スターの始めるプロデュース生活   作:焼肉定食

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残業はほどほどに

 

 

 無事に周子の両親からアイドル活動の承諾を貰い、数時間ほど新幹線に揺られて東京に戻ってきた頃には空が暗くなり始めていた。そして事務所へと到着した時にはもう完全に夜になっていた。

 

 さてと、今日はもう疲れたし帰り支度をして周子を家に送り届けてから俺も帰りますか、などと考えていたその時だった。周子の放った何気ない一言に心臓がギュッと掴まれたような感覚に陥る。

 

 

「ねぇ、あたしってどこに住めばいいの?」

「…………あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「……何だそのことか。慌てて走ってくるから何事かと思ったぞ」

 

 

 周子の発言を聞いた俺は、陸上選手もビックリの速度で走って貴子さんを探した。幸い貴子さんはまだ事務所に残っていて、息を切らして事情を説明する俺のことを呆れたような顔で見つめていた。

 

 

「案ずるな。ウチの事務所には、地方からスカウトしてきて所属することになったアイドル用に女子寮がある」

「へぇ、そんなのがあったんすか。つーかこの前までアイドルもいなかったのに」

「備えあれば憂いなし、だ。事務所が本格的に稼働を始めればいつアイドルが入ってきてもおかしくない。その時にそのアイドルが遠方の出身で、東京(こっち)では住むとこがありませんでした。では済まされないだろう?」

 

 

 ほほぉ〜、なるほどなぁ。現に俺がいきなり京都の娘をスカウトして連れてきた訳だしな。その辺の準備は万端ってことか。

 

 

「だが一つ問題があってな」

「何です?」

「諸々の手続きが少々長引いてしまってな……入寮できるのが1週間後からなんだ」

 

 

 マジか。じゃあその1週間の間周子はどうすれば……

 

 

「……まぁ、塩見には事務所に近いホテルに泊まってもらうしかないな。もちろん費用は出す」

「んー、まぁそれしかないっすよね」

「とりあえずお前はその旨を塩見に伝えてこい。万が一ホテルは嫌だと言われれば別の方法を考えなくてはならいなからな」

「イエッサー、ボス」

「誰がボスだ」

 

 

 ビシっと軍人顔負けの敬礼を決めた俺は、踵を返して事務所のソファーの上で寝転がっている周子のもとへと向かう。

 

 まだ2回目なのにめちゃくちゃくつろいでんなコイツ。なんなら1週間事務所で寝泊まりさせてもいいんじゃねーの?

 

 

「ほら周子、行くぞ」

「え? どこにー?」

「悪いけど、お前には1週間だけホテルで寝泊まりしてもらうことになった。その後はこっちで住むとこ用意するから我慢してくれ」

「いや我慢っていうか、むしろそんな贅沢しちゃっていいのって感じなんだけど」

 

 

 そんな事を言いながら、周子はゆっくりとした動きで体を起こして立ち上がる。そしてそのままぐい〜っと体を伸ばすと、着ているシャツに体のラインが浮かび上がった。

 

 相変わらず無防備なヤツだな……

 

 

「ていうかさ、プロデューサーさんの家でいいじゃん」

「……はぁっ?」

「いや、1週間だけならホテルじゃなくてプロデューサーさんの家でよくない? ほら、お金もったいないし」

「お、お前なぁ……」

 

 

 コイツ、マジで言ってやがんのか…? 女が一人暮らしの男の部屋に寝泊まりするとかホイホイ言うもんじゃねーよ。一回ちゃんと言っておかないとな……いつか危ない目に遭ってからじゃ遅いんだよ。

 

 

「あのなぁ、周子」

「あっ、もしかしてプロデューサーさんが迷惑だった? それなら大人しくホテル泊まるけど」

「いや、別に俺は構わねーけどよ。そういうことじゃなくてだな……」

「プロデューサーさんがいいなら別によくない? あたしも全然いいよ。もう1日泊まってるんだし」

「あーいや、そうじゃなくてなぁ……」

 

 

 な、なんて言えばいいんだ…? 男は皆狼なんだから気を付けろよとか? いや、少なくとも俺は狼じゃなくて紳士だからそれはちょっと違うか……

 じゃあ、襲われたら危ないだろ!とかか? いやでもそんな事言ったらまるで俺がコイツをそういう目で見てるみたいになっちまうような気も……

 

 

