ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
詰め込んだ結果、長くなってしまいました。
今回もよろしくお願いします。
「あの集落?」
「ああ、但し中継地に近い形だがね。前に来たのはクラウが生まれる前だったか」
いくつかの町を経由して、季節は春。ここまで南の方に来るのは初めての事。
遠目に見た印象は、石材より木造建築が多いのかな?
理由は知らないけれど南の方が暖かいらしいし、木の成長が早いのかもしれない。
後は通気性のため? 今までの土地より海側に近いから湿度も高いとかあるのかな。
そんな事よりも、だよ。現実逃避は止めよう。
あのお父さんが、目的地でない中継地的な場所にしばらく滞在するだなんて。
明らかにおかしい。そもそもの行先予定は北か西だったのに、まさかの南。大きな町はないはず。
リュコの実に関する事なのかと尋ねてみたら、反応は煮え切らない感じ。病気を疑いたくなる。
確信がないって所なのかな? お父さんもコトリさんには会ったっぽいから、何か交渉したのかもしれない。本当にザックリとした情報だけ売ってもらったとか。
「前の宿は……あそこだね。今も営業してくれていたか。店主も同じ方なら話がしやすいんだが。クラウ、待っていておくれ」
「うん」
御者のお仕事はまだ慣れない。だけど人より馬の方が相対しやすい気がする。
彼らは素直だ。こっちが怖がっていたらなめてくるし、動じなければ制しやすい。裏がない。
一回フルートの演奏を聞いてもらった際は……魔法的な何かを感じ取ったのか、耳を伏せてしまっていた。正直結構ショックだった。
あまり自覚はないけれど、魔法が使える体質ではあるらしい。
ただし魔術士さんのように杖を使う形では発動しなかった。きっかけは音、即ち演奏。
私のエレメントは氷主体だから、空気が冷えてしまったのかもしれない――そう思おう。
ただ……それで魔物がこちらを避けてくれるなら、正直その方が良い。
弓を使うのは手に感触が、目には明確な攻撃の痕が残るから。
「待たせたねクラウ。話は付いたから裏手の厩舎にいつも通り繋いでおくれ」
「荷物もいつも通り?」
「ああ。必要な私物だけ持っておきなさい。後は任せておける」
話を聞いた感じ、責任者の方は知り合いのままだったみたい。
ここでの滞在中は比較的気を張らずにいられそうかな。
布に包まれた――コトリさんに売って頂いた文様を取り付けたフルートのケースを胸に抱えて、宿屋の中へ。
「それで、ここでの商いのお相手は? 具体的には何も聞いていないけれど」
少し責めるような口調で問いを投げる。私の準備時間も必要なのだから。
お父さんは理詰め人間でスケジュールに沿って動く。無計画とは縁遠い。
これまで私にも、何処の誰と何のためにいつまでの予定か、このくらいは聞かされていた。
編入する学校にも大体の予定を伝えないといけないから。
お飾りであっても、最低限の受け答えが出来なければ失礼以前の問題なのは分かる。
それが……今は編入予定が決まっていない。高等教育も既にほぼ修めているから良いけれど。
数カ月家庭教師も付けず、まさか完全自習で穴埋めする事になるとは思ってもみなかった。
何処の誰なのか、規模は、ジャンルは、家族構成は――何一つ聞かされていない。つまりはない。
すなわち、そのくらいスケジュールが未定という事になる。
「……凡そクラウが想像している通りだよ。こちらの地方に来る事は私としても中々ない事だから、勿論市場調査は進めるがね。クラウが構える必要は特別無い」
やっぱりぼやかされた。でも嘘は吐いていない様子。
つまり私相手だろうと「話さない」契約を結んでいるという事。物品はリュコの実だよね。
情報源はコトリさんなのか、それとも私が知らない誰かなのか。結局冬の結末を私は知らない。
私たち商人にとって契約は最重要事項であり、目に見える信用の形。失った信用を取り戻すのは極めて難しく、多大な時間と労力を代価に支払う事になる。失わないのが大前提。
最上位の秘密の品物であるリュコの実の情報なんて、ルール違反はそれこそ命を失いかねない。
当然身内でも関係ない。私がいくら聞こうと話してくれないよね。
