ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
大体普通に過ごせるようになってからの、とある一歩を踏み出します。
今回もよろしくお願いします。
「島の外に行きたい?」
「ええ。どうしてもクーケン島の中では材料が不足してしまって。行商の方々に運んで頂くのも難しそうとの事なので、対岸周辺の物で代替品がないか調べてみたいんです」
僕がハーマン家から独立して、工房を立ち上げてからもうすぐ1年。
利益は殆ど得ていないものの、島民からの扱いはそれなりに軟化してきたと思っている。
新しい物を作る事は殆ど行っていない。基本的には既存の道具のメンテナンスだ。
ボオス君から釘を刺されている――やり過ぎないように、と。全くだね。
アガーテさんからは僕宛にも手紙を頂いていた。
「今はまだまだ下積みの段階。全く女扱いされない環境は新鮮だ」と。タフな精神だ。
兄さんは最初から佐官相当だったから軍での下積みなんてなかったしなあ。
来年も難しいらしいけど、再来年は一度帰って来れそうとの事。会うのが楽しみだね。
そしてライザ。あのまま成長している。
相変わらずレントとタオを振り回しては、なかなかの頻度でここにも来る。
成長したせいでレントの抑えが効かなくなってきている。僕もそっちに回るべきなんだろうか。
とはいえライザには……ボオス君との関係もある。
僕が抑えに回るのはバランスを崩しかねない。しばらくは様子見なのかな。
まだ9歳だし、そのうち落ち着いてくるよね。
で、今フェイズさんとブルネン家に相談しているのは僕の仕事の話だ。
ヤギの酪農地区にお住いのバジーリアさん。タオの家に次いでヤギミルクの出荷量が多い。
モンガルテン家のヤギミルクは基本的に加工される。一方でバジーリアさんは無加工だ。
故に衛生面ではより気を遣う事になっている。
そのバジーリアさんから先日立ち話で伺ったのが、
「もっと一度にたくさん沸かせられる方法はないもんかねえ」
という事だった。
クーケン島に出回っている鍋は基本的に土製。金属製もあるけどかなりの高級品扱い。
しかも今は窯元がないから行商人からの購入に限られる。必然的にサイズは小型の物だ。
煮沸殺菌の燃料となる薪やセキネツ鉱の量もそれなりになってくる。
特に夏場は殺菌が甘くなってしまうと食中毒を招きかねない。この2年聞いていないけど。
石油は見た事が無いけれど固形燃料は行商人の方が運んでこられる。
分からないのはその主成分。蝋の一種なんだろうけれど妙な要素が含まれている。
パラフィン系ではない植物由来、僕の知っている中ではパーム蝋に近いけれど主成分が違うようで分解できなかった。この要素が、僕にはまだ未知の多い「エレメント」なのかもしれない。
正しい定義の理解はまだだけど、なんとなくそこにあるんだろう事は分かってきた気がする。
実験していかないといけない。
さて僕も窯業の経験は無いし、この島に大型の窯は存在しない。
突然そんな巨大な窯を持ってしまったら疑いの目待ったなし。どうみても外の知識由来だ。
となってくると、島で僕しか取り扱わないと比較的周知されているだろう「金属」を用いた鍋の作製が妥当だ。農機具や剣などの武具類は基本的に鉄、超高級品だけど銀食器も島にあるし。
だけど金属を融かすほどの高温を島内にある知識で作るのは不可能。固形燃料でも熱が足りない。
僕の知識を使うにしても煙などが目立ち過ぎてしまう。臭いも相まって環境汚染扱いだろう。
だから原料だけ外から調達して、こそっと錬金術で鍋を作る形になる。
元よりおかしな事をやっていると思われている今の僕だ、金属製の鍋を作ったとしても「また変なモノを作った」と取り扱われる程度で済むだろう。
これを作製をして……本来の目的を果たす足掛かりにしたい。
未だに知らない事だらけなのだから。
「島で鉱石が入手出来ない事はこちらも把握しています。対岸側には火山も古い坑道もあるくらいですから、鉄鉱石層が存在する可能性はあるでしょうが……個人で製鉄が可能だと?」
思いの外ボオス君が詳しい……驚いたな、そんな事も知っているのか。
だけど今回使うのは表向き「鉄」じゃない不思議な金属という事にする。
「製鉄は難しいかな。だから使うのは
僕がカバンから取り出したのは。
「
「ただの鉄ではなさそうなんですよ。持ってみてください」
「…………随分軽い? 軽い鉄なんてあるのか」
そもそも鉄じゃありませんからね。
アルミニウム、島では名も存在も知られていない金属。でも実は陶芸材料に含まれている。
とはいえ、
――島の外へ行く権利を得るために。
「瓶からこの鉄もどきが作れると? つまり特別な鉱石である必要は無いのか。外でも見た事がないが」
