哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。   作:true177

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017 場外

『パン!』

 

 地を轟かせる号音が、空を切り裂いた。迫力とは裏腹に、トップ集団以外のペースは決して早くない。無難にやり過ごそうという魂胆の者が、列になってジョギングをしている。

 

 水と油をグラスへ静かに注ぐと、二段の層となる。彼らは決して混じり合うことなくとどまり続けるのだ。

 

 先頭を快走しているのは、言わずもがな陸上部とサッカー部。整備されたトラックを駆け抜ける強靭な脚と、ボールと共に育って瞬発力と持久力に長けるようになった脚、筋肉と筋肉の勝負だ。

 

 女子の姿は、どこにも見当たらない。スタートダッシュについていけなかったのだろう。第二集団との差が、みるみるうちに広がっていく。

 

 誰かが、開始二秒でラストスパートをかけている。外側レーンから団子を抜けて、エンジンは暖まっている模様だ。

 

 ……凄いな、序盤からあんなに飛ばせるなんて……。

 

 百メートル走の練習だけを観察したスカウトが、プロ野球に勧誘するのではないのだろうか。スプリント競技で一着のフラッグを手に入れられるだけの実力があるのは、素人目でも分からされる。

 

 これだけでも驚くべき身体能力の持ち主だが、どうも身長が低い。重たい荷物を前で抱えているのか、体の前方で何かが跳ねている。

 

 ……髪、そこまで揺れるか……。

 

 無風のグラウンドで、短髪を大きくたなびかせているのは異常と言っていい。牛の集団がサバンナを縦断する勢いで戦闘を猛追するその生徒は、くるんと身なりから逆らっている遊び毛を揺らしていた。

 

 ランニング中、私語が現金で減点対象なのは一年間で体に染みこませた。が、無駄話で評定に響いたという噂が流れてきたことすらない。校則の目的が生徒をいたぶることになってはいけないと御触書が出された三十年前から、微罪や正直に申告された校則違反は黙認されるようになったらしいが、それを教師には聞けない。

 

 孤独で単純作業をしろと命令されて、飽きが回らない生徒は少数派だろう。刑務所の独房ではないのだから、そんなものを強制されるのはおかしな話である。

 

「……あんなことしたら、バテちゃうと思わない?」

 

 独り言のようにコメントを流して、少なくとも持久走に乗り気ではない地雷彼女からの意見を仰ごうとした。

 

 ……佐田さんとふざけてたら、ちょっとは時計も早く進むかな……。

 

 チャイムが鳴る五分前からが、異様に引き延ばされる。ゴールに向かってコマを進めても、逆走ベルトコンベアでスタートへと抵抗され、前進することが困難と化す。学生アンケートで一位を占めそうな、あるある話だ。

 

 とりわけ、持久走などあらゆる授業で最低ランクに位置づけられるハズレだ。福引きのハズレが虚しさという景品をくれる分、まだいい。

 

 結莉が隆仁を金儲けの道具としてしか見ていないのなら、こちらもモノマネをするだけ。血の涙をこらえて、被った被害を回収する業者になる。

 

 グラウンドから飛んでくる音波は、気休めにならない『頑張れ』コールと冷徹な足音のみ。腹の足しにもならない。

 

 ……あれ、反応してこないな……?

 

 ご意見番として隆仁が漏らしたテキストを一文一句逃さず指摘してくる天性の添削者が、うんともすんとも言わなかった。拾いずらいネタを投下して不発弾になったのなら自覚もあるのだが、今回は不具合を起こさなかったはずである。

 

 競走前に目を合わした美少女と、合流しようとして。

 

 ……あれ、佐田さんはどこ行った?

 

 減速して最後尾まで到着したが、アホ毛を振り回した自己中心主義人間サタは忽然と消失していた。

 

 謎の爆走高校生を目で追いながらで、結莉に気をかけていなかったのは認める。

 

 ……いや、やる気無さそうだったのに……。

 

 彼女は、自己ベストを更新してクラスのニュースになろうとしていなかった。話題性なら、自ら労せずとも周りがスクープしてくれる。全自動評価回復装置を所持しているのは、誠に譲渡してもらいたい。

 

 勉強面での鬼才は、これまでも正面から絶句してきた。医学部の入試を難しいと愚痴を吐きつつ暗算で弾きだしてしまうのは、コンピュータの原案者に負けず劣らずの勝負を挑める。

 

 ……運動でも完敗したら、俺にいい所が無くなる……。

 

 ステータスの項目を全て上回っている必要性は、微生物の排泄物ほど存在しない。頭脳で負けていれば、体力。攻撃力が劣るのなら、防御力。同じ土俵で不利な戦いを強いられるのが一番の負け戦を引き起こす。

 

 隆仁と結莉の試合は、圧倒的に隆仁が劣勢だ。参謀として手元に置いておきたいのは満場一致で結莉になるであろうし、計算力もコンピュータと競う少女には敵わない。

 

 天候は、あいにくの晴天。太陽将軍が派遣した遠征軍が、校庭を周回させられる高校生に牙をむく。ゲームスタートの画面から、難易度設定はハードに設定してあるのだ。

 

 勝機があるのならば、今日のこの時間。スポーツで優位性を発揮できれば、対抗しようがある。

 

 それに、いくら天才少女とはいえ人間のメスなのは変わらない。人間協会を脱退した可能性はあるものの、基本スペックは隆仁の下位互換だ。都市鉱山で発掘した年代物のパソコンで、最新型ゲーミングPCとオンラインゲームをするようなものである。