「あー! もう面倒くせぇ! いいか周子! 男と女が一つ屋根の下にいたらな、何かの拍子にそういう事になっちまう可能性もあるから気を付けろって事だよ! お前にその気が無くてもな、男ってのはそんな状況になったら期待しちまうんだよ。だからホイホイ男の家になんて上がるんじゃねぇ! 自分の体は自分で守れ!」

 

 

 クソっ、何で俺がガキ相手に貞操観念の授業をしてやんなきゃなんねーんだよ。俺は学校の先生じゃねーんだぞ。

 

 

「でもさ、プロデューサーさんってあたしに興味無いんでしょ? 年上が好きみたいだし」

「そりゃそうよ。お前なんて俺からすればケツの青いガキだ」

「じゃあ別によくない? ケツの青いガキと一つ屋根の下になんかなったって、そういう事にはならないでしょ?」

「あ、揚げ足を取るんじゃねぇよ!」

 

 

 こ、コイツ…っ! 本当に生意気なやつだ…!こういう生意気なヤツはわからせてやらなきゃならねぇが……落ち着け、頭を冷やせ。

 これから長い付き合いになるかもしれねぇんだ。舐められてたまるかってんだよ。

 

 

「ほら、とにかく行くぞ。なるべく事務所に近くてセキュリティ性の高いとこ探さなきゃなんねーんだからな」

「へーい」

 

 

 はぁ……なんか疲れたな。ただでさえ今日は京都行ったり、親バカ親父の相手をしたりで忙しかったっていうのによ。早く家に帰ってシャワー浴びてベッドにダイブしたいぜ。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 それから周子と一緒にホテルへと行き、1週間分の料金を先払いした後、注意事項などを改めて周子に伝えて俺は帰路についた。

 

 周子のヤツ、大人しく部屋で寝ていてくれればいいんだけどなぁ。夜中にふらっとコンビニとかに出かけたりしそうだしなぁアイツ。「お腹すいたーん」とか言って。

 

 

「まぁ、その辺はちゃんと注意したし、あとはアイツのこと信じるしかねぇか」

 

 

 さてと、周子も無事送り届けたし、俺もとっとと家に帰って疲れた体を癒すとしますか。もう体がクッタクタだっつーの。

 

 

「………ん?」

 

 

 事務所、まだ電気ついてやがんな……

 

 

 とっとと家に帰ろうと思い、疲れた体を目一杯伸ばしながら歩いていると、自分でも驚く程にゴキゴキと音が響いた。そんな愉快な音を鳴らしながら事務所の前を通り過ぎようとしたその時、ふと顔を上げると2階の窓から光が漏れ出しているのが見えた。

 

 

 おいおい、物好きな奴がまーだ残ってやがんのかよ。もう11時だってのに。

 

 

「………はぁ、しゃーねぇな。ちょっと差し入れでも持っていってやりますか」

 

 

 俺は一度息を吐いてくるりと方向転換をすると、まるで光に誘われる虫のように事務所の中へと足を進めていった……

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 暗い事務所の廊下を歩いていく。ひっそりと、足音を立てないようにして。そして明かりが漏れている部屋の中を覗き込むと、たった1人で仕事を続けている人物の後ろ姿が見えた。

 その人はモニターから一切目を離すことなく、正確無比な指遣いでキーボードを叩いている。カタカタと、静かな部屋の中にはキーボードが叩かれる音だけが響く。

 

 俺はその人物に悟られないよう、本物の忍者の如く抜き足忍び足で近づいていき、手に持ったコーヒー缶をその人の頬に優しく押し付けた。

 

 

「ひゃあっっ!!!」

 

 

 その人物は可愛らしい悲鳴をあげながら椅子から飛び跳ねた。そして慌てたように後ろを振り向くと、予想以上のリアクションでニヤニヤが止まらない俺のことを睨みつけてきた。

 

 

「どーも、ちひろさん。差し入れです」

「ぷ、プロデューサーさん…! びっくりするじゃないですか!」

「はははっ、すんません」

 

 

 顔を真っ赤にしたちひろさんは、当てられたコーヒー缶のせいで熱を持った頬に手をやりながら俺に抗議の視線を向ける。そんな彼女の様子があまりにも可笑しくて俺は笑いが抑えきれない。

 

 

「……ぷふっ」

「わ、笑わないでください!」

「だ、だって……ちひろさんのリアクションが、あまりにも面白くて……フッ」

「誰のせいだと思ってるんですか!誰の!」

 

 

