【悲報】ワイ、トレセン生活終了のお知らせ【契約破棄しちゃった】 作:おおおユウゴ
4(話)-1
詩人T・Sいわく、
『四歳牝馬といえば、セーラー服の女学生といったところである。
間違いなく、全馬ともバージンである。
「そのバージンが全裸で走るんだからな」
とスシ屋の政が目を細める。
当たり前である。馬がブルマーをはいて走ったらどうなるというのだ。』
──とのことであった。しかし馬がブルマを履いて走ると、世界が変わるのだ。
ただ、詩人言うところの全裸で走るウマ娘──と、くると、世界滅亡の危機に瀕するまでもある。
誇張なしの事実であった。
こういうのも、ブルマーを履くようなウマ娘というのは、決まって名家の令嬢、その名ウマ娘であるのだ。
こんな箱入り娘どころか宝箱入り娘さまを、まさか……全裸!! それで、ターフの上で、走らせる?!
ウオッ、すっげぇ公然プレイ……(社会的に)死ぬのかな? 古代オリンピックじゅねえんだぞ。そこでルネサンスは駄目ざんす。
まあとにかく、こういうのも踏まえて、その他モロモロいろいろとあるせいで、トレセン学園のトレーナーの間ではこんな至言がある。
『担当ウマ娘がブルマを履いたら用心せい。』
こんなことを、俺はメジロラモーヌのブルマ姿な体操着、これを見ながら、脳裏にひらめていた。彼女がブルマを履き始めたのはいつだったかな。
少なくとも、俺が知っているうちでは、彼女はズボン派だったんだが。俺は、まだ俺がペーペーの新米トレーナーだった頃を思い返した。
幼い頃から厄介だった優等生さま(──そうしてあの時にはすでに、何と!) “皇帝さま” が、メジロ家の至宝だとか言って連れてきた、そんな1年生の彼女、メジロラモーヌを、思い出した。
4-2
皇帝の懐刀にして獅子身中の虫、トレセン学園の
烏有トレーナーというのが彼の名前だ。詳しい方ならそれは名前ではないとおっしゃるかもしれない。
「虚仮にしているのかしら」
メジロラモーヌはそうまで言った。彼女の、高校1年生だというのに、あまりにも大人びた声色が、そう言った。
シンボリルドルフは明るく答えてみせた。
「いいや、ラモーヌ。彼は毀誉褒貶の激しい
「空名乗りで済ましてみせる男に、私の脚を任せるというのかしら。──ルドルフ?」
皇帝だとかいう
”魔性”だとか渾名される彼女はその通り、妖艶な姿のままに、
あいかわらず好い女子をしているな、とさえ、シンボリルドルフには思わされた。
同性である彼女でさえもかまわずここまで思わせる、それほどの美人なるメジロラモーヌ、この少女とともに、シンボリルドルフはトレセン学園、その廊下を歩んでいくところだった。
むかうのは、シンボリルドルフ、彼女のトレーナーを務める男の居場所だった。
この部屋は、ミーティング・ルームと言われる程のものでもない、単なる控室のようなところだった。
だからこの部屋があるのは、シンボリルドルフ努める生徒会とその執務室がある校舎では端っこな、辺境であった。
ふつうは、ミーティング・ルームやチームのための部室というのは、この校舎にではなく厩舎といわれる建物の方にある。
生徒たちが、授業を受けるトレセン学園の校舎や、衣食住をする学生寮からは、やや離れたところにある、この『厩舎』。
そこからポツンと離れてみせて、シンボリルドルフのトレーナーは、自分の居部屋を構えているのだった。
そうしてここを目指して進んでゆくシンボリルドルフへと、だんだんと歩みをゆるめていたメジロラモーヌが言った。
「ずいぶんと、隅の方にまで行くのね」
「ああ」
「そういうところにいるのが好きな殿方なのかしら。だとすると私、合わないかもしれないわ」
「場所がしみったれたところでも、しみったれた人間が住みつくとは限らないよ」
「往々にしてそんなものよ」
「ならば彼はちがうだろう。ラモーヌ、誓ってもいいよ。隠遁を望むものが賢者だとは、限らない。が、賢者は往々にして隠遁したがるものだ──まあ、百聞は一見に如かず、さ」
シンボリルドルフは笑いかけた。
これがメジロラモーヌには気に食わなかった。
シンボリルドルフであるべきシンボリルドルフは、メジロラモーヌが彼女の走りにおいて──まずはトレーナー選びにて困難を極めているからといって、こうも手を差し伸べてくる娘ではなかった。
あるいは昔のような、
メジロラモーヌが、自分の我儘がためにトレーナーを選ぶのに時間をかけていた──だからこそ、その間にはトレーニングに勤しめないというだけ。
すなわち、自業自得なのだと、かつてのシンボリルドルフならば、切って捨ててもおかしくはなかった。
«統べてのウマ娘の幸福»!
