孫悟天に憑依したので最強を目指す 作:なっき
年端も行かない二人の少年の変貌に、あれほど盛り上がっていた会場は沈黙に包まれる。誰もが驚愕し、言葉を失っていた。ただ単に見た目が変わっただけで無い事は誰の目にも明らかだった。鋭い眼光を携え、しかし楽しそうに振舞う二人からは、ビリビリと肌を刺すような重圧が発せられていた。これまでもそうだったが、二人がより異次元の領域に踏み込んでいることを直感的に理解させた。
――そして驚愕しているのは、二人の素性をよく知る者達も例外ではなかった。
「……う、嘘だろう? 悟天もトランクスも超サイヤ人を超えている……」
目を見開き、信じられないといった様子でそう漏らす悟飯。人前で超サイヤ人になってしまったことを咎める余裕さえ無い。悟天とトランクスが底知れぬ才能を秘めていることは理解していた。しかし、この留まることを知らぬ飛躍っぷりには驚愕せざるを得ない。悟飯の隣にいる髪を短く切り揃えたビーデルも口をあんぐりと開けてリング上に視線を向けている。
「――この気、セルとの戦いの時に見せた悟飯を彷彿させる……。まったく、あのチビ共には驚かされるばかりだ。強大な敵と対峙してきたわけでも無いのに大したもんだ……。ふっ、これからどう強くなっていくのか楽しみだ」
ピッコロも悟飯同様に驚くが、その口調はどこか嬉しさを孕んでいる。悟天とトランクスの修行を見ていたピッコロは、二人の成長が純粋に嬉しいのだろう。しかし、二人の才能がまだこの程度でないことを確信しているピッコロは、その瞳に期待を込める。
「…………」
言葉を発することなく腕を組みながら、悟天と息子であるトランクスを見つめるベジータ。二人から発せられる気を確かめ、いくつかの感情が入り混じったような複雑な表情を浮かべる。
――その額から一筋の汗が流れる。
ベジータは静かに二人から視線を外して横にずらす。その視線の先にいたのは――、
「すっげええええ!! 悟天もちっこいトランクスも、既に超サイヤ人の壁を越えてるじゃねえかっ!! おっでれえたなぁっ!! 相当つええとは思ってたけど、まさかここまでとはなっ! ……はは、すげぇ、本当にすげぇぞ……」
周囲が静まり返る中、唯一幼子のように目を輝かせてはしゃぐ悟空。よほど嬉しいのか、柵から身を乗り出して二人を見つめている。興奮が収まらないまま悟空は続ける。
「二人はあれでまだ七歳と八歳だっけ? あれ、精神と時の部屋にいたから八歳と九歳になるのか? まあいっか。とにかく信じられねえ。特に――」
悟空はそこで言葉を切って悟天に視線を向ける。すぐに悟空は理解する。悟天――息子はまだまだ現状に満足をしていない。さらにその『先』を見据えている。今の悟天はかつて天国で修行をしていた自分自身によく似ているからこそ分かる。
その先とはすなわち――。
「……こりゃ、オラもうかうかしてられねぇな」
周囲に聞こえないように小声で、しかし嬉しそうにそう呟く悟空。
一方で惜しいとも思ってしまう。この世界はセルを倒した後、平和な状態が続いている。間違いなく良いことではあるが、言い換えると強力な敵と戦ったことが無いということでもある。サイヤ人は自分より圧倒的に強い相手を前にした時にこそ、それを乗り越えようとして、圧倒的に強くなることができる。それがサイヤ人の本質でもある。
特にこの『先』に行くには乗り越えるべき壁の高さがそれまでとは異次元となる。自分は死んでしまい、生身ではなく疲れにくい特殊な肉体を与えられたアドバンテージがあったからこそ乗り越えられたと考えている。これが生身の肉体だったら、後何年かかっていたか。底知れぬ潜在能力を秘める悟天ならいずれ乗り越えることができるかもしれないが時間がかかることは間違い無いだろう。
「――あ、そうだっ!」
悟空は、素晴らしいことを考えついたと言うようにその顔をさらに輝かせる。しかし、すぐさま思い出したように困った様子へと転じる。
「時間がなぁ……」
頭をかきながらボソリと放ったその言葉は、悟天とトランクスが激突した衝撃音によってかき消された。
ちなみにブルマとチチは我が子のあまりの急速な成長と変貌に頭が追い付かず、しばらく放心状態となっていた。
悟天とトランクスが激突する度に爆音がまき散らされる。最早、常人には二人の動きは肉眼で捉えることはできない。観客達を巻き込まないように気功波等の技は一切使用せずに肉弾戦のみの戦闘――それでも先ほどまでの戦闘規模とは比較にならない。戦闘の余波が音となり衝撃となって会場にも伝わっていく。それだけで二人の戦闘の激しさを物語っている。そして激しさだけでは無い。二人の動きは洗練されており、美しさすら感じさせる無駄の無いもの。とても子供が到達できるレベルではない――、それだけ二人が強くなりたいという意思を貫き通して努力を重ねてきたことの証明でもあった。Z戦士達もそんな二人の戦いに心を奪われ、その結末を見守った。
――どれだけ時間が経っただろうか。
長く続いていたようにも思えるし、一瞬だったようにも思える。突然、決着の時はやってきた。
ドカァッッッン!!!