 プリプリと怒るちひろさんを何とか落ち着けようとコーヒーを手渡すと、渋々といった様子で受け取ったちひろさんはゆっくりと椅子に座り直す。そして小さなコーヒー缶を両手でしっかりと握り、俺から顔を逸らして頬を膨らませる。

 

 何ともまぁ、可愛らしいリアクションだ。

 

 

「まったく……」

「そんなに怒ってちゃ、可愛い顔が台無しっすよ?」

「……もしかして口説かれてます?」

「口説いてますねぇ」

 

 

 ちひろさんの隣の席に座り、手に持った自分の分のコーヒー缶を開けながら答えると、ちひろさんはちびちびとコーヒーを飲みながらジト目を向けてくる。

 

 

「あー怖い怖い。そうやって女性を誑かすんですね」

「えー、ちひろさん酷いですよ」

「事実じゃないですか。年上の女性を見たらすぐに飛びつく癖に」

「あれ、もしかして妬いてます?」

「ち・が・い・ま・す!」

 

 

 そう言ってコーヒーを飲み干したちひろさんは、再びモニターに視線を向けてキーボードを叩き始めた。

 

 

「まだやるんですか?」

「元々もう少しって決めてたんです。それを誰かさんがちょっかいかけてくるから手が止まってしまいましたけど」

「す、すんません」

 

 

 ちひろさんは、いかにも私怒ってますよって感じで棘のある言い方をしてくる。ソレに対して俺が焦った様子で謝ると、一転してくすくすとした笑みを浮かべた。

 

 

「……ふふっ、別に本気で怒ってはいませんよ。コーヒー、ありがとうございます」

「えっ?怒ってないんですか? さてはちひろさん、演技もいけるクチですね」

「さーて、それはどうでしょう」

 

 

 静かな部屋の中に、俺とちひろさん2人の声だけが響き渡る。そんな空間で俺たちは軽口を飛ばし合うが、この何とも言えない空気感が今は心地良い。

 

 

「唯ちゃんが入ってくれて、周子ちゃんも加わって、これから少しずつ忙しくなっていきますね!」

「ぐぇ〜、今でも充分忙しいっすけどね」

「何を言っているんですか! これからもっとアイドルが増えたらもっともっと私たち裏方は忙しくなりますよ!」

「……そっすね。とりあえず5人くらいはいてほしいですよね、アイドル。もちろんゆくゆくはもっと大きな事務所になるといいですけど、とりあえず5人的な」

 

 

 そのためには俺がもっとスカウトに力を入れねぇとな。でも、もしかしたらスカウト以外にも、そのうちオーディションとかもやったりするんだろうか? 今度貴子さんか社長にでも聞いてみるか。

 

 

「まぁスカウトが上手くいかなかったら、ちひろさんにアイドルになってもらえばいいんですけどね」

「わ、私ですか!? む、無理ですよ…!」

「いやいや、全然無理じゃないですって。ちひろさん可愛いですし、スタイルもいいじゃないですか」

「〜〜ッ!! も、もう! プロデューサーさんの手には乗りませんよ! そうやって誑かそうとしても無駄ですからね!」

 

 

 ……いや、割と本気で言ってるんだけどな。ちひろさんって顔はもちろん可愛いし、スタイルもいい。体は小さいけど胸は意外にボリュームあるし、スカートから覗く足も最高だ。てかタイツとかエロすぎで……おっと、この辺で自重しとくか。

 

 

「ていうか、可愛いって言われたくらいで焦りすぎじゃないですか? ちひろさんなら何回もあるでしょうに」

「あ、ありませんよ…! そんなの全然!」

「えー、うっそだー。 彼氏とかから言われるでしょ?」

「か、彼氏なんて……いたことありませんし!」

 

 

 

「……………は?」

 

 

 

 

 え、今なんて言ったの……? 彼氏、いたことないって…? ちひろさんが…? 今まで、1人も……? こんなに可愛いのに…………?

 

 

 

 

「マジでぇぇぇぇっっ!?!?!?」

「そ、そんなに驚くことないじゃないですか!」

「いや驚きますよ! 何で彼氏いなかったんですか!?」

「な、何でと言われても……」

 

 

 マジで何で彼氏できなかったんだよ…!? だってこんなに可愛くて性格もいいのにさ! えっ、もしかしてアレか? ちひろさんの地元には男いないのか? それともソッチ系の人しかいなかったのか!?

