ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師 作:もふもふたぬきねこ
今回もよろしくお願いします。
「で、なんで君はここに居るんだい?」
「今晩は島で過ごすって言ったでしょう?」
「夜空を見上げるって話はどうしたのかな?」
「ここからでも見えるから問題ないよ」
クーケン島。
そこで一番長い時を過ごしてる、アルフォンス・エルリックの工房。
その工房の主の私室は……随分閑散としていた。
寝るためのベッド、作業する机と椅子、棚にはいくつかの蔵書と小物。せいぜいその程度。
樹上生活だった私が言えた口じゃないし、こっちじゃ一般的とは言い難いと思うクラウディアの家くらいしか知らないけど、ライザの部屋ならもっと色々私物があると思う。
世界を救った英雄の住居にしては――あまりに質素。それが第一印象だ。
ただまあ、一つだけ目立つものがあるけど。
「これがエドさんのコートと……フラメルの十字架、ね」
「この背中をずっと見てきたからね。何となく落ち着くんだよ」
ベッド側の壁に掛けられていた一着の赤いコート。
知っている人なら一目で分かる、エドさんのトレードマークの1つ。
この十字架が、まさか賢者の石を表しているとは思わなかったね。
わざわざこれを……錬成を使ってでも再現しているって言う事は。
「やっぱり、不安?」
「何がだい?」
「色々だよ。例えば……味覚。シンの料理が多いけどアメストリスの料理はあまり作らない。でも「今のアルの身体」は本当のシンの料理を食べた事が無い可能性がある。ズレがないか確認しているんじゃない?」
この世界に来た時の身体は14歳。シンに渡ったのは16歳くらいだったはずだ。
だから、
あくまで「こうだったはず」という魂に刻まれた記憶の再現。
記憶通りであるかの確認を兼ねている、という感じがする。
「次に錬丹術。少なくとも私がこの目で見た事があるのは全て錬金術で、メイが使っていた遠隔錬成や五芒星の錬成陣は使っていない。使わないじゃなくて……「使えない」じゃない? それと、貴方とエドさんが使ってきた錬金術を忘れないため」
きちんと原理を理解したわけじゃないけど、錬丹術は精霊術に近い気がする。
生身に干渉できる……生体向きに特化した錬金術の亜種って認識しているから「扉」はいるんだろうけど。状況によってはあっちの方が便利な時もある。
でも利用する力が別だっけ。錬金術は地殻変動なのに対し錬丹術は龍脈、大地の気の流れ。
気の流れはこの世界において精霊の力といえる。
なら異世界出身であるアルが魔法や精霊に直接は干渉できないように、錬丹術も使えないのでは。
そして錬金術は、アルが異世界出身である事を示す一番の特徴であり、十八番。
最も大きなアイデンティティだもの。
目の前の英雄は沈黙を貫いている。でも無視されているわけじゃない。
――次を待っているね。
これが最後だ。
「極めつけ。アル……貴方、前に寝たのは何日前なの?」
「……なんで、そう思うんだい?」
「どんなヒトでも生物でも1日の中にはリズムがある。昼行性なら日中、夜行性なら夜間に活性は必ず上昇する。一方で……眠る必要がない生物には特徴があってね? 普段からそこまで大きな力の変動がない代わりに、常に一定量の力を放っている。警戒のためだったり何かを考えていたり……私も今までそんな感じだったからね」
私自身これに近い。だから余計に分かりやすい。
「私がここに居る事もあるんだろうけど、日付も変わろうという時刻でもアルの放つ活性は昼間と全く変わらない。眠ろうとする気配すらない。昨晩もそう――貴方にはリズムが無いんだよ」
どんな人間でも休息無しではいつか必ず疲弊する。ヒトはそこまで強い存在にはなれない。
けど、目の前の人間にはほとんどその傾向がない――加護の影響かな。
精霊に眠りの概念なんてない。加護なら尚更だ、感情のような力の起伏すら無い。
そんなものを宿しているせいで回復が早いんじゃないかな。
……日常生活を送る分には寝る必要性が薄いほどに。
後は。
「それと、昨晩私達に言ったでしょ? 「寝れる事は幸せ」って。鎧時代にそんな経験をして、元の身体に戻ったのにまた繰り返している――貴方に向けての言葉でもあったんじゃないかな?」
「……君の前で喋りすぎたね」
間違って無さそうだね。
「そっかぁ。もう少し眠そうだったり
観念したというか、隠す意味がないと判断したかな。リラは何やってるの?
見た記憶に含まれていないけど、相当に走る目に遭ったらしい。けど……疲労すらない?
