哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。   作:true177

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009 真の勝者

 うんともすんとも言わなくなった自動販売機を前にして、開いた口が塞がらなかった。ルーレット開始まで辛抱強く待ってくれていた消費者への配慮で、根気が失われたのだろうか。

 

 ……これも、口喧嘩してたからだよな……。

 

 不毛な争いは、平和を生まない。両方に不幸が砲丸で発射されるだけで、プラスに転じる事はない。

 

 手が届いていたはずのコーラが底なし沼へと落ちて行った結莉は、誤作動を起こせと遅刻しながらもコーラのボタンをしている。残念ながら、ランプが消えてしまっているのでは、外部から捻じ曲げることは不可能だ。

 

「……私の、コーラ……」

 

 最後の希望を打ち砕かれた囚われのヒロインが、壁ドンをして抜け殻になっていた。魂が転生しても第二の被害者が誕生するだけなので、戻ってきてほしい。

 

 自信のお金が機械に吸い込まれた隆仁より、他人の銭で甘い蜜を吸おうとした彼女が青々として海と同化していきそうになっている。人をこき使うことに何の違和感も持っていない。

 

 時間制限があるのは、頭の片隅に保存しておいたつもりだった。相手の好き勝手にさせなかった時点で、勝っているようなものだ。絶体絶命のピンチをドローに持ち込んだだけで、称賛されるべき大金星なのである。

 

 決勝戦の最終ラウンドが引き分けで終わってしまい、観客は納得していない。腹いせにイタズラを仕組んでこなければいいのだが……。

 

「……須藤くん、もう一回チャレンジ」

 

 若くして成功体験が忘れられないギャンブル中毒者予備軍になってしまった美少女が、追加資金を要求している。

 

 彼女からすると、当たれば追加で一本多く貰える。外れても、買った分は減らないので良し。ノーリスクハイリターンを、自力で作り出している。怪しい金融商品に引っ掛かって人生を狂わされる人は多いが、結莉なら儲け話に乗らなくとも永久利潤システムを確立してしまいそうだ。

 

 ……二回続けて当たることなんか、あるわけないよな……。

 

 強運と未来を見抜く目を備えている強者なら何連勝も出来る競馬とは違い、スロットは内部を覗くことが出来ない。ブラックボックスの中で決められている事柄は、どんな調整が掛けられているか判断しようもないのだ。

 

「……ここが勝負時だよ! 私になら、忖度して数字を揃えてくれる!」

「佐田さんに忖度する男子はいっぱいいるかもしれないけど、機械に通用はしないんじゃないかな……」

「……もうつっこまない。……まるで、私がたぶらかしてるような……」

 

 名前で呼ばれることは、もう見切ったようだ。結莉自身も隆仁を名前呼びしようとしないのだから、おあいこである。

 

 そもそも、親しくも無い異性と名前で呼び合う事がやりづらい。うっかり人前でそのクセがついてしまえば、馴れ馴れしいと女子陣から反感の目が付きまとうこと間違いなしだ。

 

 有ること無いことを根掘り葉掘り突き詰められて、濡れ衣だと言葉に重しが乗っかっている。現場を収めた写真証拠がそう都合よく出てはこず、憶測の域を出ないのでは冤罪と言われても反論できない。

 

 ……でも、佐田さんはやりそうだからなぁ……

 

 恥ずかしいからと、人目に付くところでのふれあいを拒否する。この二度と会えるか分からない真珠のような美しさの少女のお願いは、下手なミサイルよりも破壊力があるのだ。

 

 そうすれば、表世界に噂話が流れてくることも無くなる。意図的な隠蔽工作かは区別しかねるが、被害情報が伝わってくることも無くなるわけだ。

 

 結莉は、自身の武器をどう使えば男子が媚びてくるかを良く知っている。大根役者なのが致命的だが、盲目でのめり込んでいたのならば気づかない。

 

