喫茶店にある小さな幸を求めて   作:りつくさり

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芽吹きの種

「おっはようございまーす! アイドルの千束ちゃんだよーん」

 後ろから快活な声が聞こえた。

 リコリスの制服に身を包んだ女の人。

 おそらくこの人が――

「おはよう、千束。今日は遅れなかったな」

「おはよう、先生。さすがにこの千束さん、毎日のように遅刻はしないですよ~」

 冗談は止めてくださいよといった感じの表情でミカさんと話す。

「そう言ってあんた何回遅刻してんのよ」

「うるっさい、酔っぱらい。そこで寝とけっ!」

 ミズキさんはそう愚痴を零すが、様子から見て慣れているのだろう。

「先生聞いてぇ! 私が楽しみにしていた映画が配信され――」

「その前に千束。話しておかなきゃある」

 ミカさんが声を遮る。

「今日からここに新しいリコリスが――」

 ミカさんの声が消える。

「……結ちゃんはどこにいった?」

「え、結ちゃんって?」

 ミカさんや千束さんが困惑した声が上から聞こえる。

 私は千束さんが入ってくる前に咄嗟にカウンター席の椅子の影に避難した。

 だって初対面だし急に入ってきたら誰だって驚くに決まっている。

 ……でもやっていることはただの先延ばし。

 五回ほど深呼吸したらここから出て挨拶しよう。

 そうすればちょっとは冷静に話すことができるのかもしれない、と――

 「結ちゃんならここにいるわよ」

 ミズキさんがカウンター下を覗き込んできた。

 ちょっと心をほぐしたら出ようと思っていたのに……。

 息を整えている最中にミカさんや千束さんまで顔をのぞかせてくる。

 私は頭が真っ白になり――

「こんにちは千束さん私は島津結ですサードリコリスでリコリコで働くことになり候、決して隠れていたわけじゃなくてちょっと息をと整えていただけでだからよろしくお願いいたします!」

