哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。   作:true177

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008 乱戦

「……しっかし、あんなところで飛び込むとは……」

「それは、須藤くんがお金を奪おうとするから……」

「だから、元々俺のお金なんだって」

 

 両腕が、積載物を除外しても尚噛み合っていない。無人ブランコのように、主人を失ったチェーンがぶら下がっているだけである。

 

 無謀と勇敢を違うと表現した人は忘れたが、身の丈に合わない仕事をすると見に響く。女子の体重がぬいぐるみであるはずがなかった。

 

 うつ伏せになって落下した結莉だったが、あるものを犠牲にしたことで九死に一生を得た。胸を打った痛みで転がっていた割には、軽傷で済んでいる。

 

 そんな彼女の第一声は、

 

『……須藤くんなら、助けてくれると思ってたよ』

 

 人の助けを前提として行動していると、いつか大惨事を招くことになる。

 

 それにしても、わずか二日にして性格を把握されていることはどう説明したらいいだろう。扱いやすいロボットにされているのには、遠慮なく不快感を示しておこう。

 

 結莉にとっては、その身を犠牲にして少女を助けた献身的な白馬の王子よりも、押したボタンの事が気になるようで。

 

「……あの時、何押したんだろう……? コーラだとは思うんだけど……」

 

 体の心配はほとんどしてくれない。世界が自分の背中を追ってきていると壮大な勘違いをしている天才児の視点は、凡人とはかけ離れている。

 

 結莉からコーラのボタンまでは、彼女の身長を加味しても届いていたかどうか。受け止めることに意識を全集中させていた隆仁は、一部始終を確認していない。映画館に行っても、エンドロールまで律儀には見ないのだ。

 

 自販機の金額表示には、淡々と『30』の表示が残っている。

 

 ……設定温度か……?

 

 帯に短し、たすきに長し。よく分からない人は、コーラを三十度まで温めてから飲んでみるといい。石油に砂糖を溶かした、ゲテモノと化す。

 

 隆仁は、コーラ代しか投入していない。余っているということは、お目当ての品物は指先からするりと抜けていったということだ。

 

「……確認してくる」

 

 横っ飛びで世間を騒がせた美少女は、風船を針で刺したようであった。人のお金でドリンクが買えるだけでもありがたさを身に染みさせてほしいものだが。

 

 受け取り口に手を突っ込んだ結莉は、白目になって天を仰いだ。食堂でその演技力があれば、首尾よく騙されていたことだろう。

 

「……あったかい……」

 

 彼女は、自動販売機もろとも石像になってしまった。命名するとするのならば、口から手が抜けなくなった嘘つき彼女と言ったところか。腕ごと引きこまれているのが、本場の『真実の口』にそっくりだ。

 

 まだ不当に勾留されている筆箱を取り返そうかとも考えたが、うっかり不審な動きをするとそれを突破口にして新たな口実を作られかねない。

 

 ……策士なんだか、ポンコツなんだか……。

 

 軍師としての才能は、現場で軍幹部に昇格させられるほど備えている。相手が裏をかいてこようとすれば正面突破してくるという、敵に回すと敗北の二文字が頭にちらつく絶望的なサポーターだ。

 

 一方で、その類まれなる頭脳に魅入られて味方にした瞬間、大赤字を垂れ流す部門に変わってしまう。交渉の場になど連れて行こうものなら、勝手に提案を変更してご破算になるだろう。

 

「……佐田さーん? 結局、何だった?」

 

 蛙へのキスには程遠いが、結莉にかかっていた魔法が解けた。心を浄化させることで、取り出し口から腕を引き抜けたようだ。

 

 彼女の手に握られていたのは、季節外れもいいところなコーンポタージュ缶であった。サイズも一回り小ぶりで、市販されているコーンポタージュの素を買った方がコスパは良い。

 

「どうしよう、こんなの飲んだら倒れちゃうよ……」

「ただで飲めるだけありがたいと思ってくれ……」

 

 スマホの件をネタに一本手に入れている人が、文句を言うのは考えられない。美少女というだけで許せ……てしまうのが、結莉の計算づくである。

 

 コーラ大好き少女には申し訳ないが、むしり取られたはずの金が形を変えながらも返ってくるチャンスだ。

 

 ……コンポタか……。

 

 冷え切った細胞も潤うものを飲みたいのだが、背に腹は代えられない。最悪、家に帰ってから開封すればいいのだから。

 

「……いらないなら……」

「そっか、今飲まなくても……。これ、持って帰るね」

 

 ライバル社の新商品を自力で生み出してしまう彼女の超能力は、留まるところを知らない。隆仁の思いが及ぶ範囲内なら、全て想定に入っているに違いない。

 

 戦利品をバッグに入れようとして、結莉の足が止まった。また石化されたようだ。

 

「……もう一本、飲みたいなぁ……」

「約束と違うぞ? あとは自分の財布から出してくれ」

「ルーレットだよ、ルーレット」

 

 購入してから数分が経過しているのに、抽選の権利が取り消しにならない機種は珍しい。天空から微笑ましく見守ってくれていたなら、今後もずっとそうであってほしい。

 

 三つのデジタル数字が、休む暇も無くフル回転している。テレビげーうによくある警告文が必要に見えるが、まさか自動販売機までは批評家も見ていないだろう。

 

 ……これを、目押ししろって?

