ライザのアトリエ 不思議な工房と秘密の多い錬金術師   作:もふもふたぬきねこ

96 / 150
何かが聞こえた気がして。
影の女王戦の続きから。

今回もよろしくお願いします。


95. 84日目⑦  光を失った世界

理解が追い付かない。

でも何が起きているか、しっかり見る事は出来ている。

 

 

 

女王の右鎌が、私の身体に触れた先から真っ黒な闇そのものになって。

物理的に世界に干渉する権利を失う。同時に何処からか亀裂の入る音が聞こえたような気がした。

 

私から繋がっているかのような闇は、一瞬で右鎌全体を覆い尽くすように影の女王を侵蝕し。

分離し、独立したモノと化して――鎌首を(もた)げたように見えた。

 

 

 

なんだコレは。

 

 

 

表情など分かるはずもないのに。

無機質な影の女王から感じ取れたのは――理解不能(恐怖)の感情。

 

 

 

そして。

 

 

 

バ ツ ン ッ !!

 

 

 

闇が顎を開いて、女王の上体を一口で喰い千切った。

 

一瞬の出来事だけど、私にはそんな風に見えた。

 

 

 

「なっ!?」

 

最初に反応したのはアル。

でも反応しただけだ。理解は出来ていないらしい。

 

激しく同意する。こんなもの、理解出来るものか。

 

「うっあ」

 

「キロ!?」

 

「なんなのだこれは!」

 

漸く私も声が出た。ただ意味のある言葉にはならなかった。声帯が麻痺しているかのような。

苦しくはない。けど、明らかに私の身体からナニカが出て来ている。

痛みは無いけど内臓が外に飛び出ているかのような感覚だ。

 

これは――私なのか?

 

「ああっあ?」

 

「キロさん!」

 

幸い物理的にどうという事はない。

けど、まるでフェイタルドライブを数発放ったかのような強烈な脱力感。

私はブレイクしているのか? ――意識を保て。野放しにしたら取り返しがつかなくなる。

 

アルが飛んでくる。

 

「キロさん! 無事!?」

 

「……コレに、触れてはダメ、絶対に」

 

幸い声に出来た。これは恐らくアルの光の加護だろうがどうにかなるものじゃないから。

触れた瞬間に、そのモノの概念が根こそぎ喰われる気がする。

肉体も、精神も、魂も。自分が自分であるという定義が溶けて無くなる。

 

「キロ! クソッ、一体何が起きている!?」

 

「分からんが……我々の常識を超えたナニカだ。見ろ」

 

リラとアンペルもこちらに来てくれた。こんな二人は見た事がないな――動揺一色に染まった顔。

アンペルの視線の先は、()()()()()()()負の感情へ。

 

上体は闇に消え、支えを失った左鎌は落下し、下体を成す四肢だけがそのまま残り。

その直後に形を成さないただの黒い霧の塊と化した。

私の頭は変に冷静だった。「証を持っていたとしても消えたな」とか思うくらいには。

 

そして蝕みの女王からナニカへ恐怖の対象を変えたのか、それともナニカから逃げる為か。

赤紫色の空に昇り……薄くなっていった。

 

 

 

あっけない。

 

 

 

黒い触手のように私の胸から伸びていたソレは、その光景を吐き捨てるかのように。

一瞬で私の中に戻った……戻ったのか。

 

装束に穴すら開いていない。同時に気怠さも少し引いた、とはいえ戦闘は厳しそうだ。

 

「……大丈夫。何もされていないし怠いだけ。鎌も届いていないよ」

 

「無事でよかったが……そうであっても少し待とう。何が起きているか分からない。影の女王も消えたのだしな」

 

「同感だな。キロ嬢の中がどうなっているのか想像もつかん」

 

一連の流れから二十秒と経っていないけれど、頭の中が先程の現象の整理を始める。

今までの知識と、今見た光景と、古い古い記憶。

確証はないけれど、一つの解をはじき出す――

 

 

 

予定だった。

 

 

 

「警戒はこちらで、と言いたい所ですけど……残念ながらそうもいかなさそうです」

 

「……? どうしたの?」

 

「アレだよ」

 

アルが上を指さした。

 

 

ペキッ

 

 

そんな音が聞こえた気がした。さっきの亀裂音はこれか。

 

 

 

