗られそう。じゃあそろそろ上がろうか。アル君はリハビリの頑張り過ぎで疲れているでしょ? 私も訓練で疲れて少し眠いから、一緒にひと眠りしよう」
こっちは眠れない身体なんです。お風呂で十分アウトですけど、今更ながら同衾もどうなんだ?
こちらの世界では……親しい仲ならそれが普通の感覚なのか?
現実「アルフォンス様……もう逃げ場はありませんよ?」「ちょっまっ」
アガーテはアルにだだ甘。声も相まって
ライザ視点では思わず話しかけただけだったわけですが、アル側はこんな感じ。
過去を重ねている部分はありますが、真にライザに惹かれた理由は他にもあります。
アルのこの世界の女性への認識は、アガーテの行動を半分基準にしています。
「このくらいは普通なんだな」と。その結果が後に夏の氷室発生に繋がるわけです。
幸いなのか、某腹ペコ巫女にこれに関する記憶は見られていません。
3年後、とある人物にある程度矯正されます。
今年中の投稿は本話が最後です。本年もお付き合い頂きありがとうございました。
来年も引き続き投稿してまいりますので、よろしくお願い致します。
次も引き続き9年前のお話です。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。