喫茶店にある小さな幸を求めて   作:りつくさり

1 / 3
咲き散らす彼岸花

 「死にたくないっ!」

 薄暗い廃れた施設の中で一人の男が疾駆する。

 滴る汗が無機質なコンクリートを濡らし続けていた。

 男は外国人で、ある目的で来日していた。

 日本。それは極端なほど安心安全な国と世界中から認知されている国だ。

 あまりにも稀有といってもいい。

 だが当然そこに目をつける組織もある。

 平和ゆえに日本人は犯罪に対する耐性がついていない。

 だからこそ犯罪者から見ればカモ当然なのだ。

 ゆえに数日前に国際犯罪組織が日本にやってきた。

 拉致監禁をメインに世界中で人身売買する組織。

 指名手配もされた名の通ったグループと言ってもいい。

 邪道で残酷な手口は裏の世界では信頼に値するほどの経歴だ。

 世界各地から常に仕事が舞い込んでくる。

 男もそこに所属していた。

「こんな国にくるんじゃなかった……」

 錯乱するように情けなくうめきながら施設を走り抜ける。

 男が向かっているのは二カ所ある出口の一つだ。

 その出口へと繋がる通路は無残な屍の山が現在進行形に築かれている。

 男がいるのは地下一階。どのみち地上に出るには階段を使わなければならない。

「くそっ……くそぉぉぉぉ!」

 逃げる時に足を捻り、思うように動かない体に鞭を打つ。

 その時不意にライフルの乱射音が聞こえた。

「俺の身代わりとなって死ね、糞が!」

 そしてその音に紛れて拳銃の低い銃声が一発響いた後、再び静寂が広がる。

 この施設には50人ほどの構成員がいた。山奥にある廃墟で何の用途で使われていたかは分からないが 身を隠すには十分な広さだった。

 だが、今では混沌とした狩場へと変貌した。

 緑に溢れ、自然豊かな山間部に轟音が響き続ける。

「化け物が!」

 事態に気づいたのは仲間が数人いなくなったときだった。

 おそらく銃にサプレッサーでもついていたのだろう。

 気づいたときには仲間が何人か撃ち殺されていた。

 刺客は小柄な少女一人。正体は不明だが訓練を受けていることは違いなかった。

 機敏に翻弄されたが所詮は女の子の身体能力。

 男がバールで少女を殴り飛ばすとすぐに動かなくなった。

 他の組織のメンバーも怒りの色が見えていた。仲間がやられたのだから当たり前だ。

 殺すことは前提としてその前に辱めてやろうと思っていた矢先――

 少女は弾かれるように起き上がり瞬く間に何人もの――何十人も殺して見せた。

 あり得ない。

 理解できない現実が目の前で起きた。

 飛び交う弾丸を避け、正確無比に眉間に撃ち込む。

 また一人と膝を折り倒れていく。

 おぞましいうめき声をあげ絶命していく仲間たち。

 男は命からがらその場から逃げ出すことができて今に至る。

「はぁはぁ……」

 息を切らしながら階段を登り切り手前の角を曲がる。

「あった……」

 真っ暗な通路の奥に『EXIT』表記の出口が視界に入る。

 男は疲労と足の痛みを抱えながらにじるように前に進む。

「こんな国から早くおさらばしてやる」

 意志を込めた言葉で心を強く保つ。

 それでもこんな平和な国に何であんな怪物がと独りごちてしまう。

「……っ!」

 そのとき後ろから巨躯が動くようなドスドスとした足音。

「あ……あ……」

 声なき声が漏れる。あいつが近づいてくると――

「違う……落ち着け」

 男は一瞬あの化け物かと思い立つがすぐにその考えを破棄する。

 あの少女はこんな重い足音じゃなかった。

 おそらく――。

 そう思索にふけっていると後ろの角から人が現れた。

 蒼白な顔でまるで亡霊のような男の姿。

「お前……生きていたのか……」

 そいつは男にとって日本に来るまでの友人だった。

 こんな裏の世界で信用できる人間はそういないがその目の前に映る男は信頼できた。

 幾度も酒を交わしあい、二人の間には友情というものが芽生えていた。

 そいつは助けを求めるように男に手を伸ばして――

「た、助け……」

 瞬間、男から赤い花が咲くように鮮血が舞った。

「え……」

 体液が通路に広がり、血の匂いが鼻先を通り過ぎる。

 男は目の前で起きた惨劇に頭が真っ白になる。

 心臓はうるさいほど響き続けて吐き気すらする。

「かっ……」

 何とか詰まっていた息を吐き出し出口に向かい走り出す。

 死ぬ、死んでしまう。

 本能がこのままだと死ぬぞと警告しているのだ。

「はっはっ!」

 男は後ろを顧みることなく走り続ける。

 出口まで50mはないだろう。

 そのとき一発の弾丸が男の右足を貫いた。

 だが倒れることなく踏みとどまる。

「うっ……あ……」

 歩みを止めては駄目だ。

 体中からでるアドレナリンが防衛反応のように痛みを麻痺させる。

 必死に足を引きずりながら進む。

 それは生存本能。

 立ち止まれば死ぬぞという直感なのだろう。

 そしてもう一発の銃声が響き、男の左足を貫いた。

「ぐぎゃあああああ!?」

 今度は痛みが明瞭に伝わり、床にのたうち回る。

 そしてコツンと小さな足音が男の耳に入った。

「あ……あ……」

 その靴音を聞いた瞬間に恐怖で痛みが吹き飛んだ。

 そして目の前に制服姿の少女が現れる。

 少女は至る所に激戦の跡が見えた。

 服は破れ、その白い肌から血が流れ見えて満身創痍だ。

 だというのに少女の瞳からは疲労の色が見えない。

「待て! 待ってくれ……」

 懇願して撃つなと言わんばかりに手を突き出す。

 こんな世界だ。いつかは死ぬことになるかもしれないと思っていた。

 だけどこんな最期はあんまりだと男は嘆く。

「何が望みなんだ? 情報か? それとも金か?」

 生きる術を探すために少女と交渉しようとする。

 だが少女は関心すら示さない。

 何を考えているか読み取ることはできず、ただ冷たい目が過ぎていく。

「何で逃げたんですか?」

「え?」

 開口一番に理解できない言葉を少女は出した。

「どうせ死ぬんですから、逃げなくてもよかったと思いませんか?」

 絶対零度のような視線。凍りつけらえたように瞼すら動かせない。

 そして少女はおもむろに拳銃を突き出し――弾丸が男の胸を貫いた。

「ぐ……ごぼぉ……」

 澱みのない動作で男を沈黙させる。

 明らかに助からないだろう致命的な一撃。

 少女は男に近づき――

「足が遅くて助かりました」

 慈悲のない声とともに眉間に弾丸を撃ち込んだ。

 そしてすべてが物音一つなく消え去った。

 人気がなくなったこの場所に隙間風だけが静かに応える。

「……っ!」

 そして張り詰めていた空気が解け、少女も地面に倒れんだ。

 少女にとって傷を負うことは当たり前のことだった。

 だが今回はかなり苦しい任務だったことはそのボロボロな身体からは見て取れる。

 苦悶を浮かべ、唇を噛んで耐えようとするが意識が保てない。

「私は……やっぱり……駄目な子だ……」

 虚ろになりながら、少女はついに気を失った。

 この日――48人の犯罪者が人知れず命を刈られた。

 それを実行したのは年端もいかぬ一人の少女。

 この事件は決して表にでることはない。

 それが彼女の――彼女たちリコリスの仕事なのだから。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。