「……どうやら、貴方の会社は業績が良いようですね。ここは、私も譲歩するとしましょうか……」

「何の悪だくみだよ」

 

 彼女の通学カバンの底に、小判でも隠してあるのだろうか。あの綿あめのような膨張率だと、底が抜けてしまいそうだが。

 

「……最初に買った一本、須藤くんにあげるよ」

「……俺が得してるように聞こえるけど、それが普通なのでは……」

 

 自分で出したものが返ってこなかった今までが異常なだけで、結莉が優しくなったわけではない。むしろ、スタンスは出会ってから不変である。

 

 ……それに、オマケの一本はあげることになってるし……。

 

 彼女の願いは、コーラを飲みたいことだ。醤油の瓶がこの手にあれば、ラベルを貼り変えて結莉に差し出してやる。

 

 しかしながら、隆仁自身も喉に何か液体を入れておきたいのは事実だ。どうせ当たらないのだから、権利を放棄させられていても気にならない。

 

 何も考えず、子供っぽいと煽られそうな小銭入れに手を突っ込んだ。鷲掴みクレーンは、虚空を握りしめた。

 

 掃除機の吸引口に手を飲み込まれているように見えたのだろう、タネ銭をもったいぶる隆仁に貧乏ゆすりをしている。スカートが規則正しく揺れて、対流を生み出している。

 

「……出したくないの? ジュース、須藤くんにあげるって言ってるのに?」

「……財布を持ってるんだっだら、自分で出さないのか?」

 

 罪滅ぼしの奢りはもう効力が切れている。ルーレットがしたいのならば、自分で出すのが筋というものだ。

 

 結莉のどこからか、光沢のある黒の財布が出てきた。簡単に取り出せるところに保管していたのに相手に金を出させていたということになる。

 

 彼女は、言葉に詰まることなくボウガンを放つ。

 

「……これ? 私のお金だから、減らしたくない」

 

 労せず益を得ようとすると、ほとんど失敗する。労働を嫌った人々が行きつく場所が公営ギャンブルやネット取引であり、あっけなく全財産を配信で溶かすエンターテイナーも一定数発生している。

 

 寄生虫と呼ばれるクレクレ女子は、自分の財産を命のように思っている。何もしたくないからこそ、経済力のある男や友人に全てを委ねる生活を望むのだ。そのくせ、要望だけは東京スカイツリーより高い。

 

 ……この場合は、どのタイプなんだろう……?

 

 結莉に、稼ぐ能力が欠落しているとは思いにくい。ヒモ男がこぞって群がってくるのではないかと想像させるほど、しっかりとした上司か社長になっていることだろう。

 

 私生活で堕落しているのならば、自称進学校で成績が残らない。頭の構造とセンスで問題を解決している感は否めないのだが、怠惰を味わっているとは思えない。

 

 彼女は、どのタイプにも当てはまらない『新人類』なのかもしれない。

 

 ……こんな新人類に、とってかわられたくはないけどな……。

 

 旧人類が自立系寄生少女に負けるとはつゆほども予測できないわけではあるが。

 

「……俺のお金は減るんだけど」

「でも、私のお金は減らない。そうだよね?」

 

 首を傾げた結莉の口の動きが、聞こえてくる音声と連動していないような気がする。吹き替え版の映画を見ているようだ。

 

 同じ言語で会話しているのに、キャッチボールで暴投してくる。球が速いだけのノーコンピッチャーは生存競争に残っていけないという原則があるのだが、彼女はバッターを破壊するので関係ない。

 

 外国人観光客を目的地まで案内するより、結莉と関係を崩さずに歩んでいく方が難しいのは明らかだ。身振り手振りでもしようものなら、いいように解釈されてしまう。

 

 未来に、予報図には映らないゲリラ豪雨や線状降水帯がいくつも潜んでいる。回避することは不可能で、直撃すれば彼女と離れ離れになるのは必然だ。

 

