哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。   作:true177

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015 とりあえずのところは

 怒号とうめき声で無間地獄と化した校舎から脱出した隆仁たちは、いつも通りの帰路に着いていた。滅多に人が通行しない道路とあって、日本滅亡後の世界を映し出しているような気にさせてくれる。

 

 結莉の肩が上下に動いて、呼吸も荒々しい。短距離走の全力ダッシュごときで体力が半減するとは思えないが、現に彼女は人家のブロック塀に寄りかかっている。補強されていないものは、内側へと崩れ落ちていくに違いない。

 

 当初の目標は完遂した。雷撃で奇跡が憑依したとしか考えられない、美少女の告白。その事実を風化させず、クラス全員の記憶に遺すことが出来た。

 

 結莉が頑なに恋人発言を避けてきたのは、トカゲのしっぽ切りをお手軽な緊急回避として手元に置いておきたかったからだと推測される。条件の良い物件をキープしておき、上位互換が現れれば飛び移る。自立できない寄生虫が過酷な世界で生き延びる術であり、昔からの常套手段だ。

 

 しかしながら、運命を共にしてまで付き添おうとするのは持たざる者の戦術なのであって、才色兼備な彼女が用いる戦略としては正しくない。自身のスペックとおんぶ抱っこで生きていく無力さを比較した時、天秤は自己に倒れる。

 

 ……それは、佐田さんが特殊なのであって……。

 

 相方に傾倒して経済を回そうとすることは、生存本能と離反している。旧石器時代までの人類には存在しなかった、新しい概念の誕生だ。

 

 金銭への異常欲求の原因が怠惰なのだとすれば、授業中でもプライベートでも他人任せになるはずだ。が、学校生活で結莉が居眠りをしたところを目撃したことはなく、放課後も芯が固く折れ曲がらない。とことんマネジメントが行き届いていて、反乱分子が未然に潰されている。

 

 改めて、寄生系美少女は謎だらけだ。大航海時代の航海士も、まだ見ぬ開拓地へと船を漕ぎ出す気持ちは隆仁と似通っていたのだろうか。

 

「……須藤くん、何てことしてくれたのかな……?」

 

 これから暑さが激しくなる季節だというのに、冷蔵庫を開けたような冷気が吹き出してきた。上から目線のお嬢様は、強制的にカップルを成立させられたことが御不満だったらしい。

 

 体勢を立て直した彼女に、合戦を申し込んで勝てる見込みはアリの大きさ程も無い。唯一の武器であった勢いは、不特定多数という野次馬が消えた今では意味をなさない。

 

 だが、こちら側にも強力な証拠がある。

 

「……何って、佐田さんが『彼氏なんかいない』ってウソを付くから……」

「結局、結莉って呼んでくれないの? ……それは、他の人に隠しておきたかっただけ……」

 

 あくまでも、結莉は名前呼びにこだわるようだ。擬似デート気分にして追加料金を巻き上げようとという狙いを、諦めていない。

 

 ……知られたくなかったのは、逃げ道を作りたかっただけだろ……。

 

 二人だけの秘密としておけば、緊急時に交際を断ち切ることが出来る。その時になって隆仁が長々と抗議文を送りつけても、見向きもされずに破り捨てられるだけだ。味方の創造が上手な彼女には、歯向かえなくなる。

 

 背水の陣を敷くと、指揮されている兵士たちは必死で交戦するようになる。引き下がろうとしても河川が待ったをかけているのでは、前進するよりないからだ。

 

 隆仁の一人勝ちにように思える大戦果を挙げた彼氏動乱も、相応の物品を賭けたからこそ成立した。肩に付いた糸くずを振り払うように拒絶されていれば、一か月はクラスの晒し者になっただろう。

 

「……俺のことが好きなんだったら、隠してもいつかはバレると思うけどな……。それなら、いっその事知れ渡った方が良かったんじゃないか?」

「……そういう考え方も、あるかな……。いや、やっぱりない!」

 

 崖がせり上がって閉じ込められた結莉が地面に倒れ込もうとして、なんとか摩擦力で踏ん張った。

 

「……それにしても、須藤くんも考えなかったのかなー。気持ちが変わって冷めちゃったら、元も子もなかったのに」

 