「それじゃあ何日前どころじゃ……それに、眠気だけじゃなくて」
「三大欲求や身体の調子の違いってのも希薄だよ。食事も……少なくとも数か月は食べなくても問題ないんだろうね。それ以上は確認していないからわからないよ。人としての習慣を守る為に食べてはいるし幸い味覚もあるけど……空腹は感じない。僕との距離が近すぎると、いつかそれに気付く人が出てくる――君のようにね。人の身体を得ても鎧の時の様じゃない?」
笑った――随分と乾いた笑いだ。
思っていた事と方向性が違った。ずっと深刻な話かもしれない。
精霊の如き力を持つ加護は、人が持ちえない力を発揮させる。世界を構成する光属性なら尚更。
その副作用というべきかな……こんな影響があったなんて。
彼にとっては残酷としか言いようがない。また、以前の時のような。
彼の人間関係の線引きは、本当はそういう意味合いだったのか。甘く見てしまっていた。
かつて全身を失った少年の悩みは、生半可なものじゃなかった。
漸く人の身を得たのに、人でない――「異物」であるような感覚。
「僕がハーマン家……アガーテさんの所を早期に出たのもその辺りがバレないようにするためさ。一緒に暮らしていたら流石に隠し通せないだろうからね。幸い五感は全て揃っているからすぐにはバレなかっただろうけど……ライザとクラウディアは近いうちに気付くかなあ。失敗したかも」
「……そっか。ごめん、思っていたより重大だった」
「なんで謝るんだい? 僕を心配してくれたんだろう? なら僕がお礼を言うべきだよ」
ダメだね……放っておけない。
過去を知ってしまった事もあるのか、この異邦人にはどうも目を掛けちゃう自覚はあるけど。
不思議な感覚だ――私にこんな一面があったとは。
「最初のキロさんの質問に答えるなら「イエス」だよ。人の形をしながら人でないような感覚。一致しない精神と身体の年齢。僕にはわからない加護の影響と、平然と皆が認識しているエレメントを把握できない事実。気持ち悪さとでもいうのかな。まあそんなところだね……父さんもこんな気分だったのかな」
「貴方はちゃんと「人」だよ。アルが信じられなくても……私が保証する」
証明手段なんてないけれど――そんなもの必要ない。
私が彼を「人」だと思っていて、それを信じられていれば問題ない。
あの旅の最中でも、貴方は自身をちゃんと「人」だと定義したじゃないか。
「あはは。流石に父さんであったりホムンクルスと同じとは思ってないよ。でも――ありがとう。ただアレだね、一つ間違ってる部分があるかな」
「……? どれ?」
「錬丹術の話さ。確かに使っている所を見せた事がないけど、使えないわけじゃないんだ。これも加護の影響が出るのかな? ただ、使用には条件があってね」
「その条件は?」
思い浮かばない。
「クーケン島の外である事」
なにその条件、意味不明だね。錬金術封じ、じゃないよね?
「キロさんは詳しくないだろうけど、このクーケン島には妙な部分が多くてね? 魔石はあっても鉱物が一切存在しない地層。数世代前までクーケンフルーツしか育たなかった土壌。逆に数世代前から――オーリムの水を得て初めて他の作物が作れたような、掘れないはずの岩盤から得られていたらしい本来の水。異常なまでに秘匿された島の存在」
「あまり知らないけど、まあ異質な事は分かるよ。でも、それと錬丹術にどう関係が?」
「この島……自然に出来たモノじゃない。人工物なんだ」
は?
「埋め立てって事じゃないよね? 岩盤の話があるんだし」
「そもそも湖底と繋がっていないんだ。岩盤じゃなくて島の土台なのさ」
「……マジで?」
確かに地面から離れている――浮いている状態なら「大地の気の流れ」は読めない。
だって、そもそも大地じゃないんだから。しかも自然物じゃないなら尚更。
地殻変動は規模が違う。星の内から放射される世界そのもの。この星の住人である以上はその恩恵に与れる。でも、大地の気の流れは大地に立たなければその力に触れられない。
私も……成程、ここでは大魔法を使える気がしない。エレメントが薄いのに気が付かなかった。
「僕が一昨日お願いした2つの内、「クーケン島」っていうのはこの事なんだ。島を含めた周囲の環境が維持できなくなってきている。綺麗に浮かべていないってところかな」
「オーリムには空に浮かぶ島もあるから……水の上に浮かべるくらいは出来るのかもしれないけれど。そもそもこちらにそんな島が存在するの?」
「僕は見た事がないね。ただ島の正体について凡そ当たりは付いた……タオの先祖が関わっているとは思ってなかったよ」
「借りていた本で分かったって事?」
最近実験以外では本しか読んでいなかったけど。
「他にもあるけど、まあそういう事。で、正攻法は精霊に依るものじゃないんだろうけど、精霊の力を借りる事で時間稼ぎにはなるかもしれないんだ。この島に大地の流れは無くても気自体はあるみたいからさ」
「何を維持するのかに因るけど……環境の維持っていうなら私だけじゃ規模が広すぎるよ。この島そのものっていうなら数日どころか数時間も持たない」
自然というのは凄まじいエネルギーを帯びている。
唯の草むら一つにどれだけの生命が宿っているか――簡単に太陽の代わりは出来ない。
「そこまでの負担になるものとは思いたくないね。まだ僕も詳しくは把握出来てないんだ。他の資料も読み込まないと」
「徹夜で?」
「勿論だよ、寝る意味ないし時間は有限だ。アンペルさん達に伝えるのに不確定じゃいけないし」
――私がここにいるのは
はぁ~。全くこの男はなんなんだろうね?
