平凡な日本人だった僕は、幼き少年神に転生した。
名はゼウスと言い、前世の記憶が正しければギリシャ神話の神だった気がする。
詳細な内容は知らないので、どのような人生を歩んでいくのやら。
仮に知っていても神話を元にした創作物かもしれないので、知識は役に立たない可能性が高いだろうけど。
前世の友達から聞いた話だと、冥府を司る神の性格が原典と創作で違いすぎるんだとか。
◆
一人の幼なじみと毎日を過ごしている。
幼なじみはメティスという可愛い女の子で、僕よりもはるかに頭が良い。ファンタジーあるあるの便利な魔法を多種多様に使いこなす。
ちなみに魔法という名前は僕が勝手につけた。魔術やら権能やらと呼び名が多い上に違いが分からなかったので、まとめて魔法と呼ぶことにしたのだ。
メティスから「ちゃんと覚えようよ」と呆れられている。
僕も雷を操る魔法を使える。メティスが感嘆する程の威力を出せる。
だが、強大な力ほどデメリットがあるのか、ときどき自分の身体が痺れてしまう。
メティスから「ちゃんと制御しようよ」とジト目で見られ、電撃で傷ついた身体を癒してくれる。彼女がいなければ、何度も死んでいる。
男のくせに情けなくなる。
だが、そんな僕でも取り柄がある。
剛健な肉体……すなわち筋肉だ。襲いかかるドラゴンを素手で倒せる程だ。
メティスでもドラゴンは倒せない。
実際に僕がドラゴンを討伐する間、メティスはドラゴンから放たれる力の奔流に逆らえずに吹き飛ばされた。
おかげで彼女は得意な魔法の力を発揮できず、涙目で恐怖に震えていた。かわいい。
彼女と出会えた運命に感謝した。
前世を一人で過ごし続けた僕にとって、彼女は孤独の乾きを癒す水だった。
メティスとのドタバタの日々。
この日常が永遠に続くと思っていた。
年月が過ぎた、ある日。
僕は自らの出生を知った。
父により幽閉された兄弟たち。
僕を逃がしてくれた母の献身。
父に囚われる兄弟たちを救うべく、僕は立ち上がった。
僕の傍にメティスがいた。彼女がいれば、何でもできるような気がする。
◆
メティスの献身もあり、父を倒せた。
だが、その結末は嫌な意味で残っている。
やり直しの機会を父にも与えようとした。
兄弟たちを殺さなかったのは、父なりの情が残っている筈だと思ったからだ。
父は言葉を残して自殺した。
「お前は運命を甘く見すぎてる」
まるで僕に警告を与えるかのように。
父から解放されて喜ぶ兄弟たちの前に、心の底から笑えなかった。
内心を察してくれたのか、メティスは手を優しく握ってくれた。心の苦しみはいくらか和らいだ。
兄弟たちの勧めもあり、父の後を継いだ。
僕は神王となった。
そして、メティスは僕の妻になった。
◆
ゼウスがレイパーだという情報を思い出した。この身に宿る性欲が尋常じゃない。
湧き上がる全ての力をメティスにぶつけた。彼女はベッドの上でグッタリとしてしまうが、僕は飽きもせずに貪り続ける。一年ぐらいは続いたかもしれない。
見かねた結婚を司る女兄妹にボロクソ言われて我にかえる。反省しなければならない。
僕の一年をさすがだと褒め称えた男兄弟は、女兄弟全員に容赦なくしばかれていた。
だが、良いことがあった。
メティスの中に新たな命が宿った。
◆
ある日、未来が予言された。
兄弟を含めた僕たちに、受け入れ難いものだった。
——メティスの子が僕を殺して、王権簒奪するという予言だった。
厄災の大元たるメティスを殺せ。
心配する兄妹たちの残酷な声。
我らが父も予言で人生を失った。
その意味をよく理解しろと。
誰も彼もが僕の身を案じている。
だから、善意を無碍に出来なかった。
僕は長い時間、悩んでしまった。
悩む最中に前世を振り返る。
僕は家庭をつくらず、孤独な生活を送っていた。
だが、望んで一人になったわけじゃなかった。漠然と過ごして、誰かと接触する機会を棒に振るってしまったのだ。
かつて羨望していた家族を自らの手で壊すのか?