 ……体を壊さないように、でも疎遠にもならないように……。

 

 バランス感覚に卓越していないと、すぐに谷底へ落下してしまうシーソー。中央の尖り岩を支えとして、辛うじて耐えている。その状態が、今だ。

 

 これから先どうなるかなど、誰も知る由はない。

 

「とにかく、出してくれるよね?」

「……それがなぁ……」

 

 無条件でルーレットチャレンジに望めると確信している結莉には、悲報だ。

 

「……もう、弾切れ。ほら、この通り」

 

 財布をひっくり返して、へそくりが無いか重力に捜索してもらった。紙幣はおろか、一円玉すらも姿を現さない。

 

 隆仁に資金を提出する気がなかったということでは無い。純粋な水分補給としてスポーツドリンクでも落としてくる予定であったし、豪運で当選を引き寄せたのなら快く結莉に渡すつもりだった。

 

 ただでさえ資金繰りが厳しい所に、思わぬ奢りがやってきたのだ。所持金が空になっていても文句は言えないはずだ。

 

「……それなら、しょうがないか……。私が、おごらせちゃったもんね」

 

 一応の礼儀は怠らない結莉。ちょっとやそっとの疑念なら、温和なお礼で吹き飛んでしまう。

 

「……それなら、小銭がここら辺に落ちて……」

 

 穏便な雰囲気が爆弾低気圧で一気に吹き飛んだ。

 

 先ほどまでお金をせびっていた少女とは思えない。制服が汚れることなど蚊帳の外に置き、分厚い胴体を自動販売機の下にねじこませた。

 

 上半身がすっぽり入ってしまうような自販機の下に、小銭が取り残されているのか。放置されていたとしても、せいぜい一円玉が精いっぱいだ。

 

 セメントブロックが、見たことが無いほど縦に長い。蹴り飛ばせそうにないが、未来永劫重量に耐えきれそうかと問われると不安が残る。

 

 草むらから出てくる蛇のように身体をしならせて、結莉が坑道探索から帰還した。

 

「……なにも、無かった……」

「仮に小銭が落ちてても、交番に届けないと犯罪だからな?」

 

 持ち主が誰か分からなくとも、勝手に私物にしてはいけないと刑法で決まっている。摘発されたというニュースは見たことが無い。

 

 ついぞ、結莉は一本もコーラを得ることが出来なかった。隆仁を犠牲にしてまで手に入れた戦利品は、ぬるま湯のコーンポタージュだけである。

 

 因果応報という四字熟語は、自分の行いがいつか返ってくることを言っている。人間、楽をしようとするといい結果を得られないのだ。いかに計算速度が爆速な美少女と言えども、この輪廻からは逃れられない。

 

「……コーラ、諦めようかな」

 

 しぶとく鋼鉄の箱からお目当てのものをかっさらおうと辺りをうろついていたが、手段が尽きたと悟ったようだ。

 

 ……これは、俺の勝ちってことでいいんだよな?

 

 勝負など申し込んではいないが、結莉の思い通りにならなかっただけで抵抗した価値があったというものだ。彼女にとっても、このような経験は初めてだっただろう。

 

 心で小さくガッツポーズをした隆仁のすぐ隣で、ゴソゴソとカバンの中を探る音がする。

 

「……仕方ないから、飲んじゃおうか……」

 

 結莉が手に取っていたのは、キンキンに冷えたコーラであった。結露した水が、ペットボトルの底から滴り落ちている。

 

 スタンガンを押し付けられて、全く動けなかった。

 

「……いつの間に……?」

「須藤くんに会う前。飲みたいなーって思ったから、買ってたんだ」

 

 コーラを廻って行われた大乱戦は、結莉にとってどうでもいいものだったとようやく気付いた隆仁。

 

「……わざわざコーラ買う必要ないだろうよ!」




これで自動販売機編は終了です。
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