 

 

「その……中学と高校は女子校でしたし、大学生の時はアルバイトばっかしていたので。そのバイト代もほとんどアイドルグッズに使って……」

「な、なんてこったい……」

 

 

 それにしてもだろ……大学にいた男たちの目は節穴だったのか? こんな可愛い人いたら普通チャラ男どもが放っておかないだろ。

 

 なんて事を考えていると、あまりに驚きすぎている俺のリアクションが気に入らなかったのか、ちひろさんは顔を真っ赤にしながら反論をしてくる。

 

 

「そ、そもそも私は学生の本分である勉学に力を注いでいたんです! 爛れた学生時代を送っていたプロデューサーさんとは違うんです!」

「ちょっと待ってくださいちひろさん。その発言には間違いがありますよ」

「な、何ですか?」

「俺が爛れた生活を送っていたのは大学生になってからです!」

「大して変わらないじゃないですか!」

 

 

 いや、ちひろさんの言い方だと俺が義務教育時代からずっと遊びまくってたみたいな感じになっちゃうじゃないか。中学高校ではヤンチャしてたしな……大学生になるまでは俺だって硬派な男だったんだ。

 

 

「えっ、ちょっと待ってください。じゃあもしかしてちひろさんってしょじょ……ブフォッ!?」

「な、なんて事を言うんですか…! デリカシーっていう概念が無いんですか!?」

 

 

 お、おぉ……いいの貰ったぜ。顔面目掛けて放たれたパンチ。それが顎を掠めて脳が揺れるようなこの感覚……久しぶりに味わったけどやっぱりキツい。

 

 

「いってて……学生時代に縁が無かったのは分かりましたけど、社会人になった今はどうなんですか?」

「い、今だって変わりませんよ。それに今は仕事が恋人なんですー」

「ちひろさん……そんな事言ってると貴子さんみたいになっちゃいますよ」

「今の、貴子さんに伝えておきますね」

「それだけは勘弁してください」

 

 

 俺の必殺技、綺麗な斜め45度のお辞儀を披露すると、ちひろさんは呆れたようにため息を吐きながら手元にあった書類をトントンとまとめる。

 

 

「とにかく、しばらく恋人とかはいいんです。今だって会話をする男性といえば、仕事の取り引き先のお客様かプロデューサーさんくらいですし……」

「じゃあ、俺と付き合ってみます?」

「えっ?」

「あっ」

 

 

 やべ……ついいつものナンパみたいな感じで言っちまった。職場の人はまずいだろ……これで気まずくなったりでもしたら明日からすげー働きづらくなるし。

 

 

「あ、あの……プロデューサーさん」

「あっ、えーっと……その、い、今のはですね!?」

 

 

 俺は大きく手を動かして誤魔化そうとするが、ちひろさんはまるで動じない。それどころか、いつになく真剣な顔で俺の瞳をジッと見つめてくる。

 

 

「………」

「えーっと、ちひろ……さん?」

 

 

 あれ? もしかしてこれは………い、イケてしまうのでは…? この反応、ここから俺とちひろさんだけのラブな残業が始まってしまうのでは……!?

 

 

 

「プロデューサーさん……」

「ちひろさん……」

 

 

 

 

 

 

 

「貯金はいくら程ありますか?」

「…………はぁ?」

 

 

 チョキン? ナニソレ美味しいの? えっ、あーもしかして貯金のこと? うん……いや尚更意味が分からねぇ。この流れでそれ関係ある?

 

 

「ち、ちひろさん…? 貯金がどうかしたんですか?」

「あ、言ってませんでしたっけ?」

「何をですか」

 

 

 

「私、貯金が1000万円以上ある男性としかお付き合いしないので」

「………はぁぁぁぁぁっっ!?!?」

 

 

 お、オイオイオイ!! 理想高すぎるでしょうがそれはよぉ! 社会人なりたてのペーペーな俺がそんなに貯金ある訳ねぇし…! てかそんなのちひろさんの同年代でも殆どいねぇだろ…!?