なんて大仰なのかしら。滑稽じみてさえいるわ。そうメジロラモーヌは内心で冷笑のようなひややかさを覚えた。
«統べてのウマ娘の幸福»──
これこそが今、シンボリルドルフ、三冠をはたした彼女が、その次に見いだした使命だとかいうのである。
今では、トレセン学園の生徒会長を努めている彼女が、そもそもその任に就いたのには、彼女の
──では先ずは、私のことを幸せにしてくださらないかしら、ルドルフ。ターフへいらっしゃい。
そこが、私が、一番私らしくいられるところ。
いえ、強いウマ娘ならばそうに違いないわ。
ルドルフ。だというのに、貴女はターフから去って、ターフの居場所のないウマ娘を、救おうとしている。
それだけでも何て、おごがましい。
弱者に寄り添う百獣之王が、狐のような、弱者なれども狡猾な者共に、どう扱われるのか、ご存知でしょう。ルドルフ。
虎のように扱われ、はてには裏切られ、皮を剥ぎ取られるのよ。
メジロラモーヌ。魔性の青鹿毛たる彼女は、そう案じているのだった。
しかし、メジロラモーヌの唯一無二な幼馴染は、なんら怯むことはない。
それどころか、まるでお気に入りの玩具を、友人に見せびらかそうとする子供そのものな気楽さ、このままに、廊下の先へ先へと進んでいく。
メジロラモーヌは、シンボリルドルフの振るえる尻尾の影、この先へとつま先を歩めて、ついて行った。
そしてシンボリルドルフは、廊下の端にある、明かりのついた部屋、この前で止まった。そうして、おや、とつぶやいた。
シンボリルドルフはそのまま、やや開き気味だった引き戸から、こっそり、
男が座していた。
彼は部屋の
へえ。
シンボリルドルフにつづいて部屋をのぞき込んだメジロラモーヌが、つい、そう漏らすのをシンボリルドルフは聞こえよく耳にした。
彼女の鹿毛の、手入れを欠かさない、シンボリ家の令嬢にまさしくふさわしい尻尾──これが瞬時、やや揺れた。
「トレーナー君」
シンボリルドルフが機を先んじて声をかけた。そうして扉を開いて、部屋の中へと足を踏み入れた。
男はこれによって我に返り、思索による集中から少女たちの前に戻って来た。少女たちが入室してきたのを、早めを丸くして見ていた。メジロラモーヌはちらりと横目で、この男のことを流し見た。
烏有先生、トレセン学園ではそうとまで呼ばれる、このトレーナーは今の、現代の日本には珍しい男の顔をしていた。
立ち上がってみせた彼の上背は、たくましさを帯びたもので、しかして派手に顕わとしてみせるほどではなかった。引き締まっているのだ。
さながら名門の編集者のような、ブルーブラックの背広に白のYシャツ、紅のループタイといった着こなしにはトレーナーらしさはなかった。
彼は本棚にてっとり早くファイルをしまい込み、シンボリルドルフとメジロラモーヌのほうへと向き直った。
入り口から入ってきた少女たちふたりと、部屋の奥側にいた彼の間には、コンパクトなソファが向き直って置かれ、小さめのカフェテーブルを挟んでみせていた。
烏有トレーナー、彼は、黒縁の四角張った黒い眼鏡のしたから、彫りの深い顔の中でも人好きのする丸めの双眸をして、笑いかけてみせた。
そうして手でソファの上座をしめしながら勧めた。
「烏有です、どうぞおかけください。シンボリルドルフからあなたのことは聞いています」
それが自然な口調。たしか、ルドルフと話すときもそうだったはずだわ。メジロラモーヌは思い返した。
烏有とか名乗るこの男は、ルドルフの三冠の会見でもルドルフと話すとき、まったく紳士然として丁寧語で話してみせていた。
メジロラモーヌは彼女が昨日、屋敷で見返していたあの記者会見をふまえて、烏有たるトレーナーを一瞥した。
彼は微笑んだ。笑うと目が細まり、子どものような無邪気そうな、優しげな表情になった。
これをメジロラモーヌは一瞥、それのみで済ました。のみならず彼女は烏有を差しおいてシンボリルドルフへと話した。
「ルドルフ。貴女は此処に来れば判ると言って、なにも言ってくださらなかったわ。狡い人ね。なにがお望みなの」
「ふふふ……っ」
ついシンボリルドルフが
とたんメジロラモーヌがきつい視線を飛ばした。
飛ばされたがわ、シンボリルドルフは、一つ、軽く咳した。だがそれだけでは、幼馴染の容赦無さからは誤魔化しきれず、口をひらいてはこう述べ出した。
「……失敬。やはりラモーヌ、君と彼を会わせてよかったと思ってね。」
「この詐欺師まがいの男と、私を会わせて? どういうつもりなのかしら、ルドルフ」
「そう緊張するものではないよ、ラモーヌ! ──トレーナー君、すまない。ラモーヌは箱入りでね、親しい男性も父やじいやぐらいのものだから」
「構いませんよ。それに昔のシンボリルドルフ、貴方を見ているようだ。微笑ましいものです」
むっ、と言わんばかりにメジロラモーヌがその
「自分の名を名乗らない男に、かける言葉はないわ。そうね、名乗りなさいな」
「ならば言葉はいらない」
烏有はこの一言で切って捨てた。そのままシンボリルドルフに話しかけた。
「シンボリルドルフ。貴方がこの
シンボリルドルフは、やれやれといわんばかりにその形良い眉尻を下げながら、可笑しげに応えた。
「ラモーヌはよく食べてよく寝る、面白い人だよ。トレーナー君。だがこの通りなんだ。やや、お固くてね」
「貴方の女の趣味には付き合いませんよ、シンボリルドルフ」
「幼馴染ゆえの友情といってほしいな」
メジロラモーヌがこのとき、不愉快そうにしてからすぐにこう口を挟んだ。
「待ちなさい、ルドルフ。情をかけるのかしら、それが貴女の言う«幸福»の作り方なの、とんでもないノブリス・オブリージュなことね。それに女の趣味とは何なのかしら。わたくし、貴女をそういう目でみたことなどありはしないわ」
「勿論私もだよ、ラモーヌ。トレーナー君の戯言をこうも真正面から受け止めてしまっては、ラモーヌ、君も果たしていつまで彼を見て見ぬふりが出来るかな? ──それはともかくだ」
シンボリルドルフは、烏有へと向き直った。
そうして言った。
「トレーナーくん。栄光は要らないかい?」
百獣の王が、微笑みかけた。