「割に合わないからだと思いますよ。この状態にするにも結構な量の魔石を使ってしまいましたし、ここから使い物にするのもかなり手間です。商売にはならないでしょう」
「魔石なら島でも産出があるし……エルリックさんの所には水車を使った
ははは……ボオス君からジト目で見られてしまった。本当は魔石も使わないしね。
昔から存在する脱穀機の改良版だから許容範囲だと思ったんだけど、グレーゾーンだった。
楽な手段を安易に使わない方針とはいえ、流石に全部自力でやるには時間が勿体ない。
だから自動化するために作った物だった――工房の中だけなら大丈夫と思ったんですよ。
が、ブルネン家から修理を頼まれていたものをボオス君が引き取りに来た時に。
「なんですか? この巨大な杭打ちは」
となってしまった。「聞いてねえぞ」と。
オマケにライザに知られた時は自ら頭を殴られに行く始末だ。安全対策をしないと。
実は他にもあったりします。ごめんなさい。
「まあいいだろう。バジーリアに昔から何度も愚痴を聞かされていた話だ、それを何とかする機会になるかもしれん。セキネツ鉱をケチった時代には俺も食あたりを起こした事があるしな。俺の代でそんな事は起こさせるつもりはない」
「島民の健康確保もあれば、薪などの資源節約にもなる、と。お話は分かりましたが、魔物対策はどうされるんですか? 何人か護り手を?」
おお、一番の壁を越えた。一先ず手は付けられそうだ。
未だに見た事すらない魔物に対しては――
「そこは問題ない。アルフォンスには春から護り手見習いに参加してもらっているが、並の護り手より遥かに筋が良い。ランバーなんぞ全く比較にならんし、武器を使わずともレント程度は軽く一蹴出来る。島を出た頃のアガーテより強いかもな。一旦は俺が付くだけで問題ないだろう」
「……アイツを基準に出されても分かりませんよ。ですが了解しました。お気をつけて」
という事で、今の僕程度の戦力でもなんとかなるらしい。
直接その場に出くわした事はまだないけど、やっぱりライザ達とボオス君は確執があるらしい。ただアガーテさんの話から推測する限り……いや、やめよう。第三者が無暗に首を突っ込むべき事じゃない。
ランバー君は……まずは木剣を振れるようになろう。
「古老の爺には俺から話しておく。ぐちぐち抜かしたら腐ったヤギミルクを振りかざしてやろう」
「後が大変な事になりそうですからお止めください」
♢♢♢
「ここが対岸、ですか」
「間違ってもライザには話すなよ? アイツが知ったら絶対にせがんでくるからな。ミオからの説教1時間コースだぜ」
この世界に来て恐らく2年、初めてクーケン島の外の陸地に足を踏み入れる事になった。
その第一印象は。
「普通ですね」
「アルが何を想像していたか知らんが、行商人の大半はここから来るんだ。島より危険とはいえ、そんなとんでもない場所じゃたまらねえよ」
砂浜に桟橋。至って普通の景色。まあ港から見えていたしね。
だけど――完全に僕の常識外の存在もいた。
「……これがクーケン島周辺の魔物ですか」
「この辺りは幸いな事に弱小の魔物しかいない。ぷにも「青ぷに」だけ、イタチも「オオイタチ」、小妖精も「花の精」。外出身のアルなら部分的に覚えているかもしれんが、どいつも最下級の魔物だ。だが東の小妖精の森はともかく、北の街道になってくると護り手複数人で事に当たる。隣町途中のメイプルデルタなんざ命懸けだ……それと、絶対に悪魔の野には入るな。渇きの悪魔に出会って生きて帰った奴はほぼ居ないって話だ」
「承知しました」
話だけは聞いていたけど、想像していたよりずっと可愛らしい。
そして何気に貴重な情報――この周辺の魔物は最下級。周辺は強力になると。
魔物の強さに関する知識もある程度は一般的という事だ。確認を進めないといけない。
「ついでだ、この周辺の簡単な立地を教えておこう。いつかアルにも護衛に参加してもらう日が来るだろうからな」
「よろしくお願いします」
砂浜から北の街道への道は、崖に挟まれて細く若干通りづらい。大型の魔物は来れないわけか。
オマケに逆方向からはクーケン島が見えにくい事だろう。これもクーケン島の認知度を下げている理由の一つなのかな。
フェイズさんに連れられて北の方向へ。その先に見えた景色は。
「…………広い」
「『クリント王国』の町があったって噂があるが、実際には誰も知らんし俺達には関係ない話だ。だが島より遥かに危険な場所ってのはすぐに分かるだろ?」
平原だ。かなり広大。ラーゼン地区ともリゼンブールともまた違った印象を受ける。
かなり先の方まで見渡すと、一部は台地状になっている。不思議な地形だ。火山の影響か?
