スターの始めるプロデュース生活 作:焼肉定食
「着いたぞ」
「ここが……」
貴子さんに連れられてやって来たのは、都心から少しだけ離れた場所のオフィス街の、これまた奥の方にひっそりと佇む5階建ての雑居ビルだ。
聞いた話だと従業員も社長に貴子さんにもう1人の事務員しかいないらしいけど、意外にもご立派ァ!なビルじゃないか。
「1階と2階と3階がウチ所有の階層だ」
「4と5は?」
「空きだ。だがいずれ事業を拡大などする際はウチが借りることになるかもしれないがな」
「なるほど」
「さて、立ち話も程々にして入るぞ」
貴子さんに続いてビルの中に入る。そして少しだけボロくさい階段を登っていく。
まぁ、当然エスカレーターもエレベーターも無いよな。これも適度な運動になるとポジティブに考えるしかないか。
「ここだ、中には既に社長が待っている。気を引き締めろよ」
「は、はい」
……そう言えば俺、その社長さんがどんな人なのかとか全然聞いてなかったな。めちゃくちゃ厳しい人とかだったらどうしよう。
……まぁ、考えても仕方ないか。当たって砕けろ、いや砕けたくはないけどそのくらいの気持ちで臨むとしよう。人間弱気になったら負けだ!
「失礼します」
「おぉ、貴子くんと……キミが噂の。いや〜よく来てくれたね! ささ、座って座って」
部屋の中に入ると、ブラウン色のスーツを見に纏った、良く言えば恰幅の良い、悪く言えば小太りな高齢者の男性が満面の笑みで俺と貴子さんを出迎えた。見た目的には、なんか七福神の1人とか言われても違和感が無い。
「ほぉ〜キミ背が高いねぇ! それに顔も中々良いじゃあないか! まるで私の若い頃にそっくりだよ!わっはっは!」
「社長……」
「おぉ、貴子くん。すまんすまん。じゃあさっそく話を始めようか。あぁ、それと面接とは言ってもそんなに固くならないでいいからね。私は素のキミと話がしたいんだ」
「はぁ……」
そして俺は、社長に促されるままにフカフカのソファーへと腰をかけた。その俺の正面には社長さんと貴子さんが並んで座る。
「おい、社長の仰っていた通り、そんなに固くならないでもいいぞ。社長は素のお前が見たいと仰られているからな」
「そ、そうですか…?」
「あぁ、うん! いいよいいよ! なんなら別にタメ口でも私は構わないよ」
「そ、それは流石に……」
「わはは! それもそうか!」
手を叩きながらゲラゲラと大声で笑う社長さんと、その横で額に手を当ててため息を吐くというお決まりのポーズを見せる貴子さん。
なるほど、アットホームな会社だということは分かったぞ。それもよくあるアットホーム(自称)のドブラックな会社とかいうわけでもなさそうだ。
「さてと、それじゃあさっそく始めようか。まずはキミの名前を教えてくれるかな? いやもう知ってはいるんだが一応自己紹介をね。軽くでいいんだよ?」
うっ……自己紹介か。まぁそりゃ当然そうなるよな。だけど俺はこの自己紹介という工程が大嫌いだ。理由は……いや、理由すら言いたくない。
「わかりました。名前は、八坂……です」
「おい、ちゃんとフルネームで答えろ」
「うっ……な、名前は……八坂、八坂……っ」
あぁ、もう…! 言いたくねぇけど仕方ねぇ! なんとでもなっちまえ!
「名前は……
、、、、、、
「………ふっ」
「おい今笑っただろ!!」
「あぁいやすまない、何度聞いても……ふっ」
「笑うなぁぁぁ!! 命が惜しければ笑うなぁぁぁ!!」
あぁクソ…! だから言いたくなかったんだよ! そうだよ俺の名前はスターだよ! 星と書いてスターだよ!バリバリのキラキラネームですよクソが!!!!
この名前のせいでこれまでの人生何度揶揄われ笑われてきたことか! だから俺は自分の名前を聞かれる自己紹介なんて大嫌いなんだよ!
「くくっ……いいじゃないかスター。どんな人が考えたんだろうな」
「お前の姉じゃい!」
「おっとそうだったな」
ハッ、しまったつい大声で叫んでしまった。いくら素の自分を見せてくれと言われたからって気が緩みすぎた…!