一秒一秒が果てしなく永く感じさせる。
父の最後を思い出す。
彼とて子どもたちを憎んで、家族を壊したわけじゃない。
生を持つ者として自らの死を恐れただけだ。恐ろしい予言に振り回されたのだ。
事実、今の僕も死を恐れている。おそらく父も同じだったのだろう。
延々と思考を繰り返す僕に、冥府を司る兄弟が接触しに来た。
死者と同化する魔法を彼から伝授された。我が身の一部として記憶と能力を取り込む魔法らしい。
「死んだ女を目当てに冥府まで追いかけられると面倒だからな。それならお前の手元に女の魂だけでもあった方がいいだろう」
——だが同化でも女が死ぬのに変わりない。死の意味を理解しておけよ。
冥府を司る兄弟は去っていった。
兄弟で最も法に厳格で真面目な彼が、冥府の禁忌を犯す魔法を伝授したという事実に、僕は目を背けてはならない。
僕は決断しなければならない。
だから、メティスに会いに行った。
予言が出て以来、彼女に会っていなかった。
向き合う覚悟がなかったのだ。
そして。
誰もいない場所で、涙を流す彼女を見た。
僕は腹をくくる。
予言通り、玉座を子どもにあげよう。
だが、死ぬつもりはない。
予言通りになどさせてたまるか。
血濡れの玉座を維持してまで、神王にしがみつきたくなかった。
手に入れた家族を手放すものか。
メティスに話すと、どこか不安そうだったが、喜びの笑みを浮かべて了承してくれた。
◆
数年の時間が過ぎる。
僕とメティスとの間に姉と弟の二人兄弟ができた。
娘は聡明な母親に似たのか頭が良い。
だが、お淑やかな母親と違って、負けず嫌いで勝気な性格だ。僕の兄弟にも何かしらの勝負をしかけている。
娘の情緒が理解できないせいか、一時は絶交寸前になるがメティスが取りなしてくれた。
父親としては不甲斐ないが、同性である母親の方が娘を理解できるのだろうか。
息子は引っ込み思案で内気な性格だった。誰かと会うとき、娘の後ろへ常に隠れている。王位簒奪で僕を殺しにかかるとは思えなかった。
性格は真反対だが兄弟仲は良好だった。
娘と息子の健やかな成長を僕たちは喜んだ。
メティスがいなければ、子どもたちの教育に失敗していたかもしれない。
かつての選択は間違いじゃなかった。
◆
運命の日が訪れる。
事の発端は、未来の王である息子が不甲斐ないので、娘が発破をかけたことだ。
このときの娘に悪気がなかったのは間違いない。姉としての弟に対する愛情だろう。
その結果、幼い息子の魔法が暴走した。
一帯を無に還す災厄。
戦争を連想する血塗れた魔法だった。
未熟な息子は自らの魔法を御しきれない。
その力は僕を遥かに超えている。
このままでは全員が死ぬ。
暴走を食い止めるべく、自らの身を差し出す。剛健な肉体に感謝する。僕一人が犠牲になれば全員を助けられそうだ。
だが、メティスの知恵を持たぬ僕では、息子の暴走を完全に抑えることができなかった。
肝心の彼女は力の奔流に抵抗できずに近づけない、ドラゴンのときと同じように。
犠牲を払わずに解決するには、僕の剛健な肉体に、メティスの知恵を兼ね備えなければならなかった。
——予言の内容、冥府を司る兄弟から伝授された魔法を思い出した。
メティスを殺して、その知恵を我が身にしなければ、僕に生きる未来はなかった。
予言通り、子どもに殺される。
それも僕が引き継がせる玉座を案じてだ。
笑えない。
予言が記す運命を舐めていた。
いかに穏便で済ませようとしても、残酷な未来を回避することすらできないのだ。
僕も父と同じ結末を辿ったわけだ。
父も母を愛していたが故に殺せなかった。
自らの死を意味する予言に逆らいたかった。
だから、子どもたちを幽閉したのだ。
——後悔はしていない。
出来た妻を家族に迎えられて、将来有望な子どもたちが生まれたのだ。
決して後悔などするものか。
この選択は間違いなんかじゃない。
メティスの悲痛な叫びに、僕は申し訳なく思いながらも命を落とした。
◆
現代日本に転生したようだ。
一周回って日本に帰ってくるとは思わなかった。
最初の人生のように、どこか寂しい生活を送るだろうと予想していた。
だが、そんな予想は外れた。
幼なじみの女の子が何かと世話を焼いてくるのだ。彼女の所作が前世のメティスと重なる。
また、今世の友人も前世の兄弟たちを思い出す。彼らの行動の一つ一つが前世の記憶を刺激する。
まるで前世の続きを見ているようで、思わず泣いてしまった。
感動のあまり、ビリビリと電気が溢れ出して、体が痺れてしまう。
件の幼なじみが慌てて魔法で癒す。
あれ、見覚えがある光景があったような?