ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師   作:もふもふたぬきねこ

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本作で冬と言えば、もちろん彼女。
クロスと冒険要素はどっかにいきました。

誤字報告ありがとうございました。

今回もよろしくお願いします。


140. 半年前①   色付きゆく氷の少女

「では契約書の交換を…………これで成立ですな。実に良い商いをさせて頂きました」

 

「こちらこそ。今後も長いお付き合いをお願い致します」

 

「勿論でございます。クラウディアお嬢さん、貴女もここまでお付き合い頂きありがとうございました。お陰様でこの冬が華やかなものになりましたよ」

 

――ニコッ

 

「ふふ、本当に愛らしい方ですな。羨ましい限りですよ」

 

「自慢の娘ですので」

 

「いかがですかな? うちにもいい年頃の息子が――」

 

「私もまだまだ親バカが抜けないものでしてね。とてもではないですが嫁に出すつもりも婿を迎える気もございませんよ。一人前になった時に、この子自身で決めればと思っておりますので」

 

「はっはっは、振られてしまいましたな。当人達の気持ちが大事なのは勿論の事です。ですが……クラウディアお嬢さん、こちらは何時でもお待ちしておりますので」

 

――ニコッ

 

「さて、こちらも祝いと参りましょう――クラウ、先に戻っていておくれ。用事があったろう?」

 

――コクン

 

 

 

 

 

 

「…………………………はぁ」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

お父さんに付いて、国中を回るようになったのは何年前からだったかな。

お母さんが体調を崩してもう少し後からだから、結構経ったんだよね。9年くらいか。

 

季節ごとに色んな町を回って。色んな景色を見て。色んな人に会って。色んな学校に入って。

とてもとても、多くの人に話しかけられた。

 

だけどほとんどの景色はモノトーン。場所は違うはずなのに、変わっている気がしない。

話す人が変わっても、伝わる音のリズムは単調かノイズ塗れで……飽きてしまうか疲れるか。

短い期間の出来事、記憶の片隅にもほとんど残らない、色あせたもの、掠れた音。

私自身、その中の無個性な一つに過ぎない……いや、私は人ですらないのかな。

 

お父さんが私に何をさせようとしているかは分かっているつもり。

商いのお仕事。お父さんは一から商会を興こして、大きくして、私をここまで育ててくれた。

だから私にもその大事さを知ってほしい、学んでほしい、継いでほしい。そういう事。

 

だけど、興味が持てなかった。

 

人の流れを、ものの流れを、お金の流れを生み出す仕事と言えば聞こえはいいけれど。

実際には腹の探り合い。こちらの弱みを隠していかに相手の弱みを突くか。裏をかくか。

どれだけこちらに有利な条件で契約を結ぶか。それが出来なければ規模を大きくできない。

 

私は耳が良い。お母さん曰く、音に対する感受性が高いらしい。

加えて相手の顔色を伺いながら色んな音を聞いてきた。だから人を音で聞き分けられる。

 

相手の感情には音が混じる。それは普通には聞き取りにくいし、加えてノイズが混じっている。

聞き取れたとして、それが私にとって気分がいいものであるとは限らない。

聞かなければ良かったと思う事だって何度もあった。

それらの音を聞き分けて「本音」に辿りつくことをお父さんは望んでいる。

 

だけど私は、音をそんな風に使いたくない。

音で表現したい。お母さんが教えてくれて、プレゼントしてくれたフルートのように、音楽で。

 

でもお父さんは理解をしてくれない。

理解しようとしてくれてはいるけれど、根本の考え方が違うから分かり合えるはずがない。

住んでいる世界が違う。言語や文化が違うかの様に。

 

悪いお父さんじゃない、むしろいいお父さんなんだと思う。

今日の事だって、先に私だけ帰したのは私を守るためだ。祝いの席なら本来は出席すべきだし。

それでも私はお父さんに本心から話が出来なかった。そうしようとする事に疲れた。

 

 

 

だから私は、今日も会合を飾るだけの「人形(置き物)」として過ごした。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「そっかー、じゃあクラウディアちゃんもじきにここを離れるんだ?」

 

「はい。あと少し調整や販路申請などはあると思いますけど、そんなに時間はかからないと。私も明日学校に届けを出す事になると思います」

 

今は年の瀬。年が変わる前に退学して、年が明けたら転入するくらいになる。

私も来年には17。学生で無くなったら……それでもひたすらに置き物であり続けるのかな。

 

 

 