空。罅の入った赤紫色の空。

 

剥がれ落ちた空の向こうに広がるのは――真っ黒な虚無。

 

 

 

「これは……崩壊を、始めているの?」

 

「多分ね。ここに残ったらどうなるかなんて想像したくもない」

 

「ここは単なる錬金術の世界ではないはずだろう? 大精霊様に何かあったという事か?」

 

「あるいは役目を果たしたからか。とにかくまずは出口へ向かおう。ここに居ても好転しない」

 

「……いや、これは恐らく」

 

「キロ、今は黙っていろ。私が背負おう。掴まっていてくれ」

 

 

 

 

 

 

この世界に存在していたエレメントと精霊の大半が消え去っている。

今の私はオーリムにいた時よりも無能なんだろう。

 

天蓋に広がっていた罅は指数関数的に増加し、空がどんどん虚無へと消える。

走るリラに背負われながら、その衝撃だけではない揺れ……地震というより大地の断末魔。

 

大地を一払いするかのように亀裂が入り、どこかへ墜ちていく。

遺跡や樹木は分解され、無に還っていく。

 

これが、世界の終わりというものか。

 

「進行が早すぎる! もっと大精霊も配慮が出来んのかね!?」

 

「大精霊様の影響とは限らんだろうが! 無駄口叩かずとっとと走れ!」

 

「気の流れは……簡単な足場を作ります! 利用してください! アンペルさんはこちらに!」

 

既にフィルフサ達は居ない。

何もない大地に墜ちていったのか、それとも影の女王のように消滅したのか、あるいはエレメントに還って散ったのか。動いている生物は私達だけだ。

 

私が大魔法で吹っ飛ばした範囲の外、比較的整地されていたはずの獣道はささくれ立ち。

懸命に走るリラ達の道を阻む。

 

一つのささくれが山のようだ。先がどうなっているのかも分からない。

アルが作った小さな足場を飛び石のように進んでいく。アルもこの規模の錬成が限界らしい。

 

 

 

 

 

 

本来息切れしないらしいアルと、凄まじい体力のリラすら息を切らすほどの道中を越え。

出口があるはずの空き地の手前のエリアまで辿り着いた。

 

――だけど。

 

「これは……既に手遅れ気味ですねえ」

 

樹木を始めとした視覚的な障害物が消滅し、世界は地平まで見渡せる。

罅割れた、半分近く黒くなった空と。粉砕されつつある、虚無へと続く穴を抱えた大地。

 

出口は見えている――その周辺が既にどこかへ墜ちた光景も。

もう崖とすらいえない、無に浮いた島のように僅かに大地を残すのみ。

 

今この瞬間にリラ単独で跳んでギリギリの距離だろう。

私を背負った状態で、踏切地点まで辿り着いた末での跳躍じゃ間に合わない。

 

風魔法で運べるか……ダメだ。この世界にはもう精霊が殆どいない。

私がここで出来る事など既にない。さっき無能だと悟ったばかりだろうに。

 

 

 

女王を倒した帰り道の事なんて考えてもみなかった――詰みだ。

 

 

 

「……はぁ。後の事をライザ達に全て放り投げるのは気が引けるな。何か報いてやりたかったが」

 

残った大地の端に来た。

どうあがいても届かないほどに開いた出口までの距離。

 

リラが私を下ろし、力なく呟く。弱音を吐く性格じゃないのに。

 

「そうだな。全て任せてしまうのは申し訳ない事だが……あの子達なら成し遂げてくれるだろう。地獄に行けるのかすら怪しいが、辿り着いた先で祈るとするさ」

 

アンペルが悟ったように口にする。

本音だろう。こちらはなんかスッキリした顔だ。

 

 

 

もう。本当にもう終わりか?