 フルに装填された銃でロシアンルーレットを実行した隆仁に、動揺を隠せていない。それを裏付けるかのように、結莉は苦笑いをしていた。

 

 ……確かに、まともな普通恋愛だったら躊躇しただろうな……。

 

 クラスに陣取っている美少女と深い仲を育んでいきたいところで訪れた、初めての分岐点。安全ルートか一撃必殺かを選べるとして、どちらを選択するだろうか。

 

 現状に満足している人間は、安定を重視する。急進的に事を運ばなくとも目的が達成されそうならば、まず現状維持に進む。

 

 結莉と付き合えるチャンスなど、未来永劫やって来ないのはほぼ確定だ。クーラーボックスに閉じ込めてある大魚に逃げられることは避けたい。大半の男子高校生は、構築してきた関係を崩さない道を歩く。

 

 ……俺は、元から視界に入ってなかったからな……。

 

 自分の目には映っていても、相手からは認識されていなかった。金のなる木には見えていても、須藤隆仁という男子高生は存在していなかった。こんな状態で、安定を選べる人がいたら至急連絡が欲しい。

 

「佐田さんに振られるとは微塵も思ってなかった。わざとっぽく垂れ流してくる時点でね……」

「……そんなに別れたいんだ……?」

 

 結莉のアホ毛がピクついている。先端を注射針のように尖らせ、真っすぐ隆仁に狙いをすましていた。コピー用紙なら貫いてしまいそうだ。

 

 ……また、機能停止させるか……?

 

 今度こそお別れを突きつけられそうなので、黙っていよう。

 

「須藤くん、サヨナラ。二度と連絡しないでね」

 

 交際破棄を宣告された。

 

 ご機嫌斜め寄生系少女の足音が、甲高く鳴り響く。アスファルトで金属音がするのは、つま先に鉛でも注ぎ込んでいるのだろうか。あの運動靴で股割りでもされた日には、長期入院になりそうである。

 

 強硬な手段に打って出たご主人様とは対照的に、頭の頂点から突き出た柔らかいアホ毛は緩やかなカーブを描いていた。メトロノームと擬態して、規則正しく時を刻んでいく。

 

 ……このまま解散、でいいのか……?

 

 結莉を引き留めたい。心理的に引き留めたい。仕掛けられたトラップに引っ掛かってでも引き留めたい。もっと会話を継続していたいから引き留めたい。彼女にそうさせる魅力が備わっていることの裏返しである。

 

 しかしながら、彼女の策略に捕らえられることは即ち隆仁の敗北ということだ。一勝を返したところですぐ帳消しにされては、いつまで経っても勝ち越すことが出来ない。

 

「……放送席のみなさん、敗者インタビューのお時間でーす。佐田さーん、負け逃げする気持ちはいかがでしょうかー?」

 

 子供でも理解できる煽り文句である。いちいち野次に構っていては体がもたないのは世間の常識、耳栓を付けて見て見ぬふりを心掛ける。

 

 結莉の身体が、反転した。距離にして一メートルしか離れていない。前方に倒れ込めば、掠ることくらいは可能だろう。

 

「……いやあ、相手選手の攻撃が素晴らしかったです。あれには脱帽しちゃいました」

 

 かいてもいない汗を腕で拭い、清々しい微笑みで観客を魅了する。敗戦の章とは言え、首を切るには惜しい。ノーコメントと記者会見場から脱走しないだけでも価値がある。

 

 リポーターの使命は、生の声を届ける事。カメラを止めてはいけない。

 

「……須藤隆仁さんとの熱愛が報道されましたが、どう思っていらっしゃいますか?」

「デマです、須藤くんが勝手にやったことですから。記事にはすっぱ抜かないでくださいねー」

 

 週刊誌で自己妄想がひねくれた産物が掲載されていそうな、結莉の受け答えだ。火に油を注いでいるのを、彼女は分かっているのだろうか。

 

 ……新聞社のリポーター役、言う事が無くなってきたな……。

 

 質問の個数には、限度がある。取材が終わり次第、結莉は颯爽と会見場を後にするだろう。

 

 彼女を、この場に留まらせておく方法。僅かな合間では、ヒラメキそうにも無い。

 