「この辺りは豊かというわけではないが、それ故に住民の方々はお互いに協力し合って生活をされている。だから治安もいい部類だ、心配しなくてもいい。クラウも歩き回ってみなさい。学校に割く時間がない分、普段より見れるものもあるだろう」
商いに興味が薄いのは今も変わらないし、学校も基本的に単なる勉強の場でしかない。
日がな一日宿屋で自習しているだけなのが勿体ないのは分かるから、見て回るのもいいかな。
コトリさんの時みたいに驚くような品物に出会えるかもしれないし。
♢♢♢
「僻地のせいなのか……取り扱っているものが独特? 鉱石資源が豊富なのかな」
数日町を出歩いて、得られたのはそんな感想だ。
露店で販売されているものに宝石関係が多い。種類は多く、価格は手頃。
品質が悪いわけじゃない。王都で買ったら3倍はしてもおかしくない気がする。物流の差かな。
ここから南には火山があるらしいから、そういったものが産出しやすいのかも。
次に不思議な品物は道具類。アイテムというわけではなく、一般雑貨なんだろうけど……。
「これって……何に使うんですか?」
「嬢ちゃん他所の人だろ? 知らねえよなあ。レンチっつうんだ、見てみるか?」
店主のおじさんが説明して下さった。まあこんな小娘が工具に興味を持つのは珍しいよね。
これが……レンチ? 私が知っているレンチと形が全然違う。しかも細い。
レンチってボルトを締める道具だよね? ボルトは六角頭の太めの金属ネジのはず。
木材じゃなくて、金属材同士を固定するためのもの。物凄く丈夫で、故に締めるのも大変。
だから壊れないようレンチは全部が鋳鉄で出来ていて、高いし重いと勉強した。
これは……この穴の中に六角の溝が空いているんだね。
なんだかこれを使うと、一回ずつ嵌めづらそうでかえって締めにくくなる気がするけれど。
「そこの中の部分に指を入れて、回すように動かしてみな。
……?
仰られる意味がイマイチ理解できていないけれど、要はここに指をボルト代わりに入れて。
ネジって回すのは時計回りなんだっけ? 私の指をネジに見立てて謎のレンチを動かしてみる。
時計回りは……うん、そのままだ。私の指をひっかけて回ろうとするように動く。当たり前。
逆にしたら当然その逆……?
「えっ?」
逆方向には……回らない? 指が持っていかれない。
ネジの頭がその場で固定されるように、カチカチという音と共に取っ手の部分だけが動く。
つまりこれって。
「外さずボルトの頭に付け続けたまま、締める事が出来るんですか?」
「逆にも簡単にできるぜ? 今の時代、随分便利な物が出回ってるもんだよな」
出回っていない。こんなもの、これまで回ったどの町でも見た事がない。
便利なんてものじゃない。どうやったら逆回転だけは滑るようになっているの? しかも切替可。
レンチは道具自体が大きいし重いから一回ずつはめ直していたら手間だけど、これなら付けたまま回す事が出来るし落とす心配もない。すごい機構だ。しかも軽くて細いだなんて。
「これ、親方さんが作られたわけではないんですか?」
「これを自力で作れるなら、自分の店を構えられてるだろうさ。試しに売ってみてくれって安く持ってくるやつが偶にいるんだよ。実際便利ではあるが、必要になるやつはほとんどいねえ。まあ嬢ちゃんが買うには男臭すぎるな。親父さんなり誰か知ってるやつにでも宣伝してやってくれ」
「は、はい……」
一体どこからこんな技術が? この周辺に工業が盛んな町があったりする? 全く聞いた事がない。
僻地であるからこそ、独特の技術が発達しているのかも。
――なんだか今のやり取り、どこかで同じような事があったばかりの気がする。
そして、私も個人的に興味を惹かれたもの。
小麦粉。だけど普通の小麦粉とは違うらしい。
「水麦」という珍しい品種みたいで、性質も変わっていて強力粉と薄力粉を一つでこなす事が出来るらしい。これだけでパンにもお菓子にも使えるんだ、生活が落ち着いたら欲しいかも。
でもこの周辺で大規模に農業を行っているような様子は見られないし、土地も開拓されていない。ここから更に南の地域は火山の麓で魔物も住み着いていると聞いてる。
どこでこんな麦の栽培を? 誰が仕入れてくるんだろう。
取り扱い元は……ブルネン商会さんか。名前は存じているけど関わった事はない。
南の地方に拠点を置く、比較的小規模の商会。取り扱われているものも独特なんだっけ?