 

 空気椅子にどっしり腰を下ろし、確率の未解決問題に視線を向けた。数字がランダムに表示されているだけだと言うのに、難易度は世界最高峰だ。

 

 本来のスロットは、乱数で縦横が揃いにくいように設計されている。さもなくば、ギャンブルで胴元が破産すると言うあべこべ現象が発生してしまう。儲けを生み出して営業を続けていくための必要悪だ。

 

 それに対して、デジタル数字は七つの部分で構成されている。高速で表示が変化されると、残像も相まって規則性を発見することすら困難だろう。

 

「がーんばれ! がーんばれ!」

 

 結莉が他人を励ますと言うことは、これが初めてなのではなかろうか。彼女のボイス集を発売すれば、人気はうなぎ登りになりそうだ。

 

 ルーレットを止まるボタンが、一つしかない。ゲームの機種は軒並み一対一で対応している中、これは目新しい。

 

 ……最初は、どうしようもないよな。

 

 適当に、一打目。

 

『YOU WIN!』

 

 ジャックポットメダルが排出される代わりに、全ボタンが点灯した。フィーバーモードに突入したのだ。

 

 実機よろしく真昼間から照明がハッスルしている様子に、さしもの結莉も目をパチクリさせていた。

 

 予想外の出来事に、人は対処することができない。背後から襲われると無抵抗で倒されてしまうのは、意識が向いていないからである。

 

「……自動販売機、壊れちゃった?」

「……そうかもな」

 

 彼女の意見に同調したのも、これが初かもしれない。

 

 これは、店舗として正式に申請しなければ設置者が逮捕されるレベルである。普通の自販機は、横文字の英語など表示しないのだ。

 

 しばらく、心を安らげる緑のランプが点灯しているのを二人で眺めていた。自転車で走って来た輩にふざけてボタンを押されなかったのは幸運だった。

 

「……今度こそ、コーラにする!」

「俺の分じゃなくて?」

「元々は私用に買ってるんだから、当たりも私のものになるんじゃないの?」

「……可哀想だと思わない?」

「私みたいな美少女に譲りたいって思わない?」

 

 根本的なところは、時間が経てど軟化してはくれないらしい。彼女に傾倒しそうになっている隆仁もまた、変人なのかもしれない。

 

 また邪魔をされてはたまらないとばかりに、結莉に右腕で制止された。下手な赤コーンを立てておくより効果は高い。気に食わない人の言うことはきかないが、美男美女の注意は誰もが背筋を伸ばして回れ右をするのだ。

 

「……こんどは、コンポタなんてさせないよ?」

「押したのは佐田さんじゃなかったっけ?」

「……か弱い女の子相手に本気を出して止められなかったのも、どうかと思うけどなぁー」

 

 一撃一撃がボディブローのように効いてくる。一ピースだと迫力に欠けるものでも、ジグソーパズルが完成することには脅威となるのである。

 

 ……でも、譲りたくはないよな……。

 

 弱みを握られていては、屈強な筋肉ダルマも指示に従うしかない。が、その枷が外れた今、隆仁を縛るものは何もない。

 

 今にもボタンを押しそうになっている結莉の前に、立ちふさがった。

 

「何するつもり? 王族に触れただけで死刑なんだよ?」

「独裁という意味では女王様かもしれないけどさ……。佐田さんが諦めるまで、いつまでもここに居座ってやる」

「だから結莉だって! ……デモは、警察でもやめさせられないんだっけ……」

 頭の切れが裏目に出て、手を出しづらくなっている。

「……まず、筆箱でも返してもらおうか……」

「……ここで、私が須藤くんに抱き着いたらどうなるかな?」

 

 彼女自身の胸のふくらみが、丁度接している。引きはがそうとすれば、触れてしまうほど余裕がない。

 

 結莉の妖艶な唇が、隆仁の耳元についた。

 

「……こんなところ見られたら、謹慎処分になっちゃうね」

「それは、佐田さんも……」

「私の証言と、須藤くんの証言。みんなは、どっちを信じるかな……?」

 

 これは、隆仁の信用が無いという宣戦布告である。謹んで降伏文書にサインしてやろう。

 

 駄々っ子のような絡み合い方をしていて、恥ずかしい気持ちになってくる。幼稚園児のおもちゃの取り合いより動機が濁っていて、迎える結末も心地よいものではない。

 

「……それは、しょうがないな」

「そうでしょ? だから、そこをどいて……」

「だがどかない」

 

 これから起こる未来の不利益を賭けて戦っていても、勝ち目がないことは理解している。隆仁が勝てるとするのならば、意地だけだ。

 

 証拠も裏付けも持っていない絶望的に不利な立場から、盤面をひっくり返してきたことは何度もある。球界ツーアウトに追い込まれてから、土壇場で逆転サヨナラするのである。それがホームランでなくともいいのだ。

 

 理屈だけでは説明できない事象が、現実にはいくつも起こる、その常識が通用しない世界で己の武器となりえるのが、『意地』なのだ。

 

 拳を手に打ち付けて、気合を入れなおす。決勝第三ラウンドは、時間無制限の泥試合になる。

 

 結莉も、自らの強みが生かされない戦場に移行したのを掴んだようだ。

舌戦の火蓋が切って落とされようとしていた、その時。

 

『一定時間が経過いたしましたので、当たりは取り消しとなります』

 

 無機質な機械音声が、闘争意欲を全て奪い去っていった。

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