この町で、というよりはこれまで出会った人の中でも非常に珍しい、話の合った人。

たまたま郊外でフルートの練習をしていたところに、発声のトレーニングをしに来たという彼女と出会ったのが切っ掛け。ノイズのない透明な心と声の音の持ち主。

そんな彼女は私の音を褒めてくれて、自身が練習しているという歌を聞かせてくれた。

 

――綺麗だ、すごい響き。私なんかとは雲泥の差。彼女はその業界でも大成するんだろうと思う。

とてもじゃないけれど、私の演奏は恥ずかしくて聞かせられない。

 

聞いた限り、彼女のご両親は将来に関して不干渉という立場らしい。

「貴女の人生なんだから、貴女が自分で決めなさい」と。そして彼女自身も納得している。

自由と言えば聞こえはいいけれど、実際には全ての行動に自身で責任を持つということ。

真逆とまではいかないだろうけれど、私よりもずっと生き方にシビアになるんじゃないかな。

 

彼女も住んでいる世界が違う感じがして、友達というよりお姉さんという印象を抱いている。

 

「次は何処に行くって決まっているの?」

 

「元々聞いていた話では……北か西の方と思います。春の間はそこに滞在する形になるかと」

 

「そっか。私は冬が明けたら王都に行くつもりだから、暫くは会えなくなりそうだね」

 

「王都に行かれるんですか?」

 

全然そんな気配はなかったんだけど。

 

「色んな人に歌を聞いてもらおうと思うと、一番大きな町に行くのが手っ取り早いじゃない? で、そこで評価してもらわないと歌い手として独立なんて論外だと思うから。ダメだったらもっと練習を積んで、技術を学んで、何度でも挑戦するつもり。身体が軽いのは若さの特権だしね」

 

すごいなあ……やっぱり私とは大違いだ。

自分の意思で生きていない、何も未来を見ていない私と、良い意味で自己本位に前に進む彼女。

羨ましい、というのはおかしいのかな。これは憧れなのかもしれない。

 

「思い切ってクラウディアちゃんもルベルトさんに切り出してみたら? フルートの話」

 

「今は絶対に聞いてくれないですよ。お父さんは仕事を私に継がせる気でいますから。それに……私もお父さんの前でフルートを吹く自信が持てないんです。中途半端な演奏は絶対に認めてくれないと思いますし」

 

「自分にも厳しそうだもんね、ルベルトさん。やる以上はやり切る感じか……ならまあ今は辛抱の時だね。何時かはタイミングが来ると思うよ」

 

「……私にも、そんな時が来るんでしょうか?」

 

「今のままなら来ないと思う。だけどクラウディアちゃんがずーっと練習して上手になったと思えた時、そのタイミングはずっと得やすくなると思うかな。ただ待つより引き寄せないとね」

 

的確だ、気休めの言葉じゃない。似たような業界を目指す彼女の言葉には特に重さがある。

 

そう、だよね。やっぱり自分から動かないと。

でも、今の私は自分では何も動かないただのお飾り――人形だ。

 

「さあってと、私も新しい歌詞を考えるとしましょうかね。まだ少しはこの町にいるんだよね? 一回くらいは合わそうよ、せっかくだしさ」

 

「ありがとうございます。自信がないですけど……でも、頑張ってみます」

 

「うん、ちょっとずつでいいって。じゃあね、クラウディアちゃん」

 

「はい。サーヤさんも風邪を引かれないように」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……これでいいかな。後は行き先と日付か」

 

転校届けを出すのにも慣れたもの。普通なら一度も書く機会が無いだろうに。

元々転校する予定は編入する際に学校にもクラスメイトにもしてある。

だから特別訝しまれるとかはない。「ああその時が来たんだな」と。

 

幼い頃はわけが分からなかった。最初はお母さんと引き剥がされると分かって大泣きした。

だけど病気のお母さんの為でもあると言われてしまえば、飲まざるを得なかった。

 

転入の回数がまだ少なかった頃も。

せっかく仲良くなったのに、せっかく環境に慣れたのに、せっかく勉強が楽しくなってきたのに。

そんな環境から引き剥がされる。これの繰り返し。

 

初めのうちはお父さんにも食って掛かった。「なんでそんな意地悪をするの?」と。

あの時のお父さんの顔は今もよく覚えている。かなり困った顔をしていた。

 

お父さんとしては同じ学校で勉強を続ける事よりも、様々な土地で商いを学ぶ事の方がずっと得難いと思っているんだよね。今なら理屈は分かる。

同じ友達とお話を続けるんじゃなくて、色んな人と様々な話をする習慣を付けて。

 

短い期間で信用を得る、相手を理解する――そんな「訓練」の一環。

 

 

 

楽しくない。

 

 

 

