私はテイオーではなかった
──メジロパーマーは早くも第三コーナーを… …残り400mを… …ビワハヤヒデ早くも先頭に…
──外側から… …来ている! …ウカイテイオー来ている!
──…さあ!残り200mを切りました!残り200を切った!ビワハヤヒデ!トウカイテイオーか!?
──トウカイテイオーが来た!トウカイテイオーが来た!
──ビワハヤヒデとトウカイテイオー!ダービーウマ娘の意地を見せるか!?
──トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ! ──トウカイテイオー、奇跡の復活!!!
「わぁぁぁぁ…………!」
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「わたしね、大きくなったらテイオーさんになる!トレセン入って、ダービー出るの!!!」 『そうか!クレちゃんはテイオーそっくりだし、足も速いし、きっとダービーウマ娘になれるよ!』
「"しょうらいのゆめ 2年Aくみ クレノフォーエバー。 わたしのゆめは トウカイテイオーになることです"」 「"テイオーさんになって、さつきしょう・日本ダービーをかちたいです"」 「"そしてケガで出れなかったきっかしょうで、むはいの三かんウマむすめ"になりたいです"」
「先生!トレセン学園受かりました!」 『そうか、おめでとう!うちのクラブからとうとうトレセン生徒が生まれるんだなあ…』 『クレちゃんすごいじゃん!トゥインクルシリーズでトウカイテイオー二世、目指そうよ!』 「うん!無敗の三冠ウマ娘、なってくる!」
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「…トレーナー。契約解除届、受け取ってください」
メイクデビューから約半年。
私……クレノフォーエバーは、トゥインクルシリーズを去る意思を固めていた。
トレセン学園に入学するまで、私は地元で一番足の速いウマ娘だった。
かつて日本中を興奮に巻き込んだダービーウマ娘・トウカイテイオー。
私がその名を知ったのは幼少時、彼女の引退記念特番だったと記憶している。
無敗でのダービー制覇。怪我により消えた三冠ウマ娘の夢。
天皇賞(春)での敗戦。再度の負傷発覚。
そして、長期にわたるリハビリを乗り越えての有馬記念*1、最終直線でビワハヤヒデを僅かに
好きの感情はいつしか憧れに代わり、私の目標となっていった。
目指すはトウカイテイオー。そして彼女が果たせなかった無敗の三冠ウマ娘。
偶然にも私の
私含む周囲が、テイオー二世の誕生に期待するのは仕方なかっただろう。
しかし、トレセン学園に入学して世界の広さを知った。
言葉を
当然ながらトレセンに入学するような子は大抵"地元で一番足の速い子"であり、全国各地からそういった子が集まってくるのだ。
そういった集団の中に飛び込んだ私は、"容姿以外に大した強みのないウマ娘"でしかなかった。
トゥインクルシリーズの出走にはトレーナーとの契約が必須。そのためには模擬レース等で実力を見せなければいけない。
入学当初の私は同年代で入学したトップクラスのウマ娘に比べ、あらゆる能力が足りなかった。
次々とデビューしていく有望株を尻目に、教官の元で基礎トレーニングを積み続けた。
1年経つと、同年代に入学したクラスメイトもちらほらスカウトされるようになっていた。
2年経った。クラスメイトの一人が"菊花賞"の出走資格を得た。
一方、その
トゥインクルシリーズに所属するウマ娘は、まず1勝するまでは未勝利クラスで競走を重ねる。
しかし最初のメイクデビュー競走が行われてから約1年後…
つまりは夏までに勝てなかったウマ娘は、トゥインクルシリーズでの出走が困難になるのだ。
そういったウマ娘は決断を迫られる。引退か、未勝利クラスでも引き続き走ることのできる障害競走の道に進むか。大井・カサマツをはじめとする
『…高知に行くことにしたの。まだ走るの、諦めたくない』
彼女は地方への転属を選んだ。黙って見送るほかなかった。
一方、私はそういった決断すらできなかった。
学園を去ることもなく
目の前にいるトレーナーからスカウトを受けたのも、高等部になってからだ。
それも私の才能に目を付けてくれたわけではない。出走を経験しないままの卒業は余りにも
そういった情けない理由でも、トレーナーが私に声をかけてくれたことは本当に嬉しかった。
本当に走ることが好き、それだけの理由で頑張っていたトレセン生活に新たな理由が出来た気がしたのだ。
私に声をかけてくれたトレーナーの為にも巡ったチャンスをつかんで見せる。
そうすれば、今からでも私はトウカイテイオーのようになれるんだ。
そう、意気込んでいた。
しかし私はしょせん
そしてトウカイテイオーになることはなかった。
トレセンに入学してからの数年に渡る
夏のメイクデビューは後のジュニアG1候補の鮮烈デビューのお飾りにしかならず、未勝利戦でもなんら見せ場のない結果が続く。
ダートに転戦しても手ごたえはなく、レーシングプログラムはジュニア級からクラシック級に移り変わる。
トウカイテイオーであれば今の時期、"若駒ステークス"に出ていただろう。私に出走資格なぞある