展開されているのが本当に南の方だけみたいで、ほとんど見た事が無かったけど。
なるほど、少し歩いてみるだけでも今までの町とは違った音が感じられた。
「町」と一言で表しても色々あるらしい。今までと違って、この町には新鮮味がある。
「……お、見つけた。およ? クラウディアちゃんじゃない」
「えっ?」
この、最近初めて聞く事になった女性の声は――
「コトリさん?」
「はぁい、元気そうで何より。こっちに来てたんだね」
「はい。父がこちらに向かう方針を決めまして……あっ、改めて以前の細工はありがとうございました! お陰でケースが凄く華やかになりました」
「いえいえ。こっちは商売やっただけだし、そうやって喜んで使ってもらえるようなら作った人も本望でしょ。作者さんには伝えておくよ」
こちらにいらっしゃっていたとは。本当に回られているエリアが広いなあ。
ここでも露店を開かれているのかな? 荷物を背負われていないようだけれど。
「コトリさんは、この辺りには何度か?」
「そうだね、私も数年前からだけど。結構面白い物を取り扱っているでしょ? ここでは割と普通でも、他所に持っていくと珍品扱いでさ」
という事は、彼女にとっての仕入れ先の一つなのかな。
たしかに商人気分で出歩いても珍しい物だらけ。この町以外ならどこでも販売できそうだ。
「なんでこう……独特のお品物が多いんでしょう?」
「この辺はド田舎だから、そういうとこって結構独特な発展をしてる事が多いもんなんだよ。まあ……ここは特にムチャクチャだけど。というか、しちゃったというか……」
今までに回って来た町は良くも悪くも「普通」。
極端な場所になってくると生活環境や文化も独特らしい。だから色も音も違う。勉強になるなあ。
「クラウディアちゃん達はどのくらい居る予定なの? 私はそこまで長居しない予定だけど」
「それが……なんともです。こっちに来た理由を私は知らされてなくて。お父さんは以前来た事自体はあるらしいんですけど」
「そっか(よろしい)。まあなるようになるよ、学校にも通わなくていいんでしょ? ちょっとした休暇だと思って満喫すればいいって」
「はあ……」
たしかに、私は学校の長期休みというものをあまり経験したことがない。
その期間は大体町と町の移動に当てられるから。私にとっては転校の時期だ。
お父さんにも言われたけど、普段と違う事をしてみるのもいいのかも。フルートは別だけど。
「フォーゲル、あがったぞ」
「あ、はーい!! 今行きまーす! それじゃあクラウディアちゃん、
「はい。それでは」
何かを注文されていたのか、お店に呼ばれてコトリさんはそちらに向かわれた。
フォーゲル……鳥? だからコトリさん? 本名はフォーゲルさんなのかな。
またそのうち、って言って頂いたけど、回られているエリアの広い彼女。次にお会いできるのはいつになるのか。
だけど――近いうちにお会いできる。そんな本音が含まれていた気がする。
♢♢♢
「ご無沙汰しております。ルベルト・バレンツ商会長」
「ああ。本当に久方振りだね、コトリ君――いや、ロミィ・フォーゲル君。まさか君が糸を引いていたとは思わなかったが、納得もしたよ。個人であれだけのパイプを持っている君ならばと」
「買い被りすぎですよ。必要な分だけ繋がりを作ったら、今の数になっただけです。というか、私が糸を引いているってなんですか……?」
買い被りなものか――小鳥だなんてとんでもない。夜の猛禽の間違いだろう。
大商会どころか他国や錬金術の分野にまで顔が利く23歳の個人商など、他に私は知らない。
初めて会った時は、至って普通の駆け出しという感じの見た目相応の少女だったのだ。
それが……この6年で何があったのか。
諸外国にまで足を延ばして縁を持ち、何処からか見た事のない驚くべき商品を仕入れ、悪性と判断したならば容赦のない断罪を本人が動く事なく実行できる後ろ盾を持っているはず。他国の騎士団とすら繋がりがあると。
相対した相手の心を完全に見透かせるとすら言われる、底の知れない女性商。
今私の目の前に居る彼女の笑顔は、どの程度の仮面を被っている状態なのか。肝が冷える。
彼女に対して私風情が小細工を仕掛けるなど無謀もいい所だ。真っすぐ行くべきだろう。
「単刀直入に伺おう。今回お話を頂いた件は赤い宝ぎょ「クーケンフルーツ」……?」
今、彼女はなんと?