「……結莉は、平凡な人が嫌なんだろ? 佐田さんに相応しくないって思われたくなかった。それだけ」

「せめてどっちかに統一して!」

「分かりましたよ、佐田さん」

「そっちか……」

 

 手ごたえは全く感じなかった。ネタを投下してあげれば、自動的に彼女は食いついてくる。釣り名人として隆仁がテレビに出演する日も近い。

 

 ……あの言葉だけは、本心そうなんだよな……。

 

 結莉が放った、『平凡な人は嫌だ』。高スペック人間と戯言と一刀両断するにはいささか早い。

 

 見ての通り、彼女はアニメの美少女と遜色ない美貌の持ち主である。芸能事務所からスカウトされてもおかしくなく、通常の学校生活を送れていることが奇跡だ。

 

 そんな美少女は、幼少期からどう接されてきたのだろう。

 

 傲慢で横柄な態度が目立つようであれば敬遠もされるが、取り付きやすい性格で敵を作ることはあまり無かったと思われる。

 

 一ランク上の女子を狩りに行く男子は大勢いるが、雲の上で生活している上物を下調べに行く者はほとんど現れない。釣り合わないと行動を起こさない男が大半であるのだ。

 

 ……だから、男子の誰もが当たり障りなく……?

 

 これは、隆仁の妄想に過ぎない。解答冊子を手渡される日が来るのかも不透明だ。

 

「……名前で呼んで欲しいって彼女がお願いしてるのに、してくれないなんて……。彼氏失格じゃないのかな?」

「それなら、さっちゃんも俺のことを名前で呼んでくれないと」

「さっちゃん……? そんなあだ名付けられたこと無いんだけど、須藤くん?」

 

 呼び名問題は、平行線をたどる。お互いが条件を呑むつもりが無く、和平交渉も頓挫してしまっている。

 

 どんな時も、マイペースを崩さないアホ毛軍団。床屋のカラーコーンのマネをし始めた。螺旋状に組まれた円柱は、人間芸術アートである。美術館に飾るとして、結莉ごと吊り下げられて展示することになりそうだ。

 

 隆仁の視線が斜め上に外れているのを察知した結莉が、点線で対象物へと指を近づけていった。かわいい子分たちに気付いたようだ。

 

「……須藤くん、アホ毛ちゃんたちはどうしてる?」

「クルクル回ってるだけ。脱力して、俺が地面にしみ込んじゃいそう」

 

 散髪はこの子たちの生命を奪うことに繋がりかねない、と刹那でも心配した隆仁は能無しである。結莉の話が正しければ、少なくとも数年は分離独立しているのだ。余計なお世話はいらない。

 

 ……飼わせてもらえたりしませんかね?

 

 ペットショップでアホ毛を探しても、店員に笑われるだけ。非売品なのだから、一人で独占せずに譲ってもらいたい。

 

「……また、力を抜けさせようとしてるんじゃないよね?」

「ちょっとだけ考えました!」

 

 何事も正直に答える人は、信頼される。内情バラシ大会でも開催するなら別だが、偽りで塗り固めるより印象は良い。

 

 ……ひとまず、佐田さんにある程度の印象は与えられたかな……?

 

 結莉にとって、隆仁が反旗を翻して突入したことは理外の一撃だったはずである。周辺のクラスメートにもカップル成立を目の当たりにしてもらったことで、しらばっくれるのも封じた。

 

 何よりも、彼女が嫌う『何も行動しない人』の域からは脱せたのではないのだろうか。

 

「……結莉って呼んでよ、須藤くん……じゃなかった、たかひと?」

 

 気恥ずかしさが前に出て、腰が引けている。頭脳の性能がダントツであっても、人間は辞めていなかったようだ。普段は平然を揺らがせない結莉をして、歯切れが悪かった。

 

 ほんの少しの期待と、大部分の安堵を込めて。

 

「そう来なくっちゃ、結莉。 ……スクープ写真に載せたら、また校内がざわめきそうだな……」

「名台詞を台無しにするの上手いね、須藤くんは……」

 

 すぐに、元へと戻ってしまった。

何とかして隠そうとしない彼女を咎める気には、なれない。

 

  ……隠し事をしてるのは、どっちもどっちだからな……。

 

 悲願が達成されるその時を信じて、隆仁は日々を過ごしていくだけである。




この話にて、逆襲開始編は終了です。
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