「ははは、仲が良いんだね。いいことさ」
「も、申し訳ありません」
「いいんだよ、むしろそのくらいリラックスしてもらって構わないさ。それに、私は八坂くんの名前好きだよ?」
「し、社長……」
「とてもいい名前じゃないか。私は笑ったりなんかしないさ」
し、社長ぉぉぉぉぉ!!! なんて良い人なんだこの人は! 全人類がこの人みたいな人格者ならいいのに!
……でもいい名前ではないと思うけど。
「うん、八坂くんはとても愉快で貴子くんとも仲は良いみたいだし、私としてはぜひウチのプロデューサーになってもらいたいのだが……あっ、もちろん八坂くんにその気があるのならだけどね」
「社長、一応は面接らしいことの一つでも質問をしてください……」
「ん? そうかい? そうだなぁ……それじゃあ」
社長は自分の顎ひげをちょいちょいと弄ると、柔らかい笑みを浮かべながら俺の顔を見て口を開いた。
「八坂くんにとって……アイドルのプロデューサーってどんな印象かな?」
「印象、ですか」
「うん。素直な気持ちで答えてもらって構わないよ」
素直な気持ちか。つまりは俺の率直な感想を言えばいいって事だよな。アイドルのプロデューサーという言葉を聞いた時の。
「……か、カッコいいなって思いました。芸能界関係の仕事って」
「………」
あ、あれ? 社長黙っちゃったよ…? 流石にこの返答は素直な気持ちすぎたか!? でも社長が素直な気持ちになるですよって言ったんだしーーー
「わっはっは! そうかそうか! いいじゃないかソレで! 確かにそうだね、私も若い頃はなんか格好いいからって気持ちで芸能関係の仕事に興味を持ったものだ!」
「しゃ、社長もですか!」
「あぁそうさ。興味を持つきっかけなんて些細なものでいいのさ。格好いいから、やってみたから、モテたいから、そんなので充分なのさ」
「社長、流石にモテたいからで職を選ぶのはどうかと思います」
「おっと貴子くんは手厳しいな」
社長は横から鋭い視線を向ける貴子さんも気にせずにガハガハと口を開けて笑う。
何故だろうか、俺はこの時、この人の下で働いてみたいと少しだけそう思った。本当に少しだけだけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。
「さてと、それじゃあ八坂くん。キミさえ良ければなんだがウチでアイドルのプロデューサーやってみないか?」
「は、はい! やります! やらせていただきます社長!」
「おぉそれはよかった。私から見ても若くてガッツのありそうなキミに是非やってもらいたいと思っていたよ。意外かもしれないがプロデューサーは体力を使うからね」
「体力には自信あります! 任せてください!」
「わっはっは! これは頼もしいな! 流石は貴子くんの甥だね」
や、やったぜ…! なんか全然実感無いけど就職先が決まったぞ! これでニートマンにならなくて済むじゃねぇか! サンキュー社長! サンキュー貴子さん!
コンコン
「ん? 誰だい?」
「社長、千川です」
「おぉ、千川くん。はいりたまえ」
「失礼します」
突然、部屋の扉がノックされたかと思えば、扉が開いて中に1人の女性が入ってくる。
な、なんだあの服!? とんでもねぇ蛍光色のジャケットじゃねぇか! あんなんどこに売ってるんだ!?
あっ、でもこの人可愛いな。
「お疲れ様です……あら、そちらの方は?」
「おぉそうだそうだ! 千川くん、こちら来年の4月からウチでプロデューサーをすることになる八坂くんだ!」
「まぁ! 新しいプロデューサー見つかったんですね! おめでとうございます!」
手をパンっと叩いてニッコリとした笑顔を浮かべる千川さん。
新しいプロデューサーって……そういえばすっかり忘れてたけど、俺はパチプロ目指すとか言って急に内定ドタキャンした奴の代わりだったな。
「八坂さん! 私は千川ちひろと申します! 事務員として八坂さんをサポートさせていただく事が多くなると思うので、よろしくお願いしますね!」
「あぁどうも。俺は八坂……八坂です。八坂と呼んでください」
「おい、下の名前も教えてやらないか」
「余計なことを言うな!」
「下の名前……ですか?」
「うっ」
くそっ……貴子さんが余計なこと言うから千川さんが下の名前に興味を示しちまったじゃねーか。まぁでも、今後は同僚になるのならいつかは言わなきゃいけないし……それなら早い方がいいか。
「八坂、八坂
「えっ、スター…?」
、、、、、、
「千川、笑ってもいいんだぞ?」
「い、いえ……そんな、人様の名前で、わ、笑うなんて……ことはっ……」
「笑ってるね! その心笑ってるね!」
チクショー! やっぱこうなるんじゃねーか! 社長が神的に良い人なだけで普通はこんな反応になるんだよ!