「クーケンフルーツ。リュコの実の現地名、本当の名です。リュコの実って名は私が適当に付けたんですよ。頼まれまして」
「クーケンフルーツ……クーケンというのは地名かね? ならば別名を名乗っているのも頷ける。ただ……浅学な私の頭には存在しない町のようだ」
この歳になるまでにそれなりの数の町を回ってきたつもりではある。
が、クーケンという土地は聞いた事がないはずだ。
「地図に記載がありませんからね」
「何だって?」
「地図にないですし、知らない限りはそこに辿りつくのも容易ではありません。周囲からは見えづらいんですよ。知っていれば割と簡単なんですけどね……噂は御存じじゃないですか? 南の果ての島のお話」
彼女が口にした「噂」にはすぐに思い当たった。大昔からある話だ。
かつて栄華を誇ったとされる「クリント王国」が治めていた土地、旧南フルークスター管区。
今は特徴もない火山の麓の荒れ気味の平原だけが広がり、行く価値はないというのが通説。
何故か。極めて治安が悪いという風潮があるからである。
山賊などの一団でも巣くっているのか、強力な魔物が居るのか、具体的には定かではない。
そこに向かったと思われる知り合いの例を知らないわけではない。答えは三通りだ。
一つ目、何もなかったという事で帰って来た者。この町より更に南に小さな宿場町はあるようだが、かなり閉鎖的・排斥的であり見所もなし。その地点で戻って来た――これが一番多い。
例の平原は翼竜を含めた魔物がそれなりに居たと聞いている。では魔物起因なのか。
加えて傍に立地する森林地帯もかなり危険で、一見綺麗な水が毒であったりという話。
二つ目、会っていない。これは単なるタイミングなのか、或いは帰れなくなっているのか。
そして三つ目……内容を語らない。一人だけ「聞かないでくれ」と明確に拒絶したか。
私が直接関わっている人物ではこの三つ。
だが噂として、若いのが「島がある」と話をしたのは知っている。
度胸試しに例の土地へ向かって、しかし何の成果も得られなかった事を隠すためだと決めつけてしまっていた。皆、噂は噂でしかないと。
結局詳細は不明だが、碌でもないか何もないか。こちらに利が出るような事は凡そない。
それが中堅商会の総意だった。より強い網があれば違ったのかもしれないが。
仮に本当に賊が住み着いていたとして……相当辺境の地だ、明らかな証拠がない限り国が治安維持の兵を差し向ける事も無いだろう。軍事的に要衝というわけでもなし。
この町の治安が比較的良いのは、賊に対応するために住民が団結しているからだと考えていた。
そういった理由でより南の地方の地図は長年更新されていない。手間をかける価値がないから。
加えてクリント王国関連の情報はほとんど残っておらず、調べる取っ掛かりがないせいで調査も進んでいないと聞く。故に余計に関心が薄れている。
何が存在しているかは示されておらず、分かるのは地形だけ。島などなかったはずだ。
だが、確か――
「……円形状の汽水湖、「エリプス湖」と言ったかね? あそこに島があると?」
「どこが浅学なんですか? ちゃんとご存じじゃないですか。私は寸前の集落に行くまで噂以上の情報を持ってませんでしたよ」
ここで彼女が作り話をする必要性がない。隠された島だと? つまり――
「では以前の「秘密」というのは……リュコの実だけを指しているのではなく」
「島に関する全部、になります。島民の皆さんが随分と恥ずかしがり屋でしてね? クーケンフルーツ以外の事も大っぴらにしたがらないんですよ」
そう言って、彼女が一枚の紙をピラピラと翳す。
先日クラウが截金文様を購入した際の契約書。私が持っている方には「本件は秘密」と記載されている。保証人として私の名も書かれている状態。か細い糸にここまで織り込み済みだとは。
紙を破るだけなら簡単だが、その瞬間に私は商人としての矜持を失うだろう。
完全に私の性格を読まれている。小細工込みの紙一枚だろうと、私なら破らないと。
クラウのあの契約条件なら、私なら間違いなく一筆書き含めると。
曖昧な中身であろうが、あのタイミングとシチュエーションなら飲み込むと。
一体どこまで筋書きがあるのやら。
「形の上では島の方々に筋を通したと? 君個人はそこまで深く考えていないようだが」