そして今も殆ど知らない「クリント王国」なる亡国。
遺跡はクーケン島内にも存在しているし、単なる名前だけなら島の常識にもなっている。
逆に言うと「それだけ」。それ以上の事を知っている島民がほぼ存在しない。
その例外がタオだ。彼は解読が趣味らしく、島に存在する遺跡の文字がクリント王国のものではないかと考えて色々調べているらしい。
僕もまだ真剣に解読に取り組んだ事はない。けどパターンがある事は知っている。
ある程度事が落ち着いたらそちらに注力するのもアイデア探しに良いかもしれない。
さて。
「緑色のぷに、ですか」
「ああ、イタチも狂暴な種になる。一番警戒しなきゃならないのが翼竜だ、のろのろ近づいてちゃ一方的に攻撃される。行商人がやられちまうのも大半がアイツらの仕業だ」
僕の世界では化石か
つまり……掟に記された「竜」の存在もやはり眉唾じゃない可能性が高い。
「基本魔物には関わるな。百害あって一利あるかどうかだ。それと簡単な立地だが――」
目立つ物は東側に寄っている。
東側には棄てられたとみられる城――と説明をもらったけど、砦にも見える。
基本「城」としか呼ばれないそうだけど、「流星の古城」という異名があるらしい。
掟によると竜が住み着いているのはここである模様。縄張りの範囲なのかな?
城というのは政治の拠点だ、あんな出入りに苦労しそうな所に城を建てるメリットがあったのか。
そして北東部に聳え立つのが、この地方の火山である「ヴァイスベルグ」。
アメストリスにはなかったね。シンにはあったけど、この火山の活動は活発そうだ。
そこまで標高は高くない、1000メートル少々だろうか。
そして北方向に延びる街道は隣の宿場町へ。その途中に、ここからじゃ見えないけど「メイプルデルタ」なる森林地帯があるとの事。名前を聞くに相当植生が豊富なエリアなんだろう。
そして――
「あの塔、ですか」
「誰一人、あれが何かは知らん。掟にある悪魔の野の先だろうからな。死にたいと思っても近づくな。島にも何が起こるか分かったもんじゃない」
島民の視力検査代わりに使われる、北西山間部の謎の塔。
天候と時間次第では、島方向にたまに光を反射する事がある。
レントは「いつかあそこに行くんだ!」と息巻いていたね。
みんなは大体「塔がある事」と「光を反射する事」くらいまでに興味が留まっているけれど。
視力が良くなっている今の僕には遠目からでもその異常性が分かる。
相当に高度な建築技術が用いられている。
あれだけ巨大で高い塔だ、高くなればそれだけ不安定になるのが自明の理。
その不安定さを補う為なのか、大樹を意図的に巻きつかせて塔本体を固定しているかのような。
大樹の成長を前提としているか、意図的に成長させる手があるか、更には大樹無しでも安定する建築工法なのか。いずれにしてもこれまでこの世界で見た技術で最も高度。
頂上で光を反射しているのは、水色系統の巨大な魔石らしき何か。魔石より若干白いかな?
運搬技術もそうだし、塔の上まで引き上げる技術もあるという事。
そしてあそこに設置する意味も存在するはずだ。
実はクーケン島に存在する一部の建造物は、あの塔に近いデザインが残っている。
つまり、あの塔とクーケン島は無関係じゃない。
かつてこの地域に存在していた謎の亡国、「クリント王国」。
何かがある。この時代より遥かに高度な文明と、滅んだ理由。そして現代でも曖昧な理由が。
まるで、クセルクセスの様な。
「まあこんな所だ。掟どおりに街道から外れなければ翼竜はそれほど来ない。メイプルデルタも突っ切るわけじゃない、その外周を通れば隣町に行ける。他は近づくな。浜の西にもかつての坑道らしき洞窟があるが浸水しちまってる。魔物もいるし、いつ崩れるか分からんからやめておけ」
「分かりました。ありがとうございます」
行くにしても、周辺の魔物の強さを確認する事は最低限行う必要があるか。
島の不利益にならない範囲で、だけど調査を進めたい。あの砦とあの塔は特に。
僕のように、どこからか降って来たかもしれない存在に関する情報があるかもしれないから。
♢♢♢
ガァンッ!! ガァンッ!! ガァンッ!!