という大地が砕ける強烈な轟音が辺りに響く。リング外のある地点を中心として突如として爆発が起き、大量の土煙が巻き上がり、驚いた観客達の悲鳴が響く。同時に先ほどまで聞こえていた戦闘音が忽然と鳴り止んだ。何が起きたのかと確認しようにも巻き上がった砂煙が会場全体に広がってしまい、視界が閉ざされている。
「――っは! こ、これは一体何が起きたのでしょうか?」
司会の言葉が会場に虚しく響くが状況は不明のまま。観客達が固唾を吞んで見守る中、徐々に砂煙が晴れていく。
そして、砂煙が無くなり視界が回復した瞬間、観客達は驚愕する。
リング外、そこに巨大なクレーターが出来上がっていた。その中心に少年――トランクスが「……はぁ、はぁ、痛てて」と荒い息をはき、呻きながら起き上がるところだった。トランクスは既に変身を解いている。
「…………トランクス君……じょ、場外? ……ということは?」
皆がゆっくりとリング上に視線を向ける。
そこには、孫悟天がいた。
悟天もトランクス同様に変身を解いて「はぁ、はぁ」と荒い息をついている。しかし、確かにリング上に自分の足でしっかりと立っていた。長い戦いの末、悟天がトランクスを場外に吹っ飛ばしたのだった。
「……これは、じょ、場外! トランクス君、場外負けです!! よって少年の部、孫悟天君が優勝です!!」
司会のその言葉に静まり返っていた会場が途端に湧き出す。
「す、すげえ! よく分からなかったけど凄かったな!」
「あ、ああ、今でも夢じゃないかと思う位だ」
「でもよお、空を飛んだり、目に見えないスピードで動いたりあれ、どうやってたんだ……?」
「さ、さあ? ……トリック、とか?」
「あれってトリックでどうにかなるものなのか……?」
「以前にセルとの戦いが放送された時、あの子達みたいに髪が金色になる人いなかったっけ?」
「細かいことはいいじゃないか! 俺はこの戦いを生で見れたことに感謝するぜ!」
会場が大いに盛り上がる中、トランクスがリング上にいる悟天のもとまで向かう。
「はは、負けたぜ……。最近の悟天、調子いいよな、まったく……。けど楽しかったぜ」
トランクスは悔しがっているが、それよりも全力を出し切って満足しているようにも見える。何より自分を打ち負かした相手への称賛と敬意がしっかりと伝わってくる。
「うん、僕も楽しかったよ。――そうなんだよね、最近どんどん強くなっていく感じがするんだ」
同じく悟天も勝負に勝ったからと言ってそれに驕ることなく、相手を尊重した様子でトランクスに接する。
「それでこそ俺のライバルだ! 次は絶対勝ってやるからな! 覚悟しとけよ、悟天!」
「望むところだよ、さらに強くなって見せるよ、トランクス君!」
そう言って互いの拳を合わせる悟天とトランクス。そのなんとも清々しく気持ちのいいやり取りに会場中の人間が自然と拍手を送る。
観客達の歓声を浴びながら考える。
……結局、バビディの手下は現れなかったか。となると、やっぱり兄ちゃんが犠牲になるのだろうか? 別に兄ちゃんが犠牲になる必要も無いと思うのだが……。界王神様は人の心が読めるはずだし、手下たちの心を読んでバビディ達の居場所を突き止めたらいいじゃんと思ってしまう。それともバビディの支配下だとそれができないのだろうか? まあその場合でも普通に捕えて聞き出せばいいのにと思ってしまうが。……ま、出方を窺うか。
……それにしても、あー、楽しかった。
俺が上機嫌のままトランクス君と並んで会場をそのまま去ろうとした。しかし。
「あ、悟天君! この後、優勝者の君はミスターサタンとの試合があるから、ここに残っておいてくださいね」
という、グラサン司会者の言葉により俺は歩みを止めざるを得なかった。
「あー、いいなあ悟天。相手は世界チャンピオンなんだよな? あんまり強そうに見えないけど、これだけ有名ってことは多分強いんだろうな! 悟天、頑張れよ! 応援してるからな!」
トランクス君は真っすぐな目で俺にそう言い、肩を叩くとその去って行ってしまう。
……トランクス君、俺が頑張ったら、ミスターサタンは〇ぬんだよ。
「悟天君、休憩をしてから戦いますか? 結構体力を消耗しているようですけど」
「いえ、いりません」
「……そうですか、ではミスターサタンッ! どうぞ!!」
それと同時に会場中がサタンコールが巻き上がる。その勢いは俺とトランクス君に向けられた歓声よりも大きいものだ。
……本当、この人気は凄いよな。これも一種の才能なんだろうな。
そんなことを思っていると、思い切りおよび腰のミスターサタンが出場してきた。どう見ても顔が青ざめている。……誰も気づかないのか?
……はぁ、面倒くさい。
あ、でもミスターサタンは将来親戚になるのか……。こっちの世界でも兄ちゃんとビーデルさんは良い感じの雰囲気で、そのうち結婚するだろうし。こりゃあ適当に対応するわけにもいかないのか。
……あぁ、やっぱり面倒くさい。
今日初めて溜息を吐いてリング上に嫌々歩いて来るミスターサタンを見つめた。