「本当ならこんな仕事しないですよ。とはいえ一度引き受けたのは事実。こうして便利屋のようにこき使われているような状態ですけど、「お前のせいでどうのこうの」って言われちゃうのは面倒ですし、一応私も商人ですので。という事で申し訳ありませんがルベルトさんもお願いしますね? 御息女にもご迷惑をお掛けしてしまっていますが」
「随分と迂遠な方法だが、最初にリュコの実を手に取らせてもらった時からここに至るまで綺麗に進んでいる現状だからね。引き続き乗せてもらう事にするよ。私とて商人の端くれ、契約の重さは理解しているつもりさ」
冬の時点で既に狙いを定められているのだ。実際には更に前からだろう。
今更外そうとするつもりもない。なにせ、こちらはクラウを連れてきてしまっている。
この様子だと既にクラウには個別に接触されている様子か。
逃げ場などありはしない。ならば真っ当に商人として向き合い、是か否かの判断を下すのみ。
「なんだか物凄く深読みされてる? 絶対アル君のせいだ……では本題を。率直に、バレンツ商会はリュコの実こと「クーケンフルーツ」の交易に一枚噛まれるお気持ちはございますか?」
「断言はしかねるがね。勿論実際の生産状況や運搬方法、コストやマージンなどの話を伺った上での話になる。リュコの実の秘密の守り方もね……が、君がここまで関わっているならば凡その方針は決まっているのだろうし、既にここまで来ている事が答えだ。前向きであるとお伝えしよう」
「そのお言葉で十分です。あーこれで私の主目標は終わり。後は当事者間で話し合って頂ければ」
……? という事は。
「ここまで動いていて、そこまでの事を知っておきながら……君ほどの人材が単なる島からの雇われの立場でしかないと? こんな条件を付けた上で余所者を秘匿の島に招くなど、今回かなり重要な役を担われていると思うが」
「あっちの連中に爪の垢を煎じて飲ませたいですね。外に流通しているリュコの実は全て私の手を通っていますけど、利権は別にあって私は仲買人になります。今回は仲介人ですけどね……「ブルネン商会」をご存知ですか?」
ブルネン商会……この町に事務所があったな。
規模は小規模、主な縄張りは南の地方、取り扱っているのは「麦」と「ヤギ関連」。
流通量は少ないが、麦はパンを作るのにも焼き菓子を作るのにも使えるという珍しい特徴だったのは記憶している。クラウも興味を持っていたな、あの子は偶に菓子を焼くし。
「ブルネン商会が、リュコの実の本当の生産者であると?」
「窓口がそこしかないだけなんですけどね。なのでその島、「クーケン島」とやり取りをしてもらうなら必然的に関わって頂く事になります。まあ私が噛まなくたって、ルベルトさんなら私みたいな苦労はしてないと思いますけど」
つまり雛だった頃のフォーゲル君はそこで余所者の洗礼を受けたという事か。懐かしいものだな。
特別な閉鎖環境だというなら取っ付きにくそうなのは目に見えている。若い身でそこに挑戦するとは流石といったところだ。
「では、今後の事はこの町にもある商会事務所の方で……と申し上げたいところなんですが、大して役に立ちませんのでこちらで基本的な情報や予定などは纏めています。行く行かないという回答と、島からの返答だけそこから伺って頂ければ」
「随分な言い草だね? 付き合いつつ君がそう口にするという事は相当のようだが」
「あちらの商会長はともかく下っ端は開拓話に慣れていませんし、本件に齧ってる跡継ぎはまだまだ青いので私が教師役も兼ねている状況なんですよ。まあ、あれはあれで島の外に目を向ける余裕がないのは理解するんですけどね……特に若干一名のせいで」
「よくそんな土地との行商を取り持とうとしたね? 流石の君といえどリュコの実の交易は簡単ではなかったのだろうし、かなりのリスクと負担を抱えられていると思うが」
「あの島には未来の旦那様がおりますので」
随分といい笑顔――はぐらかされてしまったね。
まあよい。こうして彼女が付いている時点で危ない橋ではない。
接触されているからには、こちらのやり方や方針は理解した上という事だろう。
今まで完全に出所が秘匿されて来たリュコの実の詳細を先方がこれだけ渡してきたのだ、
後は他の生産品を交易品として取り扱うか、島との関わりをどう維持するか、販路をどう守るか。
考える事は山のようにあるが、最終的にこちらに利があればよい。久々に血が滾りそうだ。
では、彼女が纏めた資料を受け取って――
「…………随分と、分厚いようだが?」