 椅子の陰から飛び出し、マシンガンのごとく喋り出す。

 もはや何を言ったのかは自分でも分からない。

「えーと……よろしく?」

 呆気に取られたのか千束さんは若干戸惑っていた。

「す、すごいこの子……あの千束に悄然とした顔をさせるなんて!?」

 ミズキさんが声を荒げて驚いていた。ひどい……。

「千束、この子は島津結ちゃん。今日からここの配属となった子だ」

「配属……」

 千束さんはまだ言葉を飲み込めていない様子だった。

「……うそ! リコリコに新しいメンバーが増えるの!?」

「そうだ。先輩として面倒を見てやってくれ」

 目を爛々と輝かせてこちらをもう一度見つめる。

 眩いほどの笑顔がこちらに差す。

 そして私の手を両手で包み込んできた。

「私、錦木千束! 初めまして結ちゃん! 今日からよろしくね」

「え!? ははは、はい! よろしくお願いします」

 嬉しさが堪らないといった感じで握った手をぶんぶんと振ってくる。

「嬉しいなー。ずっと私一人だったし、あ、もちろん先生との仕事が嫌だというわけじゃないよ?」

 本当に笑顔が似合う人だ。見ているこっちまで笑みが零れそうになる。

「で、先生。さっそく今日からこの子を連れだしていいの?」

「……ああ。だが絶対に無理はさせないように」

 千束さんは「やったー!」朗らかに声を上げる。

 喫茶リコリコ。思った以上に賑やかな場所で楽しそうだ。

 それにこの人達は悪い人じゃない。

 私は人を見る目は少しだけ自信がある。

 性格というのは喋り方、立ち居振る舞い、表情。そいうのに反映される。私の経験上はそうだ。

 ミカさんは大男だけど話し方から人の好さが滲み出ている。

 ミズキさんは酔っ払いだけど心が温かい人だ。そういうのが表情から伝わってくる。

 千束さんは笑顔が眩しい人だ。屈託のない笑みは裏表を感じさせない。

 そういう人が集まる所は空気が柔らかくて私は好きだ。

 ここでなら私はやっていけるかも――

 そう考えた矢先、不意に頭の中で声が響く。

 ――皆笑っているでしょ? あれは結のことを馬鹿にしているからよ。

 頭に鋭い痛みが走る。忘れられない過去が自動再生された。

 ――あなたは出来損ない。無能なんだから人一倍頑張りなさい。

 「……」

 心の中で色が消えていく感覚。私は無能。だから見捨てられ――

「あ、そうだ。私のことは千束って呼んでね。さん付けは禁止ということで」

「え……あ、はい……」

 千束さんの言葉で我に返る。まったく頭に入ってこなかった。

「じゃあ今日もはりきっていこー! 先生、後で結ちゃんと外回りしてきますね」

「ああ、分かった。何度もいうが無理はさせるなよ。

「了解ですせんせー」

 そう言って千束さんは奥へと姿を消した。

 そうしたやり取りを見ているとカウンターテーブルにコップが置かれた。

「結ちゃんはコーヒーが好きだろ? 飲んでいくといい」

「え! す、すみません……」

 ミカさんはわざわざ私のためにコーヒーを入れてくれた。

 店内は濃厚なコーヒーの香りが広がる。

 そしてコップに手をかけて飲もうとしたときふと思う。

 ――このコーヒーに砂糖は入っているのだろうか?

 私はコーヒーが好きだ。一日の始まりは必ず飲んでいる。

 飲むと頭が冴えてやる気が湧いてくるからだ。

 だけど無糖は苦手。苦いのは嫌いで仕方がない。

 飲むのをためらっているとミカさんが声をかけてくる。

「大丈夫。砂糖はたっぷり入っている。遠慮せずに飲みなさい」

「あ、ありがとうございます!」

 私はコーヒーを口に運ぶ。

 口内に甘いものが広がる。

 ああ……コーヒーとは何て素晴らし飲み物なんだろうか。

 私にとってエナジードリンクのようで体に力が漲る。

 私は椅子に腰かけて気を休める。

 あとはもっちもっちのお餅さえあれば最高なんだけどなぁと、心の中で一人ごちる。

 本当は悠長に飲んじゃいけないと思う。だけどこれから仕事。

 ちょっとだけ休んでおかないと心がもたない。

 ここ数日、身体の調子が好転しない。だから少しだけ許してほしい……。

 味わうようにちびちび飲んでいると目の前に皿が運ばれる。

 上にのっていたのはおはぎだった。

 私はミカさんを見上げる。

「これもよかったらどうだ。コーヒーとおはぎは存外合うものだぞ」

「い、いいんですか?」

「礼ならミズキに言ってやってくれ。作ったのは私じゃないからな」

 ミズキさんに顔を向けるとお酒を飲みながらテレビを見ている最中だった。

「あ、あの、ありがとうございます!」

 大きな声を出すのは得意じゃない。だけど感謝を伝えるのは当たり前のこと。

「え? ああ、それね。今日は千束に振り回されるとおもうから体力はつけておけよー」

 そう言うとミズキさんは再びテレビへと向かった。

「失礼な! ちょっと配達行くぐらいだって!」

 奥から千束さんが出てきた。

 先と変わらずリコリス専用のバッグを背負い、準備万端のように見えた。

 私は反射的におはぎを口に放り投げコーヒーを流し込む。

 胃の中で糖分と糖分が合体して気持ちが悪い。

 好きなものだからと言っていっぺんに口に入れると大変なことになってしまうことが分かった。

 私だけ悠長に食べるわけにはいかず……だけど空になった皿を見て少し残念に思えた

「仕事に行ける準備できました!」

 大仰に私は反応する。

「だ、大丈夫か。結ちゃん……」

 それを見ていたミカさんは心配そうだった。

「あはは……もう少しゆっくりしててもよかったのに。じゃあ行こっか!」

「はい!」

 私は千束さんとリコリコからでる。風が優しく私の頬を撫でた。

 

 

 

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