出会ってまだ5日でしかないけど、出来る箇所は全部自分を犠牲にすればいいなんて考えていないだろうか。たかが30年の人生でその境地に至るのは早すぎる。
アルが優秀で万能で強くて実績もある事は認めるよ。徹夜は効率的なのかもしれない。
それがどうした? ――貴方は人。ホムンクルスでも精霊でもないんだよ。
あの妙ちくりんな
とはいえ、加護の影響で能動的に寝るのが難しいのは事実かな。
寝る意味がないと言ったね? じゃあ作るとしよう――幸い私には手段がある。
「というわけだから、ここに居るのは構わないけど眩しいと思うよ?」
「そんな事を考える必要はないよ、貴方も寝るんだから――Inspira.」
「なんの詠しょうおっ!?」
身体強化をすれば、体格差があろうが人ひとりベッドに放り込むくらいどうってことない。
私が座っていたベッドにアルを引き込んで、そのまま上体を拘束する。
――子供を寝かしつけるにはこれが一番手っ取り早い。
「……どういう状況だい? これ」
「分かるでしょ? 子守唄を歌ってあげるよ。私は今から寝るんだから貴方も寝なさい」
「ええぇ……」
「一人の夜はイヤ、なんでしょ?」
「……卑怯だなあ。そんな昔の事を」
「卑怯で結構。子供に寝る事の大切さを教えられるんだからね。Nox.」
「ちょっ、もう灯りを消すのかい? せめて寝支度したいんだけど」
「そうしたら逃げるでしょうに。私もネグリジェじゃないんだから気にしない」
「君そんなの着て寝ていたの?」
あれは寝やすかったけど、クラウディアの持ち物だからしょうがない。
とはいえ私もこの格好でベッドはちょっと寝づらいか。
アルを寝かしつけた後に適当に拝借するとしよう。
さてと。
「あの……このままじゃいつも通りだから眠れる気がしないよ?」
「問題ないよ。はい復唱、Somnum.」
「? そむぬむ?」
掛かった。
「……っなんて使い、かた、を……」
加護で眠れなくなってるなら、加護で眠らせてあげればいい。賢いやり方だ、素直で助かった。
スースーと眠る異世界の英雄さん――30という精神年齢は私からすればまだまだ若すぎる。
あちらで眠らず食べず感触無しの期間があったのに、こっちで実践する必要はないでしょう。
今後も定期的に眠らせるとしよう。自身がただの人である事を認識させないとね。
良い夢を。
「さてと、適当に寝間着を借りようかな。アルの服ならどれを着てもゆったりだろうし」
何気に私もフェンリルの召喚で魔力は使っているし、すぐ寝つけるでしょう。
オーリムにいた時じゃ考えられなかった感覚だね。眠いから寝るだなんて。
アルに言っておいてなんだけど、私もこちらに来る前に寝たのは何時だったかな。
どうせだ、抱き枕として使わせてもらうとしよう。
義手についてはリラがどうにかしているはずだし、明日ライザから良い報告が聞けるよね。
あの子も、もう少し心配性が治るといいなあ。
それにしても――こっちの夜空は本当に綺麗だ。
オーリムも、こんな空を取り戻す事は出来るんだろうか。
そこは、この抱き枕さんに要相談だね。
「それじゃ……おやすみなさい」
これで第五章は終了、次は新しい目標に向かう第六章です。
3日間頂いて、8月14日に投稿致します。
おかしいな、これはライザのアトリエのはず……。
果たしてアルフォンスは平和な朝を迎えられるのか?
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。