 

 ……アホ毛、短髪、前の方が跳ねてる……。

 

 今一度、馬に鞭を打って賭けに出た騎手の特徴をホワイトボードに書き出した。

 

 情報を組み合わせることで、一人の容疑者が捜査線上に浮上してくる。隆仁は、この人間の写真を記憶領域に保存したことがあった。

 

 ネットの世界も、同じようにして人物の正体が割れることがある。各々の断片的な情報だけでは特定できなくとも、それらがパズルのように合体することで身バレすることがある。

 

 三つの特徴から導き出される、模範解答。

 

「あれ、佐田さんだったのか……」

 

 エンストしてもおかしくないアクセルの踏み方をしていたのは、意外や意外、結莉であったのだ。重量があまりのしかかってこないことも、有利に働いたのだろうか。

 

 ……あの子が佐田さんだったのは分かったけど、あの子はどこ行った……?

 

 身元を特定している内に、中央の集団へと吸収されてしまったようだ。

 

 隆仁に、搭乗している車の性能を最大限引き出す能力は無い。異次元の加速をして座標での表しようが無くなった結莉に、ギアチェンジで勝てる見込みは薄いだろう。

 

 また、隆仁は負けたのだ。彼女の挑発に心を鎮めたことが、また逆効果となってしまった。心理戦のウエイトが大きいゲームを二人で遊んだとすれば、勝率は一割を切ってしまうことは確定だ。

 

 意欲を身から搾り取ろうとするが、筋肉が弛緩してしまっている。もう打ち負けないと誓った日から一週間も経たずして、負けを体に刻まれたのだ。

 

 ……佐田さんが下がったなら、ここに戻ってくるかな……。

 

 結莉のことだ、煽り文句で更なる巻き上げネタを掴んでやろうと後方に下がってくるだろう。

 

 平坦なコースを抜けた隆仁は、第二コーナーに差し掛かった。爆走美少女を最後に目撃したのも、このあたりである。

 

「……あれ、あの子どうしたんだろう」

「ケガ? ……でも、特に傷付いてるようにはみえないなぁ……」

 

 まだ真面目に前を追っていた男子たちが、一挙にざわめき立った。

 

 コースの前方に目をやると、ラインから外れた場所に一人、うつ伏せで倒れていた。上体を浮き上がらせているので気絶してはいないだろうが、立ち上がる力も出ないようだ。

 

 公認記録となる凪から風向きは変わっていない。倒れ込んでいる彼女が手を振る代わりに、毛束から飛び出た自由奔放な毛が弱々しく手招きをしていた。

 

 ……アホ毛って、そんなことも出来たのか!? ……突っ込んでる場合じゃないか。

 

 ピストルが打ち鳴らされるまでは引っ込んでいた癖に、主人が活発になるとスイッチが入る様に設計でもされているのだろうか。危機を伝えてくれるアホ毛は、お仕えしている結莉お嬢様に忠実である。

 

 隆仁は、正規コースを突っ切って力尽きた少女の元へと向かった。彼女の縮んだ痛ましい姿に、一時は先頭集団をも窺ったスピード感は塵となって消えていた。

 

 近づいてみると、一目で結莉だと認識できる。いつものように別行動をしている髪の毛たち、球体を下に忍び込ませていると糾弾されそうな双丘、ほんのり焼けた白褐色の肌……。クラスのアイドル、佐田結莉その人だ。

 

「……須藤くん、だよね……? ……結局、手を貸してもらうことに……なっちゃったね」

「冗談はいいから。体、大丈夫そうには見えないぞ?」

 

 こんな時でも人をおちょくるのが大好きなのか、場を和ませようとしているのか。彼女らしいという形容詞を飾ってしまえばそれまでである。

 

「……ほけんしつ……、つれていってくれないかな……」

 

 息も絶え絶えに、隆仁の手を取った。まだ開始から一分も立っていないはずなのだが、焼けるように熱い。目玉焼きが作れてしまいそうだ。

 

 結莉の指が、時間をかけて絡もうとしてくる。ナメクジが這った方が早そうで、それでも何とか隆仁にしがみつこうとしてきた。

 

 しっかりと結ばれた手は、小刻みに震えていた。大胸筋の力比べで互角を誇った彼女の全力は、今この手に全集中させているようであった。

 

 ……それでも、か弱い……。

 

 固く口を閉じたまま、結莉は二言を発しない。濁り好きな魚も住みそうにない虚ろな目で、自らの手が固く支えられているのを眺めているだけだ。焦点が合っているのかいないのか、灯火が揺れる。

 

「……絶対、手を離すなよ」

 

 常識は、きちんとわきまえているつもりである。彼女がグラウンドに倒れていて、ボケてツッコミを求めるのはそれこそ非人間だ。

 

 ……佐田さん、そんなに深刻なのか……?

 

 もしかすると、これも演技なのかもしれない。重病人を装った、実力派女優の舞台上の可能性は排除できない。

 

 しかし、生命に関わる重要事にネタを振りかけてくるだろうか。結莉は、不謹慎なふざけをしてでも隆仁を丸め込みたい人間であるのか。人の心が覗けたら、と切に思うだけだ。

 

 ……これで騙されてたら、それだけの子だったってことだしな……。

 

 隆仁は、振り向かせたい仮の彼女を背負って、歩き始めた。

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