 

 

「ふふっ、そういう事なのでプロデューサーさんとはお付き合いしませーん♪ あっ、もしかして私と付き合えるかもって期待しましたー?」

「ぐぬぬっ…! この資本主義の雌犬め…っ!」

「雌犬って言い方やめてくださいよ」

 

 

 ちひろさんは楽しそうにニヤニヤと笑いながら小躍りしている。揶揄われるフェーズから揶揄うフェーズに移ったことでイキイキしてやがるぜ畜生。

 

 

「まぁ私と付き合いたかったらもっとビッグな男性になって出直すことですねー♪」

「ブーブー! お金より愛の方が大事だと思いまーす」

「ふふっ、それじゃあ私は失礼しまーす」

 

 

 そう言ってちひろさんは素早く自分の荷物をまとめると、急ぎ足で部屋の外へと出ていってしまった。部屋の中には俺だけが1人ぽつんと取り残されて、急に物静かになった部屋に少し寂しさを感じる。

 

 

「はぁ……俺も帰るか」

 

 

 結局、上手いこといなされたって感じだな。そういう経験が無いとはいえ流石はちひろさんってことか。まぁでも逆に言えば、ビックな男になればちひろさんは俺にメロメロになってくれるかもしれないってことで……うん、ポジティブに考えることにしよう!

 

 

「よっしゃ! いつかはビッグな男になってやるぜぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「ふぅ……」

 

 

 私としたことが、事務所に忘れ物をしてしまうなんてな。精神がたるんでいる証拠だ。塩見も加入してこれから忙しくなるというのに、気を引き締めなければ……

 

 

 

 ツカツカツカ…

 

 

 なんだ、向こうから誰か歩いてくる……って、あれは千川か?

 

 

 

「千川、こんな時間まで残業とはあまり感心はせんな。体を休めることも大事だと……」

「貴子さん、しっ、失礼します…!」

「あ、おい千川!」

 

 

 ……行ってしまった。なんだったんだ今のは? やけに急ぎ足だったように見えたが……

 

 

 それに、今の千川の顔……

 

 

 

 ビッグナオトコニナッテヤルゼ-!!!

 

 

「……」

 

 

 どういうことだ。何であの馬鹿の声が聞こえてくる。アイツは塩見をホテルに届けてそのまま帰ったんじゃないのか…?

 

 まぁ、何にせよ……

 

 

 

 

「うるさいぞ馬鹿! 近所迷惑だろう!」

「げぇっ! 貴子さん!?」

 

 

 コイツ……人の顔を見るなりそのリアクションとは。本当に人のことを舐めくさっているな。そろそろもう一回、子どもの頃の様に教育をしてやらねばならないかもしれん。

 

 

「こんな時間に何をしている。ここは動物園の檻じゃないぞ」

「オイ! 俺のこと何だと思ってんだこのクソババ……」

「あ?」

「何でもありません」

 

 

 ふんっ、腰抜けめ。立派になったのは図体だけで中身はちっとも成長してないな。まぁその方が扱いやすくていいか。

 

 

「ふっ、立派になったのはアッチもですよ。貴子さん」

「殺すぞセクハラ大魔神。あと人の心を読むな」

「いやー、貴子さんって分かりやすいんで」

 

 

 ……よし決めた、今ここで一発締めてやろう。 人を舐め腐ったその根性叩き直してやろうじゃないか。

 

 

 ……と、その前に。

 

 

「おいアホ、ここにいるってことはさっきまで千川と一緒だったんだろ?」

「ちひろさん? 一緒でしたけど」

 

 

 やはりそうか、それならば丁度いい。気に食わないがコイツに聞くことにしよう。

 

 

「千川のヤツ、風邪でも引いているのか?」

「……? Why? さっきまで元気そうでしたよ? 見てくださいよこの顔の凹み。ちひろさんにやられたんですよ? 酷いと思いません?」

 

 

 ……風邪を引いている訳ではないのか。にしては、やけにアイツの顔が赤かったような……いや、私の気のせいか。

 

 

「よしっ」

「お、帰りますか?」

 

 

「いや、お前を締める」

「Whyーーーっ!?!?」

 

 

 まずはそのふざけたネックレスを引きちぎってやろうか……それともあのチャラついた髪型を丸坊主にしてやろうか……ふふふ、久しぶりに腕がなるな。

 

 

「ちょっ、顔が怖いですよ…? 貴子さんったら〜」

「どこからどう見ても素敵なお姉さんだろうが?」

「どこに般若みてぇな顔した素敵なお姉さんがいるってんだよ! イヤァァァ! やめてぇぇ! こっちこないでぇぇ! 酷いことする気なんでしょ! エロ同人みたいに!」

「気色の悪いことを言うな…ッ!!!」バシッ

「アウチッッ!!」

 

 

 その夜、事務所の周りには、男性の声に近い泣き叫ぶバケモノの様な声が響いたとかなんとか。

 

 なに? 近所迷惑だと? ……私は知らんな。

 

 

 





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