 

 

 

さっきの力は――使い方がわからない。

 

精霊の力は借りられない――数が少ない上に在り方が狂いつつある。

 

魔法で飛ぶ――リソースがない。発動しない。簡単な魔法ですら難しい。

 

リラに投げてもらう――リラの犠牲は必須、加えて狙いがピンポイント過ぎる。

 

召喚――タング兄弟の戦車で運べるだろうか。

試すだけ試そう。多分私はこの世界のルールを犯した。今更だ。

無駄に長い私の寿命をこの場で吐き出しきってしまえば、この場は凌げるかもしれない。

ダメだったとしても魔法に転用できるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ここまでの思考の中で――アルに意識を向けていなかったのが大きな間違いだった。

 

 

 

 

 

 

カカカカカッ

 

 

いつの間にかアルの足元に穿たれた5本のクナイと錬成陣。

――橋の錬成? でも普通の錬成速度じゃ多分間に合わない。そも今の環境じゃ……。

 

そう思った直後、右手にクナイを握っている事に気付いた。あちらの大地に投げるのか。

相当遠いけど……成程、倍の錬成速度とアルの理解力ならギリギリ間に合うかも。

 

 

……ちょっと待て。私は何を考えた?

 

 

滅びゆく世界。崩れた大地を使った錬丹術。いくらアルでも通常の錬成より時間がかかる。

加えて、錬成中は錬成陣から離れられない。

 

作ってから移動じゃ――間に合わない。

 

 

待て。前提がおかしい。

 

 

「キロさん」

 

待て、待て、待って。

 

何をそんな覚悟したような顔をしているの?

何を実行しようとしているの?

何を私に伝えようとしているの?

 

 

 

……何を私に命令しようとしているの?

 

 

 

私の口と身体め、さっさと動け!

 

 

パンッ!

 

 

五本のクナイが(くう)を翔け、手合わせの音がイヤに耳に響いた――嫌だ! 聞きたくない!!

 

「二人を連れて」

 

「待って!」

 

待て待て待て待てまてまてまてまてマッテ!

口にしちゃいけない、口にしないで! 口にしちゃダメ!!

その錬成陣に触れちゃダメ!

リラ、アンペル、止めるんだよ! 早く!! 動いて!!!

止めて! とまって!!

やめて! ヤメロ!! このバカ!!!

 

「脱出して!!!」

 

「…………っ!!」

 

 

 

クッソォ!!!

 

 

 

Summone Sleipnir !!!」

 

「キロ!?」

 

「……っ!? アル君も何を!」

 

もう止まらない――もう止められない。

 

下された命令を可及的速やかに実行すべく、私の魔力は内から湧き出て爆発的に跳ね上がり。

豊富な魔力に満たされた身体から放たれた絶叫の声と共に風の神馬(スレイプニル)が顕現する。

 

隣から電撃のような音が鳴り響き、高速でこちらとあちらの大地から橋が作られる様子が見えた。

もう錬成している本人の姿を目にする事も出来ない――身体が許してくれない。

 

スレイプニルに飛び乗る。強制的に声帯から発声が為される。

 

乗 れ ! ! 

 

「まだアルがっ」

 

ば や ぐ っ ! ! ! 

 

「っ……くそおっ、アンペル!!

 

「なっ、おい待てリラ、リラッ! アル君が!!

 

出口を開ける鍵たるアンペルが脱出可能と理解した瞬間、手綱が思い切り振るわれる。

嘶く事もなくスレイプニルは風となって、糸の様な橋に向かって疾走する。

 

か細い橋は今も二つの大地から伸び続けている――錬成主が錬成陣にいるという証拠。

伸びる速度より神の馬の速力の方が速い。

先端が伸び続ける橋を砕くように踏み込み、飛翔し、逆から伸び続ける橋へと着地する。

 

もう錬成を続ける必要はない。

 

でも下された命令は、彼を除いた「三人の脱出」。

やる事は変えられない。

 

「…………っ、ごめんっ、ごめ、ごめん」

 

誓いがこんなところで仇になった。彼を守る為の誓いが彼を見捨てる為の手段に。

 

命令なしに召喚が可能だったかは分からない。

命令があったから私達三人は生き残れるのかもしれない。

 

けど、命令が効く身をこんなに後悔しているのは間違いない。

なんで世界はこんなに残酷なんだ。何故、よりにもよって彼なんだ。

 

「出口に着く!! アンペル、このまま行けるか!」

 

「やってみるだけだ! 限界まで地面に下げろっ!! この人でなしを殺すつもりでな!!!」

 

後ろでは二人が脱出への態勢を整えているんだろう。

もう後は飛び込むだけだ。

 

 

 

――アルフォンス・エルリックという光を失った、真っ暗な、絶望の世界へ。




ボトルの世界側の顛末でした。
これで知られざる決戦は終わりましたが……。

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。