「これでも減らしたんですよ!? 一番話が分かる人と色々調整してやっとこの量です! 最初に注意書きを列挙しただけの時はコレの五倍はあったんですから!」
想像より遥かに独特な文化のようだ。これは気合いを入れねばならない。
そもそも彼女を下っ端のように扱える商会だぞ? 一度こちらの常識を捨てる必要があるな。
♢♢♢
「お帰りなさい、ロミィさん」
「た゛た゛い゛ま゛ぁ゛~ ~ ア゛ル゛く゛ん゛! ちゃんとやって来た~褒めて褒めてー!」
「ええ、お疲れ様でした。お話は無事に?」
「うん、クーケンフルーツの交易については決まったようなもんだよ。後は流石にモリッツさんに任せるわ。アル君もゴメンね、こんな所に何度も来てもらって。夜明けまでに戻んないとマズいんでしょ?」
「ライザにバレるとシャレになりませんからね。そうでなくとも最近「絶対に島の外に出てやる」っていう気配がしてきてます」
まったくあの娘は。そうでなかったら今晩アル君を独り占めできたというのに。
まあ本来なら護衛兼何かの時の島代表代理としてアガーテちゃんが付くはずのところを、我儘で既に護り手を引退したアル君に担当してもらっている時点で役得ではあるんだけど。
我儘と言うけれど。島との移動時間や安全性を考えた場合、彼に勝る選択肢はない。
今回は私も交易の荷物の大半をアル君の工房に置かせてもらっている。ので、なんとアル君にここまでおんぶしてもらえる事になったのである。流石に冗談のつもりだったのに……。
その結果、馬車でも結構かかるはずの道のりを半日未満で走破という、おかしいとしか表現のしようがない速さ。しかも息切れ無しでケロッとしてた。
これは彼が界渡りだったとしても説明困難な身体能力なんだけど。人間やめてない?
魔物に関してもまったく警戒する必要がなかった。案の定凄まじく強い。しかも徒手。
唯一非常に悲しかったのは、おんぶされながら全力で背中に胸を引っ付けていたのに彼が完っ全に無反応だった事。これはかなりクるものがあった。ちょっとくらい反応してよ……感触不足?
色々と妄想していたのに現実は非情である。まあアガーテちゃんの身体を見慣れてたんだもんね……あとはライザ。ちっくしょうめ、予想以上にボンのムチムチに育ちおってからに。
「では、他にご用事が無ければ島に戻るとしましょう。今なら日付が変わる前に着けそうですから。お腹は空くかと思いますけど工房で食事も摂れるかと」
「おかしいなあ……その提案に違和感を抱かない自分が居るわ。ありがたい話だけど、そこまでぶっ飛ばしてもらわなくて大丈夫だよ? モリッツさんに出す報告書は準備してあるから明日はゆっくりだし」
「いえ、申し訳ないんですが僕の都合なんですよ。多分ですけど、普通に過ごしてしまうと僕がロミィさんのそばにずっと居た事に明朝ライザが気付きます。以前の事を考えると後々尾を引きそうですから対策しないとでして」
あんの半分以上野生のヤギ娘め……どこまでも私の邪魔するか。
それでも前に比べれば幾分マシなのよね。アル君とアガーテちゃんの教育が功を奏しているのか。
あとやっぱりと言ってなんだけど、アル君の前でだけアレは女になる。しかも理性的に。
恋愛の「れ」の字も理解していないだろうけど、レント達を「同世代」、他の大体を「島の大人」と認識している中、アル君だけは明確に「男性」と識別している。まあ親戚の兄ってところか。
明らかに行儀が良くなるし、身だしなみも整えてくるし、何より素直。もはや別人だ。
今後クラウディアちゃんという新たな不確定要素も島に入ってくる。私の恋路はイバラの道だ。
私自身が関わってしまっているけれど、島は変革の時。彼に関わる人も増えてくるだろう。
その中に強力なライバルが存在しない事を願いたいものだ。
♢♢♢
「
……くしゃみ? 私が? しかも戦闘中に? かなり盛大に。
本当に、一体私の身体に何が起こっているんだろう。
クラウディアが見つけたのは「ラチェットスパナ」という工具です。
原形は1863年誕生。超便利ですよね。
噂と真実が混じった結果、ルベルトの対ロミィ評価が「超ヤベエ女商人」になりつつあります。
巫女さんは儚さが消え始めてきました。
次は最後のメインキャラ達の登場になります。ロミィは休憩。クラウディアは続投。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。