同年代にデビューしたトップクラスのウマ娘達は、既に"桜花賞""皐月賞"に向けた準備を進めている。
一方の私はこれまで4戦0勝。一桁順位は出走者数が少なかった夏の未勝利戦、1度だけ。
そして5戦目…二週間前のクラシック級未勝利戦で最下位になったこともあり、レースに対する思いが
『詳しく話を聞かせて頂戴。少なくとも貴女が並々ならぬ決意の元お話されていることは判りましたから』
トレーナーはパソコンの手を止めると、特に驚いた様子もなくこちらに向き直る。
普段は皆から"おばさん"と呼ばれている
所属するウマ娘の多くは未勝利・1勝クラスで足踏みを続けているが、これは先ほど語ったように、トレーナーが私の様な落ちこぼれを優先的に見出し契約しているからである。
かつての"スピカ"等の強豪チームと比べるのもおこがましい成績ではあるが、サブトレーナーを着けずにこれだけのメンバーをトラブルなく指導することは相当大変なことだろう。
入学した当初であればトレーナーや練習仲間の力量を言い訳にすることもできたかもしれない。
トレーナーに反抗して他のチームに移籍するなりすれば、もしかすると勝てた未来もあったかもしれない。
ただ、今の私にそのような無謀な選択を取る勇気はなかった。
少なくとも他人を責める気にはなれなかった。なによりトレセン学園で過ごした5年余りで、自分の限界を知ってしまったのだ。
『…ありがとう。でも、この書類に判を押すのはまだ待ってくれるかしら』
トレーナーのあっさりとした回答。
思いの丈を全てぶつけたが、トレーナーが眉一つ動かさずに話を続けたことに少し驚いた。
決して引き止めたいわけではなく、あくまで別の事情から私の契約解除を先延ばしにしたいように聞こえた。
『一つ聞きたいのだけど、契約解除ということはレーススタッフにもならない… 学園を去るということでしょう?今後の進路は決めてるの?』
少し痛いところを突かれた。指先に汗がにじむ。
「…それについてはまだ考えられてないですけど、バイトのアテはあるので大丈夫かなと。走ることは今でも嫌いじゃないですしそれを活かした仕事に就きたいとは思ってます」
競走契約を辞してもトレセン学園に居られなくなるわけではない。
学園にはレーススタッフ候補生として、競走ウマ娘のサポートをするために学ぶ道も用意されている。ただ、私はそういった道に進むことは考えていなかった。
まず、根拠はないが向いてないと思うから。
それと… 他人のサポートについた時点で、"トウカイテイオー"になる夢とは決別しなければいけないから…と。
『…そう』
会話が途切れる。
トレーナーは再び机に向き直り、書類を探し始めた。
高等部に進んでから、私なりに将来のことを考えていたつもりではあった。"テイオーになりたい"夢と、早く働きたい現実を両立させる手段を何とかして探そうと。
ではその手段をこれまで、真剣に探していたのか?
進路相談の授業を聴いて、まじめに進路計画を立てていたか?
私はこれまでレースにだけ心血を注いでいた、無鉄砲な若者にしか見えないのか?
私の将来に対する見通しは、あまりにも楽天的だったのか?
…私のこれまで・これからの人生を見透かされたような気がして、うっすら涙すら出てきた。
「…すみません」
『貴女を責めるつもりはないのよ。でもね、今後の進路すら決めていない状態で契約解除して、何も繋がりのない状態で社会に放り出すわけにはいかないのは理解してもらえるかしら』
トレーナーは書類を私に差し出す。
レース開催日にパドックや控室に入るために必要な、関係者証を発行するためのもの。
『今週末、東京レース場ではG1"フェブラリー
「レーススタッフを… 目指せって事ですか?」『そういうつもりはないわ』
『成績は伴わなくても貴方がレースや走ること自体が好きだという事は理解しているつもりです。そしてレーススタッフ以外にもレース場では様々な職種・
「社会見学…」
今後のことを考えれば、このままトレセン学園を卒業するのは確かに良いとは言えないだろう。
レース場で働くスタッフの仕事を全て知っているわけではないが、その中に華々しい仕事は無いように思える。…出走時にスタッフにお世話になっているし必要な仕事とは思っているのだが。
実際、私にそういった裏方仕事ができるのか、そういったぼんやりとした不安があるからレーススタッフになることを
やはり"トウカイテイオー"になる夢を、諦めなければいけない時が来たのだろうか…
『無理強いはしません。
「…サポート、一度やってみます。トゥインクルシリーズに対する気持ちは切れてるんで」
私は顔を上げ、書類を受け取った。
壁に掛けられた卒業生の写真が目に入り、一瞬目を伏せた。
【登場人物】
・クレノフォーエバー(Kureno Forever)
この作品の語り部。トウカイテイオーに憧れてはいたものの、一人称を"ボク"と呼ぶことに関しては幼少時に止められたようだ。
年の離れた姉がローカルシリーズ・園田に所属していたが早期に引退。故郷・広島で農産業を営んでいる。
これまで前目に付ける作戦でレースを行っているものの、能力については幾多の有名ウマ娘には遠く及ばない。
トレーナーからは"足の踏み出す力の弱さ""レース中のペース管理技術"等を指摘されている。