いつからか、学校で自分から友達を作る事を止めた。

すぐにお別れが来るんだもの。仲が良くなった分喪失感も大きくなってしまう。

なら最初から関係を作らない方が良い。異物として取り扱われない程度に最低限に。

 

そんな考えが色々なものに広がって、私にはあきらめ癖がついてしまった気がする。

どうせすぐに手から離れていくって。

 

お父さんにフルートの事を隠しているのも、その延長線だと思っている。

無駄な事、才能がないと判断されてしまったら、きっと取り上げられてしまう。

音楽の道で生きていく事の厳しさを散々説かれるんだと。

なにより、商会の今後をどう考えているのかと。お見合い話はしばらくないだろうけれど。

 

「はぁ……」

 

何を考えても、現状から外れる生き方にも溜息しか出ない。

お母さんに似た顔立ちだったのは本当に幸運だった。誰かから嫌われる事は無かったから。

でも将来はそれを利用して生きていく事になるんだろうなと、そんな嫌な考えすら出てくる。

 

私はどうすればいいんだろう。

どう、したいんだろう……?

 

 

カチン ガチャッ

 

 

玄関が開く音がした――帰ってきた。もうこんな時刻か。

思っていたより少し遅いのかな。お陰で一人悩む時間が取れたのだけれど。

 

「ただいまクラウ、少し遅くなってしまったよ。もう夕食は取ったかい?」

 

「おかえりなさい。うん。それにこっちも届けを書く時間が取れたから」

 

帰って来たお父さんは……?

何だかいつもと様子が違う。普段なら一つの商いが終わって「次の仕事だ」という淡々な雰囲気しか出していないのに。なんだか別の何かを見ているような。

 

まあいいか、多分私には直接関係のない事だもの。きっとやる事は変わらない。

 

「それで、次に向かう町はどちらになるの? 北か西ってお話だったよね?」

 

そんな質問をして…………お父さんが悩んだ?

こんなことは本当に珍しい。

 

「……いや、今しばらくこの町に留まるかもしれない」

 

「…………留まる、の?」

 

商いが終わったというのに、その町に留まる可能性を提示されるなんて初めてかもしれない。

だけどお父さんがそんな事を言う以上は、それに足るメリットがあるという事で。

 

「クラウも、()()を見てほしいんだ」

 

今日お相手の商会に向かった際には持っていなかった二つの手提げ袋。

片方はお野菜のようだけど、もう一方は……球体と思わしき何かが入っているのかな?

お土産というわけでもないだろうし、ただの買い物とも思えない。私たちは基本外食だ。

 

その球体の方の袋の中にお父さんがそっと手を入れて、取り出したのは――

 

 

 

「…………えっ?」

 

「信じられないだろう? 私も今、ここにこれがある事に少なからず動揺している」

 

「じゃあ……本物の、「リュコの実」なの? この時期に、この町で?」

 

 

 

数年前からほんの少しずつだけど、王都に流通……と言っていいレベルかも疑問なほどにごく少量だけ。お父さんたちの間ですらホラだと思われていたという、主に貴族や富裕層の間で流行っているらしかった幻の果物。

 

通称「赤い宝玉」、正式な名は「リュコの実」。

 

見た目はトマトに近い。だけど味は全く違って、酸味がほぼ無くかなり甘いのに僅かに塩味がある絶妙なバランス。これだけで特級のデザートだ。しかも身体に良いという噂まで。

お菓子屋さんで使われているようなきび由来の甘味料とはまた違う、独特の甘味。

林檎や甘露の実と違ってほぼ水分。だから(かじ)るというより(すす)りながら食べているような気分にすらなる、不思議な不思議な赤い玉。

 

そんな今までに経験した事のない食感と味わいが貴族の間で話題を呼んで、「食べた事がある」だけで一種のステータスにすらなっていると聞いた。

低品質とされているものを私も食べた事があるけれど、それでも確かに美味しいし飽きなかった。

食べる機会があると分かった時はうれしかったっけ。

 

 

 

だけどほとんど流通していない。何故か?

答えは簡単――極めて取り扱いが難しいから。単純に数もないから。故に値が張るから。

 

 

 

とにかく果肉が柔らかい。わずかな衝撃でも傷付いてしまって、中身が空気に触れてしまう。

そこからあっという間にダメになってしまう。変色しない分残念感がすごい。

熟すのもかなり早い。入手したらすぐに食べないと食べ頃を失う。保存がきかない。

水分がすぐに飛ぶ。何もかもが台無しになる……こんなものをどう運べと?