「まぁ千川、名と言動は変なヤツだが悪い奴でもない。今後とも
「………ふっ!」
「おい! 今完全に笑ったろ!」
「す、すみませんー! け、決してバカにしている訳ではないんですぅぅ!」
「待ちやがれこのアマァ!」
「やれやれ、来春からはうるさくなりそうだ」
「いい名前だと思うんだけどねぇ、星くん」
♦︎♦︎♦︎
そんなこんなで、俺の来年からの就職先が決まった。今が秋だからあと数ヶ月の間にプロデューサーになるための事前学習でもしようかと思っていたんだが……卒論もとい卒業研究がまるで終わらなくてそんな事をしている暇もなくなってしまった。
そして時はあっという間に過ぎていき、俺は無事大学を卒業していよいよ大学生からプロデューサーにジョブチェンジを果たす時がやってきた。
大きな期待と大きな不安を心に抱いて、いざ初出勤の時来たれり!
「おはようございます! 八坂……星です! 本日からお世話になります! よろしくお願いします!」
事務所の扉を開けて挨拶をする。こういうのは第一印象が大事だってよく言うからな。
えっ、もう顔合わせはしてるんだから第一印象ではないだろって? 細かい事はいいのさ、とにかくやる気が伝わればな。
「待ってましたよプロデューサーさん! 今日から一緒に頑張りましょうね!」
「千川さん、よろしくお願いします」
「私のことはちひろでいいですよ?」
「えっ、いきなり名前呼びとか……もしかして脈アリか…?」
「バカな事を言ってないでシャキッとしろ」
後ろから声をかけてきた貴子さんに紙束で頭頂部をぶっ叩かれる。初日から早速のパワハラとはなんて人だ。
「お前、そのスーツはどうした。上物じゃないか」
「あぁ、これは就職祝いにってお袋が……」
貴子さんは俺が身に纏っているグレーのスーツが気になるらしい。
ちなみに結構高かったらしいけど、それを聞いてしまうと汚すのが怖くて着られなくなりそうだから、お袋に値段は聞かなかった。
「はぁ……相変わらず親バカというか。お前なんかまだまだ安物のスーツで構わんだろうに」
「でもプロデューサーさん、スタイルがいいのでよくお似合いですよ?」
「……ちひろさん、もしかして俺のこと好きなんですか?」
「は、はいっ!? 急に何を…!?」
「千川、コイツの言う事は基本流して構わない。仕事の話以外はな」
そう言いながら貴子さんはもう一度俺の頭頂部を紙束で叩いた。初日から度重なるパワハラとかこれは訴えたら勝てるのでは?
あっ、でもその前に俺がセクハラで訴えられるか。
「あれ、そういえば社長は?」
「社長は基本的に3階の部屋にいる。今私たちがいるこの2階がお前の職場だ」
「1階は?」
「1階はレッスンルームだ。アイドルが来れば使うことになるだろうな」
「へぇ……ん? アイドルが
あれ、今さらっと不穏な事言わなかった? というか良く考えたらこの事務所にいるのって俺と貴子さんとちひろさんと社長だけで、アイドルらしい子がまるで見当たらないぞ。
「あら、聞いていなかったんですか? ウチはまだ所属アイドルがいないんですよ」
「なんですとぉ!?」
「去年は事務所の立ち上げとか諸々の手続きは下準備を行っていたので、アイドル事務所として本格的に活動を開始するのはこの4月からなんですよ?」
「そ、そうだったのか」
な、なるほどな……という事は俺とこの事務所もほぼ同期ということになるのか。つまりこの事務所を大きくするためには俺の働きが肝心という訳だ。
「
「スターって呼ばんでください」
「……ぷふっ」
「おいこら千川笑ってんじゃねぇぞ!」
「す、すみません……くふっ」
「お前のその蛍光色グリーンのジャケットを真っ赤に染めてやろうかぁぁ!!」
「す、すみませぇぇん!」
「いい加減に……しろ!」
「「あでっ」」
貴子さんの紙束が俺とちひろさんの頭頂部に襲いかかる。まだ初出社して10分くらいなのにもう3回もぶっ叩かれたんだが。
「はぁ……改めて、お前の初仕事を伝えるぞ」
俺の、初仕事……
「街へ出て、アイドル候補をスカウトして来い」
ここから、俺のプロデューサーとしての仕事が始まる……
《八坂 星:ヤサカ スター》
年齢:22歳
身長:185cm
体重:75kg
好きなもの:年上の女性
嫌いなもの:自分の名前
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