「アルお兄ちゃん! もうお昼だよ!! 耳が悪くなるよ!!!」
「やめとけライザ! ぜってー聞こえてねえぞこれ!」
「きんぞくってこう作ってたんだ……すごいなあ」
金属加工に限らず、ものづくりにおいては形状加工の前段階で不純物はできるだけ取り除いておくのが基本中の基本。物性が安定しないし、見栄えにも問題が出てくる事も多い。
クーケン島内に出回っている鉄製品はやはり炭素含有量が高めで欠けやすく、また脆化元素も含まれているから脆い。汽水湖の島という事もあって錆びの影響も内陸より出てくる。
今は砥ぎをしているだけに留めているけど、その内改良に取り掛かりたいところだね。
但し今回は煮沸用の鍋なんだから食料品質に直接関わる事になる。中途半端には作れない。
繰り返しの熱応力に耐え、ヤギミルクのたんぱく質成分に耐え、錆びにも耐え――そりゃあ買えないよね、そんな鍋。工業生産が安定していないならとんでもない値段になりそうだ。運べないし。
金属を工業的に作るなら莫大なエネルギーは必要だけど、比較的無駄は少なく大量に生産できる。
だけどこの工房はおろか、クーケン島全体でもそんな設備は無ければ技術もない。
錬金術を使えば簡単だ。原料からの精錬に始まり形状加工まで数秒で終わるだろう。
だけどそれじゃあ違和感バリバリだ。それに錬金術に頼り過ぎるのも問題。
エレメントに関しては理解が浅いから、本来の加工やあり方とは違ったものになるかもだしね。
兄さんも言ってたよなあ、「手間がかかるのもいいもんだ」って。
あくまでこの世界の常識の範囲内で物事を進めるべきだろう。ただでさえ僕は「異物」だ。
さて、酸化アルミニウムから金属アルミニウムへの精錬には2000℃超の熱がいる。流石に無理。
塩化アルミニウム化してテルミット反応を使う手もないわけじゃないけど、結局金属ナトリウムは必要になるし、そもそも塩化アルミニウムは人体に毒。
どうにもまともに怪我すらしないこのおかしな身体ならともかく、誤ってライザ達が舐めてしまったら取り返しがつかない事になる。
だから鍋のアルミに関してはズルをするとして、カモフラージュとして製鉄についても難しいと言いつつ昔ながらの工法で出来る限りやってみる事にした。まあこっちもかなりズルはしてしまってるけれど……。
「鍛錬」自体は僕の鎧が加工される時に見たけど、更に上工程にあたる「
最初にこの技術を考えた人達は凄いね、今の僕の体質でもかなりきついのに。
ある程度は筋力がついた今の身体でもリハビリ状態だ。これは! いいかも!! ねっ!!!
ガァンッ!!
ジャボン! ジュ~~~~! ……
「ふぅ~、まあこんなもんか……あれ、レント? タオも?」
「「おじゃましてます……」」
来ていたのか、鍵をしていなかったっけ? 気をつけないといけないな。
にしても、この二人
「いらっしゃい。ライザは居ないのかい?」
「すぐそこに居るっすよ――下を向いてください」
レントに言われて顔を下に向けると。
「きーん、きーん、きーん、きーん……じょばぁ~~」
さっきまでここに鳴り響いていたであろう音を声で再現しながら、目を回して仰向けに転がっているライザが足元にいた――あっぶな!!!
僕みたいな身体じゃなかったら、耳栓なしじゃ難聴になるよ! 他にも色々危ないよ!!
「さっきまで耳は指でふさいでいたので、まぢかでちょくせつきいたのは3回くらいです。たぶん大丈夫ですよ、ライザだから」
タオからの扱いが随分と雑になってしまっている。優しくしてあげてね?
まあなら、気絶したまま打撃音を直接はほぼ聞いていないか。不幸中の幸いだ。
とにかくライザを介抱しないと……ベンチくらいは作るべきかな? 一先ず作業台をベッドに。
「気付かなくて悪かったね。鍵は掛けていたつもりだったんだ」
「こっちこそすんません……カギはかかってたんすよ」
レントが指さしたのは、工房の作業場の窓の方。
窓の鍵は……おおう。
窓枠ごと鍵を破壊されている。どう見てもここに転がっている子の仕業だ。
そして窓の外には何人も人が集まっている。まあこれだけ音を出しているんだから当然か。
予めシンシアさんとかにはお話してあったけど、ボーデン地区くらいには響いていただろうし。
それが目的ではあったけど、これは後でボオス君からのお叱りを覚悟しないといけないな。
「きーん、きーん、きーん、きーん……」
ビクッ、ビクッ、ビクッ、ビクッ
さて……まずは打撃音の擬音と共に痙攣し始めているこの子を、急ぎエドワード先生の所に連れて行こう。加えて子供に水音の夢はよろしくない。心に傷が入る可能性を阻止しないとね。
ライザによる世界地図の作図は無事回避されました。
という事でバジーリアの鍋編でした。これでアルの才能が分かりやすく広まります。
次はまた1年経過して、行動範囲拡大。初戦闘です。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。