 

そして何より出所が不明。

これほど取り扱いが難しいのにかなりの数の人を経由しているのか、生産地が分からない。

唯一分かっているのは「王都にしか出回らない」事。旬はおそらく夏。

 

王都のクラーレス農業区で育てようとしても全くダメだったらしい。芽すら出ないと。種が腐ってしまったと。つまりは王都で秘密裏に生育されたものでもなさそうという事。

まあこの国の土壌は他の国と比べて独特だというお話は勉強したけれど。つまり国外産?

 

それは高級品になるというものだよね。一度最高クラスだと聞いた非常に綺麗で瑞々しい大玉の価格を知った時は流石に驚いたけど。数万コールだったっけ。

片手に乗る程度の果物一つで、一月近い三食外食と天秤にかけられるとは思わなかった。

 

そんな謎に満ちた高級果物「リュコの実」が、年末に王都から離れた地で、恐らくかなりの高品質品が新鮮な見た目のまま私の目の前にある。この白い小さな網袋は……緩衝材、なのかな?

 

 

 

いかに商いに興味のない私でも、この異常性に反応しないほど能天気じゃない。

 

 

 

「一体どうやって?」

 

「接触されたんだ。恐らくだが私個人にね」

 

「誰に?」

 

「八百屋の少年だよ、町で回り売りに出ている子が何人かいるだろう? そのうちの一人に私も声を掛けられたんだが、最初は特別目に付くものもなかったから断ったんだ。そうしていたら……隠し玉としてこれを出してきた。危うく大声を上げそうになったよ」

 

おかしい。大変失礼な言いぐさだけど、なぜ普通の町売りの八百屋がこんなものを?

そもそもこれはそんな隠し玉にする必要がない。適当にどこかの大家か商会に売り込むだけでも数千コールは確実に手元に入る。それを通りすがりの中年に、わざわざ出し渋りするだなんて。

 

価値を理解していないか――わざとそうされているとしか思えない。

 

「じゃあこれって……」

 

「試されていると考えるのが自然だろう。私のスケジュールと移動ルート、商談状況を把握し、商談が終わって次の町に移動するそのタイミングに、この冬この町で高い品質に管理されたリュコの実を提供できるほどの能力を持った誰かが――「バレンツ商会はこれを扱う気はあるか」とね」

 

信じられない。今日この日、その時間に祝宴が終わるだろうって事まで読まれていると?

うちの商会がどこかの諜報機関にでも目を付けられていると言われた方が自然な状況。

相手は相当に広く緻密な網を張っている。敵ではなさそうなのが本当にありがたいほどの。

 

ちょっと身震いと寒気がしてきた。商いってこういうものだったっけ……?

 

「それで……その男の子は?」

 

「やはりというか、彼自身はリュコの実の価値を知らずに頼まれただけだったようだ。凡そこの時間に通過する私のような見た目の男に、自分の商品のついでにこれを見せれば買ってもらえる、とね。私も背筋が冷えた」

 

「その子に頼んだ人は?」

 

「彼の家が所属している農業ギルドの関係者ではあるようだったが……それ以上時間を掛けてしまうと、せっかくのリュコの実が駄目になってしまうだろう? だから切り上げた。祝いというのもなんだが、高品質のリュコの実をクラウと共に食べられる機会をむざむざ捨てる気は無かったからね。一緒に野菜も買う事にはなったが、情報の価値を考えれば数十倍の儲けが出たのだし」

 

確かに「王都以外にも流通」「冬でも交易可能」の情報だけでも十数万コールはするよね。

 

お祝いの気持ちは嬉しいけれど……なんだかそれすら試されている気になってくる。

「美味いうちに食べろよ」と。「儲けを優先したら道を閉ざすぞ」と。

 

「とまあ、こんなものを目の前に出されたんだ。その出所を探さないわけにはいかないだろう? 恐らくすぐにはゴールに辿りつけない。だからしばらく滞在期間を延ばして突き止めようと思っている。今までの話はあくまで仮定だから、真実も真意も確認しなければならないしね」

 

「そう……それはそうだね。じゃあ転校も?」

 

「ああ、まだ先の話にさせてもらう事になる。書いてもらった届けを使う事には違いないから、今は持って置いておくれ。まずはこちらを美味しいうちに頂くとしようじゃないか」

 

こうしてお話をしている間にも刻一刻と劣化していくリュコの実。勿体ない事この上ない。

お父さんの提案はごもっとも、まずは頂くとしましょう。

 

 

 

それにしても、こんな持ち運びの難しい品物を王都から離れた町に流通させられるなんて。

一体どんな人が取り扱っているんだろう?




クラウディア編スタート。外伝も終盤です。

次はリュコの実の出所を探して。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
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